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「葦毛の馬は長距離に強い」
早山厩舎のヒシケイジ。
菅井厩舎のゴールドシップ。
両馬は共に、春の天皇賞の勝利を厩舎の悲願としていた競走馬であった。
だが、一歳違いである彼らの対決の機会は――
運命のいたずらか、人々の思惑か、この決戦の舞台まで先送りにされていた。
ヒシケイジはオルフェーヴルとの対決を選び、有馬記念の出走を回避した。
ゴールドシップも、また得意な戦場を選び、大阪杯の出走を回避していた。
それ故に、この二頭。
ともに葦毛で、共にロングスパートを武器にしながらも――
片や、零細血統からの突然変異的存在。
片や、黄金血統を堂々と往く三冠馬。
葦毛の馬が走らないといわれた時代は終わった。
今や、葦毛は長距離を走る馬の代名詞となり、世代が生んだ王者の対決をメディアが見逃さないはずがなかった。
報道各社は競い合うように、葦毛の豪駿と、怪物的三冠馬、二頭の対決の舞台として春の天皇賞を宣伝した。
だが、決して春の天皇賞はこの二頭のためのレースではない。
一昨年の春の天皇賞覇者、ヒルノダムールが引退する中――
春の天皇賞勝ち抜けたジャガーメイル、マイネルキッツが参戦を表明する。
何より、昨年のジャパンカップ以来のイギリスからの刺客、レッドカドーの参戦により――
春の天皇賞は、去年と同等以上の注目レースとして人々の注目を集めるに至る。
豪駿か、不沈艦か――群雄か、はたまた伏兵か。
数多の期待が集まる中で、春古馬三冠、第二戦が始まろうとしていた。
◆◇◆
2013年4月28日。
晴れ渡る京都競馬場にヒシケイジが現れた。
普段通り馬運車から降り立ったヒシケイジを歓声を出迎える。
馬運車から出てきた俺を出迎えたのは、なんと見知らぬ大人たちであった。
「「「「「「ケイジ―――――――――――ッ!!」」」」」」
馬運車を丁度降りてきたところで、浴びせられる大量のフラッシュライト。
おおう、ちょっとまぶしいか……俺以外の馬が受けていたら、多分ストレスで暴れていたことだろう。
(いや、テンケイとか、そのままボサっとしていそうだな……)
「やっぱケイジか?」
「コイツしか信じれんやろ……」
「今日はケイジの日やって、うおっ……」
「何やってるんだ、ボケ!!」
「○ね!! 何年大人やってるんじゃ!!」
おお、目の前で大の大人たちが、大の大人たちに押し倒されて引きずり回される光景は中々にシュールだ。
前々から、マナー問題が話題になっていたが、自らの身に降りかかってくるとは予想外だった。
(きっと競馬ブームに煽られて来た人だろうな、うん)
それにしても、京都競馬場は懲りない人の波で溢れていた。
目を向けた先にはどこにも人、人、人だ。
実際、盛りあがりに耐えられない馬もいるだろう。
全国12ケ所にライブビューイングが増えたといっても現場に来る人は来る。
(まぁ、当然、イベントとしてこの場所が一番盛り上がるのだから仕方ない)
そう思いながら、パドックへとヒシケイジは普段通り土井さんに曳かれて向かう。
ヒシケイジは今日も普段通りの余裕な面持ちであった。
「ギョロ、あんなことがあっても、全然普段通りなのな」
「ブヒヒヒヒッ」
「俺は驚いちゃったぜ。警備の人だって、頑張ってたけど人数足りないよなぁ」
「ブヒ~」
そりゃそうだ――
今日の京都競馬場も変わらず十万人は人が居るはずだ。
春古馬戦線弐戦目は俺と、丁度前を歩いているゴールドシップ。
アイツとの決戦を期待する人たちで溢れている。
だが、今日俺達に向けられている視線は大阪杯と変わらない。
