レース明日から走る予定です。
2013春、ヒシケイジ始動。
2012年、第三次競馬ブームと題打たれた熱狂に端を発し、悲願であった凱旋門賞優勝馬を排出した日本競馬は、11月のジャパンカップにおいて二枚看板であるヒシケイジとオルフェーヴルの二強の同着劇、12月の有馬記念におけるゴールドシップの年間無敗三冠、GⅠ四勝という圧倒的な成果と共に幕を閉じた。
続く2013年、スマートフォンの普及と共に新たな流行が社会へと広がる中においても、人々の競馬への熱量は、この隆盛を生んだ競走馬達のドラマが続く限りは衰えることはないと誰もが信じ、歪なほどに没頭していた。
そんな中、1月13日。
日経新春杯の舞台に上がったのは、誰でもないオルフェーヴルであった。
結果は「大差」をつけての圧勝。
有無を言わさぬ暴君の復活は、当日3月30日に行われるドバイシーマクラシックへの参戦という大ニュースと共に喧伝された。
この動きに、まず衝撃を受けたのはオルフェーヴルとの対決を熱望しながらも、春の天皇賞の連覇を悲願と捉えるアベコンツェルンと早山陣営であった。
一月中旬において、ヒシケイジは今だ休養中。
追加登録という線はあったものの全弟のヒシテンケイのクラシックが控える中、両馬の主戦騎手である競馬王子「石破 志雄」の騎乗計画の調整リスクを鑑みると春の海外レースへの挑戦は、事実無謀としか言えない状況にあった。
だが、それ以上の衝撃を受けたのは、JRAという組織そのものであった。
というのも第三次競馬ブームが徐々に世間に燃え広ったことを契機として、国内GⅠのレース数の拡充を熱望されていた彼らは春の中距離戦線の目玉として、3月31日の「産経大阪杯」をGⅠレース「大阪杯」へと昇格させる手はずを整えていた。
当初早山陣営は大阪杯を回避し、例年通り阪神大賞典を初戦と捉えていた。
しかし、その方針に口をはさんだのが、誰でもない馬主である綾部 雅一郎オーナーその人であった。
「ヒシケイジの種牡馬としての価値を定めるためにも、王道の中距離戦線でのGⅠが欲しい」
かくして綾部 雅一郎オーナーの鶴の一声により、ヒシケイジの年内初戦は3月31日の「大阪杯」と変更になったことが1月25日に告げられた。
2000mという数字は、今のヒシケイジにとっては適正距離と呼べるのか――
それから、2月10日の京都記念(GII)に勝ったトーセンラー、二着のジャスタウェイも大阪杯に参戦すると発表。
その懸念を覆すように、一頭また一頭と新たな俊英が、実力のある古豪たちが大阪杯の参戦を公表していく。
そして再起をかけるGⅠ馬ローズキングダムと、トーセンジョーダンが参戦を決定する中――
2月10日の京都記念(GII)に勝ったトーセンラー、二着のジャスタウェイが参戦を表明。
さらには、2012年有馬記念二着のオーシャンブルー。
再起をかけるGⅠ馬ローズキングダムと、トーセンジョーダンの参戦が決定する中――
初の3歳馬による宝塚記念制覇と謳われた本レースにおいて、エイシンフラッシュは展開が向かず三着。その後も2011年の有馬記念、2012年の宝塚記念、ジャパンカップとエイシンフラッシュはヒシケイジに惜敗を繰り返していた。
ヒシケイジとエイシンフラッシュ。
この両馬の因縁は、2011年の宝塚記念にさかのぼる。
初の3歳馬による宝塚記念制覇と謳われた本レースにおいて、エイシンフラッシュはヒシケイジのロングスパートにより早仕掛けを強いられ三着。その後も2011年の有馬記念、2012年の宝塚記念、ジャパンカップとエイシンフラッシュはヒシケイジに惜敗を繰り返していた。
ならば、エイシンフラッシュはヒシケイジに劣る馬であるか、これは否である。
この条件ならば、勝てるのではないか――エイシンフラッシュならば、勝てるのではないか。
