特に昨日は急な分割更新なのに、皆様見ていただき感謝の言葉もありません。
2012年が終わろうとしていた。
第三次競馬ブームが始まって二年。
ヒシケイジが凱旋門賞を獲得した興奮冷めやらぬ中、ジャパンカップが幕を閉じた。
オルフェーヴルとの二頭同着という結果には、大なり小なり紛糾も巻き起こった。
とはいえ、言ってしまえば一度のレースの結果である。
香港ヴァースでのギュスターヴクライの快走。
前年度と同じく三冠馬の有馬記念優勝。
ロゴタイプがヒシケイジの全弟であるヒシテンケイを押さえて朝日杯フューチュリティステークスを勝ち抜くなど――
第三次競馬ブームの火が隆盛へと至ろうとする中、少しずつ葦毛の豪駿以外のスターが日本競馬を盛り上げていく。
そんな渦中の馬であったヒシケイジの放牧先については、記者会見の場においても公表されることはなかった。
ジャパンカップの後、怪我はなく体調は良好とされたが次走は未定。
それは一年間、日本競馬へと真摯に臨んだヒシケイジに対する早山陣営が贈るせめてもの御褒美であった。
ヒシケイジはJRA年度代表馬、最優秀四歳以上牡馬に選出されることは確実と見られていた。
◆◇◆
「ギョロ、おーいギョロ、朝だぞ……」
2012年12月、何日だっけ。
俺はその日、北海道の田辺牧場で寝藁の上に寝転んでいたところで田辺さんに起こされた。
『おはようございます。今日は12月30日――』
あ、2012年12月、30日。
マイネームイズヒシケイジ、ヒシケイジは北海道の日高町で自堕落な生活を送っていた。
長期放牧として生まれ故郷に帰るのはだいたい一年ぶりだ。
ヒーターはあるが寒い冷え込む馬房の中、中綿がはいった馬着を身につけた俺は飼い葉をもしゃもしゃと食べて目を覚ます。
今年の競馬は、この前終わった。
あ、有馬記念はゴールドシップが勝ったと聞いた。
俺はといえばジャパンカップの後に綾部オーナーと一緒に口取り式を終えた後、速攻で北海道へと送られてこの始末だ。
GⅠ五勝目の看板も、北の大地じゃ通用しない。
俺は普段通り起きて、普段通りに散歩し、偶に走ったり群れの皆を見たりしている。
別に一年が経とうと、北海道は何も変わらず俺を受け入れてくれている。
俺に全弟がまた生まれていたり、ちょっと牧場が新しくなったり、馬房が綺麗になっていたり――
細かい違いはあっても、朝に見上げる空の高さ、青さは何も変わらない。
(思い出の中のあの日と一緒だ。)
そうだ。今は雪に閉ざされているが――あの日と一緒だ。
俺が春の青草の上を走ったあの場所に戻ってきていた。
ブルル、にしても寒いな……
動いてたら全く気にならないが、脚を止めると12月の寒さは堪える。
辛いというか、何かをしていないと落ち着かない感じだ。
「すまんなギョロ……」
だからというわけではないが、田辺牧場に帰って来てから俺はよく追い運動の馬として田辺牧場の仔馬を追っている。
生まれてから10か月から9か月、彼らも来年になれば育成牧場へと移る。
そんな彼らに少しでも競走馬としての資質や意欲が芽生えて欲しいという思いから、俺は今日も彼らを追う。
「どうだ、ギョロ……いい奴はいるか?」
「ブヒ~」
うーん、それを言われると困る。
鞍上の田辺に急かされるように、彼らを追ってはみているものの――
まだまだ馬としての本能に従うのも、ビミョーな連中だ。
【うわー】とか【ひー】とか言いながらを逃げるのが精いっぱい。
勿論、彼らの中には俺の全妹ヒシネガイも混じっている。
真っ白な馬がなんというか、やる気なく逃げている。
でも、前に相棒やおやっさんに聞いた感じフツーは俺の血統は大分ゆるい感じの性格になるらしい。
最近厩舎に来たヒシテンケイも、なんか俺よりも親父に似たような性格だときく。
ならまぁ、仕方ないか――という思いで、かつて自分がそうされたように――仔馬達を追う。
かくして俺は【めんどくさ】という思いを仔馬達に向けられながらも――
自慢のディクタスアイを全開にして緩く緩く彼らを追って本能を刺激していく。
そうだ、逃げろ、逃げるんだ。
お前たちは競走馬として生まれてきた。
本能のように走れ、誰かのために走れ、全てを走れ。
そして、何時か思い出せ――走ることそのものが幸せだと感じる瞬間まで走れ。
とはいえ、俺も本気で彼らを追うなんてできない。
田辺さんも、もう若くはないから無理は出来ない。
(ま、しょうがないよな……)
そういうこともあり、日高町に帰ってから俺が本気で走る機会は失われてしまっていた。
そんな中――2012年12月30日。
午後――馬達が厩舎に戻る中、俺は一頭雪の降る放牧地を田辺さんに連れられて曳き歩きしていた。
身に舞っているのは、馬服ではなく牧場にあった運動用の手綱と鐙だった。
まるで今からレースがあるかのような格好に、俺は少し姿勢が正される。
あまりにも唐突過ぎる状況にワクワクしないと言ったら嘘になってしまう。
もしかして、相棒が來るのだろうか?
