電波が悪い。
アンテナの調子が悪いのか、ブラウン管テレビには先程から砂嵐が流れ続けている。
この雨は三年間降り続けている。
太陽を見たのなんて、本当に昔のことに感じる。
私は、ここに雨宿りを続けている。
続けざるをえない状態といってもいい。
「──珈琲、飲む?」
「飲むらう」
──そこは、恋人の部屋だから。
※
彼女、
社会人になって再会して、交際が始まって半年くらい経った頃にアパートに呼ばれた。
そこから、何度目かのお邪魔しますで雨が止まなくなってしまった。
「今日って小雨?」
「んー、普通なんじゃないかな?」
「天気予報見てたんじゃないの?」
「映らん」
「まじか」
「まじだよ」
雨粒が窓を打ち付ける。
風は強そうである。
「ノノちゃん出掛けるの?」
「そろそろ買い出しに行こうと思って、何か欲しいのある?」
「煙草」
「おっけ、銘柄は?」
「バイブス」
「飽きないね~朧ちゃん」
冷蔵庫も寂しくなってきてるのも事実、小雨を狙って買い出しに向かわねば餓死してしまう。
この雨の影響で車も廃れてしまい、結局徒歩が一番だよねに落ち着いたのがここ最近の出来事だ。
慣れないことに遭遇すると、世間様は哀れなタップダンスでも踊り始めたかのようになる。
砂嵐が所々晴れ始める。
世間の雨雲は一向に晴れそうにない。
『──人工太ザザ…画がザザ…案され、早ザザ…一年が経ちましザザ…』
『──雨はザザザザ…かつザザ…新ザザ…ロナウィザザザザ…緊急事ザザ…総理は、この未曾ザザ…』
『──アイドルであザザザ…イベントが発ザザ…れましザザ…事務所の方針としザザ…代表取締役の葛西ザザ…』
画像の乱れは天気の乱れ。
大降りの雨が降ってきそうな予感がする。
「ノノちゃん出るの少し待てば?降りそうだよ」
「大丈夫大丈夫、そこのスーパー行くだけだから」
「でも──」
「もー、心配性だな、朧ちゃん」
「ノノちゃんが帰ってこなかったら、誰が私の世話してくれるのよ」
「珈琲メーカーと冷蔵庫、ベッドにお風呂洗濯機達がお世話してくれるわよ。そんなこと、万が一もないけど」
「このカフェイン中毒」
「ヤニカスに言われたくないわよ」
健康面では勝ち目がない。
「ていうか、この缶コーヒーは飲まないの??」
「それは保存用、ていうか朧ちゃんのベッドになっちゃってるし」
「一年くらいお世話になっております」
段ボール買いした缶コーヒーベッドは意外にも寝心地が良かったりする。
上に布団を置くだけの簡易ベッドである。
「避難中かな?」
「避難所に缶コーヒーとか見たことねぇ」
煙草を吸い続けるヤニカスの極み。
カフェインと副流煙で充満されたワンルームは衛生的に大変よろしくないが、雨が降り続けてる今換気手段も限られてしまっている。
それでも飲み続ける吸い続けるの悪循環、中毒って怖い。
「ていうか、結局行かないの?買い出し」
「行くわよ、朧ちゃんが引き止めたんじゃない」
「それは失礼しましたー」
曇った窓ガラスの向こう側、それは風の街の如くビル風が流れ続けている。
「で、バイブス以外で欲しいのは?」
「メントス」
「次コーラに入れたら出禁にするからね?」
あれは傑作だった。
雨雲を吹っ飛ばしたんじゃないかと思うくらいの大爆発、全部掃除させられた。
水葉が出掛け、暇になってしまった。
昔から私、
垂れ流してたニュースにも飽きたので適当なチャンネルに変えて、お気に入りの音楽をイヤホン越しに聴くことにした。
かつて、太陽が当たり前だった頃の旅番組。
とても眩しくて暖かそうな映像からは、出演者の楽しそうな様子が全国公開されている。
身体を丸めながら、喫煙を嗜んでる私とは違う世界の人間。
まるで太陽だけが切り離されてしまった世界、雨雲が支配する世界に私はぴったりだ。
どうにも太陽とは相性がよろしくない、吸血鬼だって名乗っても違和感なさそうだ。
「どうも、私は吸血鬼です。貴方の首筋から血を3000リットルほど飲ませていただきたい」