ヒシケイジが如何に強い馬だとはいえ、その本質はステイヤーである。
最終直線の切れ味勝負では、他の優駿から一歩抜き出ているとは言い難い。
勝てるのではないか――エイシンフラッシュならば、勝てるのではないか。
今や日本競馬にそびえる高き壁となったヒシケイジは2月後半、しっかりと休養を取ったのちに栗東トレーニングセンターに帰還した。
◆◇◆
肝心なところでハミを取らず、しばかれたときには時すでに遅かった。
ヒシケイジは、暗い空気の漂う早山厩舎でもしゃもしゃと飼い葉を食べていた。
その理由は簡単、俺の弟ヒシテンケイに弥生賞の2000mは只々短かった。
結局いいところでハミを取らず、しばかれたときには時すでに遅かった。
俺と弟は飼い葉を食べるのは大好きであるが、全く似ていない馬なので仕方ないとはいえ――
その分厩舎の期待がかかるのは俺である。
「ブヒ」
「ブベ……」
ぼけーっと、飼い葉を喰らう弟を見ていると、やっぱり競走馬というのは難しい生き物だと思わざるを得ない。
昨年の暮れ、田辺牧場で追い運動をしている時もそうだった。
常に闘志を発揮する馬というのは決して多くはない。
だからこそ、俺が常に“本気”を出す意味があるのだが……
ヒシケイジが弟の前途に想いを馳せるなか、俺の初戦に向けての日々の調教は続いていた。
極めて温厚で、どちらかといえば優等生タイプの馬である。
オルフェーヴルやゴールドシップみたいな闘志あふれる肉食タイプではないが、根気強く接すれば本気で走る楽しさは覚えてくれるはずだ。
ヒシテンケイという馬は決してコミュニケーション能力を欠いているわけではない。
極めて温厚で、どちらかといえば秀才タイプの馬である。
オルフェーヴルやゴールドシップみたいな肉食タイプではないが、根気強く接すれば走る楽しさを覚えてくれるはずだ。
そう思って俺は、プール調教を弟と頑張る。そして、坂路コースを弟を連れて走る。
ウッドチップコースで、弟を連れて走る、ポリトラックコースで、弟を連れて走る。
そして、坂路コースを弟を連れて走る。
「ぶへ~」なんて言いながら【まってよ~】みたいなフリをしてついてくる。
門田さんと「ハハハ」と笑いながら、ペースを調整して追わせると付いてくるから実に可愛いものだ。
田辺牧場のヒシネガイを見ても思ったが、前世から兄弟が居なかったこともあり――
俺は、結構ブラコンシスコンのケがあるのかもしれない。
そうして、二周ほど軽く流すように坂路を走って戻ってくると、早山のおやっさんが昼寝から戻ってきていた。
俺はちらっと背後を向くと――ヒシテンケイは、やる気なくあくびをしていた。
おいおい、弟よ。早山のおやっさんは、調教師さんなんだから――もっとアピールした方がいいぞ。
この程度の調教、競走馬ならできて当たり前なんだからな!!
「おうい門田。その、バカーズは……どうだった」
「はい、テンケイはやっぱりケイジの弟ですね。心肺機能は同等――あとは、石破くんの剛腕次第だな」
「ぶへ~」
こらこら、門田さん。
ウチの弟をそんなに褒めないで頂きたい。
幾ら可愛い弟とはいえ――ここでツけ上がるようでは、クラシック戦線の勝利はない!!
「おう、バカ一号、ヒシケイジ」
「ブヒ」
「お前も、テンケイも世間一般から見ればおかしい馬なんだからな?」
「ブヒ……」
あれ、なんか怒られちゃった。
俺、何かしちゃいましたか?
まぁとはいえ、マンガやアニメでも、テンケイのような新人キャラは頭角を現してから勝負だ。
かくして3月27日の水曜日――
俺は四カ月ぶりの相棒を鞍上に迎えて、何故か栗東トレーニングセンターのダートコースでヒシテンケイとの併せ馬をすることになった。
それにしても――なぜ、ダート?
