「おお~、ギョロは良く走るなぁ~」
2008年、秋。
ギョロは放牧地の中、仔馬達を集めた同年代の群れの先頭の先頭を走っていた。
群れの最後尾では田辺さんたち牧場のスタッフが、馬に乗って子馬達を追い立てている。
親であるスウィートエルフから離されて一か月。
同世代の馬と共に暮らし、ご飯を食べて寝る寄宿舎のような生活にも慣れた。
馬も、学校のような暮らしをすることに最初は驚いた。
けれど、これも少年漫画みたいだと思うと、正直悪くないと思える新鮮な体験だ。
「ほーれ、ギョロを見習って、お前らも走れ走れっ――」
(そうだ、お前らも走れ……こんなかんじで走ると速いぞっ)
牧場主の田辺さんから逃げる群れを扇動するように、ギョロは広い柵の中をぐるぐると走り回る。
俺自身、出来る限り同年代の馬の手本になるように、彼らが意欲的に走れるように自分から手本を見せる。
この「追い運動」は、いずれ競走馬になる自分たちに基礎体力を付けるのが目的だと田辺さんが話しているのを聞いた。
だったら、群れの皆にも、真面目に走ってもらう方が後々のためになる。
生まれ始めて一人で眠った日、転生したときに言いつけられた「生きた意味を見出す」というお告げを思い出してからというもの、どうすれば、生きた意味を見出すことが出来るのか――と、自分なりに考えてみたがやはり分からない。
あまりにも分からな過ぎて、青草ばっかりたくさん食べ続けていたら、同年代よりも一回りくらい体が大きくなってしまったがそれでも分からない。
これだけ考えてわからないなら、きっと映画のオチみたいに、一人で考えるだけでは見つけられないものが答えなのだろう。
そう結論付けたギョロは、以降、できるだけ集団の中心にいることにした。
ふとこちらを振り向けば【待てよ、ギョロ】とか【俺が先に逃げるぞ】みたいな視線で自分を見る群れの仲間がいる。
練習相手は多い方がいい。
彼らはまだ自分との力の差を覆せずにいるが、こうして群れのリーダーとして導いていけば必ず競い合えるライバルになる。
そう思いながら、ギョロは――今はただ、がむしゃらに自分の脚で地面を踏みしめて前に進む。
一歩一歩に全力を込めて、自分の力を振り絞ることは楽しい。
できればこのまま、沢山の馬の中に生きた意味があるといいのに――
そう思いながら、ギョロは思い思いに放牧地を爆走する日々に没頭していた。
◆◇◆
「いいぞ、ギョロっ……コイツぁ面白いことになりそうだ」
牧場主の田辺の目の前で、ひときわ大きい葦毛の子馬が群れを率いている。
これほどまでに群れのリーダーの自覚の有る子馬も珍しく、リーダーについて行く群れも珍しい。
そんな今年の新馬たちの躍動を見ていると、田辺の期待は嫌でも膨れ上がっていた。
日高町に生まれ、サラブレッドの生産一筋生きてきた田辺である。
生まれた仔馬は一頭一頭可愛いく、平等に愛情を注ぐべきだと分かっているものだ。
だが、しっかりと頭角表す子は、相応に贔屓したくなるのもまた人情であった。
田辺牧場は、名も知らぬ人の方が多い零細の生産牧場である。
サンデー系の種牡馬が躍進するスピード重視の中央競馬界で注目されるような主要な血統の種には手が出せない。
だがどうだ。
目の前にいるギョロは、今まで見てきた良血馬にも勝るとも劣らない才能がある。
まさに、スウィートエルフという鳶が生んだ鷹だ。
これも『傍流血統同士の日和った配合をして、一口馬主の夢として消費されるくらいならば、タマモクロスを父に持つスウィートエルフで、ディクタスのインブリードという「夢」を追ってみないか』なんて――
“あの人”直々に提案を呑んだお陰か。
他人の「夢」に賭けた努力が実を結ぶ瞬間は嬉しいものだ。
しかし、いくら自分にとって可愛い子といえど、ギョロも父のヒシミラクルの葦毛を継いだディクタスアイの持ち主である。
世間的に見れば典型的な長距離血統に、葦毛という“走らない”要素のオンパレードだ。
ならば、いっそ今から手を打っておくべきか――
夢を見せてくれた“あの人”に、連絡を取っておくに越したことはない。
そんな、打算を胸に抱きながら、田辺牧場の秋は過ぎていく。
田辺の予想通り、ギョロは幾度かの昼夜放牧を経て、明らかに体を大きく成長していた。
ギョロにとっても日高の夜は長く冷涼であり快適だった。
初めは群れのボスとして仔馬達を引っ張ることが多かったギョロも、群れが成長する中で徐々に自分の時間は増え、悠々と自らの才能と向き合うこととなった、その結果……
「ギョロは走らんなぁ……」
“ある人”を待ちながら、牧場主の田辺は途方に暮れていた。
誤字脱字、感想お待ちしております。
ヒシケイジに成長してほしいので、二回行動です。