ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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重ねて、励みになっています。


2011春、皐月賞(後:2/2)

 2011年、4月24日。

 府中、東京競馬場11R、皐月賞。

 

 ヒシケイジは先行脚質としてはベストな位置取りでレースを進めていた。

 しかし最終直線に至り、ついに暴君オルフェーヴルがその実力を露わにしようとしていた。

 

『さあ、この逃げエイシンオスマン、 梧桐 剛鬼(ごとうごうき)がまんまとはめていくのか?』

 

 ヒシケイジの眼前でエイシンオスマンが失速する。

 石破志雄がヒシケイジに合図を送る。

 

 一度目の合図は注視。前の馬の状況を見て、抜け出せるラインを探る。

 

『しかし、十一番のベルシャザールが二番手ピタッとマーク!!』

 

 ベルシャザールがエイシンオスマンを突く――

 あれだけ無理に逃げてきたんだ、エイシンオスマンはこれ以上逃げられない。

 

 最終コーナーももう終わる。

 前の三頭の間も広がる――そうすればスペースもできる。

 

 相棒が、石破 志雄がそんなスキを見逃すはずがない。

 必ず、俺を前に出す。そのためにも、今から加速を始める。

 

『大歓声が起こります!! この歓声が東日本に、戻ってきました――皐月賞イン東京競馬場!!』

 

――パァン!!

 

 石破 志雄が鞭を入れた直後、歓声が巻き上がる。

 東京競馬場に集まった、競馬ファン達はあるものは固唾を飲み――あるものは腹の底から叫ぶ。

 

 この熱狂、最高だ……!!

 

 あの日、朝日杯――中山で感じたアレと同じだ。

 

 みんなが俺に夢を見てくれているなら、俺は本気で走れる。

 

『ここでやはり流石につかまったエイシンオスマン、ヒシケイジ、ヒシケイジ先頭!!』

 

 ヒシケイジはストライドを広げ、まるで飛ぶように駆け上がる。

 ゆっくりと、少しゆっくりと、ギアを上げていくように、加速していく。

 

 人々は気づく。

 横一線に並びかけた馬群の中から、一頭、葦毛の馬が飛び出してくることに気づいて目を奪われた。

 

 ヒシケイジ――やはり来た。

 

 来てくれた。

 

 最終直線では、この馬が来る。

 

 去年の中山の時から、変わらないまるで飛ぶようなストライドが夢を乗せてくる。

 単勝2.2倍――パドックで、他の馬に目移りしなかったといわれれば嘘になる。

 

 「豪駿」対「群雄」。

 良い馬はいくらでもいた。

 

 ナカヤマナイト、オルフェーヴル、サダムパテック、ベルシャザールーー

 目を奪われるだけの星がそろっていた、その中でお前に夢を託した。

 

 俺たちの夢をどうか、ゴールまで運んでくれ――!!

 

『群雄たちの脚は、はじけるのかどうなのか!! 皐月の空にヒシケイジが抜けだした!!』

 

「行けッ――いってくれぇえええ……ギョロぉ~~~~~!!」

「くっ、結局、何一つ解決できなかったが、策はハマった、そう信じるしかねぇ……」

「悔しいですね、早山先生。でも石破くんは良くやっている。彼に出来る限界でしょう」

 

 スタンドでヒシケイジの雄姿を見ていた厩舎員の土井が、神に祈るように手を合わせた。

 老将「早山」が腕を組み、門田調教助手が眼鏡を光らせながら、己の仕事を信じた。

 

『ヒシケイジ魅せるか、ウインバリアシオンも、ぐっと伸びる』

 

「ヒシケイジ、私の夢……頼む……」

 

 馬主席で綾部オーナーが、杖に縋りつく――

 

――パン!! バン!! バン!! バン!! バン!! バン!!

 

 外からウインバリアシオンが伸びる。

 鞍上の貴公子、伏名 久一(ふくな きゅういち)が、一縷の望みに手を掛ける。

 

 その直後――

 

 ヒシケイジの脳内が一瞬スパークするような感覚と共に――瞳が輝いた。

 まるで羽が生えているように駆ける高速ストライドのギアが、一段跳ね上がって伸びて後続の希望を粉砕する。

 

 見せてやる、これが、今の自分がヨレずに出せるトップスピードだ!!

 

(後は、逃げ切るだけ――このまま、俺が逃げ切れば勝ちだ)

 

◇◆◇

 

「とか、思ってるんちゃうやろねヒシケイジ、ほんまムカつく馬や……オルフェーヴル、行け、追え!!」

 

――パン!! バン!! バン!! バン!! バン!! バン!!

