ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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毎度毎度の誤脱報告、感想ありがとうございます。


2012秋、ジャパンカップ(中:2/4)

 2012年11月25日。

 晴れ間が見えた空の下、11R、ジャパンカップのパドックを歩くヒシケイジを多くの人が見つめていた。

 

 普段より、更に多い限界を超えた人、人、人の波がヒシケイジ達、サラブレッドに向けられる。

 

 東京競馬場に集まった人数は公称21万人。

 全国12ケ所でライブビューイングが開催され、計15万人の声が届けられる前代未聞の大レース。

 後年、第三次競馬ブームにおいて語られぬことはないこのレースに、人々は熱狂の目を向けていた。

 

「うおお~~~~~っ、久しぶりに見れたぜ、ヒシケイジ……」

「なんか、一年ぶりだけどめっちゃデカいな~、ケイジ」

「オルフェーヴル、マジで気迫入っちゃってるけど、大丈夫だよな?」

「あ~、ま、やっぱこの二頭は目立つよね~」

 

 俺は緊張しながらもパドックで向けられる期待に、普段通りの姿で返す。

 目を伏せ、姿勢を正し、歩く姿はしなやかに――何時だって行儀よくが信条だ。

 

「ギョロ、マジでお前、肝が据わってるなぁ~」

「ブヒ……」

「俺はもう、目の前のオルフェーヴルが怖いよ……」

「ブヒヒヒヒヒ……」

 

 俺を曳く、土井さんが普段通りひそひそと俺に話しかける。

 本来、G1の大舞台に慣れているはずの土井さんが及び腰になるほど、今日のオルフェーヴルは確かに仕上がっていた。

 

 分かりやすく言葉にするなら、今日のヤツは“覇気”を身に纏っている。

 まるで勝つべくして勝ちに来た生き物かの如く、オルフェーヴルのプレッシャーが脈動している。

 

(宝塚記念とも、凱旋門賞とも違う――)

 

 俺も気を抜けば、脚がすくまないか――といえば噓になる。

 だが、今日のレースにかける思いも含めてオルフェーヴルに負けるつもりはない。

 

「パパ、ヒシケイジ。すっごいやる気だね!!」

「やっぱヒシケイジ? 三冠馬二頭よりも豪駿かな~?」

「いや、トーセンジョーダンだって負けちゃいないぜ……」

「エイシンフラッシュ、流石に距離がまずいか?」

「そんな事より、ジェンティルドンナでしょ。見ろよあれ……」

「ソレミアもよく来たわ凱旋門賞一二三着までそろい踏みじゃん」

 

 何より、今日のレースは決して俺だけを応援する声で溢れているわけじゃない。

 俺がちらりと前の方を見ると、そこには一頭、すらりと仕上がった馬が歩いている。

 

 確か――ジェンティルドンナ!!

 この前会ったヴィルシーナに勝ってたヤツだ。

 

 ラジオ番組を聞く限りでは、大分良血で凄い差しが強いという噂だけ聞く。

 

「ジェンティルドンナもよくやるよ……オークスと同じコースとはいえさ……」

「豪駿と暴君に勝てるか? サンデーレーシング的にはドレかが勝てばいいのかね?」

 

 つまり、一切油断はできない。

 

 それは競走馬へと夢を託す人々の間でも同じ状況となっていた――

 

「で、結局どの馬がいいわけよ~」

「俺はもう初めから、ケイジと三冠馬しか見てないね」

「オルフェーヴル、お前に賭けて、俺はモヤシを脱出する……」

「俺は、どうしようかな……あの三頭が抜けて強そうなのは分かるけど――面白くないよね」

「ムホホ、幾ら安定しているとはいえ、大穴を期待する人も多い……難しいところですな」

 

 結局のところ、人々の夢はそこそこに分散された。

 

 ヒシケイジ、一枠一番、550㎏(増減なし)。一番人気3.6倍。

 

『世界と日本が競馬で繋がる日曜日、サンデーアフタヌーン、第32回ジャパンカップ、招待馬5頭を含む17頭の本馬場入場です』

 

 複勝は相も変わらぬ1.1倍。

 相棒を鞍上に迎えて、本馬場に入場した彼を迎える歓声は、第三次競馬ブームの立役者としては十分な物であった。

 

 もう慣れてしまった、大型スピーカーによる大歓声を背に、ヒシケイジは普段通りに返し馬をこなす。

 

『春の天皇賞のラッキーナンバーそのままに、豪駿五度目のGⅠ成るか。凱旋門賞はゼッケン1番、石破志雄』

 

 歓声を受け止める石破 志雄も慣れたものだ。

 馬場の状態を確かめながら、俺達は本番に向けて体を温めていいく。

 

『府中のロングストレート、追い込みに賭けるは英国・スリプトラはナイル・カレン』

 

「なぁ、ケイジ」

「ブヒ?」

 

 どうした相棒?

