分割になりました。
残りは1900に出ます。
(12/17:1/2)
2013年6月13日。
春のグランプリ、宝塚記念。
ヒシケイジがレース開始直後、最後方に沈んでいく。
誰もが眼を疑う中――
一人と一頭だけが、勝利を確信していた。
王者が駆け抜けた道こそが王道となる。
◆◇◆
『最後方まで十馬身もない展開、二コーナーカーブ』
ヒシケイジの前の全ての馬の挙動が見えていた。
先頭のヴィルシーナのゆっくりとしたペースをできる限りセーブしながらついて行く。
今はまだ相棒から加速の合図はない。
相棒が望んだとおり、前の馬のペースについて行く。
『二番手、エイシンフラッシュとの差は一馬身半。十一番ジェンティルドンナが三番手』
第二コーナー、普段感じる遠心力との戦いはない。
内ラチに体を入れて、ショウナンマイティを交わすがそれ以上は前に出る必要はない。
『これをマークしながらゴールドシップ、ウチ五番手ぴったりトーセンラー』
相棒からの指示は位置取りだけだ。
なら今は、冷静に周囲を見る。
目の前にいるオルフェーヴルとヒシテンケイ、騎手の動揺はあるが馬は冷静だ。
いいぞテンケイ、お前は焦らず騎手の言うことを聞けば必ず素晴らしい末脚を発揮できる。
『先頭集団最後方、ジャスタウェイとフェノーメノ』
ショウナンマイティは、むしろ俺の動きを注視するためにコースを譲ったのだろう。
逆に言えば他の馬は、皆俺が何をするのか分からないのか。
俺をマークしてレースを運ぼうとしていた他の騎手のプランは全て崩壊している。
『ヴィルシーナが1000mを通過。タイム1分01秒から02秒というペースで行っている』
この面子なら、逃げ馬は居ない。
何時だって前に追いつけそうな位置なのに、俺は脚をほとんど残している。
(この状態なら、750mのスパートの間に余裕で前に出てリズムを崩した馬を抜ける!!)
そう思ったヒシケイジの前で、ヒシテンケイが少しずつ位置をあげていく。
おい、おいおいおい――いいのか?
いいんだな? そんなことして――
でも、分かるよリュージ騎手。
テンケイは何時、ハミを噛むか分からないもんな。
出来るだけ前に、最後方じゃなくて差せる位置で――出しておきたいもんな。
『オルフェーヴルは二馬身うしろ、ヒシテンケイがゆっくりと暴君のソトを抜けていきます』
ほくそ笑むヒシケイジの前でコースが開けた。
コーナーに入るまで団子状だった頭数の少ない馬群は、コーナーの間に細長い隊列に変わっていた。
『向こう流しに入ってヒシケイジは暴君の背後、今は最後方のショウナンマイティ』
俺は脚をセーブしながら時を待つオルフェーヴルの背後に付けていく――
前なら、前なら、こんなことは出来なかった。
俺が“本気”で我武者羅に走れば、ヨレるかもしれなかった。
でも今は違う。
俺は、脚を貯めて後ろから出ていくことになんの不安もない。
俺の中にもう、イメージは出来ている。
思考は既にクリアになり、ただ、このレースを楽しもうという意欲だけが残ったまま思考が加速していく。
『ヴィルシーナが徐々に加速、後続との距離を離している。待ちきれないかシンデレラ!!』
だからこそ、分かる――この状態はチャンスだ。
向こう流しに入って、先行馬は息を抜きたいタイミングだ。
前にいるエイシンフラッシュ、三冠コンビ。
アイツらに道中で何らかのアプローチを掛けなければ勝てない。
相棒なら――相棒なら――
「ケイジ、普段の巡行ペース、頼む!!」
ここで來る、そう思っていたぞ――石破 志雄!!
