ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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 毎度、誤字脱字報告、感想ありがとうございます。

 今日から開花編です。
 シロイアレが出るまで、しばし時間がかかるので、長いです。


第三章 ヒシケイジ開花編
2012春、冬休み。


 2011年、日本競馬は、第三次競馬ブームとも呼べる熱狂と共にシーズンを終えた。

 

「葦毛の豪駿」や「白銀」と呼ばれ人の記憶を残した転生競走馬ヒシケイジは苦闘の末に、菊花賞一着からの降着を含むクラシックGⅠ競争三連二着、秋のグランプリ競争有馬記念二着と大健闘、さらには念願のGⅠ二勝目を、日本史上初の三歳馬による春のグランプリ、宝塚記念の場で果たす快挙を打ち立てた。

 

 四歳となり、不可解とも呼べるほどの本格化を果たしたヒシケイジに人々が期待する中、早山陣営は次走を2012年3月18日は阪神大賞典に定め、ヒシケイジに約二カ月程度の休養が当てられることを公表した。

 

 なお、放牧先については記者会見の場においても公表されることはなかった。

 馬への不要なストレスを避けるため、と繰り返された文言が、第三次競馬ブームにおける放牧先やトレーニングセンターへの突撃行為に対する一種の警鐘として、善意ある人々の間で繰り返されるほど、今、日本は空前の競馬ブームの最中にあったのであった。

 

◆◇◆

 

 今日は少し昔の話をしよう。

 

「なぁ……聞いたか?」

「何をさ」

 

 その日、2012年1月26日。

 正月休みも終わって、中学校に登校した僕は、前の席に座ったキーちゃんに話しかけられた。

 

「ケーバだよ、ケーバ。流行ってるべ。遅れてる~?」

「ウチ、牧場だから、モンハンの方が大切だから……」

「モンハンもいいけど、今はケーバだからね」

 

 そう得意げに語るキーちゃんを見ても、僕はやっぱり競馬ブームってのはいまいちピンとはこなかった。

 

 だって、ウチは生産牧場だ。

 

 学校にいないときは、ずっと牧場の手伝いで馬の世話をしてきたんだから。

 今さら、ブームだなんだ言われても困る。

 

 そんなことよりも、ブラキディオスに勝てない方が問題なんだ。

 

「それでさ」

「なんだよ」

 

 それでもキーちゃんは、僕の悩みなんて知らない顔で、こそこそともったいぶって何かを伝えようとして來る。

 

「田辺のおっちゃんとこの牧場……ヒシケイジ、居るらしいぜ」

 

「は!?」

 

 ヒシケイジ、正直テレビで名前を聞かない日がない葦毛の豪駿。

 有馬記念の後、長期休養する場所は『ウマヘノ、フヨウナストレスヲ、サケルタメ』に秘密になっていた。

 

「声がデけぇよ、な、今日さ……見に行くべ、ヒシケイジ」

「まぁ、ヒシケイジならいいかな……豪駿だもんな」

 

 その日、ボクは始業式の間、正直ドキドキはしていた。

 3DSを持っていけば、どこでもモンハンは出来る。

 

 ヒシケイジ、世間でもてはやされてるけど、お前はブラキディオスに勝てるのか。

 

 馬は馬だ。

 小さな頃から、ずっとそばにいる友達とお前は何が違うんだ。

 

 ボクは頭がぐるぐるになりながら、放課後、家に一度帰ってから、キーちゃんの家に行くっていって飛び出した。

 田辺さんの牧場は、歩いて1時間くらい、ヒシケイジの放牧の時間には多分ギリギリだ。

 

「ヒシケイジ、みれっかなぁ」

「時間ギリギリだからさ、ダメだったらモンハンしようぜ」

「お前……弱いからなぁ……」

 

「うっせぇ!!」

 

 そんなことはよくわかってる。

 だから、3DSでネットを見て、爆破属性の武器を頑張って作ろうとしてるんだ。

 

「だから、ヒシケイジなんて……ショージキ、見てもな」

「そー言うなよ。凄いんだよ。ヒシケイジ……俺も石破 志雄みたいなジョッキーになりてーな~」

 

「ジョッキーなぁ……」

 

 ジョッキー、競馬のために馬に乗る人か。

 親からは、お前はジョッキーに向いてるといわれて、追い運動の馬を親の代わりに乗ってたりもしているけれど――

 

 そんなの親の勝手だ。

 別に馬なんて、乗りたくて乗ってるわけじゃない。

 

 僕は今はモンハンで忙しい。

 馬なんて、競馬なんて、走るなんて辛いだけじゃないのか。

 

「おい、ちゃんと着いたら隠れろよ。親に見つかったらマジで終わるから!!」

「もう、帰って、モンハンやろうぜ」

「やだね、俺はヒシケイジを見る――ほら、もう見えてきた」

 

 そういってキーちゃんが指をさす。

 ざくざくと雪道を歩いた先、見えてきたのは広い広い放牧地。

 

 当然、馬は居ない。

 そこにあるのは、昨日降った雪が積もった一面の雪野原だけだった。

 

「な?」

 

 ほら、ヒシケイジは居ない。

 

