ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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誤字脱字報告、感想ありがとうございます。
アレがアレしたところまで行くので、ちょっと長いです。


2012春、阪神大賞典(中:2/3)

 2012年3月18日。

 さっきまで雨が降っていた曇り空の阪神競馬場にヒシケイジは立っていた。

 

 今から始まる11R、阪神大賞典は早山陣営が目指すGⅠレース、春の天皇賞の前哨戦と呼ばれているレースだ。

 

 例年、春競馬の目玉のレースではあるが――今日の入場者数は、公式発表では十二万人。

 

 スタンドに集まった人の海からも、去年以上に競馬に熱中する人々の気迫が伝わってくる。

 

 さすが、第三次競馬ブーム&注目馬二頭が揃ってしまっただけのことはある。

 GⅡとは思えない歓声を浴びる中、俺は久方ぶりに相棒、石破志雄に再開した。

 

 数か月ぶりに会った相棒にも、俺の成長は伝わっていると信じたいが――

 鞍上に座る相棒、石破 志雄は普段以上にローテンションな態度を見せていた。

 

「いや、美浦でも結構使ってもらえてるんだけど、まぁ、良い感じに乗っても――なんか地味だって言われてさぁ……」

「ブヒ……」

「あとケイジの全弟、全然お前に似てなくてさ……すっごい、ドンくさくて大変でさ……」

「ブヒッ!?」

「ま、やっぱお前しか居ないよ。うん……今日は、前目に付けて、冷静に、普通の競馬しような」

「ブヒッ!!」

 

 なんだか悩みが多そうな二枚目ジョッキー石破 志雄に俺は景気よく返す。

 ちなみに今日は、ヒシケイジ、一枠一番、二番人気、2.9倍。馬体重534kg(+11kg)――支持率は25%ほどらしい。

 

「うひひひひ!!」

「オルフェ……オルフェ!?」

 

 理由は簡単、史上七頭目の三冠馬である金色の暴君。

 あっちで首振ってるオルフェーヴルがいるからだ。

 鞍上の雰囲気イケメン生添 賢治ジョッキーが、アタフタしているが――

 

 大丈夫か、アイツ。

 稍重な馬場に反比例するように、周囲にいる馬達のテンションも普段より高いように感じる。

 

「ケイジ、放っておこう」

「……ブヒ」

 

 普段通りアップが終えた俺達が遠巻きに見ているだけでも――今日は正直、ヤバい馬が多い。

 だからこそ、冷静な石破 志雄が頼もしい。

 

 俺達は、馬たち以上に熱狂するスタンドを横目にバックストレッチの入り口に向けて歩いて行った。

 

『お昼過ぎまで降っていた雨は上がりました、替わって痺れるような緊張感が包んでまいりました阪神競馬場です。史上七頭目の三冠馬オルフェーヴルと葦毛の豪駿ヒシケイジが2012年のスタートラインに立ちます。迎えて60回目の阪神大賞典。先輩三冠馬ナリタブライアン、ディープインパクトの二頭も古馬初戦に選んだ伝統のGⅡ(グレードツー)です』

 

「オルフェーヴル、本当に、なんか調子よくないんだな」

 

 普段通り、ゲート前でスタッフさんに曳かれながら周回する中、石破 志雄がボソリとつぶやいた。

 直後、G2のファンファーレの後、阪神競馬場が大地を揺るがすほどの大歓声で轟く。

 金色の暴君、オルフェーヴル。葦毛の豪駿、ヒシケイジ。

 

『あぁ今お聞きいただけましたでしょうか GⅡにもかかわらず、大きな拍手と歓声が上がっています阪神競馬場です』

 

 今年の直接対決は、これが初めてだ。

 というか、今年アイツに会ったのが今日が初めてだ。

 

 信楽ノーザンファームで調整し、ギリギリで検疫を受けてやってきたアイツは見た目だけは万全だ。

 

「ブヒッ」

 

 ラジオで聞いたが春の休養明けは、波乱が起きるものらしい。

 レースの期間が開いたことで、調子を崩す馬、万全な競馬が出来ない馬が出る。

 

 そんなタイミングだからこそ、俺は出来る限りしっかりと今日に備えてきた。

 人間の記憶があるからこそ、気を引き締めて調教に望み、イキった後輩をボコボコにし、しっかり喰って体も作った。

 

『さぁオルフェーヴルが収まります、春の淀へ、そして秋のロンシャンへと続く3000mです』

 

(いくらオルフェーヴルとはいえ、有馬の俺と同じに見てもらったら困るぜ)

 

「ケイジ、過信は禁物だ。冷静に行くぞ」

「ブヒッ」

 

