過労気味なので、お休みを作りつつ毎日更新頑張ります。
2011年、6月26日。
11R、春のグランプリである第52回宝塚記念の当日。
ヒシケイジは、阪神競馬場のパドックを歩いていた。
灼熱の中、雨がちらほらと、降ったり止んだりするような天気だ。
不良馬場は困るが、日が照りすぎないのはありがたい。
出来るだけ仕上がりが良く見えるように、目を伏せリズムよくポクポクとパドックを歩く。
普段通り、いや、普段以上に頭が冷えている。
そう思えるほど、今日の相手には怪物がそろっていた。
何時も栗東トレーニングセンターでちらっと見かけるブエナビスタ。
信楽ノーザンファームでも一緒だったトーセンジョーダン。
昨年のダービー馬、エイシンフラッシュ。
最強世代とも呼ばれた4歳世代か、ブエナビスタ復活か。
そう語られた夏のグランプリ、錦の舞台に飛び入り参加なんて燃える状況だ。
それにしてもパドックには今年の日本ダービーの時よりも人が集まっているように感じる。
勿論、その原因が俺にあるといわれれば悪い気はしない。
曰く、去年俺が出走した朝日杯フューチュリティステークスから、日本じゃちょっとした競馬ブームになっているらしい。
東日本大震災の影響で、自粛ムードがあることは否めない。
だが、俺とオルフェーヴルがしのぎを削るクラシック人気が、確かに古馬戦線にも波及してきたところで、注目されている俺自身が宝塚記念に参加する影響というのは、思ったよりも大きかったようだ。
「ヒシケイジ、ミラクルの子にみえんなぁ?」
「なんかもう、大分白いね。丁度葦毛って感じ」
「ブエナビスタ、もう一絞りってとこか?」
「古馬の方が流石に早いでしょ」
「オルフェーヴルが来てたらな~、ikzeは二人いないもんな……」
「ローズキングダム、すげー馬体だ」
「ドリジャはもう、ダメかなぁ……」
「タケがもうちょっといい馬乗ってたらなぁ……悔しいよ」
「ムホホ……ヒシケイジ、我はちゃんと会場まで見に来ましたぞ……」
ただ、実際の所、ヒシケイジを買うものの多くは、彼の勝利を本気で期待しているわけではなかった。
サンデーサイレンス産駒隆盛の時代の総決算、ディープインパクト旋風が吹き荒れて時代は移った。
配合の正解が手探りとなる混迷の新時代の中、覇者であるディープ産駒をなぎ倒し世間を賑わせた無銘の零細血統を、現代競馬の知恵の結集である黄金配合が混ぜっ返す大混戦に、確かに競馬ファンは白熱した。
震災の後、明るい話題に飢えていた民放放送はこの狂騒に乗った。
舗装された王道が勝つか、挑戦を続ける革命児か勝つか。
負けているからこそ、何度でも挑戦するひたむきな姿は、確かに競馬ブームを知らない世代にも届いていた。
だが、古馬の壁は厚い。
最終追い切りの数字を見ても、本番はどうか――
事実、クラシック戦線ではライバルであるオルフェーヴルに負けている。
距離適性的にも、冬の有馬記念のほうが合っている。
いいだろう。買いたければ買え、その分本命のオッズは下がり、実入りが良くなる。
故に古参ファンにとってのヒシケイジの立ち位置は、高知競馬のハルウララに例えられることもあった。
事実ミーハー的な人気に後押しされたヒシケイジは二番人気、単勝支持率5.6倍。支持率14.1%――
もしも、ヒシケイジがダービーで勝ち抜けていたならば、単勝一位もありえる状況ではあった。
(ていうかむしろ支持されすぎだが、これは燃える――燃えてきた)
良い、むしろ――良い。
自分より強いかもしれない相手が、沢山そろっているのは朝日杯のとき以来だ。
ライバル一人に集中して、調子が左右される。
俺の悪い癖だ。
だったら、初めから沢山のライバルがいてくれる方が、ずっと“本気”が出しやすい。
「ギョロ、石破ジョッキー。頑張って!!」
「土井さん、おやっさん達によろしく」
本馬場に入場するヒシケイジを期待する人々の大歓声を受けながら、ヒシケイジがすっと芝の上に駆けだした。
◆◇◆
『夏のグランプリのタイトル目指して出走各馬、本馬場に姿を見せております 雨はすでに上がりました』
