ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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誤字脱字報告、感想ありがとうございます。
明日から、春の天皇賞です。


2012春、阪神大賞典(エピローグ)

――古馬となったオルフェーヴルとの初の直接対決に勝利したヒシケイジの石破志雄騎手です。おめでとうございます。

「ありがとうございます。丁度、第三コーナーで逸走したとき、こっちもスパートを掛けた所だったので気が気じゃなかったですね。結局、追われに追われてって感じになりましたけど、ケイジが良い競馬が出来ててよかったです」

 

――昨年から、悔しいレースが続いていました。古馬になって、ヒシケイジどう変わりましたか?

「調子自体はホント良かったけど、デカくなった分、色々と無茶が利くようになったり、逆に利かなかったり――常にハミは取ってくれる馬なので、そこは信頼していましたね。何より内枠だったので、ケイジの良さが出てたと思います」

 

――レース中は出入りの激しいところもありましたが。

「そうですね、空気に飲まれかけたところもありましたが抑えて、いい位置をキープしてくれました。オルフェーヴルが逸走した時、すっごい気にしてたので、あそこで心配し過ぎてついていかないかが一番心配でしたね」

 

――直線の手ごたえはどうでしたか。

「四コーナー回る時から、しっかり加速して条件は整っていたので、ケイジがしっかり答えてくれましたね。普段通りのいい加速が見せられたので、嬉しかったですね」

 

――今日も最後、石破騎手へのコールが起こっていました、古馬になったヒシケイジ、いいレースを見せてくれそうでしょうか。

「クラシックから大分悔しいレースが続いていましたけど、勝ちに等しいような内容でしたし。大分、馬としてもメンタルが成長してくれたので、得意なところで走っていければ、また期待に応えられると思っています」

 

――石破騎手、見事な騎乗でした。

「ありがとうございました」

 

◇◆◇

 

(うお~~~~~脚がいてぇ~~~~~~!!)

 

 2012年3月。

 

 阪神大賞典で、劇的な覚醒を見せたヒシケイジは、今日も馬房の寝藁の上に寝転んでいた。

 

 オルフェーヴルから煮え切らない勝利をもぎ取り、勝ちは勝ちだと安心していたのもつかの間――

 普段なら一日、長くとも二日寝ていれば治るコズミが、三日経ってもまだ治らない。

 

 普段であれば出ない跛行が出てしまっていることも相まって、俺は放牧に出るわけでもなく馬房でラジオを聞くニート生活が続いている。

 

『オルフェーヴル号、まさかの逸走。平地競走再審査の予定――』

 

 それにしても、まぐれとはいえ勝ったのは俺なのにラジオでは、ずっとオルフェーヴルの事ばかりやっている。

 勝ったのは俺なのに――と、思って前脚を上げた直後、まだ完治していない脚がずきずきと痛み、俺は藁の上で転がった。

 

『阪神大賞典はGⅡとはいえ前年度5倍の売り上げ――豪駿ヒシケイジに単勝で200万を賭けた猛者が……』

 

 あ、ちゃんと俺、ヒシケイジの話題もやっている。

 出来れば、レースの内容について話してほしいが――贅沢は言っていられない。

 

 それにしても、オルフェーヴル――土井さんの話では、阪神大賞典ではとんでもない額の馬券を紙くずに変えたらしい。

 なんでも、俺の複勝が1.0倍の元返しだったこともあり、オルフェーヴルの単勝に大分人気が流れてしまったと聞いた。

 

『春の天皇賞、当日は全国でライブビューイングが行われ、オンライン馬券の販売と連動される予定です』

 

 それにしても、第三次競馬ブーム恐るべし。

 4月の春の天皇賞、一体どれだけの人が集まってしまうのだろうか。

 

 俺は、現地で集まった人の期待に応えることが出来るのだろうか――

 

 出来る。

 

 今の俺なら、問題なくできる。

 ヒシケイジは炎症でひりつく手足を庇いながら、心に炎を燃やしていた。

 