『おっと葦毛の豪駿が、ここで、ポジションをあげてくる!?』
ヒシケイジはぐっと手綱に体を預けてソトに進出し、普段のペースで馬群を駆け上がっていく。
無視を決め込むオルフェーヴルを瞬時に抜き去り、俺は徐々に中団に近づいて行く。
「来たよっ、ショウナンマイティ!!」
当然――来るよな、ショウナンマイティ!!
俺はショウナンマイティを背後に付けながら、予定のペースに持っていく。
『ショウナンマイティも一緒に行っていきます』
次はお前だ、ヒシテンケイ。
悪いが低速レースは終わりだといわんばかりに、俺はハロン12秒ペースで全弟を抜き去っていく。
「クソッ……」
俺の隣で、リュージが全てを理解しヒシテンケイが眼を白黒させる。
分かっていても、ヒシテンケイをここから前に出したってレースには勝てない。
「マジかよ……!!」
次に待つフェノーメノと、ジャスタウェイに向けて俺は、俺が楽なようにペースを上げていく。
背後のショウナンマイティの手綱が扱かれる中、俺はただ、ゆっくりと前に出ていく。
内ラチのトーセンラーと、ユタカ騎手は冷静にトーセンラーを急かさず、マイペースのままだ。
鞍上の石破 志雄の「お願いします、今だけは、見逃してください!!」という気持ち――分からなくはない。
『向こう流しの中盤に、葦毛の馬体、白地に青の勝負服。歓声が、スタンドから歓声が上がっています!!』
(このまま……何も起こらないでくれ!!)
息が詰まるほどの細い蜘蛛の糸を辿るように、俺は視界に見えるオレンジ色のルートを辿っていく。
そうだ、今はただ――理想の走りを追い求めるだけでいい。
かつて菊花賞で追い込んだ時の俺よりも、ずっと成長した俺の最高の走りを、この場に居る皆に見せつけるだけでいい――
そうだ俺は、速くなった。
ソトにいるジャスタウェイを抜き去り、ウチに居座るフェノーメノにぐっと肉薄する。
フェノーメノはまだ余裕がある。
だからこそ――今ここで、コイツを抜いておかないといけない。
坂の途中で手前を変えて、息継ぎをして脚を貯める。
まだまだ、加速を止める気はない。
全然ペースは維持できている。
我慢のレースは大好きだ。
距離がなんだ、この状況を作ってくれた相棒に俺は感謝しながら坂を上っていく。
フェノーメノは釣られない、ならいい。
相棒は――目的は達したんだろう。
「そうだ、ケイジ!!」
『第三コーナー手前で、ヴィルシーナが単騎駆け、ヒシケイジは先頭集団!!』
俺の前には、もう見えている。
坂を下る中、前しか見えないように駆け抜けていく先頭集団の前の方が見える!!
逃げに徹したヴィルシーナを追って、脚を使ってしまったお前ら違って――
今日の俺は、今、すべてが残っている。
『三、四コーナー中間、二番手ジェンティルドンナ、エイシンフラッシュ、ゴールドシップ』
前の馬群まで二馬身、前方のヴィルシーナまで五馬身!!
俺の脚は動く、今までのどのレースよりも確実に持つ。
「ケイジ!! 脚を切りかえろ!! ポジションをあげるぞ!!」
――パァン!!
俺はその鞭に合わせて、コーナーを外から駆け降りる。
加速しながら、前に――前に、出ていく。
『ヒシケイジ、ショウナンマイティ!!』
――パァン!!
背後の馬が動き出した。
いや、動かされたのだ。
まだ600mはあるこの状況――
俺が動いたから、後方の馬は無理にでも動くことを強要された。
『ジャスタウェイ、背後にフェノーメノ!!、トーセンラーとヒシテンケイ』
背後から迫る轟音と共に、ヒシケイジの目の前に見えたのは――自分と同じ葦毛の牡馬、ゴールドシップ。
『オルフェーヴル、最後方の大外から一気に上がって、各馬直線コースに向きました!!』
だが、ヒシケイジがついに先頭集団の最前列に並んでいた頃――
背後ではオルフェーヴルが圧倒的な速度での猛追を開始していた。
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