私の名は■■■■■■・■■■■。
聖王国において聖騎士団の一隊を率いる隊長の座に就いている。
生まれは王都ホバンスの二等地。つまり、平民の中でも少し良い家庭の生まれだ。
家族は飼い犬のアルスのみ。両親はヤルダバオトとの戦いで戦死し、唯一の肉親であった祖母も私が聖騎士になるのと同時に、もう大丈夫だと安心したのかこの世を去ってしまった。
私は聖騎士達の中でも少し浮いた存在だった。
それは私が平民出身で初めて聖騎士の任用試験に合格したからだ。本来、この試験は貴族の家系にある者しか受けることができないのだが、ヤルダバオトの災厄以降、人材の不足から平民にも門戸が開かれていた。
とはいえ、これは名目上の制度として作られたと誰もが考えていた。そのため、私のように進んで試験を受けるような者はいなかったのだ。
実際、試験の際にも試験官によってバレない程度に妨害されたりもしたが……。いや、あの試験官がいなければ私は憧れの英雄にも合うことはできなかったと考えれば、決して悪いことではなかったのかもしれない。
私の憧れ。それこそこの国を守るために忠誠をつくし続けている、まさに私にとって聖騎士の象徴ともいえる存在。聖王国の第二王女であるリリア・ベサーレス様だ。
今こそ、親を失った孤児を保護する孤児院で活動を行い、第一線からは退いてしまっているが、それまでの活躍は幼い私の記憶にも焼き付いている。
初めての出会いは私が……何歳だっただろうか。
まあそんな些細なことはどうでもいい。
私が幼かった頃、聖王女様の生誕祭で聖騎士団長と共にパレードでその神々しい御姿を拝見したのが最初だ。他の聖騎士には感じられないような威厳と神々しさに満ちていた。両親を始め、他の者はその雰囲気を感じ取ることすらできていないようだったが、私には感じ取れた。その時、既に私の心はリリア様に落ちていたのだ。
私が聖騎士になろうと思ったのはその時だ。まぁ、当時は平民が聖騎士になることはほぼ不可能で軍に経歴を一度持つ必要があったが……。両親は私が遊びでやっていると思っていたのか木剣を振り回すことに反対はしなかった。
密かにリリア様を崇拝するようになってしばらくした頃、リリア様が軍を率いて亜人達を討伐に向かうという噂が流れた。後日、それは噂ではなく事実であることが分かったのだが、王都から軍を率いて出陣した際にはどこかその表情が暗かったのを覚えている。今だから言えることだが、当時は今よりも南部との軋轢がひどく、リリア様の本心ではない作戦だったとのことだ。なんと愚かな者達なのだろうか。
その作戦でリリア様は負傷し、精神を病んでしまったため長い間休養なさることになった。
私は気が気でなく、毎日のように神殿に祈りを捧げに行った。どうか、リリア様が早く良くなりますようにと。
祈りを捧げるのはリリア様が体調を戻されるまでと決めていた。
そんなある日、黒色の布で全身を纏った人物が礼拝所に姿を現した。
周りの物はその姿に気づいていなかったが、私は直ぐにその御姿を見て、視線を向けないよう思わず顔を下げてしまった。普段、聖騎士と同じような姿をしているイメージが強かったが、その神々しい雰囲気は衣装によって遮られるものではない。
リリア様が礼拝に来ていたのは亡くなった兵士達を慰霊するため。自身が傷ついているにも関わらず、なんと慈悲深い方なのだろうか。
しかし、その御姿を拝見して以降、リリア様はそこから公的な場に姿を現すことは無くなってしまった。
私が次にその御姿を拝見したのは、私が12歳になった時の事だ。
療養を終え、再び公的な場に姿を現したかと思えば、聖王国に攻めてきていた亜人達を単身で追い払ったという噂が流れた。その話を聞いた時、私は噂などではなくそれが事実なのだと理解していた僅かな理解者の一人だったのだが。あの方は、療養をする過程で、以前から身にまとっていた神々しさや威厳が更に強くなっていた。人目がなければその場で頭を地面にこすりつけ崇拝してしまうほどだ。
そうして普通の日々が帰って来たと思っていた矢先、聖王国にとって、いや私にとっても大きな変化をもたらす事件が起きた。
