分割になりました。
(12/17:2/2)
隆盛編も、おわります。
次のレースは凱旋門賞です。
19:30
大分補記しました。
2013年6月23日。
阪神競馬場11R、宝塚記念
第四コーナー、残り550m地点。
ヒシケイジが、ゴールドシップに並び、正面スタンド前の最終直線に駆け込んでいく。
手綱を一度しごかれ、合図を受けたヒシケイジはトモに力を込めて加速する。
ぐっと地面を踏み抜く、その一完歩ごとにケイジの周囲を流れる景色がみるみるうちに早く、遠くに過ぎ去っていく。
「ショウナンマイティ!! 頼む!! 頼むよっ!!」
俺の背後でショウナンマイティが、一杯になって追ってくる。
『ヒシケイジ……舐めるなッ!! 競走馬三日会わざればァ、刮目して見よ!!』
だが、直後、ゴールドシップが俺にスパートを合わせてくる。
睨みつけるような視線はまだ余裕綽々――
悪いが俺はスタミナ勝負で、お前に勝てるなんて思っちゃいない。
いいぞ――やっぱりお前とのレースは最高だ。
『ゴルシ様の作戦をパクったこたァ何も言わねぇ!! 俺もケイちゃん先輩の作戦をパクらせていただいたァ!!』
何か言いたげな視線を無視して、俺は前方に意識を向ける。
前は、残り三頭――!!
こいつらを全員抜き去って――オルフェーヴルに追いつかれなければ、俺の勝ちだ!!
レースを引っ張ってきたヴィルシーナを捕らえるため、エイシンフラッシュが加速を掛ける。
そしてジェンティルドンナが、エイシンフラッシュを猛追する。
両馬のスピードは、長い目で見ればぼ互角、ヴィルシーナを追い抜いてこのまま抜け出る算段だろうが――
いいだろう。
俺の“挑戦”はまだ、終わっていない。
このフローはレース最後までもっていく。
俺はそのつもりで一歩、また一歩――止まらない加速を掛けていく。
前に、前に――今はただ前に、軽やかに動く脚で前に脚を送り込む。
これならいける、何時かは追い付く――前方の二頭に追いつく、そのイメージはあるんだ。
そうだ、イメージはある、俺の目の前にいる、影が語っているんだ。
(お前は、まだ早く走ることが出来る――来い、ここまで来い――!!)
俺はその声に任せて、また一歩、一歩、脚を踏み出していく。
『でも、最後方から走ってきたんだ、疲れてるだろォ!! なら、ゴルシ様の方がどう見ても有利だ!!』
そうかな、今の俺は――ずっとずっと体が軽い。
悪いがゴールドシップ、今日の俺は昨日よりずっと――速いんだ。
俺は相棒の作ったリズムに合わせて、ただ一歩一歩、前に進むイメージに身を置く。
俺の出せる全ての力を込めて、この短距離400mに残した脚を全てを使う。
ヒシケイジはただ、集中しきった意識の元でトモに力を込めて――たった一歩、踏み抜き、飛翔した。
『ヴィルシーナ苦しいか、まだまだ前は譲れない。二番手エイシンフラッシュ』
感じる、世界がまた一歩遅くなっていく。
見えるのは一本のルート、その途上に一頭の馬が見える。
俺か、俺じゃないのか――なんだっていい。
本当に惚れ惚れするような“飛翔”なんだ。
ただ流れるような、空を飛ぶようなストライドなんだ。
俺の上位互換がそこに居るんだ。
その走りに、俺の脚はやっと届きそうなんだ。
何でもいい、俺は一歩、また一歩と。
想像の中の何かを追って、走りを“高めて”いく。
一歩、一歩でもいいから前に――
毎日の練習よりも前に――
あの日の追い切りより前に――
楽しかった春の天皇賞より前に――
本当の“本気”の意味を知った、凱旋門賞よりも前に――
悔しさで泣いた、過去の自分よりも前に――!!
かつて走った、幼い頃の自分よりも前に――!!
あの日見た、理想の走りを越えて走るんだ!!
その瞬間、ヒシケイジの動きとイメージが、一致した瞬間――
『ジェンティルドンナ、一気に接近!!』
「ケイジ、いくぞ!!」
相棒のステッキに導かれるように、一歩、俺はただ一歩を踏みだした。
――パァン!!
ステッキの感触を受けて、加速する。
イメージの中の自分に従って、俺は加速していく。
――パァン!! パァン!!
もっと早く、トモに力を込めて――
もっと速く、地面を踏みしめて――
もっと疾く、俺の体がターフを飛んでいく。
もっと、もっと、もっと前に――前に――前に――
俺の全てを賭したスパートを見せてやる。
『ヒシケイジ、ゴールドシップと共に三番手』
――パァン!! パァン!!