「なぁ、ギョロ――やっぱり、オルフェーヴルが心配なのか!?」

「ブヒッ!?」

 

 そんな気持ちを知ってか知らずか、厩務員の土井さんは俺にオルフェーヴルが心配かなんて聞いてくる。

 

 おいおい土井さん、勘弁してくれ俺は今は、自分のことで精いっぱいなんだ――

 いくら、オルフェーヴルがライバルだからって、奴の心配までしてはいられない。

 

「いいんだぜ、別に、心配しちゃうのは仕方ないぜ……」

「ブヒッ……」

 

 それでも、土井さんは、俺の心を見透かしたかのように――

 俺の心に刺さった小さな棘の存在を指摘してくれた。

 

「そりゃ、オルフェーヴルは強いし、ヤバイやつだし。負けたら悔しいけどさ――別に、大嫌いで酷い目にあってほしいとかは、思ってないんだろ?」

「ブヒィ~~~~~」

 

 そうだ、そうかもしれないが――

 やっぱり、俺は俺の心配で精いっぱいだ。

 

 クラシック戦線、有馬記念、今でも負けたレースを夢に見る――

 古馬になったからって、負けるのが怖くないわけじゃない。

 

 勝てるなら勝てるに越したことはない――

 

 そんな、ヒシケイジの思いに関係なく、時間は過ぎ――

 予定より大分遅くなってしまったが、ヒシケイジの調教は再開された。

 

 時は2012年4月も下旬――オルフェーヴルは問題なく、平地調教再審査に合格した。

 

 ヒシケイジのコンディションも、また、ほぼ万全なものに戻っていた。

 とはいえ、体重由来の脚部不安がまた、いつ出るか分からない状況であることには変わりなかった。

 

 晴れやかな空が広がる栗東トレーニングセンターの屋内プールでアップを終えたヒシケイジが、土井さんに曳かれて坂路コースへと向かうと、そこには約一か月ぶりの相棒の姿と、ここ最近よく出逢うアイツの姿があった。

 

『おうおう、ヒシケイジさんよぉ。GⅡレースに勝ったからって浮かれてんじゃねぇぞ。こちとら、お前に勝つために、バッチリコソ練して皐月賞まで取ってきちゃったからよ――あんま舐めてると、ブッ○してやるからな!!』

 

「神様仏様早山様、またまたシップに稽古をつけてくださるなんて助かります!!」

「いや、菅生。最終追い切りだから、ウチの厩舎の馬がローテの関係で休んでるだけだから」

 

 疲れ気味の早山のおやっさんの横で、ちょっとぽっちゃりとした菅生調教師が剽軽な低姿勢でペコペコと頭を下げる。

 なんていうか、最近のアニメではめっきりと数を減らした――ちゃっかりとした性格の人だなこの人。

 

 あと、ゴールドシップ。

 この前、ボコボコにしてやったのに全然へこたれてないようだ。

 

 実際、ヤツから敬意こそ感じるものの、一瞬でも隙を見せたら殺しに行くようなプレッシャーもヒシヒシと感じる。

 

「いやそれでもネ、早山さん。ヒシケイジ道場、栗東じゃ有名ですヨ。普段からヒシケイジと一緒にいる馬は調子が上がる。レースでも、ヒシケイジと一緒に走った馬の騎手から、レースの中で走りの調子が良くなるという声をよく聞きまス。実際オルフェーヴルやトーセンジョーダンは調子を上げ、ドバイゴールドカップで、ギュスターヴクライ。ドバイワールドカップでエイシンフラッシュが海外G1を取っている。ゴールドシップだって共同通信杯の後に、ヒシケイジと走ったあと明らかに調子を上げていタ。私としてはあり得ない話じゃないと思いますがネ」

 

「へぇ~!! 打田ジョッキー、そうなんだぁ……ギョロ、お前、誇らしいぜ」

「なんていうか、ありがたい話ですね」

 

 へぇ、そうなんだ。

 自覚はないが、土井さんに褒められたのでありがたく頭を撫でられておく。

 

 俺自身も相手の経験になるように意識して走ったのはヒシロイヤルとヒシパーフェクト、ゴールドシップくらいだが――

 思った以上に、俺は他の馬に影響を与えているものなのか。

 

 それにしてもゴールドシップの鞍上に座った打田 博士(うちだ ひろし)騎手――この人、めっちゃしゃべるのな!!