ヤルダバオトの襲来だ。今はヤルダバオトの災厄ともいわれているが、この戦いで聖王国は多くの被害を被ることになる。
私の両親も徴兵の対象であったため、出兵が決まった翌日が最後の晩餐となった。
こうなると知っていれば、あの時にもっと感謝を伝えておいたのに……、本当に親不孝な娘だ。
両親は揃って聖王国の守りである城塞の南部要塞へと向かった。この南部要塞は数ある戦いの中でも特に悲惨な戦いが繰り広げられた場所だ。
両親は出兵した翌々日には戦死したのだ。軍の偉い人が家に戦死した事を伝えにやって来たのは両親の戦死が確認されてからおよそ二週間後の事だった。遺体の確認に手間取り、あまりに損傷がひどいため持ってこられたのはわずかな遺骨だけだった。
祖母と共に王都で避難生活を続けていた私は目の前が真っ暗になった。
日常とはこんなにも簡単に崩れてしまうのか。どうして両親が死ななければならなかったのか。
自分の手ではどうしようもない現実に日夜泣き続けた。
しかし、私にはまだリリア様がいた。
毎日のように勝利の報告が王都にもたらされ、リリア様が通りを歩いている姿を見ることで、私の傷ついていた心は少し良くなった。
そして、私の人生の転換点となる大きな変化がやって来た。
これこそ歴史書にも書かれているホバンスの戦いである。王都で繰り広げられた戦いは凄惨なもので、街のあちらこちらからは火の手が上がり、血の匂いが充満していた。私も祖母を連れて必死に安全地帯を求めて避難していた。その時、避難路を守っていた兵士が亜人によって斬り殺される場面を見た。兵士が死ぬとその路地から現れた亜人は次々と人々を斬り殺し、その視線を私と祖母に向けた。
殺される―――
殺された兵士が握っていた剣を奪い取り、襲い掛かってくる亜人に向かって構える。
その時まで剣を振り続けてきたが、ほぼ独学でありこうした実践で使えるものとは言えない。だが、今ここで剣を持たなければ、皆殺されてしまう。私が剣をとり守って見せるというその一心だった。
亜人は振りかぶったこん棒を勢いよく振り下ろすと、私の剣とぶつかった。
腕が痺れ思わず剣を放しそうになるも、必死に握りしめ無我夢中で振り回した。その一撃が偶然にも亜人の懐へと直撃し、剣が深く入り込んだ。亜人が叫び声を上げたのを見て、私は倒したと思い込んだ。だが、亜人の生命力はすさまじく、傷口から大量の血が噴き出しているのにも関わらず、こん棒を振り回した。その一撃が胸に直撃し、宙を舞って吹き飛ばされた。亜人はそれを最後に息絶えたものの、私も瀕死状態だった。一部始終を見ていた人々によって、一緒に避難をすることはできたものの、あの痛さは未だに忘れることはできない。
戦いは続き、遂に王宮の中まで避難することになった。
もはや勝ち目はない。私も外で戦う意思を示し武器をもらおうとしたが、女であったこと、そしてまだ幼いと言われたために、奥に避難するよう指示された。そのような事を言っている場合でもないだろうに。
戦いが始まると直ぐに外から悲鳴が聞こえた。そしてついに王宮の門が破られ、亜人達が中へと入って来た。
私は祖母を背に乗せ、必死に悲鳴が鳴る方向から逃げ続けた。だが頭の中ではもはや諦めの境地に入っていた。
今更どこに逃げるのか、逃げたとしても生き残れるのだろうかと。
そんなことを思いながら角を曲がった時、亜人の一群と出会ってしまった。
ひときわ目立つ
もう駄目だ。終わった―――
その場に座り込み、亜人が振り上げた槍から目が離せずに涙が流れる。辱めを受けず一思いに死ねるのであれば逆に幸運と言う物だと思いながら。
しかし、亜人の槍が私を貫くことは無かった。
亜人達の首から上は綺麗に消えており、放心状態の私を抱きかかえ祖母の下まで運んでくださったのはリリア様だった。何も言わずに傷を癒し、聖女王様の行方を尋ねられたので、祖母と私は心当たりがないことを伝えると、感謝を述べられその場から動かぬように指示をして去られた。
その後の記憶は正直に言うと混乱していたため、よく覚えていない。何かが起きたのは間違いないが、その辺りは記憶が曖昧になっているのだ。人によって証言が異なっているため歴史書から引用することになるが、この時リリア様が放った魔法で王都にいた亜人達は殲滅されたのだという。