 ゲートに収まり、一瞬の静寂。

 今日は俺は最内枠、オルフェーヴルは逆に大外。

 

 まぁ――条件は平等だ。

 

 ガタンとゲートが開いた直後、俺は普段通りスタートを切る。

 

「うおっ……」

 

 石破 志雄が一瞬、驚くほどのスタートダッシュ。

 重心を下げ、長く脚を広げて、どっと一歩を長めに取る。

 

 股関節を上手に使ってトモに込めたパワーを地面に伝える走行フォームをこの冬、俺はしっかりコソ練してきた。

 

『第60回阪神大賞典、今飛び出しました。ヒシケイジ素晴らしいスタート。オルフェーヴルも綺麗に出ました』

 

 今日のレース、他の馬も決して弱い面子が集まったわけじゃない。

 

 俺とオルフェーヴルを入れて12頭――

 

 そのうち、ヒルノダムールとジャガーメイルは、去年と一昨年の春の天皇賞を取っており――

 ナムラクレセントとトウカイトリックは、去年と一昨年の阪神大賞典を取っている。

 

『オルフェーヴルとヒシケイジ、果たして今日どんなスタートを見せるんでしょうか2012年初戦です』

 

 要は先輩馬を蹴散らして、世代交代を果たせばいいわけだ。

 出来るかではなくて、やらねばならない。

 

『二番手の位置にヒシケイジ、三番手、外からビートブラック』

 

 と、正直掛かり気味のヒシケイジであった、が――

 

 が――

 

 ちらっと外側を見た瞬間、俺は、その、現実と自分の正気を疑った。

 

『そしてジャガーメイルが追走して、オルフェーヴルと生添賢治はジャガーメイルを右斜め前に見るような格好――』

 

 見間違うはずもない、尾花栗毛。

 

 お、おお、オルフェーヴルが前に居るゥ~~~~~~~~~~!?

 

 俺は脳を金色の100㌧(ゴル○ィオンな)ハンマーで叩かれたような衝撃を受け――

 思考が冷静を通り越して、ブルースクリーンな状態まで叩き返された。

 

「ケイジ……控えて」

 

 あ、相棒の指示、手綱を緩めて、現状維持――

 

 はい……ヒシケイジ、控えます。

 今日の指示は、前気味で控え目、普通の競馬をする――だよな。

 

 そうだそうだ、間違えてはいけない。

 

『ちょっと今オルフェーヴルはジャガーメイルよりも前に出て三番手に上がろうとしています』

 

 空気に飲まれかけたヒシケイジが冷静に頭を冷やす中、オルフェーヴルは、さらにさらにとヒートアップしていく。

 

 うん大丈夫ではないな。

 正直、先行するリッカロイヤルとビートブラックに挟まれている俺よりも大丈夫ではない。

 

『その後ろです、ヒルノダムールがいました さらにはコスモヘレノス』

 

 馬の本能的には、あまり気分がいい状況ではないが――

 幸いにして、競馬的には悪くない。

 

 ペースを作る役割は先行馬に譲って、しっかり脚を貯めて最後の切れ味勝負に持ち込むレース展開。

 石破 志雄にとっては得意なレースだし、俺もしっかりと調教で重視して来た場面だ。

 

『その後ろの黄色い帽子これが去年の勝ち馬ナムラクレセント』

 

 ラジオの情報曰く、阪神大賞典は脚を長く使うレースらしい。

 可能なら三コーナー当たりから加速し、ステイヤーとしてしっかり脚を使える馬が有利だそうだ。

 

『インコース、七年連続の出走、ディープインパクトと共に走ったこともあるトウカイトリックです』

 

 いい――電光石火のレース展開も悪くないが、最後にぐっと逆転するのも主人公らしくていい。

 

 俺は、今年に入ってから、しっかり去年の敗因を分析して来た。

 体の使い方分かってなさすぎ、焦り過ぎ、焦り過ぎ、ビビり過ぎ。

 

 もっと本気で、もっと相棒や、おやっさん達、オーナーや皆に夢を見せれるレースをするためには――

 俺自身が、メンタルを強く持たないとダメだ。

 

『その後ろから菊花賞馬のオウケンブルースリ ピエナファンタスト そして最後方追走コパノジングーですが――』

 

 だからこの状況でも、しっかりと前を見て――維持だ。

 インコース、出来る限り柵の傍を通るように、ハロン棒を横に緩くコーナーを回っていく。

 

『あーっと!! ナムラクレセントが行ったッ!! 去年のこれは春の天皇賞と同じような格好か!!』

 

 隣で明らかに無謀なスパートを切った馬に煽られても、維持だ。

 まぁ――そもそも、前にいるキッカロイヤルに蓋されてるから、維持だ。

 

