ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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誤字脱字報告、感想ありがとうございます。



2012春の天皇賞(前:1/3)

 2012年4月28日。

 現地の混乱を回避するために、全国五大都市でライブビューイングが行われ、全会場に満員の観客が押し寄せる中――

 快晴の京都競馬場には、収容限界を疾うに越える13万人もの観衆が集まっていた。

 

 今日は第145回、近代競馬150周年を祝う春の天皇賞。

 会場に現れたヒシケイジを見つめる人々の視線は、相も変わらず熱を帯びている。

 

「ギョロ、おまえホントに――緊張しないのな」

「ブヒヒヒヒッ」

 

 ビビり気味の土井さんに、ヒシケイジは笑顔を返した。

 そうだな――確かに俺の中にも重圧は少なからずある。

 

 けれど、今日見に来てくれる人たちの声に耳を傾けたヒシケイジは、少なくない勇気を彼らから受け取っていた。

 

「ヒシケイジ、ホント成長したよなぁ」

「いいぞ~葦毛の豪駿!!」

「ヒシケイジでっけ……それにすっげえ自信ありげに歩くよな」

「去年はまだら模様だったけど、もう真っ白じゃん、アイツ」

「ヒシケイジは去年の冬から白かったよ」

「にしても、すっげえ毛ツヤもピッカピカだしよ」

 

 第三次競馬ブームが始まって一年が過ぎる中――クラシック戦線の善戦と宝塚記念での爆走に心を打たれてヒシケイジに夢を託してきた競馬ファンの達の前で、古馬となり競走馬として完全体となったヒシケイジは、雄々しくパドックを闊歩する。

 

 首を上げ、プレッシャーを意に介さず、伏目でリズムよく歩くヒシケイジの姿は、マスコミに「王子」と称された。

 ライバルである尾花栗毛の二枚目競走馬であるオルフェーヴルが「暴君」と例えられる中で――今日のGⅠ天皇賞は“双王対決”と称され、各マスコミは古馬となった両馬にとって、今後を占う試金石であると報道した。

 

 さらには昨年秋の天皇賞の勝ち馬トーセンジョーダン。

 3月30日にドバイで長距離レースに快勝したギュスターヴクライ。

 

 昨年度の天皇賞、春の覇者、ヒルノダムール。

 一昨年の覇者、ジャガーメイルが参戦を表明する。

 

 結果としてレースの注目度は、ディープインパクトの走った第133回天皇賞にも匹敵するほど跳ね上がっていた。

 

「流石に、ヒシケイジじゃない?」

「オルフェーヴル、流石に生添も反省したでしょ――」

「石破も大分信じられるようになってきたよな」

「ギュスターヴクライ、期間短くない?」

「でも、今日のウインバリアシオンはタケだぜ、タケ」

 

 そんな日本競馬の人気を背負う今日のヒシケイジは体重532kg(+2kg)。

 オルフェーヴルを抑えて久々の一番人気、単勝オッズ1.8倍の中、複勝オッズの元返しは最早風物詩と化していた。

 

 期待されていることを分かっているからこそ――裏切れない。

 だが、負けないためだけに走るんじゃない。

 誰かの夢のためだけに、走るわけじゃない。

 

 新調した青い手綱と、鐙をしっかりとチェックして、相棒である石破 志雄が俺にまたがる。

 

「ギョロ、石破ジョッキー。見てます!!」

「土井さん、絶対勝ちます」

「ブヒッ!!」

 

 そうだ。

 石破 志雄、今日、俺達は初めから勝ちにきた。

 

 ヒシケイジは誘導馬に従って、一歩一歩、歩みを進めて本馬場へと入場する。

 

「ヒシケイジ、良いぞ~~~~~~~~~~~~~!!」

「石破さぁ~~~~~~~~ん」「石破くんこっち向いて!!」

 

 直後俺と相棒に、想定以上の黄色い声援が浴びせられる。

 

 明らかに、声の量が去年の有馬記念を上回っている。

 よくわからないが、何らかの仕掛けが競馬場に施されているのだろう。

 