 あんな有名な馬が、居るはずない。

 

 そう思った直後――風が吹いた。

 

「あ」

 

 厩舎の扉が開き、白い白い馬が放牧地へと駆け出していく。

 

 白くて、デカい馬だ。

 

 雪の上を跳ねるように飛ぶ、一頭の馬はハミと鞍を付けたまま――

 

 放牧地の外周をまるでランニングするような気軽さで周回していく。

 

 ぐるり、ぐるり、ぐるり――と、走る馬は駈歩とはいえ一向にその速度が衰えない。

 

 ギョロりと大きな、三白眼、すっかり色が抜けた輝く葦毛。

 

「すっげ……」

 

 キーちゃんが、目を奪われるのも分かる。

 

 僕が知ってる馬とは、素質が違う。

 生産牧場で生まれて、のんべんだらりとしているアイツらとは――違う。

 

 そう考えた直後、僕とキーちゃんは背後から迫る誰かに首根っこを掴まれた。

 

「誰かと思ったら、キー坊と、門別の所の餓鬼じゃないか何しに来た!!」

「ひええ、田辺のおっちゃん!! それは、今日、ここにヒシケイジが居るって聞いて……」

 

 キーちゃんが、田辺さんに命乞いする中、僕はまだヒシケイジを見ていた。

 柵の前、アップを終えたヒシケイジがゆっくりのそのそと歩いてきて、柵から顔を出して俺達に笑いかける。

 

 すげえ、すげえ、すげえ――!!

 こんなに頭がいい馬は初めて見た。

 

 それにしても、何故、ヒシケイジは今一頭なのだろう。

 何故、鞍上に誰も乗っていないのだろう。

 

「さぁもう、帰れ……今日見たこと言ったら、ぶっ殺すからな!!」

「クソォ、でもヒシケイジ見れたし、かえるか?」

 

 キーちゃんが、すごすごと引き下がる中で、僕の頭の中で疑問が膨れ上がる。

 もしかして、これはとんでもないチャンスなのかもしれない。

 

「あの、田辺のおじさん。乗れる人、居ないならヒシケイジ、乗ってみたい……乗せてください」

「はぁ……今、若いのは丁度トイレ行ってるからって、そんなん許されるわけが――」

 

 僕はその日、親に3DSをねだったとき以上に率直なお願いを、顔見知り程度の田辺のおじさんにしていた。

 怒られたっていい、ダメだっていわれてもいい――それでも乗ってみたい。

 この、凄い馬に、乗ってみたい。

 

「ギョロ!?」

 

 僕が田辺のおじさんに頭を下げた直後、田辺のおじさんは素っ頓狂な声を上げた。

 何が起きたのだろう――僕はちらっと、ヒシケイジの方を見る。

 

 すると、柵の向こうでヒシケイジは、まるで乗ってくれとでもいうかのように雪の上にしゃがんで僕が来るのを待っていた。

 

「ブヒヒヒヒヒ!!」

 

 【しょうがないな~乗っていいぞ】とでも言いたげな視線が僕に向いている。

 

「お前、乗れるのか?」

 

「家の手伝いで、乗ります」

「ギョロがいいなら、いいが――秘密だぞ……今日あったことは誰にも言うなよ」

「マジか、すっげぇ……」

 

 僕は柵を越えて、普段通りに鞍の上に乗って手綱を手に取る。

 ヒシケイジはその間、ず~っと、大人しく僕が跨るのを待っていた。

 

 騎乗姿勢なんて取ったことないけれど、どうすればいいかは分かる。

 ギリギリ届いた鐙に脚を掛けると、ヒシケイジはすっと立ち上がる。

 

 高い、見える景色が違う。

 体のつくりが、僕が知ってる馬とは全然違う――

 

「ヒシケイジ――いいんだよな?」

「ブヒヒヒヒヒ!!」

 

 直後、ヒシケイジがぐっと加速した。

 凄い、みるみるうちにヒシケイジは加速し、僕を乗せたまま――柵をコーナーのようにぐるりぐるりと回っていく。

 

 遠心力で姿勢が崩れるのを、僕は必死に抑えてヒシケイジの手綱を握る。

 くそっ、こんなことならー―もっとまじめに馬に乗る訓練をしておくんだった。

 

 そんな僕の苦労も知らず、ヒシケイジは悠々と雪の大地を踏みしめる。

 分かるよ。そうか――お前、すっごい走るのが好きな馬なんだな。

 

 そのまま、一周ぐるりと柵を回って、田辺さんの元に戻ってくる頃には僕はほうほうの体になっていた。

 柵を跨いだ後、僕は大の字になって雪の上に倒れた。

 

 はらはらと――雪が降り始めていた。

 

「ブヒヒヒヒヒ」

 

 田辺さんが、慌てる裏で、ヒシケイジは、俺のそんな情けない姿を見て笑っていた。

 それからというもの、僕とキーちゃんは人様の牧場に迷惑をかけたことがバレて酷く酷く叱られた。

 

 けれど、後悔はしていない。

 僕はヒシケイジにモンハンをするよりも大事なことを教わった。

 

