本日、UA50000人も突破しておりました。
引き続き、頑張ってまいります。
2012年、8月15日
ヒシケイジとオルフェーヴル、フランスへと旅立つ。
当日、日本全国で二頭の壮行会とも呼べるイベントが行われる中、両馬は現地時間8月25日午後5時47分。
フランスのシャルル・ド・ゴール国際空港に到着した。
ほぼ12時間、瞑想の中にあったヒシケイジは特に疝痛もなく、気づいたころには見知らぬ空、見知らぬ空気。
見知らぬ馬房のなかで、飼い葉を喰っていた。
「もそもそもそもそ……」
「うひ……」
オルフェーヴルの【こいつ、おかしいよ】みたいな視線は無視だ。
現地の獣医師共の「ヒシケイジ、これ、馬ですか?」みたいな会話も無視だ。
(ていうか、フランス語――分からんから何言われても気にしないもんね)
「ケイジ、お前……時々お前、自分から他人をドン引きさせに行くよな」
直後、ヒシケイジは厩務員の中に、聞きなれた声の男が混じっていることに気づいた。
俺は、フランス語分からない――
だから、元が人間だから、なんて余裕を見せていたのだが――え、石破 志雄!!
気づいたときには、俺の体を他の誰でもない主戦騎手にして相棒である石破 志雄がブラッシングしてくれている。
なんで相棒がここに居るのか、分からない。
俺の頭は、即座に処理を停止した。
「オルフェーヴル、ヒシケイジ、両馬ともに海外搬送は初めてとは思えないよ」
「ええ、小森先生。ケイジは本当に疝痛もストレスも感じていないようです」
「オルフェーヴルの方は、ケアを重点的にね。ケイジは出来るだけ石破くんがついてあげるように」
「はい、ケイジというわけで俺が土井さんの代わりをやるから、よろしく」
爽やかな声の青年である小森先生と会話している厩務員は、誰でもない石破 志雄だった。
え、嬉しい。
即座に処理機能が停止した俺であったが、結構嬉しい連絡に即座に脳が再起動する。
我ながら、現金だ
「ケイジ、俺がいてびっくりしただろ」
「ブヒ」
「八月から、こっちに武者修行扱いで来てるんだよ」
「ブヒ~~~~!!」
なるほどね、俺は飼い葉を喰うのも忘れて相槌を打ってしまう。
「早山さんから、お前の勝手を知ってるスタッフとして、送り込まれたから」
「ブヒ」
「まぁ……あんまり心配しなくてもいいからな」
「ブヒ~~~~!!」
相棒!!
やっぱり、相棒だよ。
アニメや漫画でだって、悩んでいるときに、ここまで真面目に相棒してくれる相棒は少ない。
それに、目を閉じなくても分かる。
このブラッシングのやり方は、土井さんがいつも俺にしてくれるヤツだ。
目を閉じたら、それこそ空気の匂いや味。
飼い葉の配合から水の味以外がちょっと違う以外は、ほぼ栗東の早山厩舎と変わらない。
レースのために向かう美浦トレーニングセンターや中山競馬場の馬房よりも、ずっと早山厩舎だ。
「ブヒ……」
隣から俺以上の待遇を受けながら【いいなぁ……】みたいな目線を送ってくれるオルフェーヴルのことなど忘れ――
気づけば、俺はほろりと涙をこぼしていた。
相棒の手つきからすら、おやっさんと土井さんの気持ちを感じる。
俺の日々を支えてくれる門田さんの技を、相棒は受け継いでいる。
この場所がこんなにも普段の居場所に近いのも――
綾部オーナーと、雅秀社長のお陰に間違いないだろう。
ゴールドシップ、悪いな。
あんなに励ましてもらったのに、そもそも俺は誰にも、見捨てられてなんかいなかったらしい。
「ケイジ、そんなに気持ちよかったのか?」
「ヒシケイジ、報道じゃ頭がいいと繰り返えされていたから、寡黙な子かと思ったら、むしろ大分熱血タイプだね」
気づいたら、俺の馬房の周りには小森先生や他のスタッフが物珍しそう集まっていた。
「ですね、俺と一緒で馬鹿なヤツです」
「ブヒ~!!」
それは余計だって!!