「いいぞ、ケイジ!! もっと、もっと楽しめ!!」
半歩、瞳に炎を燃やすゴールドシップを抜き去り
必死にフローを維持するジェンティルドンナに並ぶ――
まだまだレースは終わらない。
背後から迫るプレッシャーを感じながらも、俺はもう一度、加速する。
『オルフェーヴルは大外からのスパート、間に合うか!!』
――パァン!! パァン!! パァン!! パァン!!
来る――二頭が外から俺に並んだ。
葦毛のヒシテンケイ、その後ろに付けたジャスタウェイ!!
いいぞ、追って来い!!
俺の理想の走りを、お前にも見せよう――次は、お前が俺を追うんだ!!
『残り200m、ヒシケイジとヒシテンケイ、猛然と叩きあう、ジャスタウェイはここまでか!!』
ヒシケイジが、さらに一歩踏み込むように加速する。
ジャスタウェイが、苦しそうに下がっていく中で――俺の加速に追従したヒシテンケイが必死に俺を追ってくる!!
『知らねぇそれ!! 俺もやる!!』
ゴールドシップが更に加速を掛ける中、ヒシケイジは一杯一杯のジェンティルドンナを置いていく。
彼女の睨みつけるような視線を逸らすように、俺はもう一歩だけ加速してみせる。
いいぞ、トモにはまだ力が残っている。
体はまだまだ、幾らでも軽くなっていく。
力を振り絞り、一完歩、俺は目の前に見える理想に迫るように脚を踏み出す。
純白の弾丸を越えて、白い稲妻を越えて、ただ一頭、王者として俺はターフを駆け抜けていく。
――パァン!!
遠く――遠く、相棒の鞭が鳴る。
目の前に見えるのは、まるで黒い剣のように加速しきったエイシンフラッシュ。
『さぁ先頭は大混戦!! エイシンフラッシュ、残り100m!!』
黒い馬体がただ、只管に俺の追撃を振り切ろうと加速している。
速い、あまりにも速すぎる!!
これに追いつくなんて、マンガでもない限りありえない――
それでも――俺に出来ないなんて、文句を言う暇はない。
泣き言をいう暇はない――
今は、ただ、喰らい付くように――
前に、前に、前に、前に!!
一歩、また一歩、俺は脚に残った力を振り絞って――
あの日の自由な走りと同じ“思い”で、今日の“本気”の走りを実現するしかない。
もう、それしか――勝つ手段が見つからない。
だから、前に――前に行くんだ!!
『ヒシケイジ、ゴールドシップ、ジェンティルドンナを抜いて二番手争い!!』
――パァン!! パァン!!
自分でもわかる。
もう一段、ペースが上がった――エイシンフラッシュとの距離が少しずつ、縮まっていく。
まるでアニメの主人公のように、後先考えないスパートが俺の限界を吹き飛ばしていく。
本当に――俺は一体今日は何度、壁を越えていけばいいんだろう。
テンケイのプレッシャーが離れていく――十分だ、此処まで来ただけでも上出来だ。
ゴールドシップ、悪いな。あと一歩、まだあと一歩だけ、俺が先にいるみたいだ。
なぁ――オルフェーヴル。
俺の背後に迫る、プレッシャーでわかる。
恐れはない。
むしろ――俺は楽しい。お前と走れて楽しい――!!
今の俺は――やっとお前と対等に成った!!
恐怖はない。今俺が出来ることは、前に――前に出ることだ。
だから、今はただ――この全力を全開にして、前へ、前へ――!!
前へ、前へ――前へ、前へ、前へ、前へ――!!
『残り50m、来るぞ来るぞ、先頭変わらず、上がってくる日本二強!!』
丁度、エイシンフラッシュを抜き去ったその瞬間――
ただ、遮二無二に駆け抜けるヒシケイジの、ぼやけた視界からゴールが消える。
もうトモも心臓も止まってしまいそうだ。
それでも、俺は限界を超えて、残った全てを――ただ、薪にくべて走る。
『どっちだ!! どっちだ!! ヒシケイジとオルフェーヴルが並んだ!! 並んだ!!』
「頑張れ!! ヒシケイジ!!」
ああ、声が聞こえる。
誰かの声――誰の声かもう、分からない。
だが、その瞬間、ヒシケイジはたった一歩だけ、オルフェーヴルよりも前に出た。
かろうじて、クビだけ前に出た。
その瞬間――
『今日は豪駿、勝ったッ!! ゴールイ~~~~~~~~~~ン!!』
ヒシケイジは自分がゴール板を踏み抜いていたことに気づいた。
『二着はオルフェーヴル、三着十番ゴールドシップ……豪駿、春古馬三冠!!』
相棒が鞍上で腕を振り上げる。
勝った――勝ったのか――
『日本二強並び立つ中、先にGⅠ八勝目を掴んだのは豪駿ヒシケイジ!! ケイジだ、ケイジが勝ちました!!』
会場の声がどこか遠く消えていく中――
ぷつりと、ヒシケイジは自分の中に灯った隆盛の火が燃え尽きていく感覚を感じていた。
誤字脱字、感想お待ちしております。