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2011年、6月26日。
11R、夏のグランプリである第52回宝塚記念。
『な~んかちょっとバラついた、スタートになりました』
夏の大一番の決戦で、ヒシケイジは普段通り見事なスタートを切っていた。
段違いのヒリつきの中で、好位置をキープするためにヒシケイジは脚を回す。
『おっと九番のローズキングダムかドリームジャーニーが後ろからか』
じりじりと照らされる直射日光だけがない夏の気温が肌と肺を焼くようだ。
日本ダービーのコンディションでは、これほどのスタートは切れなかっただろう。
『フォゲッタブル、後方に下げています』
ヒシケイジは、普段通りハナに立つように前へと駆け抜ける。
先頭が取れれば良し、ダメでも序盤から他の馬のスタミナを削って行ける。
クラシック戦線でも通用した、俺自身のスタミナと脚を活かした戦術だ。
(どうだ――今日のレースは、どうなる?)
俺自身、この先の展開、何も予想できない。
このまま振り切れるなら、話は速い。
『ルーラーシップも後ろから先行争いに入っていきます』
そんな、ヒシケイジの甘えた考えは即座に左右から伸びる多くの馬に粉砕された。
隣に誰が居るのか分からないが――
幾ら加速しても、左右の馬を振り切れる気がしないレースは初めてだ。
『さあ、まずは何がいきますか? 良いスタートダッシュを切ったヒシケイジ』
今日は、明らかに普段のレースとは、他の馬のノビ方が違う。
いまだに八戦しかレースを走ったことがないヒシケイジですら即座に理解した。
(古馬って、マジで早っ――)
『ウチの方から白い帽子二つナムラクレセント、アーネストリーが行く――』
「ケイジ、ペースだけ維持だ」
即座に石破 志雄はヒシケイジの位置を下げる。
好位置を取りに行ければ、それでよし――
『あとはハートビートソングにシンゲンであります』
ハートビートソングにウチを譲り、ヒシケイジは外側に付ける。
事実上、後方の馬をブロックするような動きで、陣取るが先行争いは終わらない。
後方から馬がさらに一頭、ヒシケイジをすり抜けていく。
だが、石破 志雄は争わない。
『九番のローズキングダムは、今日は、前の方から行くようだ』
どうやら石破 志雄、序盤の位置取り争いは省エネで行くらしい。
ならば俺も不要なスタミナを使うのはやめだ。
前出たい馬を先に行かせながらも、俺はしたたかに前をうかがうのを辞めない。
スキができたら、いつでも追い抜いてやる
(いい位置付けて、追われたら“本気”出せ)
とはいえ、いけるのか――
ついて行くだけでも苦しい、ハイペースな競馬だ。
スタートダッシュだって、一歩間違えれば脚を使いすぎていたかもしれない。
一寸先は闇の綱渡りのような感覚に、今まさに襲われている。
『ダービー馬エイシンフラッシュのその圏内であります』
「ケイジ、大丈夫だ。俺を信じろ」
ヒシケイジの心が揺らぎそうになった直後――相棒が鞍上で、俺に声をかける。
『そして早くも八番の女王ブエナビスタ折り合いがつきました。ブエナビスタ折り合いがつきまして、中団より少し後ろからいくようであります――』
大丈夫か、大丈夫だな――信じるぞ。
ハッキリ言って、お前が信じてくれなきゃ今日のレースは余りにもハード過ぎる。
背後から感じる圧力は一つじゃない。
前の馬も皆――オルフェーヴルと同じか、それ以上に圧の有る馬がそろっているんだ。
それに誰が後方から飛び出して来たって、おかしくはない。
誰が俺を潰そうと考えていたって、おかしくない状況は――正直に言って怖い。
『最後方はフォゲッタブル、一瞬歓声が静まりました』
それでも――石破 志雄。
お前が俺を信じるなら、俺は勝つために走る。
ヒシケイジは第二コーナーの遠心力をその身に受けながら、むしろ息を整える。
そうだ、集中しろ、気づいたことは、今、実践するに限る。