――と、俺は、少し怒りの表情を浮かべる。
周囲から「うわぁ」とか、「おぉ……」みたいな声が返ってくる
普段はファンサービスとしてニコニコとしている俺のギョロっとした目と、素の表情を見たからだろう。
「ほら、こうやって本当はギョロギョロしてるから、幼名はギョロなんですよ」
「へぇ、一度テレビの特集で聞いたけど、すっごいディクタスアイだ。感動しちゃうよ」
「でも、ケイジ。実際頭は良いですよ――聞き分けは良いし努力も怠らない良い馬ですよ」
「ふむ、愚直という奴だね。愚かなほどに真っ直ぐ、何かに打ち込む姿勢は美徳だよ、石破くん」
えへへえへへへへ――
引き続き、俺を褒める声が聞こえてくる中――
俺のフランス、シャンティイ調教場での俺の生活が始まった。
妻子を置いて、渡仏して来た相棒は文字通りスタッフとして俺には、ほぼほぼ付きっ切りであった。
いい意味で信楽くらいに風光明媚で絵になる自然の中での曳き運動をしてくれるのも相棒。
坂路はないけど、普段通りの調教メニューをこなしてくれるのも相棒である。
まだ、本調子には見えないオルフェーヴルが、ヒーコラ言う中だが俺は違う。
相棒が居る、相棒が見ているんだ。下手な姿は、見せられない。
そうだ合宿だ。
これは、合宿フェイズだ。
プールや坂路も無くても関係ない。
これはアニメで例えるならスポコン作品でも珍しくなった、己を定められた調教内容で追い込みに追い込む合宿フェイズなのだ――ならば、この場所でするべきことは一つである。
喰って、喰って、喰って寝ることだ。
オルフェーヴルがフランスでの飯が合わないみたいな視線を送る中で、俺は飼い葉を喰った。
放牧に出されれば、フランスに生えた新鮮な芝を喰った。
水をたらふく飲んで、飼い葉に寝転がって星を見つめながら寝た。
ラジオは持ってきたが、まぁ、日本語の番組がなかったからお守り代わりだ。
動いて、喰って、寝て過ごす。
お陰で一週間も経つ頃には、俺の体は日本にいたころ以上の張りを取り戻していた。
「ケイジ、本当に凄いね。見てわかるくらい、デカくなったじゃん」
「俺、日本に帰ったらどやされますよ。コイツ、脚部不安が出ないように今年大分絞ってたんですから……」
「ま、でも前にも行ったけど――ヒシケイジは、愚直に勝とうとしてるんだと思うよ」
そうだぞ、相棒――そんな後悔するような視線を向けるな。
俺は本気だ。本気で――オルフェーヴルに勝つ気でいる。
だいたい一カ月半。
目の前にいる少しチャラい口調の小森先生は、大分いい先生だ。
オルフェーヴルは凱旋門賞に向けて、しっかりと仕上がるはずだ。
だが、俺はそれ以上に仕上げてやる。
そうだ、成長してやる。
オルフェーヴルに勝てるレベルまで走って喰って寝て成長してやる。
それが、俺が出来る。
俺なりのオルフェーヴルとの戦いだ。
「とか思ってるんだろうな、コイツ」
「ヒシケイジ、いいみたいだナ」
その日、9月5日。
シャンティイ調教場のコースで、俺は相棒に普段通りの馬具を取り付けてもらった後、相棒を鞍上に乗せて最終追い切りに向かっていた。
「ええ、大分――ていうか、宝塚以上になってしまいました」
「ハハハ、ケイジはドリョクするタイプだ。これはショウブもわからないな」
そういって、快活に笑うのはオルフェーヴルの鞍上に座るクリストファー・ソロモンだ。
コイツ、日本語がしゃべれるのか!?
「ソロモンさん、その、前から思っていたのですが、上手ですね」
「ツネにツーヤクにコメントさせるのもワルイからヒッシにベンキョウしたんだぜ――フランスゴと、ハナシながらだとコンセンするから、フランスでハナすのは、ココでだけだがな――」
流石は、世界最高の騎手だ。
生添よりも、よほど人間が出来ている。
元来人見知りをするはずの相棒は、コイツのことが嫌いだった気がしたのだが――
気づけば、両者は軽い世間話をするくらいには仲が良くなっていた。
「いいねいいね、絵になるよ、君達――ヒシケイジは逃げて、オルフェーヴルは追って――さあ、行け!!」
小森先生の合図で俺達は走りはじめる。
オルフェーヴル、鞍上が違うってのはお前が想像する以上の負荷のはずだ――
フォワ賞でも負ける気はない
そう思っていたヒシケイジであったが――
気づけば、俺は悠々と走るオルフェーヴルにあっさりと差し切られていたのであった。
「オルフェーヴル、スゴいよ――イシバ、オレ、カっちゃうぜ?」
「うひひひひ……」
無言の石破 志雄を背にヒシケイジが戦慄する中、9月15日フォワ賞が訪れる。
五頭立ての小さなGⅡレースにおいて、ヒシケイジの立場はいまだに「挑戦者」のままであった。
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。