2012年9月。
渡仏して夏合宿を経たがごとく成長したヒシケイジは、実にあっさりオルフェーヴルに抜き去られた。
「オルフェーヴル、このウマ、イセカイからキた? オレがショーガイ、ノったウマのなかでイチバンはしるゼ、コイツ」
「ソロモンさん、流石にありえませんよ。実際、よく走る馬ではありますがね」
ヒシケイジは狭いコースの端によって、必死に息を整えていた。
フランスに来て三週間、ほぼ完ぺきに回復したオルフェーヴルの脚は宝塚記念まで戻っていた。
俺は走って喰って寝て、一杯に走って――結局抜き去られてしまった。
相棒も普段通り憮然とした態度を取っているが、手綱からは明らかに悔しさが伝わってきていた。
ソロモンの軽薄な態度もむしろ、入れ込む石破を落ち着けようとしてのことなのだろう。
(クリストファー・ソロモン、朝日杯以来だけど、気配りは一流だな……)
「おー、流石!! 二頭ともマジのレースを見てる気分になったけど――いつもこんな感じなの?」
「小森先生、日本だとケイジとオルフェーヴルは、毎回こんな感じですよ」
「イッタイどんなスパルタだヨ、イシバシユーもダイブドクされてるナ、ニトーともチョーキョーリョウからモチベーションまでイジョーだゼ」
「確かに、二年もやると慣れてないとは言いませんが……そうなんですかね」
余裕癪癪に近づいてくる小森先生と対話しているうちに、石破 志雄が少しずつ冷静に戻っていく。
だが、幾ら頭を冷やしてみたとしても、オルフェーヴルへの悔しさが心の底から湧き上がってくるのは変わらない。
それは相棒も同じなのだろう。
クールダウンしてもなお、相棒の手綱はきつくきつく握りしめられていた。
「石破くん、引き続き。ケイジの世話をよろしくね」
「はい」
「コモリセンセイ、オレにはナンかないの?」
「むしろ、何かしてくれるの? 来週と来月、今日みたいな最高の騎乗を見せてくれればいいよ」
「
「はい……」
良好な最終追い切りの結果に上機嫌の小森先生を背に、俺と石破 志雄はマンツーマンで調教の汚れを落としにかかる。
「ケイジ」
「ブヒ……」
「悔しいな」
「ブヒ……」
クールダウンの運動の後、石破 志雄は俺の蹄鉄をチェックしていく。
三週間もやれば、慣れたものだ。
相棒はシャワーを掛けながら、ブラッシングをして、ハナから蹄、タテガミから尻尾までしっかりと俺を洗ってくれる。
「フォワ賞では、逃げてみよう」
「ブヒ!!」
その後、蹄油を俺の蹄を満遍に塗って指で油を馴染ませる。
丁寧に丁寧に、仕事をしていく相棒が、やっと口を開く。
「自分でペースを作ってハイペース気味に逃げよう。兎にも角にもオルフェーヴルの末脚を鈍らせないと勝ち目はない」
「ブヒヒヒヒヒ!!」
俺は石破志雄の言葉に頷くように首を上下させる。
そうだ――相棒は、やはりオルフェーヴルに勝つための作戦を考えてくれていた。
俺が出来ないことを相棒がする。
相棒にどうにもならない馬としての資質を俺がどうにかするんだ。
その想いと共に、餌を喰いに喰ったヒシケイジは来る九月十六日。
ヒシケイジはオルフェーヴルと共に、ロンシャン競馬場に到着していた。
「うひ~」
俺、移送に強い馬ヒシケイジ。
オルフェーヴルは、ちょっとばかし入れ込み気味だ。
相棒が、スタッフとフランス語で会話したのち――
とりあえず、曳き運動を始めることになった。
「ケイジ、オルフェーヴルを落ち着けてくれないか?」
「ブヒ……」
「うひ~!」
安心しろ、相棒。
俺の後ろを歩いているオルフェーヴルは、少し散歩を始めたらすぐに上機嫌になってきた。
それにしても、オルフェーヴル。
約二カ月くらい一緒にいるけど、なんというかいい意味で気が抜けている。
俺に甘えられるというのもあるのだが、少しずつ気の抜け方も覚えてきたようだ――
スタッフに感謝されながら、俺は相棒と共にパドックへと向かう時間が来た。
今日、俺の傍に土井はいない。
相棒の傍にバレットはいない。
ないない尽くしだが、幸い小森厩舎からスタッフさんが一人来てくれたおかげで、相棒は俺に騎乗することが出来た。
ていうか、もう相棒が乗るのか。
これがフランス競馬、俺が知ってる常識が何も通用しない……
◇◆◇
2012年9月16日。
パリ・ロンシャン3Rであるフォワ賞のパドックが始まった。
直前までインタビューを受けていたソロモンがオルフェーヴルに乗り、パレードリングを俺とオルフェーヴルが歩んでいく。
幸いパドックを見ている人は多い。
だが、現地の人は少ない。
代わりにテレビ局の人が目立つ感じだ。
相棒曰く、サマーシーズンの合間にも競馬ニュースは凱旋門に挑む俺達を取り上げていたらしい。
