書くことが多くて四話必要なことが判明しました。
終わり込みで四話な感じ……?
その日集まった世界最強クラスの十七頭。
その頂点に日本の二強と呼ばれるヒシケイジとオルフェーヴルが立っていることは誰の目で見ても明らかであった。
水曜日、今年のフランスのオークス馬、トレヴに騎乗予定の世界最強騎手ジャンカルロ・フランキーが無念の骨折により回避を表明した。この事故によって、トレヴの騎手は主戦であるティエリア・シャルネンに乗り替わりとなった。
木曜日の夜に酷い雨が降った。
これによって、良馬場が出走の条件であったザフーガの陣営が出走回避を決断した。
そのあとは、晴れ間が続いたが、日曜日の馬場は明らかな不良馬場となっていた。
金曜日。枠順抽選。
オルフェーヴルを八番、ヒシケイジは十一番を獲得した。
どちらも真ん中――運が、日本馬に味方していた。
土曜日、有力視されていたドイツ調教馬ノヴェリストが熱発によって出走を回避した。
それでも――熱狂、興奮、怒号、期待――歓声は何処だって変わらず、この場所にあった。
ヒシケイジは、ゆっくりと馬達が枠内に入る中で普段通り瞼を閉じて息を吸って吐くことを繰り返していた。
フォワ賞において、ヒシケイジは思った以上の快勝を見せた。
オルフェーヴルはまるで一年ぶりの舞台を流すように、フランスに来たという喜びを表現するような走りであった。
オルフェーヴルは一年を経て成長していた。
宝塚記念の後、同じ時間を過ごしていたからよくわかる。
元通りの自然なオルフェーヴルのまま、あの頃の自由奔放さは残したまま――
何か違う生き物に生まれ変わったような――
そんなオルフェーヴルと俺は今日、ともに走るらしい。
どうだ、相棒――お前はどうだ?
俺は目を閉じたまま、背に乗る石破 志雄の存在を感じる。
目を閉じても相棒は居る、肌の上に感じる感触が――匂いが、呼吸が相棒の存在を感じさせてくれる。
白地に青線の勝負服、いつだって冷静で、同じくらい情に熱い漢、石破 志雄。
その相棒は――いつも以上に、リラックスしているようだった。
まぁ、それもそうか――相棒は、もう中堅ジョッキーではない。
俺と共に大舞台を幾つも駆け抜け、昨年と同じ舞台に立つことが出来た“名手”だ。
何より今日は、一人じゃない。
この十七頭の馬たちの中に、もう一頭――日本人の騎手がいる。
オルフェーヴルと、生添 賢治がいる。
俺にとってのオルフェーヴルのようなアイツが座っているんだ。
『まもなく枠入りが終わります。さあ、栄光より続く歴史を刻む戦い』
だから、ゲートの中に納まって――
これから始まる二分と少しの決戦を迎える相棒は言葉にできない重圧を、自信と信頼という内圧で跳ね返している。
そんな中、石破 志雄が、前傾の姿勢を取り、耳元に寄る。
それは、変わらず繰り返されて来た“おまじない”の合図だった。
「前回と同じで行く」
分かったぜ、相棒。
それでいい――
前走のフォワ賞と同じように、走るだけなら――問題ない。
俺は走る。普段通りに走る。
このゲートの中までは、相棒と共に多くの夢を背負って――
ゲートから飛び出してからは夢に背を押してもらいながら走ろう。
『初代春古馬三冠ヒシケイジか、七代目クラシック三冠馬オルフェーヴルかどうか』
ゲートイン、一瞬の静寂。
直後にゲートが開き、ヒシケイジは、パァーンと、号砲が鳴り響き、ガコンとゲートが開く。
『凱旋門賞、今スタートを切りました』
各馬が一斉に飛び出す。
その中をヒシケイジの色の落ちきった銀色の馬体がオリンピックの選手が放り投げる槍のようにコースへと飛び出した。
張り詰めて、絞られた純白のトモが生み出すエネルギーが、地面を踏みしめてヒシケイジを前へと進める。
『さあ、まずは向こう正面の直線です』
ヒシケイジはこの時点で格の違いを見せつけていた。
どの馬よりも前に、前に進んでいく。
