貞操逆転世界の悪徳皇子になった俺、ひたすら魔石を食べて強くなり、破滅フラグを回避します 作:ナロウ・ケイ
政務に精を出す傍ら、ロナは内心で漫然とした不安を抱いていた。
──ルーク殿下に懸想していることを、知られてしまったかもしれない。
今でこそ第一の側近として、ルーク殿下の傍で堂々と振舞っている彼女だが、ここに至るまでには紆余曲折がある。
かつて日記で、殿下のことを愚かな皇子と蔑んでいたこと。
命を救ってもらった恩義と、家畜同然の扱いだった自分を優しく導いてくれた恩義に報いようと決意したこと。
そうして過ごすうち、いつの間にか殿下が見目麗しい少年へと育ち、いつしか殿下に思慕の情が芽生えていたこと。
(殿下をお慕い申し上げているなんて、知られてはいけなかった。相手はこの帝国の皇子、やんごとなきお方、決して私のような卑しい身の者が懸想してはならない存在なのに……)
思いを寄せることさえも罪深い存在。
帝国の宮廷近くで数年を過ごしたロナだからこそ分かる。本来貴族とは、神や英雄の血を引く尊い血族のこと。その高祖の尊い血を維持するため、結婚する相手は同じ貴族である必要があり、自分のような異教を信仰する野蛮な血を混ぜてはいけないのだと。
殿下ならそれこそ、帝国貴族の血筋に微塵もこだわりがないようだったが、だからといって周囲がそれを許さない。自分たち【黒き森の氏族】もまた、自分たちの祖先の血と受け継いできた伝統に誇りを抱いているが、帝国側はそうは思わないだろう。帝国全体、否、大陸全体の人たちから見て、自分と殿下では釣り合わないのだ。
魔石浄化の儀のせいで色々と距離感が狂っているが、本来、殿下とは肌が触れあうことさえあってはならない存在なのだ。一緒に入浴していることさえも本来あってはならないこと。当然である。あれは殿下がおかしい。殿下の成長をもっとも近い場所で目の当たりにできる喜びと、情欲を煽られるだけ煽られて発散できぬ地獄のような苦しみの日々であった。
絶対に手を出してはならない高貴なるお方。あの天真爛漫な殿下には自覚がなさすぎる。
(幼い頃の自分を叱りたい。何故あんな無邪気に、殿下への想いを告げてしまったのだろう)
夢の中で、自分は失敗してしまった。
想いを告げてしまった。
──ロナね、お兄さんのこと、ちょっと好きだったのに。
あの程度の告白ならきっと大丈夫、と楽観的にはなれなかった。
どうしても情欲を我慢できない夜、殿下の寝台で音を殺して自らを慰めたこともあった。だが、優しい殿下はお察しくださっていて黙っていらっしゃった。死にたい。浅ましすぎる。こんな卑しい女が恋慕していいわけがない。
魔石浄化の儀は、深い法悦が押し寄せてくるが、あれは肉体的なものではなく精神的なものである。奥の疼きは残る。というより場合によっては中途半端に疼いたまま魂だけとろとろに蕩けるようなこともあるので、結構つらい。上手い具合に奥深くで気持ちよくなったら解消されるのだが、毎回そう上手くいくはずもない。かといって『我慢できずに魂だけ蕩けちゃいました、今度はお腹の奥深くに強めにお願いします』などと頼み込めるはずがない。欲深すぎる。
自分には、ちょっとした確証がある。
多分、殿下に誠心誠意で頼み込んだら、あの優しい殿下は、自分と一夜の情を交わしてくれるだろうと。
殿下はとても慈悲深いのだ。
(絶対に駄目、絶対、それだけは駄目。殿下の栄華の将来を妨げてしまう)
心優しくも大胆不敵で、為政者としても稀有な才覚を持っているルーク殿下を、邪魔してはいけない。今の世をときめく殿下は、貞淑で清廉なる身でなくてはならない。
これは、《
「いや……ワシみたいなのはともかく、おどれはその資格があるじゃろう。殿下もおどれのことを大切に扱っとるのがよう分かる」
「はい。
ワヤと《
「ワシ、あの殿下に『一晩抱くぞ』とか言われたら断れんしなぁ……」
「断りなさい、犬。殿下と
「あ? 犬はおどれじゃろうが」
いつの間にやら一触即発の空気になっていたが、ロナはそれを諫めた。