 お陰で石破 志雄が肩身の狭さから俺の鞍上で普段よりさらに小さくなっている。

 

「早山さん、ウチのウチダの剛腕ぶり、よぉ見てください!!」

「おう、石破……頼むわ」

 

 直後、石破 志雄が一礼し、この場から逃げるように俺を走らせた。

 最終追い切りに石破志雄が付いてきてくれるのは、久々だ。

 

 残り三ハロンまで悠々と逃げた俺達を追うのは、今年の皐月賞馬となったゴールドシップだ。

 

「シップ、悔しいか!! 悔しいなら――お前の成長を、見せつけろ!!」

 

 直後、俺の背後に一際強いプレッシャーが浮かび上がった。

 ゆっくりと、ペースを上げ始めたゴールドシップが、ぐいぐい加速して背中を追ってくる。

 

――パシィ!!

 

 直後、相棒が合図のように鞭を振るった。

 

 言葉にはしないが分かる、ゴールドシップは本気だ。

 今持っている全力をベットして、俺を追い抜こうと加速してくる。

 

『馬鹿、馬鹿、馬鹿のヒシケイジ!! 舐めやがって、舐めて塩を送りやがって――前に走ったとき、俺を弱いってバカにしやがって!! 俺だってなぁ、届く、届く、届くぞ!! 俺の本気を見ろォ~~~!! 俺もお前に、届くんだぁああああああああああ!!』

 

 みたいな――?

 

 いいな、それ。

 

 残り二ハロンーー

 

 本気の領域に脚を掛けたゴールドシップを称えるように、俺も同じ領域に上がってやる。

 次走に影響が出ないように――ごく短時間でお前から逃げきってみせる。

 

 残り一ハロンーー

 

 徐々に加速した俺の背後にゴールドシップが付く。

 前走から一週間しか経っていないのに、良くここまでついてきた。

 

――パシィ!!

 

 石破 志雄が最後だけ一杯になるよう、俺に催促し――瞬時に俺の体は閃光となった。

 

 突然の急加速に石破 志雄は冷静に騎乗姿勢を保ちながら一段上のギアでゴールドシップを引き離す。

 万全だ。これ以上なく、今の俺が万全であることが証明された気分だ。

 

 春の天皇賞、負ける気がしない。

 オルフェーヴルが、どんなレースをしようとも俺は奴に勝つ!!

 

「どうだ、石破」

「ケイジは万全です。脚部不安はロングスパートが原因だと思ったので、意図的に仕掛けを遅らせましたが正解でした」

「ああ、だが――春の天皇賞は、そんなに甘くはねぇ。お前の判断で使えるところまで、使って行け」

「わかりました」

 

 ああ、分かった。

 すべては勝つためだ。

 

 大丈夫、何度ボロボロになっても、俺はまたすぐに回復してやる。

 

『うわあああぁぁぁあああああああ~~~~~~~~~~~~~、また負けたああああああああああああああああああ!! 俺本気で走ったのにぃ~~~~~~~~~!! ヒシケイジ先輩糞野郎には!! もっともっとコソ練しないと勝てないのか!?』

「シップ、悔しいか!! 良いぞ、練習で悔しがれる奴が上がる!! シップ、ダービーも勝つぞ!!」

「くぅ~~~ウチダジョッキー、ゴールドシップ!! ほんまのほんまに期待してまっせ!!」

 

 かくして、俺と石破 志雄が2012年4月28日、春の天皇賞へ覚悟を決める中――

 俺達の背後では、菅生陣営の熱い青春物語が繰り広げられていた。




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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