“本気”を出します――で、本気になっていたら遅い。
常に集中しつつ――やるべきことを、もっと細かい単位に切り分けて意識しろ。
『阪神競馬場二コーナーカーブから向こう正面に入ってまいります。人気の八番女王ブエナビスタ、うん。折り合いがついた折り合いがつきました。
走りながら、息を整えろ。
ローズキングダムの後方に付けろ。
石破 志雄を信じろ。
先輩たちに、挑み続けろ。
石破志雄は答えをくれる。
全てを背負い込むな。
誰かが課程を評価しているわけじゃない。
競走馬は一人じゃない。
すべての問いを見る必要も、答えを一人で出す必要もない。
前世の十二年と三年六ケ月、俺が前世から生きてきた分と合わせて見つけ出した答えだ。
『しかし、全体としては縦長だ』
そう結論づけたヒシケイジは、この瞬間――確かに、今年の宝塚記念で最も頭のいいサラブレッドであった。
状況は、確かにヒシケイジに味方をしていた。
前半からハイペースの競馬は、ヒシケイジのスタミナを十全に使い切る余地があった。
後方から切れ味で勝負をする競馬では、ヒシケイジはサンデーサイレンスの血統には敵わない。
総合的な身体能力という面で見ても、並々ならぬ優駿たちは、ヒシケイジと同じ領域にいた。
だがしかし――
『ナムラクレセントがまずリード、リードは二馬身』
(失策か、ナムラクレセントも焦っているのが伝わってくる――すまんッ……)
『アーネストリーが二番手』
「いいぞ、望んだ状況だ――アーネストリー、行けるぞ」
『ハートビートソングが三番手』
(やっぱりハートビートソングは伸びるぞ。後はスタミナが続けば――)
『その後ろにはローズキングダム早めに行きました』
(
『ピッタリ後ろにヒシケイジ』
(嫌な予感がするが――悲観するほどじゃない)
『二馬身後ろにはシンゲンがいて』
(石破とあの葦毛、心配はいらなそうやがァ? 今、ヤバイのは俺かッ!!)
『それから十一番のダノンヨーヨー』
(えーと、リラックスしながら気を配る……程よい目的設定、宇宙と自分を一つに――)
『そして後方が固まりました。ビートブラック』
(ビートブラック、いいよ、いいよ、いいよっ、頑張ろうねっ!!)
『ウチから四番のダービー馬エイシンフラッシュ』
(ここまでは悪くない――今日のエイシンフラッシュは快調……っと、伏名――!?)
『これを躱してトゥザグローリー』
(安東さん、悪いが我々にも意地というものがあるのでね。競り合わせてもらうよ)
『あと黒い帽子はルーラーシップも、今日は後ろから――』
(レースの展開が早ぇ……石破志雄、リュージやサイトーの思う壺かよ……)
『あとは八番のブエナビスタであります。ブエナビスタはこの位置だ』
(ヒシケイジ、必ず撃墜する……宝塚記念の勝利はヤツを打倒した先にしかない――)
『ピンクの帽子はトレイルブレイザー』
(そろそろ上がっていかないと、厳しいか~? こっからどうやって捲るかな……)
『そのソトにフォゲッタブル』
(ひ~、フォゲッタブルごめんよ~、ゲートから良くない流れだし、早く上がっていかないと)
『あとトーセンジョーダン』
(|È tutto a posto. Questa corsa dovrebbe andare bene. 《いいんだ。このレース運びでいいはずなんだ……》)
『最後方に控えましたドリームジャーニーの展開だ』
(クソッ、全部が全部裏目に出とる。でもヤるんや、ボクがコイツを信じな、誰がコイツを信じるっていうんや……!!)
向こう正面を駆ける馬たちの中で、今、最も純粋に宝塚記念への勝利を見据えていたのはヒシケイジと石破志雄であった。
『さあ、三コーナー。カーブに入ってまいりましたッ!!』
状況は決して悪くはなかった。
ヒシケイジは貯めた脚と共に、虎視眈々と自らが躍動する瞬間を狙っていた。
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明日も1800投稿予定です。