俺の期待を余所に軽くウォームアップをするように行われた曳き運動の後――
俺が厩舎に戻ると、まだ若い一人の少年が使い古された乗馬服を着て、俺の前に立っていた。
顔や見た目からは、分かりずらいが――まだ大人ではないことは確かに分かる。
けれど、今、彼の姿や視線からは、一人の人間としての芯が感じられた。
誰だ――そうか、あの日の“子供”か。
俺は、そんな見違える彼の姿を見た瞬間――
今年の初め訪ねてきた「子供」がそこに居ると、分かってしまった。
前にあったときは、驚いた表情のまま田辺さんに頭下げてたから乗せてやった子供だったのに――
今はもう、馬に携わる人間としての信念が瞳の中に揺らめいている。
「いいんですね、田辺さん」
「いいんだよ。ギョロにとっては少し遅いクリスマスプレゼントで、お前にとっては入学祝い――ヒシケイジ号は多分、日本でもっとも強い馬、世界で見てもコイツより強い馬が居るかどうか――お前がこれから多くの馬の才能を花開かせるなら、一度本物を知っておかないといけないだろう」
「ブヒ」
そうだな、田辺さんの言う通りだ――
俺は、自らしゃがみ――この少年が俺に乗りやすいようにする。
彼は、牧場暮らしで慣れているのか、難なく俺の上に座る。
鐙に体重が預けられたところで、俺はすっと立ち上がり、一旦田辺さんに曳かれながら日が傾く放牧地で雪を踏みしめていく。
「すげえ――」
「わかるか?」
「はい、こんなに乗るのが楽な馬は――初めてです」
「ギョロ、走ってやれ」
俺は、直後、鞍上の少年の扶助を受け、少しずつ――彼の技量を見極めるように脚を速めていく。
どこで覚えたのか、モンキーの姿勢で俺に乗る彼が手綱を扱く。
加速の合図、俺は一年前のあの日のように、二年前のメイクデビュー福島のように――
半年前の春の天皇賞のように、三か月前の凱旋門賞のように、一か月前のジャパンカップのように――
ぐっとトモに力を入れて、雪上を加速した。
「うおっ!!」
その加速に、少年は姿勢を崩さず着いてくる。
やるな……この時点で、前の調教助手よりはずっと優秀だ。
ならばと、俺は雪の上を加速する。
楽しい、やっぱり――走るのは楽しい。
前に、前に、踏み出す俺の熱が伝わったのか、彼は少しずつ普段の騎乗を思い出していく。
柵が迫る中、体重をずらし俺はぐっと遠心力に引きずられながらも、コーナーを高速で駆けていく。
その後は、加速――
俺のトモが生み出すエネルギーを、雪はまるで不良馬場のように受け止める。
それでも崩れない――ペースを守りながら加速する。
俺はもう一年間、成長した“本気”を彼に見せるように走った。
「すごいぞ、ヒシケイジ――お前、去年とは違う馬だ!!」
景色がぐんぐんと後方に流れていく。
1000mもない直線の中で、俺の走りは弾ける。
今この瞬間、俺の周囲に広がるのは阪神の、府中の、東京競馬場の光景だ。
俺は想像の中で、鞍上に乗った彼が未来に走るレースの夢を見れるように走った。
迫るのは誰がいい?
サダムパテックか――ウインバリアシオンか――
ブエナビスタは本当にすごい馬だった――
2000mなら、エイシンフラッシュは間違いなく俺より早いぞ――
先月のジェンティルドンナはすごかった――
来年のゴールドシップ、アイツに俺は勝てるんだろうか――
ああ、でもやっぱり――
追ってくるなら、アイツがいい。
オルフェーヴル。
何時だって、尊敬できる俺のライバル。
甘えん坊で、我がままで、勝ち気で何時だって自信をもって走る頂点捕食者であり、挑戦者。
黄金の暴君のお前と、走る瞬間が一番楽しいよ。
そうだ、楽しいんだ。
競馬は、走ることは、楽しいんだ。
「俺、絶対、騎手になるよ。お前の相棒の石破 志雄みたいな騎手になる!!」
そうだ、だから――必ずお前は来い――お前は来るんだ。
一人のジョッキーとして成長して、俺達の夢がつまった舞台にやってこい。
俺達が花開いた、あの舞台に来るんだ!!
俺はこの場にいる全ての人――厩舎にいる全ての馬に見せつけるように全開のスパートを見せつけた。
かくして、2012年は終わりを迎える。
膨れ上がったブームの果て、波乱の中で迎える隆盛が始まる!!
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
明日から隆盛編、始まります。