『自分で動いた天皇賞は力の証明、スタートを決めたい。ナムラクレセントとワンダー・龍神です』
(この登録名――やっぱり失敗だったか。いや、心機一転。勝ちに行くのだ――)
『昨年・三着からさらにパワーアップしての挑戦は アーネストリーと
(脚をうまく使えば勝てる。大丈夫だ。今日のコイツは調子がいい)
『両親はダービー馬と天皇賞馬、金鯱賞の圧勝でグランプリに王手 ルーラーシップと
(ルーラーシップの強さ……ミーハー共に見せつけてやるぜ)
『待ちに待ったこの距離、この舞台、そしてこの枠順、ダービー馬復活へ。エイシンフラッシュと初騎乗、
(打田くんには悪いですが、結果を残して次の主戦に内定させてもらいましょう)
『生枝クインテットの一員、兄の意地を見せたいところ フォゲッタブルと
(ひ~、あんまり期待されてないけど、フォゲッタブルは出来る馬だって見せないと)
『本日唯一の三歳馬、葦毛の豪駿は壁を越えることが出来るか。ヒシケイジは石破 志雄』
(壁は越えてるんだよ。後は、俺が緊張せずにやるだけ)
『この春の上昇ぶりに注目、ハートビートソングと
(やっとつかんだG1の切符なんだ。ハートビートソング、やってやろうじゃん)
『そしてファン投票堂々の第一位、去年と同じ八番枠――もう2着は要りません、いざ女王復活へ、走り出しました。ブエナビスタと
(ヒシケイジ、石破 志雄。今日は負けない――今持ちうるすべてを出し切る)
『待ちに待った良馬場、距離短縮でG1、3勝目を狙う ローズキングダムは豪州の名手、コリン・ビリーズです』
(
『渾身のコース追いで迫力が戻ってきた。背水の陣でグランプリ三勝目を目指す。ドリームジャーニーはもちろん生添賢治と共に』
「泣いても、笑っても――どーせ最後や、やってやろうやないかって……早ぉ走れや!!」
『ダンスインザダークの名前を見れば、この距離でも侮れません。ダノンヨーヨーと
(この前読んだフロー理論の本、すっごいタメになった。新しい世界を開いたからには、実践していかないと)
『先入れ、関東からただ一頭の参戦、シンゲンと
(ま~た、イワタのヤツが要らねぇ因縁ぇつけてやがるんか。男富士田、イジメは許さない所存で参ります)
『自在性で生枝軍団の先兵を務めるんでしょうか トーセンジョーダンとジャン・ニコラ ・ピエタ』
(
『天皇賞は無念の大敗、しかしこの距離なら話は違います トゥザグローリーと
(トゥザグローリー、ペースをつかめれば我々の勝ちだ)
『生枝勢最後の一頭は トレイルブレイザーと
(えっ、説明それだけ? もうちょっとコメントしてくれてもよくないか?)
『そして染め分け帽、菊花賞三着の力を日本のタケが引き出す ビートブラックです』
「ビートブラック、今日は頑張ろうねっ」
「タケさぁん。頑張りましょうねっ!!」
「タケさん。調子いいっすね!!」
集中――ヒシケイジは集中できていた。
鞍上の石破 志雄の指示に応えながら、待機所を経由してゲート前で、アピールするように歩く。
女王復活か――強力四歳馬か、あるいは――ヒシケイジが前人未到の領域に至るのか。
拍手と共に、生演奏されるファンファーレを聞きながら、ヒシケイジは人々の歓声を聞いた。
年に一度、ここでしか聞けないファンファーレだ。
俺もたまにはゲートの中で余韻に浸りたくなることもある。
「おい、ケイジ」
すると聞こえてくるのは石破 志雄の声だ。
俺は耳だけ相棒に向けた。
「いい位置付けて、追われたら“本気”出せ」
「ブヒッ」
分かったぜ。相棒――
返事をしたら、生まれるのはゲートインの後に生まれる一瞬の静寂だった。
『さあ、注目はスタート、ヒシケイジ、スタートはどうでしょうか?』
ガコンという音と共に、ヒシケイジは矢のようにコースへと飛び出した。
張りきったトモが生み出す推進力は、古馬に勝るとも劣らない。
『宝塚記念、スタートしました』
普段通り、まずは前に、前に!!
多少ばらついたスタートのなか、ヒシケイジは並々ならぬ優駿の中を飛び出した。
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。