 俺は、鞍上の石破 志雄が口を開いたのを聞き逃さなかった。

 

『父ジャングルポケットは11年前の日本総大将 去年3着・ジャガーメイル、ミリア・ウインドウ』

 

「俺、今日勝ちたいわ」

「ブヒヒ」

 

 そりゃ俺も勝ちたい。

 そう答えるように、ケイジは相棒にだけ分かるように頭を振る。

 

 相棒の事だ、これだけで俺の考えは伝わっているだろう。

 

『ハナ差も体半分も届かない思いは明日への力へ変えて フェノーメノ、エルコンドルパサーの海老名 政義』

 

「綾部オーナー、大分持ち直したからって雅秀社長と見に来てるんだよ」

「ブヒ!?」

 

 なんだって!? そりゃ勝たないといけない。

 

『今年の夏に初めて手にした重賞タイトル。英国・マウントアトスはレオン・マイアームです』

 

「でも、今日、オルフェーヴルがいるだろ」

「ブヒ」

「それに鞍上は、生添 賢治だ」

「ブヒ」

「だから、凱旋門賞みたいにやっても勝てないと思うから、すげえ迷ったんだけどさ――」

「ブヒ」

 

『堅実を誇るG1実績を胸に。赤い帽子のレッドカドー・英国、ジェラルド・モッセ』

 

「今日は逃げる。お前の脚が溜まるペースで逃げて、スパートで行く」

「ブヒ~」

 

 逃げる、逃げか――オルフェーヴル相手の逃げ、マトモに決まったのは距離が味方した春の天皇賞以来だ。やれるのか。

 

『キャリア最多の33戦、実りの五歳秋 メイショウカンパク、打田博士』

 

 俺の疑問を余所に、相棒は騎乗姿勢のまま言葉を続ける。

 

「理由はいくつかある。一つは枠が最内なこと」

「ブヒ」

「二つ目は今日のオルフェーヴルがヤバいから、極力距離をあけたいこと」

「ブヒ」

 

 なるほど、確かに分からないことは少ない方がいい。

 

『ダービーの称号に加わった盾の輝き、今度は世界だ エイシンフラッシュ、ウオッカのクリスティアーノ・リュミエール』

 

「三つ目は、前走が単純に差しだから読みを外したいこと」

「ブヒ」

「四つ目は、お前のスパートが完全な状態になる距離の限界を俺が掴んだこと」

「ブヒ!!」

 

 なんだって、それは俺にとっても完全な寝耳に水であった。

 確かに最近、相棒が俺と走るとき、スパートのタイミングを計って待つ競馬をしている気はしたが――

 

『その女傑と鼻突き合わせたツーショットから3年。オウケンブルースリ、真中 裕』

 

 そうか、俺の走りについて、相棒はデータの裏打ちをしてくれていたらしい。

 

「お前なら分かると思うからハッキリ言う」

「ブヒ」

「お前が“フロー”に入ったときの末脚、どう脚を持たせても700m……ハロン棒3.5本越えると一気に疲れが出る」

「ブヒ~」

 

『すべての勝利は東京に捧げます。ダークシャドウ、スクリーンヒーローのミルコ・ディムロスと共に!!』

 

 なるほど、だから凱旋門賞も前の追切も――同じくらいの位置でスパートしたのか。

 

「だから、今日は出来る限り前で脚を貯めて、優位な位置で一番いいスパートを切りたいんだよ」

「ブヒヒ」

 

 いいぜ、相棒――面白くなってきた。

 

『地球を旅して七ヶ国目、ミラノ大賞典優勝。英国・ジャッカルベリー、オルム・マルドゥーク』

 

「それと、今日、前走から走りを変えるのには理由がある」

「ブヒ?」

 

『一昨年の優勝馬、鞍上が思い出したG1の感触と共に――ローズキングダム、そしてスペシャルウィーク、ディープインパクト、JC・3勝はおなじみユタカ』

 

「ケイジ、俺達は凱旋門賞に勝ったよな」

「ブヒ」

「世間的には俺達は追われる立場だ」

「ブヒン」

 

『母エアグルーヴ、2着2回の悔しい舞台、孝行息子、悲願を誓って ルーラーシップ、コリン・ビリーズ』

 

「当たり前だけど、俺達の走りは研究される」

「ブヒ」

「だからこそ、俺達は挑戦する立場でいたい。俺達はずっと挑戦者でいよう」

「ブヒ!!」

 

『ロンシャンの刺客、日出づる国で再戦か。オー ソレミア。仏国、ジャングルポケット、ゼンノロブロイのオリバー・パールです』

 

 そうだ、俺はここ最近他の馬の思いを受け止めることが多くて――忘れるところだった。

 今日、今まで、何時だってヒシケイジは、挑戦してきた馬のはずだ。

 

『エリザベスを見送ってスーパーヒロインは挑戦者。ジェンティルドンナ、アドマイヤムーン、ブエナビスタの磐田 家康』

 

 だから感じるぜ――

 多くの意志が俺を見ている。

 

『一年前の天皇賞レコード、JC・2着の自信を胸に。トーセンジョーダン、オルフェ昨日の友、クリストファー・ソロモン!!』

 

「ヘイ!! イシバ・シユー!! 早い再会だな!!」

「ソロモンさん。どうもです」

「おい、シユー。今日のアイツはヤバいぜ……オルフェーヴルには気をつけろよ!!」

 

 直後、俺達の背後から声を掛けたのは二か月ぶりのクリストファー・ソロモンだった。

 此方に追いついて石破 志雄と拳を突き合わせて、走り去っていく。

 

「清々しいな……誰かと違って」

「ブヒ」

 

『最後にG1・5勝馬、大外枠、染め分け帽子の堂々』

 

 さぁ、来た――プレッシャーが迫る。

 戦うべき相手は、今、後方にいる。

 

『今日のゴールが日本への凱旋門、オルフェーヴル、愛馬と5ヶ月ぶり生添 賢治です!!』

 

 さぁ今日の決着を付けよう、オルフェーヴル!!




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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