『ナムラ……クレセントが先頭に立って、場内がどよめいています』

 

「いいぞ、ケイジ――キープだ」

 

 そうだな、相棒、俺は焦らないぜ。

 こんな無謀な仕掛けに乗って、序盤からスタミナを消費してはいけない。

 

 確かに俺達なら、ここからスパートしたって勝つ目はある。

 だが、俺達が挑むレースは――凱旋門賞は、そんな奇策だけで勝てるレースじゃないはずだぜ。

 

『ナムラクレセント先頭で二馬身半から三馬身のリード』

 

 だが、ホームストレッチに駆け込むナムラクレセントの姿を見ながら、どよめきはさらに増していく。

 俺達を迎えるのが歓声じゃないのは残念――と思ったところで、俺の脳裏に最悪の展開がよぎった。

 

『前半の1000mが1分04秒9、かなり遅いペースになっています』

 

 もし、もし――俺の、最悪の予感が当たってしまったならば……

 このレース、とんでもないことになってしまうのではないだろうか。

 

「ケイジ、左前、横は見るな……」

 

『さぁそして二番手以降です リッカロイヤルがいて――』

 

 ああ、相棒――もう、分かる。

 言わなくても、掛からないから……大丈夫だ。

 

『さぁ!! ご覧の金のタテガミを靡かせながら三冠馬がスタンド前にやってきました!!』

 

 ヒシケイジはもう自分の心配をする暇がなかった。

 そう、俺の左前にいたビートブラックを抜けて飛び出していった。

 

『なんとオルフェーヴルが二番手に上がってきた!! オルフェーヴルが二番手に上がってきました!!』

 

 ああ、掛かっている。

 オルフェーヴルが掛かっている。

 

『前から二頭目ですオルフェーヴル、今までにない格好になった! 場内騒然!』

 

 場群の隙間から正面スタンドが見える。

 

 もう誰も、俺を見てない。

 大歓声、いや、怒号、あるいは悲鳴というべき声でスタンドが埋め尽くされている。

 

 今日のお客さんは殆どが、オルフェーヴル。

 お前に期待していたような気がするんだが――!?

 

『さぁそして三番手の位置にリッカロイヤルですが、ご覧のようにナムラクレセント!!』

 

 第二コーナーを回る俺の眼前で、オルフェーヴルが悠々と進む。

 経済、そうだ。落ち着いて経済コースを回るんだ。

 

『オルフェーヴル、この手応えはどうなのか生添賢治、先頭に立とうとしているぞーーーッ!!』

 

「キープ、ケイジ、キープ……」 

 

『一コーナーから、二コーナーでレースが動いている!! 先頭に立とうとしているオルフェーヴル!!』

 

 相棒、分かってる。分かってはいるが――

 

『ナムラクレセント、オルフェーヴルこの二頭が並ぶような格好で向こう流しに入って行きます!!』

 

 別の意味で、俺の頭はスパークし、思考の整理が追い付かずからっぽになっていく。

 

『これは少し予想外の展開で場内騒然、その後ろ三番手以降を見てみましょう。ビートブラック、リッカロイヤル』

 

 オルフェーヴル、俺、今日のレース、結構――期待、してたんだぜ。

 

『コスモヘレノス、二番人気ヒシケイジ、そしてジャガーメイルがいました』

 

 ライバルとの直接対決――

 

『ヒルノダムールは虎視眈々と良いポジションをキープしています。さらにはトウカイトリック』

 

 なのになんだ、お前……マジで、競馬を――競馬を忘れちまったのかよ。

 

『そしてこの位置にオウケンブルースリ、ピエナファンタスト、最後方からコパノジングー』

 

 クソッ――!!

 そんなの、俺が馬鹿みたいじゃないか!!

 

『ご覧ください上の画面、上の画面、なんとオルフェーヴルが三コーナーを目前にして先頭に立っています!!』

 

――パシィ!!

 

 阪神競馬場、三コーナーを前にした坂に入ろうとしたところで石破 志雄が予定していた位置で鞭を入れる。

 俺は後退したリッカロイヤルを躱して、ぐんぐんと前に出る――

 

『今までにまったくなかったケースです、オルフェーヴルこれはどうなんでしょうか 第3コーナーを迎えている――』

 

 ペースを上げて、前の馬を抜き去りにかかる。

 

『生添賢治は懸命になだめている どうなんだ! どうなんだ! アクシデント発生か!!』

 

 悪いが、序盤掛かった馬に引っ張られたお前たちと違って――今日の俺は、万全だ。

 俺が悠々先頭に立ち、隣に立ったオルフェーヴルを一瞥したとき――

 

 すでに、オルフェーヴルは、レースをあきらめたかのように減速していた。




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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