(僕は、ジョッキーになる。これからも、お前みたいな凄い馬に乗りたい――)

 

 それが、今、プロのジョッキーとなった僕が、初めて競馬を志した日の出来事だった。

 

 

◇◆◇

 

 2012年3月。

 ヒシケイジはその日、2日がかりで栗東トレーニングセンターへの帰還を果たした。

 

 昼の栗東トレーニングセンターは、北の大地に比べると大分暖かくいい気候だ。

 正直、あっちは田舎過ぎるし他の馬もいないしで張り合いがない。 

 

 初の帰郷だったが――まぁ、特に何があったといわれれば何もなかった。

 いわゆる、同じ父親の同じ血を引いた全弟が一頭いて、挨拶したくらいだ。

 

 今世の母であるスウィートエルフのおなかには赤ちゃんがいて、大分辛そうだったからあんまり甘えるとかもなかった。

 

 だから、日高町にいる間は、ずっと休んで、ラジオを聞いて、ゴロゴロして――

 一度そういえば、子供が訪ねてきたから乗せてあげたくらいでイベント無し。

 

 ハッキリ言って、休み過ぎた。

 正直走らな過ぎたこともあり、バキバキだった体は、少し肉が落ちたような気もする。

 

「おお~、ギョロ、またデカくなった?」

「ブヒ~」

 

 俺を迎えに来た厩務員の土井さんが、俺を見上げて驚いている。

 

 そう――それでも俺の体は明らかにデカくなっていた。

 多分530㎏くらい体重があるんじゃないだろうか――正直、ダイエットも考えなければならないレベルだ。

 

(とりあえず、アニメだとこういうとき、散髪とかするよな。気分は修行から帰ってきた主人公だ)

 

「スタッフさんも日高から、お疲れでした!! ヒシケイジ、お預かりします!!」

「ブヒヒヒヒヒ」

 

 俺は、スタッフさんに挨拶をした土井さんに曳かれ、厩舎までの土手の道を歩く。

 の、だが――なんだか、すれ違う馬すれ違う馬、皆ピリピリとしている。

 

 あと、放牧地のほうから視線を感じる。

 ぬめりとした束縛感が、ちょっと気持ち悪い。

 

「そういえば、ギョロ。今年も栗東にはすげえ馬が来たんだぜ」

「ブヒ」

「そいつが、偉い暴れん坊で、ボスのトーセンジョーダンも苦労してるだってさ」

「ブヒ!?」

「お前も結構、栗東じゃ偉いポジだろ~、気を付けろ……よ」

 

 そう土井さんが言った直後、一頭、葦毛の馬がこっちに駆け込んできた。

 

【殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!】

 

「す、すみません。土井さァん!! シップが!! シップが!!」

「うわぁ出たァ!! ギョロ、コイツが問題の馬だ!! 逃げろ!!」

 

 な、なんだこいつは、こっちを睨みつけながら頭が沸騰した馬が一頭、こっちに突っ込んできて――

 

 俺を前に急停止して、睨みつけてくる。

 

『何紋や我ェ、随分タッパはでけぇみたいだけど、このシマで俺を無視してデカイ面までするとは覚悟は良いんか、アァ!?』

 

 人の言葉に翻訳するなら、こんな感じだろうか。

 それにしても、めっちゃ睨んでくるやん。あと噛もうとしても来る。

 

『俺様が誰だと思って居やがる。テメェが何者かしらないがヨ。俺様に傅かないなら、こうだぞ、こう――』

 

 みたいな感じだろうか。

 正直、あしらったり距離を取ってやってもいいわけだが――俺の脚元には丁度土井さんがいる。

 

 何より、誰かも分からない馬相手に退くのは癪だ。

 

 幸い、戦いは同レベルであれば発生する。

 

 俺は、最大限目を見開き、体を押し付けるように威圧する。

 一瞬でも、相手が怯めばいい、そうすればこいつの厩務員が間に合う。

 

 綱を引かれながら、何度か叱られて――

 やっと俺から離れていくが――しかし根性のあるヤツだな。コイツ。

 

「すみません。シップが……ヒシケイジに迷惑を」

「いえ、ギョロは、俺に危険がないように、壁になってくれたんですよ」

「ブヒヒヒヒ」

「グフッ」

 

 厩務員に叱られて、流石に立場を弁えたみたいだが……

 

 えーと――

 

『今日の所は、カタギに迷惑を掛けねぇために引いてやるが、テメエの面は覚えたぞ、コラ』

 

 かな?

 

 なんていうか、オルフェーヴルと比べても生意気なヤツだ。

 それにしても、ここまで頭がいいと今後苦労もすることだろう。

 

 そう思いながら、厩舎への道を再び歩むヒシケイジであったが――

 案の定、2012年、ヒシケイジはこの葦毛のヤバい馬に一生絡まれることになる。

 

 果たしてヒシケイジは、競走馬として飛翔し天高く咲き誇ることは敵うのか――

 幾多のライバルとしのぎを削り競馬界の頂点を掴む戦いが、今年もまた始まろうとしていた。




 誤字脱字、感想お待ちしております。
 明日も1800投稿予定です。
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