ちなみに俺はダートも結構いける。
「石破、今日は馬なりでいい。ケイジはやり過ぎなくらいだ」
「ええ、早山さん。分かりますよ――言いたいことは」
石破志雄と早山のおやっさんは目で通じ合う。
言葉を多く交わすことは出来ない。
なぜならば――
「いや、いやいやいやいや、早山くん。石破くん、遠慮はいらないよ!! 両馬共にのびのびとやらせてくれたまえっ!!」
「親父!! 今日はここから普通に調教をやるんだ。石破騎手が乗る前にテンケイがバテたらどうする?」
今日は車いすの上で杖を持ち、少年のようにギラギラと目を輝かせた綾部 雅一郎オーナーと、息子の雅秀社長が来ているのだ。
「たしかに……ちょっと気が入り過ぎていたな」
雅一郎オーナーは、息子の諫言を即座に受け入れて平静に戻る。
これがアベコンツェルンを支えた大器かと思わなくもないが、何時暴発するかは分からない。
「ケイジ、手早く行こう」
「ブヒ……」
俺は相棒の扶助を受けて、ダートコースを駆けだした。
ダートの荒れた土を踏みしめて、俺は悠々と走る。
疲労感もなければ、違和感もない。
長期休暇を経てヒシケイジは文字通り“完全”に復活していた。
ダートのあれた土を踏みしめて、俺は悠々と走る。
今日はそもそも最終追切だ――必死に走る必要はないが――
それならそれなりにやりようがある。
残り三ハロン、俺はダートを巡行するように走っていく。
楽しく、楽しく、そう、楽しく走るのだ。
テンケイが後ろをついてきている。
さあ、弟よ俺の姿を見ろ――走るというのは、実に楽しいんだ。
残り二ハロン、相棒も俺の意図に気づいたらしい。
馬なりに、それでいて綺麗な走行ラインと走行フォームを意識して走る。
「ケイジ、省エネ省エネ」
文字通り手綱は握るだけの馬なりの走りだ。
「おおおおおおおおっ、ヒシケイジ。私でも分かるくらい、楽しいのが伝わってくるよ!!」
「親父……まぁ、その気持ちは分かるよ」
そう、それでいいんだ。
今日の走りはデモンストレーション……
「うおっ――」
のはずだったのだが――後方のヒシテンケイのプレッシャーが妙に脈動する。
門田さんが驚くほどの爆発、これは、多分――
「テンケイ、ハミを取ったな」
どうやら、荒療治がいい感じに効いたらしい――さて、どうしようか、相棒!!
「ケイジ、早山のおやっさんから庇ってくれよ」
直後、俺は一完歩の間に足の回転のギアをぐっと上げていた。
相棒が手綱を扱き、腕でペースを作る。
残り一ハロン。
俺は、文字通りロケットのようにスパートを駆ける。
「うおおおおおおおおおおお、ケイジが本気で走っているよ!!」
「後方のテンケイも一杯になっている。石破騎手なりに張り合っているのだろう」
そうだ、前に、前に、前に行くんだ。
門田さんが、面白がって本気でテンケイを走らせる中――俺と相棒も本気でペースを作る。
出し切るような本気のスパートをテンケイに見せつけながら、大地を踏みつけて――
俺はゴールへと嵐のように駆けこんだ。
「おーい、バカーズ三号四号……今日の予定は分かってるか?」
「はい、すみません。ケイジが勝手にやりました」
「ハハハ、すみません。テンケイが自分からハミを取ったので、つい……」
「この馬鹿どもが!! そこをいうこと聞かせんのが、お前らの仕事だ馬鹿野郎が!!」
俺の目の前で、相棒と門田さんが大目玉を喰らう中――
俺は目の前で「ぶはー」とあくびをするテンケイが、意外とやる馬だということに気づいた。
テンケイは弟だ。
俺よりは、長くレースを走る。
(俺が居なくなったあとも、きっと大丈夫だ――コイツが、コイツらの世代が日本競馬を支えてくれる)
かくして、最早GⅠを勝つことを疑わないヒシケイジの2013年の挑戦が始まった。
初戦は3月31日、大阪杯――昨日のオルフェーヴルのGⅠ七勝目の熱をそのままに阪神競馬場には十万人を越える大勢の観客が集まった。
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明日も1800投稿予定です。