『今や遅しと待ち侘びるファンの視界に出走馬が入ってきました――天皇賞馬、三頭を含むGⅠ馬、六頭、いずれ劣らぬ十八騎、本馬場入場です』

 

「絶対余計なことやってんな……」

「ブ~」

 

『また、本日は京都競馬場以外に全国五ヵ所のライブビューイング会場からの声が、京都競馬場に届いております。五会場合計入場者は八万人!! 約二十一万人の競馬ファンの声が、この京都競馬場に前代未聞の熱気を届けております』

 

 ま、何はともあれ競馬は競馬だ。

 俺達の返し馬は普段通り淡々と淡々と進んだ。

 

(と、思ったけど――今日の本馬場入場曲なんか違うな――)

 

 会場の観客が、拍手でリズムを取り始める。

 実は俺、競馬にわかだから、この曲は初めて聞いた……

 

『一番初めに真打です。この銀馬には「王道」の二文字が似合う』

 

 直後、全国のライブビューイング会場が湧き上がる。

 東京会場に来ていた少女の瞳に映ったのは、白地に青の勝負服、青い馬具に飾られた純銀の豪駿であった。

 

『史上初、春のグランプリ馬三歳馬、葦毛の豪駿ヒシケイジ、石破志雄』

 

 相棒に目線を送ると相棒は、一瞬珍しげな表情を浮かべた後――普段通りの彼に戻った。

 

「ザ・チャンピオンなつかしいな……また、いろんなレース使えばいいのに」

「ブヒッ」

 

『彼ぞまさしく無事是名馬、七年連続出走のトウカイトリック 150,7km目の栄光のゴールへ、雪 秀明(ゆき ひであき)と挑みます』

(勝たせてやりたい。人気薄とはいえ、トウカイトリックは諦めていないどころか、調子が上がっているんだ)

 

『意表を突きたい、実に不気味な鞍上の一言! 三日月のメンコが動く時、レースは風雲急を告げます。ナムラクレセントとワンダー・龍神』

(この登録名、結局変え損ねた――ナムラクレセントの調子はいい。ヒシケイジにどう迫るかか――)

 

『三年前の覇者の回避で巡ってきたチャンス。その強運でどこまで モンテクリスエス、末岡花見(まつおかはなみ)、期するものがあるはずです』

(石破 志雄、去年の弥生賞以来、君へのリベンジを考えてきた。だが、モンテクリスエス――お前が望むなら……)

 

『8歳ながらその能力に陰りなし、返り咲きへと爪を研ぐ 一昨年の覇者・ジャガーメイル、詩依 宇佐美(しい うさみ)の手綱です』

「期待薄めって思われてる連中、見返すか!! ジャガーメイル!!」

「ビヒッ!!」

 

『八年前の逃亡劇を生んだ6番ゲートからの出航です 波乱への水先案内人・ゴールデンハインド、時之 卓也(ときの たくや)

(せっかくGⅠ出れるんだ、しっかり荒らして……グフフ、面白くなってきたッ!!)

 

『重賞未勝利でも軽視は禁物、淀は六戦五連対、ユニバーサルバンクと要 広野(かなめ ひろの)

「頑張ろう」

「ヒヒィ~~~~~~~~~~ッ!!」

 

『ドバイを沸かせた実力は伊達じゃない。父のDNA、確かな成長力、さらなる金星を狙うギュスターヴクライ、その背には海老名 政義(えびな まさよし)

(ギュスターヴクライが何時になく燃えている。この焦燥感は何だ――)

 

『四戦連続上がり最速コスモロビン、二年連続中山グランドジャンプ制覇の樫畑 大地(かしばただいち)、勢い十分のコンビです』

(豪駿と黄金がナンボのもんだ、競馬に絶対はねぇ――!!)