今日の舞台の主役はお前達だけはない――そういわれているようだ。
「やっぱりケイジ? どうせ複勝には絡んで來るんだろ?」
「フェノーメノの方が……ワンチャンあるんちゃう?」
「いや、ゴルシの“本気”が見られるかもせぇへん。阪神大賞典、流しで勝ちよった馬や」
「うーん、ギュスターヴクライ。今年も出られてよかったな……」
「トーセンラー、前走は運がなかったけど今日は行けそうか」
「にしてもオルフェーヴルに回避されると、ケイジを買うしかなくなるぜ」
熱気の中、パドックを見つめる彼らの視線は確かにヒシケイジに集まった。
一番人気、ヒシケイジ、体重534kg(-6kg)。
いいぜ、俺は勝つために走る。
競走馬として、俺は自分のために走る。
ゴールドシップ、去年の末、お前と誓った決着のために走るんだ。
地下馬道で普段通りに青い手綱と、鐙をしっかりとチェックして、相棒である石破 志雄が俺にまたがる中で――
俺は、普段以上のモチベーションを震わせるように、ブルルルルと息を吐きだした。
「うおっ、ギョロ――大丈夫か?」
「そういえば、来た時に野次馬にタカられたって聞きましたけど」
「ブヒ?」
ちょっと顔がやつれた相棒が俺の顔を見つめる。
どうした、相棒? 俺はやる気だ――極めてやる気だぞ。
「ああ、これは、レースへのやる気なんで緊張しなくていいですよ」
「ブヒ!?」
相棒の言葉に土井さんはほっと息をなでおろす。
「ギョロ、石破ジョッキー、連覇、本当に期待していますよ!!」
「土井さん、ケイジならいけますよ」
「ブヒッ!!」
そうだ、石破 志雄のいう通りだ。
今日、俺達は初めから勝ちにきた。
ヒシケイジは誘導馬に従って、世代の王として恥のない姿で本馬場に入場する。
「ケイジ!! ケイジ!! ケイジ!! ケイジ!! ケイジ!! ケイジ!!」
「イシバ!! イシバ!! イシバ!! イシバ!! イシバ!! イシバ!!」
『湧きあがるのは豪駿と競馬王子を称えるコールです』
おいおい――まだレースは始まってもいないんだが?
直後俺と相棒に浴びせられたのは、会場全体からのケイジコールとイシバコールであった。
スタンドと大量のスピーカーから浴びせられるコールに石破 志雄がため息をつく。
『今日も11万人近いお客さんで、スタンドが埋め尽くされています京都競馬場』
「青葉賞でもヤバかったけど、お前くらいだよこの状況で平然としてる馬は……」
「ブヒ~?」
俺は相棒のため息の理由を探すために、ぐるっと周囲を見つめた。
よく見ればどの馬もあっさりと返し馬を終えて、文字通りスタンドから離れるようにスタート位置に向かっている。
『G1史上初、8世代が顔を揃えた今年の天皇賞・春 さぁそれでは4歳から11歳まで個性豊かな面々ご紹介します』
当たり前だが――馬は俺のような例外は別として五月蠅いのが得意な生き物ではない。
実際、ファンファーレの拍手を嫌う馬は多い。
パドックだって、慣れていないと嫌がる馬は多いと聞く
「難儀だよな、レースは人気な方がいいが――ま、上手く行こうぜ」
「ブヒッ」
俺は相棒から言葉を受けて、ゆっくりと――スタート位置へと向かう。
普段通り淡々と淡々と進んだ返し馬のおかげか、心は澄んでいた。
ゴールドシップ、お前に負けるつもりはない。
全身でそう語りながら、ヒシケイジは春の天皇賞へと挑む。
GⅠ七勝目か、GⅠ五連勝か――
第三次競馬ブームを語るに外せない、淀の二マイルの戦いが始まろうとしていた。
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。