春古馬三冠を勝ち抜いたヒシケイジは軽度の運動誘発性肺出血が確認され、信楽ノーザンファームで療養を続けていた。
体は既に万全なほどに動いている。
決して強い強度ではないが、調教も進められている。
あの時、宝塚記念の最後に感じた、燃え尽きたような影響はまだ出ていない。
七月、ゆっくりとした環境で過ごす中で、俺はまだ走れるのだ――
そんな実感と共に、俺は自らが何もしていない間に、周囲の大人たちが動くさまを見つめていた。
サンデーレーシングは予定していた帯同馬を取り下げ、早山陣営のヒシケイジを再び帯同させることを決めていた。
「如何なる手段をとってでも、日本馬による凱旋門賞連覇の栄誉を――」
そう語るラジオの声を聞いて、いつの間にか元通りの関係になっていたオルフェーヴルとの放牧から帰ったとき。
汗だくの俺がスタッフさんに曳かれていった先の洗い場には、馬の体を洗うためのブラシを持った土井さんの姿があった。
「おーい、何やってるんだよ~こいよ、ギョロ!!」
「ブヒ!?」
土井さん、土井さんがいる。
俺の心は嬉しさと困惑を、飼い葉のように混ぜた状態になって脚を止めてしまった。
彼は本来栗東トレーニングセンターにいるはずだ。
いなければ、いけないはずなのに――
「大丈夫だ、洗ってやるぜ~、ギョロ……」
「ブヒ!!」
そう言って六月末に分かれてから、また少し細くなった土井さんが俺を手招く。
俺は難しいことを考える前に数歩を踏み出して、冷たいシャワーを浴びながら土井さんに任せるままにした。
栗東に来てから、外厩にいないときは毎日のようにしてくれた土井さんのシャワーだ。
土井さんが俺が馬として成長して体がみるみる大きくなっても、毎日のように体を洗うのを頑張ってくれたから、俺はこんな三白眼のキツめな顔のつくりをしていても“白銀の豪駿”として黄色い声を浴びることが出来ている。
思えば――俺は土井さんにどれだけのものを返すことが出来ているだろうか……
「俺さ、これから――フランスにもついて行くことになったんだ」
「ブヒ~~!?」
そう考えた矢先、土井さんが発した衝撃的な一言に俺は心の底から驚いてしまった。
「いや~、ヒシパーフェクトも、脚やっちゃって引退しちゃうからさ……ギョロの世話したいって言ったら――やってこいよって、送り出してくれたんだ」
「ブヒ~」
俺は土井さんの言葉を聞きながら空を見上げた。
そうか、ヒシパーフェクト。
お前と走ることは、もうできないのか。
昨年引退したヒシロイヤルと一緒に、アイツは俺にたくさん協力してくれた。
ダートで言えば、俺に届くんじゃないかって思っていたけど……
前のレース、エルムステークスで二着になったとき、屈腱炎になっていたとラジオで聞いてはいた。
屈腱炎は、人間で言えばアキレス腱が断裂してしまうような症状だ。
レースのための調教という過酷な運動の中で“再発”してしまうそういう症状だ。
「残念だけど――しょうがないよな。パーフェクト、めっちゃ頑張ったもんな」
「ブヒ……」
俺に心配させないように、出来る限り明るい口調で語る土井さんの姿は、やはりどこか悔しそうに見えた。
自分が担当している馬が走れなくなるという経験を幾度となく積み重ねたとしても、辛いものは辛いのだろう。
「テンケイはさ、門田さんが預かってくれるって言ってくれたんだぜ……」
「ブヒ……」
「俺の我が儘をさ、おやっさんが――聞いてくれたんだぜ、短い間だけどさ。沢山世話させてくれよ……」
「ブヒ……」
そして――俺は、土井さんの言葉を聞いて、全てを理解してしまった。
早山のおやっさんも、もう年だ。
確か、調教師の定年は70歳である。
今年度末を以て、早山厩舎は長い歴史に終わりを迎えるのだ。
その上で、普通、厩舎の調教師が定年を迎えたならば、別の調教師を迎えて、厩舎の運営を続行するのが基本となる。
けれど、土井さんは――もう、厩務員を続ける気がないのだろう。
俺が最後の、馬になる気持ちで俺を見てくれている。
「頑張ろうな、凱旋門賞……勿論、俺は最後まで、ギョロの味方だぜ」