そしてリリア様はヤルダバオトとの決戦に挑み倒れられた。
運び込まれたリリア様の姿を見て、私はその場に座り込んでしまった。聖女王様や神官様が必死に治療を行っていたが、生きていないのではないかと疑ってしまうほどの傷だ。そして、背中から生える巨大な黒い翼。その場にいた誰もがその姿に恐怖し、軽蔑の目を向けていた。
なんという愚かな者達か。リリア様によって守られていたのにも関わらず、姿が変われば畏怖の視線を向けるなど。私は決してそのような真似はしないのに。
リリア様が倒れられた後、魔導王が聖王国へとやって来た。
私自身はあのアンデッドが好きではないのだが、リリア様はあのアンデッドに対し良い印象を持っているようだ。であれば、私もあのアンデッドには失礼のない行動をとらなければならない。
魔導王の力を借りて聖王国を奪還したという話は誰もが知る所であるが、私は納得していない。それまで身を挺して聖王国を守り続けたリリア様があまりにも軽んじられているように思えるからだ。この話を広めた吟遊詩人を罰してやりたいほどに。
あの日の事は未だに忘れられない。全てに絶望しながらも、その心を隠して必死に取り繕っていたリリア様の御姿を。
少しでも元気を出してもらおうと、廃墟と化した王都から見つけ出した白い花を手渡した時、リリア様から向けられた笑顔を。
そうして私は決意した。
私もリリア様と同じような聖騎士になると。そして、リリア様と共に聖王国を守っていく存在になりたいと。
あれから、十数年たった今日。
私は名誉ある任務をカストディオ団長より賜った。それは隊長職に就いてから初めてとなる護衛の任務でもある。
ヤルダバオトとの戦いで命を落とした全ての者を慰霊する式典、それに出席する聖女王様、そしてリリア様の護衛だ。
カストディオ団長も私を信頼しているうえで、更に念を押して警戒するようおっしゃられた。団長からの信頼、そして憧れのリリア様の護衛、これほど栄誉のある任務がほかにあるだろうか?
「よいか!馬車に傷一つつくことさえ許されない!一秒たりとも気を抜くな!」
部下の聖騎士達が声をそろえて「はっ」と返事をする。
定位置へと戻り、息を吐いて心を落ち着かせた。リリア様を目の前にして、自身の興奮が溢れ無礼な態度をとらないようにするためにも必要な儀式だ。
しばらくすると聖女王陛下が姿を現した。それに続くように、神々しい気配を身にまとったリリア様も。
鎧姿のリリア様も凛々しく素晴らしいと思うが、今の様な神官服を身にまとったリリア様もそれに劣らぬほどの暖かさを感じて思わず目が……、ゴホン。とにかく素晴らしい御方だということだ。
お二方は手を取り合って馬車へと乗り込もうとすると、リリア様と視線が合い、思わず目をそらしてしまった。
しかし、リリア様がこちらに近づいてくるのに気が付き、視線を前へと戻す。
「貴方の姿は見た覚えがありますね……。たしか……、私に花を渡してくれた少女では……?」
「はっ!その通りでございます。大変無礼な行為をした私をどうか――」
「ありがとう。あの花のおかげで私は志を見失わずに済んだ。今日はよろしく頼むぞ」
「過分なお言葉……。お任せください、我が身に代えても御身をお守り致します!」
リリア様は手を握って私に微笑むと、騎士達に一礼して馬車へと乗り込んだ。
以前の様な凛々しい言葉遣いも捨てがたいが、やはりリリア様の温和な御姿も悪くは……。ゴホン、また興奮してしまった、このような事では思いもよらぬ間違いをしてしまうかもしれない。
騎士達に命じて騎乗させると、自身も馬へとまたがり出立の準備が整った。
「これより出立する!前進!」
カストディオ団長の声と共に馬車は動き始めた。
あの日から願い続けた聖騎士となる夢は、私にとって最高の形で叶ったのだ。
再びヤルダバオトの様な存在が現れたとしても私は決して負けるつもりはない。
リリア様と共に剣を持ち、悪魔達を打ち払うのだ。
私の名は■■■■■■・■■■■。
聖王国の聖騎士団の一隊を率いる隊長であり、志を共にする同志たちと聖王国を守ることを誓った真の騎士である。