ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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誤字脱字報告、感想ありがとうございます。

今日はギャグ回です。

人によっては不快に感じる表現があることに、気づきました。
言いたいことは、次回からヒシケイジはオルフェーヴルと絡むし凱旋門賞も出るということです。

キャラクターの感情整理の問題なので、読み飛ばして頂いて、かまいません。
ヒシケイジの出番は明日からです。
宝塚記念の出走は土日くらいです。


2012春の天皇賞(エピローグ)

 

◇◆◇

 

「キミから呼び出されるとはなぁ――石破クン」

 

 その日、大阪は雨が降っていた。

 丁度、世間は五月になろうという頃、スキャバル・ロンダナのネイビーを着た石破 志雄は、大阪の難波で、カジュアルなポロシャツに身を纏った生添 賢治と出会っていた。

 

 空は既に暗い。

 軽快な口調であるが、傘をさす生添騎手から内心は読み取れない。

 

 それでも、石破 志雄の意志は変わらなかった。

 

「なんや石破クン。その格好、似合っとるやん」

「取材で仕方なくですよ。ライディングウェアの方がマシです」

 

「なぁ、石破クン。同情ならイランよ?」

「同情じゃない。ただ、話は聞きたい」

 

 サンダルを履いた生添騎手が空を見上げる。

 彼の声に、周囲の人が足を止める。

 

 ざわざわと、周囲の人々の視線が俺たちに集まり始める。

 ちらほらと王子って声が聞こえる。

 

 困った――最近、テレビに出過ぎたか?

 予定が狂った――だから、メディアって苦手だ。

 

「なぁ、そろそろ行こか。金ないから、安いとこでええやろ」

「はい」

 

 石破 志雄は目の前の彼に頭を下げた。

 

 オルフェーヴルとヒシケイジの不調について、気になった旨を伝えた時――

 おやっさんからは、好きに判断しろ――と言われた。

 

 だから俺は迷わず、この人、生添騎手へと連絡を取っていた。

 

「いい店やろ」

「落ち着きます」

 

 彼が連れてきてくれたのは、沿線にある小さな小料理屋だった。

 天ぷらなんかをやってるいい店で、狭いのに小奇麗で明るい。

 

「おっちゃん、この人知ってるやろ。いいとこ見繕ってや」

「なんや、ケンちゃん。この人噂の王子様やんか、マジの有名人やで……」

 

 バレてる。

 でも、一切、詮索してこない。

 

 アポなくやってきても、接し方は度を越さない。

 良い店だ。

 

「石破クン、ここの天ぷらは引くほど美味い」

「マジすか」

「だから嫁と子供以外、他の誰にも教えたらアカンで」

 

 出てきたのは、地の物のような、アナゴと鱚。

 アスパラと、獅子唐か。

 

 俺はアスパラを一口。

 

 齧る、口に入れた瞬間、火入れのお陰で柔らかくなった野菜の繊維が抵抗なく引き裂かれる。

 

 その瞬間、口に不快感のない青臭さと甘さが広がる。

 瑞々しい、新鮮な味わいというか――甘ッ――なんだ、これ。

 

 今まで喰ったアスパラと感覚が違い過ぎて脳がバグる。

 

 ドン引きはしないが、尊敬の念が止まらない。

 柔らかい身を、塩で喰うだけなのに、喰っていて雑な味というか不快になる要素が一切ない。

 これ――好きだな。

 

 出されたら、出されるだけ喰う自信がある。

 

「うん、好きだ」

「おっちゃ~ん、石破クン、リアクション薄いけど、彼の好きはマジで好きだからね!!」

「ありがたいわぁ……それじゃ、あっちでテレビ見てるから」

 

 はは――気を遣うとこまで一流だ。

 

 俺は出された徳利から、そっと冷を生添騎手に注いだ。

 注ぐ音は、テレビのバラエティーから聞こえる笑い声にかき消されて聞こえない。

 

 沈黙、一拍おいて男はちゅっと猪口を傾ける。

 