ちょっと嬉しい。正直背中を押されると、そんな気もする。殿下との可能性が零じゃないということは心強い。
だがその可能性は、踏み込んではいけない可能性なのだ。
いがみ合うワヤと《
「……殿下には、もっとふさわしい方がいるはずです。私のような、何一つ大したことのないものではつり合いが取れません」
思わず吐露した不安。
それは、自分と殿下の不相応さに起因するもの。
「……それこそ、英傑四人が殿下に婚約を名乗り上げたら、私は対抗できませんよ」
「……姉上」
「……そうかの」
身分の違いは、この先あらゆる場面でも出てくる壁である。
ただの一介の侍女に過ぎない自分には、過分といってもいい望み。傍にいるだけで幸せなのであれば、それ以上を望んではいけないのだ。
あくまで英傑四人は一例でしかないが、そうでなくても、例えばそれなりの国の姫などであっても対抗できるものはない。
確かに、ルーク殿下は帝位継承権が低い。
精霊より与えられた天恵についても、【農夫】と【鉱夫】と【船漕士】と【運搬人】と、格の落ちるものの詰め合わせ。
しかしそれを補って余りあるほどに、見目麗しく、才覚に溢れている。近くにいれば嫌でもわかるほどに。
もしかしたら自分でも手が届くかもしれない、などと思い上がって良い相手ではない。
「……。殿下に相応しい人が現れたら、それを応援するのが、我々の務めなのです」
殿下に相応しいのは、殿下に並び立つことができる者のみ。
少なくとも今の自分では、格が劣る──と。
ロナはそう考えていた。
しかし。
「…………いや、殿下と夜の逢瀬をこなせる相手、おどれ以外におらんじゃろ」
「────────」
あまりにもあんまりな物言いだった。
信じられない角度からの指摘。唖然としてしまった。これは新鮮な視点だった。長年侍女をしている自分には到底思いつきもしなかった発想。
「多分死人が出るぞ」
「でっ、で、出ませんよ! な、何を、何を言ってるのですか!?」
「ただでさえあの皇子、天からの御使いとか、祟り神の化身とか、そう言われとるんじゃぞ。それに加えてあの魔石浄化の儀とやらじゃ。あんなもん、生贄みたいなもんじゃろ。そんじょそこらの奴では耐えられんわい」
「うっ」
人のことを何だと思っているのか。
まるで人身御供を要求する化物みたいな言われようだった。酷かった。
何より言い返せなかった。確かに分かる。殿下の生き方は、貴族社会を生きる皇子というよりは確かに、因習村に住みついて定期的に生贄を要求する怪異に近かった。正直、自分がどう噂されているかは理解していた。荒ぶるもののけに差し出されている供犠だ、と。
「し、失礼ですよ! よ、夜が、あんな、あんなじゃ、ない、可能性も」
「あれで済む保証もないんじゃが」
「────────」
反論が思いつかなかった。思わず目が泳いだ。《
つまり返答に窮していた。
「…………そういえば、不敬にも、殿下と不埒な想像をするものがめっきり減りましたね」
「…………確かに、盲点でした」
声を潜めて《
正確には、いると言えばいる。日夜そういう不埒者が現れては、警邏のものに捕まったり、酒の席の戯言として無視されたりしているのだが、そのぐらいだった。
その一方で、本気でそのような蛮行に及ぶものは、月に一件あれば多い方であった。それも、酒に酔った勢いで、度胸試しとかに近い感覚で。
なので、ワヤの指摘は完全に抜け落ちていた視点だったと言える。何年もそういう手合いをひっ捕らえてきたので、逆に、頻度が減ってる背景や理由に気付けなかったのだ。治安活動の結果が出てきていて良いことだ、ぐらいにしか考えていなかった。まさか殿下そのものが災厄扱いされているとは思慮の埒外だった。
殿下との魔石浄化の儀に慣れきってしまっていた。
「……姉上」
「何ですかその、あるかもみたいな声は! 違いますよ! なりませんよ!?」
相応しさの話をしていたのに、色々と台無しだった。
本当に酷い話だった。