『肝心のスタート―ーまず各馬ともきれいなスタートを切りました』
スタートダッシュで無理をしているつもりはない。
見る見るうちに無理な加速をしているように見えても――ケイジにとっては余裕
脚の使い方を学んできたヒシケイジにとっては余裕を遺すダッシュだ。
『ヒシケイジは断然前――オルフェーヴルは中団につけようとしています』
普段通り、前に前に出て馬たちの様子を見る。
当然俺が前をキープしてやる理由もない。
マークされていようと、いるまいと無理には逃げない。
いや、違う――逃げられない。
オルフェーヴル、アイツがいる限り下手に脚を使おうと最後には差される形になる。
『赤い帽子はちょうど馬群の中団、生添 賢治』
だからこそ石破 志雄は、ヒシケイジにクレバーに前で足をためさせる競馬を今日は選んだ。
左右から馬が前に抜けていく形になっても、ヒシケイジの脚を気遣う。
これもすべて、750mの理想的なスパートを今日も繰り出す。
スタンダードな王道の走りを、最も高めた技量によって発揮する。
『先行争いはどうでしょうか、ペンライパビリオンが行こうとしています』
勿論、ヒシケイジにとって、これは挑戦であった。
去年、この場に立った時、俺と相棒は“奇策”を選んだ。
正しくは、選ばなければならなかった。
オルフェーヴルは余りにも強かった。
『あとはこのあたりはジョシュアツリーあたりが行こうとしています』
ならば、今日ならどうだ――
去年よりもヒシケイジは速く、強く成長した。
冬から春にかけて行った血のにじむようなインターバルトレーニング。
夏から秋にかけて種牡馬入りが決定して本来無理が出来ない断行した、普段通りのスパルタ調教。
『うちの方をついてはヒシケイジ、ゴーイングサムウェア、さらに最内からベリーナイスネームなども行っています』
結果としてヒシケイジは五歳となって、競走馬として隆盛に至った。
結果としてたどり着いたのが春古馬三冠、宝塚記念におけるオルフェーヴルへのハナ差勝利だ。
『さあ、車載カメラから固定のカメラに切り替わりました』
その上で、今日のヒシケイジには――これ以上のない闘志がみなぎっていた。
ヒシケイジも、今日――この場におけるオルフェーヴルとの再戦を誰よりも願っていた。
今年の凱旋門賞は、波乱なく定石通りのレース運びとなった。
俺はもう誰に何かを言われるわけもなく脚を貯める。
今年も既にフォワ賞でも見せたフォルスストレートからのロングスパート。
あの時は本当に痛快だった。
フランスが、世界が、去年の凱旋門賞の勝利はフロックではないと確信した。
だから今日も――遠慮なく行かせてもらおう。
『先頭を行っているのは、ヒシケイジ、次はジョシュアツリーあたりでしょうか?』
前方の昇り、他の馬が苦しそうにテンを取る中でヒシケイジは、たった一頭、楽しそうに坂を上っていく。
鞍上の石破 志雄を乗せて、楽に駆ける姿を見て――
一昨年、日本人は一人と一頭を、まるでディズニーの王子のようだと称えた。
『先頭はヒシケイジです。あと、その後ろからジョシュアツリー、オコバンゴと続いています』
時を経て、王は完全に完成していた。
「まだまだ、これからだ、焦らずキープしろ」
分かったぜ、相棒――石破の言葉に、ヒシケイジは呼吸を整えた。
手前を変えて、ゆっくりと息を整える。
走る自分に何の辛さも感じない。
俺は信じている。
自分に跨る白地に青線の勝負服、石破 志雄は必ず何かをカマしてくれる。
『ヒシケイジは変わらずゆったり――けれどペースは快調だ』
去年も、一昨年も変わらない。
今年も、今日も――相棒は俺に未来を示してくれている。
そう信じているからこそ、ヒシケイジは苦しいロンシャンの坂を怒涛のように駆け昇って行った。
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明日も1800投稿予定です。