「別になんてこたない。オルフェーヴルは凱旋門賞に行く――そのためには、ウルトラCみたいな競馬はダメやと、生枝さんと話し合った。勿論、ヒシケイジ抜きでできなきゃ話にならんわ。だから、お前らをハブってたらこのザマやわ」

「それは……」

「だから、石破クン。これは俺とオルフェーヴルの責任や。もとはといえば――俺らがオルフェーヴルの前で、イイデタイガーとヒシケイジの話をし過ぎたのが原因やから、かまわんといてな」

 

 石橋 志雄はその時、、生添 賢治という漢が見せた表情に、彼が向き合っていた重圧の重さを感じていた。

 

 筆舌に尽くしがたいプレッシャーと、期待を背負う漢の顔。

 それは、俺とヒシケイジ、それが感じている重さとは似て非なる、質の違う重さだだった。

 

 クラシック三冠に勝った騎手は――このような重さを感じているのか。

 負けて、負けて、負けた俺など、まだ良いものだと思えるほどに、目の前の男が感じている圧力は――

 

「だから、同情は要らん……時間が解決するか分からん以上、結局、どこかでな、どうにかせんといかんのよ――生枝先生は、本当にうまくやっとる。ボクのミスで始まった平場再検査の分の出遅れもどうにかなるやろ――何より」

 

「それでも――!!」

 

 石破志雄は声を荒げながら、猪口を傾けた。

 

 飲まずにはいられなかった。

 

 その日、かつて彼が菊花賞。あの大一番で負けた俺にしてくれたことを思い出していた。

 悔しがれ、立ち上がれ、失敗して挑み続けろと俺に言った一人は、目の前の疲弊して、くたびれた、三枚目の――誰よりも馬に向き合う男の言葉だった。

 

「あかんわ。騎手やってると馬だけやなくて、人の言いたいことも分かってまうな……でも、どうにもならんやろ、僕らは騎手、調教師すらオーナーの下請けってのは、分かるやろ?」

「それでも――凱旋門賞にケイジを出すように、進言してみます」

「できんやろ。君の一存で、出来るわけない」

「いや、多分ですが――綾部オーナーなら、言い出していると思います。どうせオルフェーヴルのことですから帯同馬、決まってないんでしょう? なら、ヒシケイジで行きましょう」

 

 そう言って、俺は二本目の徳利の中身を手酌で全て飲み干していた。

 

 頭に血が登ってるのがわかる。

 笑うなら笑え。

 

 その時、石橋 志雄は携帯を取り出し、早山先生との連絡用に用意してある土井さんのラインに向けて、「綾部オーナーにケイジを凱旋門賞に出してもらう」とメモをした。

 

 これで忘れない。

 

「マジか……はは、そうなったら、嬉しいな。そろそろ申請の期限も終わるから――ヒシケイジ出ないと思ってたわ。マジでやるなら、キミとボクでワンツーフィニッシュや。オルフェーヴルとヒシケイジなら、余裕よ余裕」

「ええ、やってやりましょうよ。何が凱旋門だ。ヒシケイジとオルフェーヴルなら、ワンツーフィニッシュなんて余裕ですよ」

 

 そういって、石破 志雄は生添 賢治と拳を合わせる。 

 石橋 志雄にとっては苦笑した恩人を奮起させることが出来るならば――そう思っての行動であったが――

 

 翌日――ホテルで寝ていた石破 志雄は――

 早山のおやっさんの鬼電にたたき起こされ――

 

 午後には、滋賀県、栗東トレーニングセンターに降り立っていた。

 

 頭を下げて早山厩舎へとたどり着くと――

 

 そこにいたのは、顔を青くした土井さん。

 わなわなと呆れた顔の早山のおやっさん。

 妙にやる気のある調教助手の門田調教師。

 

 そして、目をキラキラと輝かせた車椅子に座る綾部オーナーと、困り顔で父を支える雅秀社長の姿であった。

 

「石破、お前、お前ってやつは――!!」

 

 俺は、直後、早山先生に肩を揺らされながら――昨日ラインを送った相手のアイコンをよく思い出していた。

 

(間違ったッ)

 

「石破くん!! 聞いたよ。昨日、雅秀に私にケイジを凱旋門に出すようにと、ラインしたんだろう!? まさか、それほど――ケイジに期待していたとは!! 実際、国内秋古馬三冠と迷って――迷って、迷っていたんだが……逃げてはいかん。私も見たい、自分の持ち馬が凱旋門に勝つところを――見たいッ!!」

 

 ああ、俺は馬鹿だった。

 ヒシケイジ、酔ったときに慣れないラインを送るときはちゃんとグループ名を見よう。

 

 俺との約束だぞ――!!