「ブヒ……」
「これから何するかは決めてないけど――お金はギョロがめっちゃ稼いでくれたからさ……好きな釣りでもして、当分は好き勝手やろうかな、とか思ってたんだ……」
「ブヒィ……」
「わかんねぇ――わかんねぇもんだよな……先の事なんて考えてもわかんねぇよ」
「ブヒ、ブヒ!!」
俺は俯きながらも精いっぱい笑顔を浮かべる土井さんに、応えるように首を振る。
「なんかさ、おやっさんが言うには去年と同じスケジュールで、去年と同じ厩舎でフランス生活らしい――噂じゃゴールドシップもついて行くんだとさ!!」
「ブヒ!?」
「でも走るレースは、別のレースらしいぜ?」
「ブヒ~?」
「良くわかんないけど、頑張ろうな!!」
「ブヒ!!」
「分からなくても、頑張るしかないもんな――俺達、頑張ってきたもんな!!」
「ブヒ~~~~~~~!!」
そうして、七月の末から俺と土井さんは、普段よりもずっと長い時間を共に過ごした。
渡仏したのは8月15日、シャンティイで開業している
搬送用のストールの傍には、土井さんがついている。
少しだけ、また肥えた土井さんが、オルフェーヴルとゴールドシップの我が儘に答える中――
俺にできることは、ただただ、自分にできる事について考えることだった。
俺がしたいことは、果たして本当にできるのだろうか。
楽しく走ることを伝えても、競走馬にとって、それは何の意味を持つのだろうか。
意味がないとしたら――俺は、間違っているのか。
『メシくいてぇ……マジでせめぇ……オルフェーヴルの野郎、マイペース過ぎる……ケイちゃん先輩はそれ以上にイかれてる。なんで微動だにしねぇんだよ――ていうか、ゴルシ様の、マナーミは、どこにいるんだ……ビジネスクラスか?』
12時の瞑想は、迷いの迷路の中を歩んでいたらすぐに終わりを告げた。
答えは――やはり、全力で走る中、レースの中にしかないのだろう。
「うひ……」
『ケイちゃん先輩……なんでコイツ、ケロッとしていやがる……』
空気の違う、フランスの青空にたどり着いても――何も変わらない。
日々の調教、フォワ賞――
数度、訪ねてきた相棒は気づけば、土井さんとマンツーマンで俺を見てくれることになった。
「テンケイの主戦、変わっちゃった……」
「ブヒ……」
「もう、しょうがないですよ。石破ジョッキー!! 俺達はケイジと骨を埋めましょう!!」
相棒は、静かに頷いていた。
本当は選びたくない答えであることは分かる、けれど――
「それが、テンケイのためになるって信じてますから。やります」
そうか、相棒。
お前も、俺と同じ考えなんだ。
他の馬のために、出来る範囲で何かを遺したい。
俺にとって、それは“楽しさ”であり、相棒にとって、それは“出会い”なのかもしれない。
「でも、やっぱり主戦が減るのは悲しいんで……飲みに付き合ってください……」
そうして、八月――九月――時間は、嫌でも流れていった。
フォワ賞を快走し、オルフェーヴルを抜き去った実感もないままに――
俺が、目を覚ましたその日、2013年10月6日――
前日のGⅠカドラン賞を勝ちぬいて馬房の中で崩れているゴールドシップを尻目に、オルフェーヴルと馬運車に乗り込んだ。
◆◇◆
2013年10月6日――
泣いても笑っても、今日こそが年に一度の凱旋門賞。
雲の目立つ青い空に秋の西日が射す頃、ロンシャン競馬場に集まった人々の熱狂はピークに達していた。
『エッフェル塔は最高のレースを見つめ続けてきました。1920年から90年以上第92回凱旋門賞、日本馬二頭を含む17頭勝利への扉は昨年確かに開かれました。それは決して今日待ち受ける扉の重さが軽いものであるなどとは口が裂けても言えません。そして今年、そして今日――』
世界最強クラスの十七頭がゲート前に集う中、日本二強と呼ばれる葦毛の牡馬であるヒシケイジと、金色の暴君であるオルフェーヴルの挑戦が凱旋門賞という舞台で始まろうとしていた。
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。