 

『長距離に見出した新境地、自分の形に持ち込んで再び起こすか大波乱 ケイアイドウソジンと 蒲田 優雅(かまた ゆうが)です』

「うう、ケイジとオルフェに真っ向からやったらダメだ。でもアイツら、絶対何かしてくるよなぁ……」

 

『 オルフェーヴル栄光の裏にこの馬の涙あり、五度目の対戦、今度こそ ウインバリアシオンと平成の盾男・日本のタケです』

 

(ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!!)

 

『会場から、ユタカコールが湧き上がっております』

 

「ウフフ、ウインバリアシオン、頑張ろう――頑張ろうねッ!!」

 

『桜咲かせた石坂厩舎が送るクレスコグランドと真中 裕(まなか ゆう)です』

(クラシックでは僕が間違っていた。今はクレスコグランドを信じるぞ!!)

 

『今をときめくゴールデンニックスも結果を伴ってこそ、己の交配、この一戦にあり フェイトフルウォーと 芝田 慶福(しばた よしとみ)

「芝田ですッ、フェイトフルウォー……運命がどうなろうと、芝田は彼を信じます!!」

 

『大阪杯で見せた復調の兆し、万緑の京都から薔薇王国の再建へ ローズキングダムと梧桐 剛鬼(ごとうごうき)

(ローズキングダム、分かるぞ。燻ったお前の熱血を再び燃え上がらせてみせる!!)

 

『悲願の初G1から早一年、絆を深めた人馬が挑む史上三頭目の春連覇 ヒルノダムール、富士田 銀司(ふじた ぎんじ)

(漢、富士田は分かってらァ、豪駿と暴君がバケモンってことくらいはよ。だが、ヒルノダムールはな、できる馬なんだッ)

 

『厩舎の後輩に遠慮は無用です、こちらは秋・春連覇を懸けて トーセンジョーダン、磐田 家康(いわた いえやす)

(ヒシケイジ、思えばお前を追い始めて、随分経った。今日はトーセンジョーダンで、お前と勝負だ)

 

『状態最高、連勝の勢いで、打ち負かしたい金色の怪物 ビートブラック牙山 俊一(きばやま しゅんいち)の手綱です』

「俺達で、喰らいついてやろうぜェ!! ビートブラックゥ!!」

 

『王道に相対せるのは覇道だけ、『暴君』の辞書に「常識」の二文字はありません』

 

 直後、会場にいた観客が湧き上がる。

 ヒシケイジにとっては、一か月ぶり――だが、有馬記念から疎遠になった黄金の暴君が來る。

 

(勝てるはずだ。実質20馬身差があったからなんだ――今日の俺は、昨日までの俺とは違う)

 

『人知を超えた強さで世界につながる圧勝劇を。金色の三冠馬、オルフェーヴル、生添 賢治です!!』

「ま、生枝さんにおこられんよーに、やろーや。」

「うひひひひ……」

 

 気づけば会場の熱狂はどんどんと膨れ上がっていく。

 遠く聞こえてくるのは、歴代の春の天皇賞を勝った馬を称えるムービーだ。

 

『この上空にまでファンの鼓動が届きそうです、さぁ私たちが目の当たりにするのは圧勝劇かそれとも――緑一色、最高の舞台が整いました京都競馬場です 歴史を重ねて145回目の天皇賞・春。ターフにひと際輝く金馬と銀馬に、全国の競馬ファンの熱い視線が注がれています。ヒシケイジとオルフェーヴル、果たして今日はどんなパフォーマンスを見せてくれるんでしょう』

 

 巻き起こる歓声と拍手が一層の熱を帯びる中で、ゲート前で、ゆっくりとスタッフに引かれて俺は周回する。

 意識をゆっくりと集中する中で、石破 志雄もまた、会場の熱を集めるかのように手綱に力を込めていた。

 

(石破志雄――今日はどうする?)

 

『さぁ今、スターターがスタンドカーに上がりました、胸も高鳴るGⅠのファンファーレです』

 

 生演奏のファンファーレが鳴り響く中で、二十一万の熱気は頂点に達する中――

 ヒシケイジとオルフェーヴル、古馬戦線における第二回戦が、今始まろうとしていた。




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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