「──人間そんなに血液充実しとらんわ、過剰すぎるわ」
「ノノちゃんおっかー」
「ほいお土産」
「ココアシガレットとか嫌がらせじゃん、バイブスは?」
「売り切れてた」
「まじか」
「まじよ」
「じゃ、メントスとコーラは?」
「買わねぇよ」
「まじか」
「まじよ、懲りろ」
おかしい。
あの一件はハーゲンダッツで手を打ったはずだ。
「遠慮なく一服失礼、と」
「本当に遠慮なくて草」
雨宿りの日々が続き、私は私が思ってる以上にヤニ中になってしまったようだ。
今日も換気扇兄貴には目一杯働いてもらわねば。
「シガレットも食べよ、ノノちゃんもお一つどうだい?」
「元々それ買ってきたの私だからね、もらうけど。早く咥えてよ、もらえないじゃん」
「ナチュラルにポッキーゲーム催促するの流石すぎる」
それでも拒否しない辺りが惚れた弱みというやつなのかな。
好いた好かれたの関係はこれからも続くんだろうなぁ、と思いつつ唇を重ねた。
ほんのり甘いココアの味が、ビターなコーヒーと大人の味へと移り変化した。
味変した後の煙草もまた、乙な味である。
「口直しに珈琲はいかが?」
「直す要素ないっての」
「飲めよ。趣味に染めてやるよ」
「吸いなよ、そしたらラッパ飲みしてやるから」
「カフェインラッパ飲みは狂人の行為、せめてモンスターにしとけ」
「大して変わらねぇし、悪化しとる」
相容れないものは永遠に平行線である。
※
どうやら、このまま水位が上がり続ければ陸地はなくなるらしい。
止まない雨が降り続けて、もう早三年と半年。
排水は間に合わず、海面上昇の影響で海水が流れ込んでくる。
「ねぇ、ノノちゃん。この雨っていつまで降るのかな?」
「うーん、朧ちゃんが私の愛を受け入れてくれるまで?」
「激重かよ」
「純愛だよ」
他愛のない話のネタは尽きない。
今となっては、自動車免許は紙切れ同然に変わり果ててた。
船舶免許が正義と化している。
地球上に排水先がなくなり、宇宙に向けて排水タンクを飛ばす宇宙ゴミ問題を加速させる研究が進められている。
先のことを見越してと言うが、目の前の問題を片付けなければ生活が儘ならないのも事実である。
酸素がたくさん残った一室がなくなるのも時間の問題である。
「はー、引きこもり生活最高かよ」
「前向きだね」
「ノノちゃんが泊めてくれなかったら、私もう沈んでたよ」
「あの時の私、誉めて遣わす!」
「モーゼがいたら、今頃水面パッカーン!でアクアリウムロードとかできてたんだろうなぁ」
「朧ちゃんアクアリウムロード見たいの?」
「どっちでもいいかな、外出たくないし」
「わかるわ」
密室に長期間いたら気が狂うとか鬱になるとか言われるが、元来の引きこもりには
いつものように煙草と珈琲を嗜み、たまにテレビを見ては日々を費やす。
「そいや、貯金ってまだ余裕あるの?」
「向こう百年は大丈夫」
「老後も安心じゃん」
「私最強だから」
そう言って戸棚から出てきたポテトチップスを摘まみ始める。
「チップスターないの?」
「カルビーで我慢しんさい」
あるだけありがたい。
珈琲にも煙草にもよく合うこと合うこと。
テレビのスイッチを入れる。
砂嵐の時間が以前よりも増えた気がする。
流れてくる音声も途切れ途切れ、画質も4kだの5kだの騒がれてた当時の最先端技術を詰め込んでるくせに荒々しい。
『──政府はザザザ…、ピーッガガガガガ、こザザザ…、ザザザ…、よって、プロザザザ…クトジジジジジ…ザザザ、による、もザザザ…発ザザザ、するこ』
「これ、テレビの意味なくない?」
「わかる」
電源は落とされた。
電気代節約のために、コンセントまで抜かれた。
もしかしたら、明日にはリサイクルショップに並んでいるかもしれない。
「そういえば、Amazonで米頼んだんだけど来ないな」
「こんな世の中で米が栽培されてるのすげぇよ、農家さんまじ感謝」
水田なんて沈んでるに等しいだろうに。