オルフェーヴル、ヒシケイジ、暴君と豪駿、日本二強立つ――
きっと今日のレースも同じようなテンションで報道されることは間違いない。
現地の人々の期待と困惑でざわつく中――俺とオルフェーヴルは、静かな闘志を燃やしながら待機所へ――そしてゲートへと向かった。
『四歳の秋、日本二強の初戦はロンシャンから、凱旋門賞という大目標に向かってまずはこのレース、フォワ賞でそのパフォーマンスが試されます』
ゲートに収まる馬は五頭だ。
数は少ない。だが、俺たち以外の三頭はどれも指折りの馬だった。
『一枠五番、ヒシケイジは三番人気。なんと馬体重540kgの大台に乗ったとのことです』
二枠二番、メアンドルはGⅠ三勝。騎手はミカエル・ギーヨン。
相棒曰く2010年、フランスのクラシック戦線で馬鹿勝ちして、リーディング2位、獲得賞金では1位となった後に去年もリーディング2位を取った名手だ。
三枠一番はフィオレンテ。直前のGⅡに勝って調子を上げている。
コイツの鞍上は、キアラン・ジンロン。漢字表記「範仁龍」。グレーな経歴が多いが、凱旋門の勝ち鞍もある古豪だ。
四枠三番はジョシュアツリー。GⅠ一勝。直前のGⅡにも勝った馬だ。
鞍上は、ダービー以来で見る“世界最強”ジャンカルロ・フランキー。
10代での年間100勝突破。その後もイギリスでのダービー、キングジョージVI世&クイーンエリザベスステークス。
俺達が目指す凱旋門賞にブリーダーズカップといったレースに勝ちに勝ち'96年にはアスコット競馬場で開催された全七レースを全て優勝するという暴挙を達成したりと、石破 志雄が珍しく目を輝かせていたので、聞いた内容をほぼ覚えているが割愛する。
『ゆっくりとオルフェーヴルは五枠四番、向かって行きました』
面白い。
誰が相手でも石破 志雄を鞍上に置いて、負ける気はない。
俺はオルフェーヴルの帯同馬だがバーターじゃないぜ。
「ケイジ、逃げるぞ」
直後、ガタンとゲートが開き、俺は普段通りに飛び出した。
『さぁ凱旋門賞へ向けてフォワ賞、今スタートを切りました』
稍重、海外の芝を踏みつけながら、俺は遠慮一つなくぐんぐん加速していく。
モニターを見ていた海外の競馬ファンは、その瞬間、銀色に磨き上げられた馬が極めて美しい歩法でゲートを飛び出したのを見た。
逃げた。あの白い馬が、白と青の勝負服を着た騎手の手で逃げていく――
そうか、帯同馬として、ラビットがしたいのか――
あるいは日本でのデータを見る限りは、予定通りか――
ヒシケイジ、もしかしなくても主役を喰うつもりか――
『オルフェーヴルはしっかりとしたスタート、豪駿ヒシケイジ、石破志雄は普段通りハナを取る』
現地の、あるいはこの中継を見ている日本中の競馬ファンが混乱する中、ヒシケイジはしっかりと加速していく。
いいぞ、オルフェーヴル、ペースメイクがお望みだろう。
他の馬の事なんて知らない。
最ウチを取ったからには、俺がフォワ賞を取らせてもらう。
『ジョシュアツリーが二番手、五頭まだ間隔は開いていませんが、その後ろからメアンドル』
稍重な馬場だろうが関係ない。
密度の濃い芝だろうがなんだ。
「そうだ、ケイジでろ――」
豪駿ヒシケイジ鞍上の指示通り、ペースを上げる。
俺はそもそもスピードとスタミナ、パワーを併せ持つ馬として評価されて来た馬だ。
芝だろうが、ダートだろうが――
俺の走りは普段通りだ。
『さらに外オルフェーヴル。掛かってはいけません――平坦なコースが序盤続きます』
ゆっくりと、それでいて確かな手ごたえを地面に伝えつつヒシケイジは他の馬を引いて進む。
海外勢から見ても極めて速い競馬だった。
ヒシケイジがぐんぐんと前に出て、他の馬を置き去りにしていく。
『内側にフィオレンテという体勢になりました』
なるほど、これがヒシケイジ。
息を吞む人々の視線を集めながら、白馬が軽々と他の馬を引き離していく。
競馬初心者が見ても、ヒシケイジは冷静だ。
掛かっていないことは、誰にでもわかる。
だが、ヒシケイジのペースは、宝塚記念の以上のハイペースな競馬であった。
『さぁ我らが豪駿ヒシケイジ、メアンドルと同じくGⅠ三勝、オルフェーヴルを気にせず堂々とした道行だ』
レースは序盤も序盤。
だが、既に後方とは数馬身は差をつけている。
ヒシケイジは石破 志雄のサインに合わせるようにして、馬群を先導していく。
頭数が少ないなら、ひたすらに自分のペースで奴らが追い付けない場所まで逃げればいい。
後で何と言われようと、オルフェーヴルに勝つ。
ヒシケイジのフォワ賞にかける気持ちは本物であった。
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明日も1800投稿予定です。