 

「石破騎手」

「はい」

 

 そして、渦中の雅秀社長が冷静に口を開いた。

 

「君も社会人だろう。何があったのか、正直にいい給え」

「はい――」

 

 石破 志雄は、洗い浚いすべてを吐いた。

 

「ヒンッ」

 

 それはもう、すべてを吐いた。

 それが結果として、綾部オーナーの心に消えない炎を灯すことは、最早分かり切っていた。

 

「申し訳ございませんでした!! 以後慎みます!!」

 

 俺は、即座に土下座した。

 

「石破ジョッキー、包み隠さず話しますね!!」

「石破ァ……お前、やりすぎ……」

「ハハハ!! だがわかる。本来ならどうにかならないかと考えて、早山先生にお伺いをしたうえで、宝塚記念の成績を見たうえで判断させようとしたのだろう?」

 

 早山陣営の方々には――

 幸いにして、お許しを頂くことができそうだった。

 

 違う、これは自棄を起こしているだけだ。

 実際、行くことは心の中ではわかり切っていた。

 

 そのうえで、凱旋門というレースの事は――

 心の底で、考えない様にしていたのだろう。

 

 世界最強の馬が集まる、世界最高峰のレース。 

 凱旋門賞は、日本競馬界における明らかな「壁」であった。

 

「雅秀……」

「はい」

「石破騎手も反省している。ケアレスミスは意欲ある限り必ず起きる。水に流してあげなさい」

「わかりました。石破騎手。頭を上げたまえ――あと、今後はきちんと手元を見て酒を飲むように」

「あー、あと、石破くぅん……私、私もね。正直、ヒシケイジが――凱旋門賞で奔る所は見たいッ、はっきり言う。騎手は変えないッ!! 君以外に、ヒシケイジは任せられない。そのうえで――私は――」

 

「はい」

 

「どのような過程を通ろうとも、ヒシケイジとオルフェーヴルが凱旋門賞でいいレースを走る姿が見たい……そのうえで、出来れば勝ちたい。取りたいッ!! ヒシケイジに、凱旋門賞を取ってほしい~~~~~~~~ッ!!」

「親父ッ、はっちゃけすぎだ!!」

 

「雅秀ッ、そういう所が、お前のちょっと残念な所だ!! ヒシケイジなら勝てる!! 今年ならイケる!! 今年でなければ――ヒシケイジは種牡馬として後の人生を考えるタイミングが来てしまう!! ヒシケイジは育ち過ぎたッ、あの体重は――必ず馬の脚に来る。彼が今の濃密な調教を続けられるのは、今この時だけだ!!」

「親父ッ、ぶっちゃけすぎだ!!」

 

「だから、早山先生……頼む、この通りだ。ヒシケイジの不調は聞いている。彼のやる気もきっと、オルフェーヴルと共に走れば戻る!! もう、私からサンデーレーシングに掛け合う!! だから土井くん、門田くん。六月の追い切り調教では――頼むぞ!!」

 

 前略、芝田先生。

 俺、石破 志雄は、今――せっかく良い出会いをして、お世話になっている厩舎の皆様に、多大な迷惑をおかけしています。

 

 それでも、芝田先生。

 

 俺、石橋 志雄はデコにこびり付いた土を拭いながらも――

 己が旗手となって、今、一番心が震える瞬間に立ち会っています。

 

(ケイジ――そうだ。俺は勝ちたい。お前と凱旋門賞に勝ちたい!!)

 

 2012年5月初旬――

 アベコンツェルンと早山陣営は、ヒシケイジを凱旋門賞に参戦させることを決めた。




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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