日照時間もほぼゼロ、地下で育てるのも困難だろうに、注文したら届くのだから凄すぎる。
「ドローンと船とアメンボ便様様だよ」
「わかるわ」
いつの時代も宅配便は正義である。
ちなみに米が届いたのは、この日から二日後であった。
※
ザァザァと雨は降り止まない。
雨が降り続けて、もうすぐ十年を迎えようとしていた。
窓の外では海水がうねり、かつての世界は水中に沈み偽りの街が姿を見せる。
太陽が地球から姿を消し、雨雲という岩戸が世界を覆い尽くして、人々の心から希望の二文字は消え失せていた。
火星へ向かった富裕層が戻ってくる様子はない。
もう見限られたのだ。
この惑星に未来はないのだと。
煙草も珈琲も製造されなくなった。
持ってるだけの金銭の価値は日に日に薄れていく、引きこもりが性分の水無月朧も
『ザザザ…ザザザ………、ザザザザザザ、…ザザザ──』
砂嵐が流れるだけのテレビなど、不気味な置物同然である。
買い出しに出掛けていた水葉ノノが戻ってきた。
彼女だけは、いつもの調子で心配かけまいと気丈に振る舞っている。
それも空元気だということは見抜かれているのに──
「ただいま朧ちゃん」
「……ねぇ、ノノちゃん」
「ん?」
「バイブス、売ってた?」
「……高騰してたけど、一箱だけ」
申し訳なさそうに、それでいて物憂げに笑顔を浮かべる。
かつてと違い一箱の本数も随分と減ってしまった。
それでも身体はヤニを求めているのだから、人間体質は簡単に変えられない。
「吸う?」
「……なんか、気分じゃない」
窓に雨打つ音に混じり、時折雷の音が響く。
日常となった音のはずなのに、テレビをつけて砂嵐の音でも聞いてないと気が狂いそうだった。
「ねぇ、朧ちゃん」
無気力になっている彼女にもたれ掛かる。
「朧ちゃんは、私のこと好き?」
──愛を求める。
吊り橋効果でも何でも良かった、彼女からの愛が欲しい。
「……好き、大好き」
世界に亀裂が走った。
「……もっと」
唇を求める。
安寧を求める、極限状態の中での愛を、彼女からの接吻を──
「ん……」
「も、もっと」
雨の音も、テレビの音も気にならない。
二人だけで過ごしたワンルームで、二人以外の全てを置き去りにする。
世界はとても小さい。
アパートのワンルームを世界とするならば、この世界は愛に満ちている。
暗雲が薄れる。
「朧ちゃん……」
「ノノちゃんが、いなかったら、私、とっくに死んでた……」
何年も見せなかった、
「ノノちゃんが私を匿ってくれなかったら、こんな世界さっさと捨ててた」
「……朧ちゃんのためなら、私はメシアにでもモーゼにだってなるよ」
「……神かよ」
──十年ぶりに、雨が上がった。
「……なんか釈然としないんだけど」
「わかるわ、世界ってこんなに眩しかったんだね」
「違う、そうじゃない」
大河とかした街から人々が溢れてくる。
建物の中から出られなかっただけで、こんなにもたくさんの人達が街にいた。
それすらも互いに気づく余裕がなかったのだ。
「さて、この溜まった雨水どうしようか。どっかのタンクで保管して、水不足になったら売り捌く?」
「我が恋人ながら考えが黒い。というか、私らでどうこうできる範疇越えてない?」
「あ、そこは大丈夫。私の神様的パワーでなんとかするから」
「ノノちゃんまじ何者??」
魔法も奇跡も、珈琲も煙草もない世界であっても神様というものはいるらしい。
自称という胡散臭い肩書きつきではあるが。
「水が引いたらどうする?」
「バイブス工場に行く、ロットでもらう!」
「ここまで来ると清々しい、お供するよ」
自分の家に戻らないというあたり、ヤニカスの思考はヤニ中心になってしまっている。
二人はティッシュペーパーを丸めて、てるてる坊主を作ることにした。
神様がいるなら願掛けだって、届くはずだ。
明日、天気になぁれ、と。
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