 

 直後、ヒシケイジは、背後から明らかに異質な感覚を感じた。

 何だ、この違和感は――加速しているはずの自分よりも早い何かが此方に迫ってくる。  

 

『オルフェーヴル、オルフェーヴルはじける!! オルフェーヴルはじける!!』

 

 それは、今まで僅かであるが存在を忘れていた。

 栗毛のオルフェーヴルの気配だった。

 

「ケイジ、伸びろッ!! 伸びてくれッ!!」

 

 鞍上の石破 志雄が悲痛な叫びと共にステッキを振るう。

 待ってくれ、俺はもう、限界だ。

 

 いいや、違う、スタミナは残っている?

 

 俺は、まだ走れるはずだ。

 

 散らされた思考を再び集中して、加速する。

 

 スピードを維持しているうちに、オルフェーヴルが伸びてくる。

 

 伸びて、伸びて、俺の横に付く。

 

 奴の目が語っている。

 

――パン!! バン!! バン!! バン!! バン!! バン!!

 

【もう我慢しなくていいんだ。でも、ヒシケイジ、お前遅くなったな――】

 

 やめろ、そんな目をしないでくれ――

 

 いやだ――いやだ、負けたくない!!

 

 なんで一度勝ったやつに、負けないといけないんだ!!

 

 どうすればいいんだ、嫌だ――抜かれたくない!!

 

 そうだ。加速だ。今からでも、加速すればいい。

 ここからでもまだ、出来る、スタミナがある。なら――どうすればいい?

 

 本気だ、本気を出せ、本気で走れ、走ってる。

 走ってるんだから、これが、本気なはずだ――だから、勝てないとおかしいんだ!!

 

『坂を上る!! 200を通過したッ、先頭ヒシケイジ!!オルフェーヴル迫る!! まだヒシケイジは粘るッ!! 豪駿か群雄かっ――ヒシケイジ!!オルフェーヴル!!ヒシケイジ!! オルフェーヴル!!』

 

『パパ!! ヒシケイジ、ヒシケイジ負けちゃうの!? お寿司、お寿司は!?』

『オルフェーヴル、すげえ、ヒシケイジも一歩も引かねぇ!!』 

『やべー、面白れぇ……どうなっちまうんだよ、今年の競馬面白れぇ~~~~~!!』

『うおおおおおおおおおお、ヒシケイジ!! いけっ、逃げ切れっ!!』

『いや、オルフェーヴル、強すぎるだろッ……引くわ……』

『ムホホ……両方買っといてよかった……あと、ウインバリアシオン、うーん、惜しかったですな……』

 

――パン!! バン!! バン!! バン!! バン!! バン!!

 

(いやだ――いやだ、いやだ――)

 

『オルフェーヴルゥゥゥウウ!! 一馬身、抜けだしたッ!! 一冠目、皐月を制したのは―― オルフェーヴルゥゥゥ!!!』

 

(いやだぁああぁあああああああああああああああ!!)

 

『生添 賢治、オルフェーヴル!!』

「やったッ……みさらせやァ!! これがオルフェーヴルじゃ、ボケぇ!!」

 

 興奮した生添ジョッキーが叫びながら、直後、姿勢を崩しかける中――

 ヒシケイジは、呆然と――ただ呆然と、目の前に起きた現実を飲み込めずにいた。

 

「ああああああああ!! オルフェーヴル、堪忍してや!!」

 

『そして、今最後、大きく遅れてリベルタスが完走です。全馬完走です』

 

 負けた、俺は――負けたのか。

 これだけの夢を背負って、負けたのか……

 

「すまん、ケイジ――俺は、お前を本気にさせて、やれなかった……」

 

 相棒が、俺の上で沈み込む。

 なんだ、相棒、石破 志雄――泣くなよ、泣きたいのは、俺の方だ。

 

 ていうか、本気ってなんだ――?

 

 俺、本気で走ってたのに……本気ってなんだよ……

 もしかして、俺って、本気で走れていないのか?

 

(教えてくれよ、相棒――)

 

『皐月賞、オルフェーヴルが制しました。生添 賢治、これが牡馬のクラシックはこれが初優勝です。スプリングステークス、阪神で今年行われたそのトライアルを勝ったオルフェーヴルが、豪駿ヒシケイジと最後の瞬間まで、接戦を繰り広げた末に勝利しました。良に回復した東京の芝2000m、タイムは……2:00:03、ラスト3ハロンは35.0。ラスト4ハロンは48.0というタイムです――二着は十五番、ヒシケイジ。三着は十七番、ウインバリアシオン』

 

 ヒシケイジが二度目の挫折に、呆然とする中――

 初めてのクラシック戦線、豪駿ヒシケイジは確かな爪痕を残しつつも二着へと沈むこととなった。




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。

ヒシケイジ苦闘編、次走は一日開いてダービーです。
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