"食糧"として狩る者たちが存在する。
人間の死肉を漁る化け物として
彼らはこう呼ばれる。
――"
石田スイ『東京喰種』第一巻冒頭より。
「ね〜ナギちゃん」
「なんですか?ミカさん」
キヴォトスはトリニティ総合学園、ティーパーティーにて。
「やっぱりゲヘナとの和平なんてイヤだよ無理だよやめようよ!」
頭に銀河のような
「何度目ですかこの話。ミカさんも正義実現委員会の苦労は聞き及んでいるでしょう」
太陽のような
「確かに正実の子たちの苦労話はよく聞くけどさあ、結局それって犯罪者をこっちに送ってくるゲヘナが悪いじゃんね」
「それに知ってる?最近話題の『人喰いのバケモノ』、あれの目撃情報だってゲヘナでしか出てないんだよ?きっとあの角は人間を食べてる証拠なんだよ!!」
「ミカさん、いくらなんでも噂に踊らされすぎです。そもそもその『人喰い』自体都市伝説でしょう。実在するはずがありません」
「でも〜」
「折角の紅茶が冷めてしまいますよ。ロールケーキを作ってきたので一緒に食べましょう」
そういってナギサは徐にロールケーキを切り分け、皿によそう。
不満そうなミカもスイーツの誘惑には抗えなかったようで、
「ん〜まあそれもそうかな。いただきまーす☆」
と言いながらナギサからロールケーキの乗った皿を受け取り、フォークで軽く切り分けて口に運んでいった。
口に入れる前から漂ってきた甘ったるくて吐き気のする
まだ塊は大きなままだが、口内に留めておくことさえ堪えられない。思い切って気取られぬようにそっと呑み込み、あたかもまだ食べていますと言わんばかりに何もない場所を噛み続ける。数日空なままだった胃が悲鳴を上げるのがひしひしと感じられる。歯同士がぶつからないように注意しながら十数回ほど噛んだところでわざと大きく喉を動かす。さて、表情は崩れていないだろうか。
「やっぱりナギちゃんのロールケーキは美味しいね」
「そうですか、それはよかったです。今日は嗜好を変えてバナナを使ってみたんですよ」
「最高だよナギちゃん!」
テーブルの上に目を戻すと、まだ一切れの4分の3が皿に鎮座していることに絶望する。
食べた時の感触が分かったのが唯一の希望だった。今度は残りの半分程度を切り分ける。そして味わうことのないように口に入れるや否や呑み込む。呑み込めない。背中に冷や汗が滲んだ。なんのことはない、毒を態々摂り入れる行為を身体が拒絶しているのだ。本能を理性で押さえつけてなんとか呑み込む。匂いに耐えて味に耐え、食感に耐え、そうしているうちに、自分と、自分でないものが、境界線が、消えていく、なくなっていく、溶け合う、混ざり合う、気さえする。
ようやく皿を空にして、気付けに紅茶を口に含む。普段なら紅茶の香りを楽しめたが、タンニンの渋さと、極僅かな茶葉の傷みからの酸味とをひたすらに感じるのみであった。それでもバナナの匂いとクリームの生臭さよりは幾分かマシだ。そう思いながらロールケーキの二切れ目と紅茶を五杯、どうにか流し込んだところでようやく会合が終わった。
部屋を出て誰の視界からも外れた、そう判断した瞬間にはもう音一つ立てずに自室まで走って帰って来ていた。化粧室に駆け込み、既に消化の始まってしまった胃の内容物を便器に落とす。消化すべきものがなくなり行き場を失った消化液が喉奥から漏れ出てくる。もはや自分の体を支えられるほどの力もなく便座に縋りつく。そして、頬を水滴が伝っているのを感じる。
聖園ミカは、ようやく自分が涙を流していることに気づいた。
「もう…もう、やだよ……ナギちゃんたすけてよ……」
「アリウスなんか、行かなきゃよかったんだ……」
すっかり疲れ切ってしまい、ふらふらと千鳥足でベッドに向かう。そしてベッドの前につくや否や倒れ込んでしまった。
このまま目を覚まさなければいいのに。とか考えながら瞼を閉じる。
目を覚まして時計を見ると、1時間と少ししか立っていなかった。体を起こして布団を直す。埃が舞い上がるのも厭わず空気を入れるために掛け布団を振り回していると、明らかに羽毛布団の中身ではないような羽が数枚床に落ちていることに気づいた。なんの気無しにそれを手に取った瞬間、怖気がミカの身体中を駆け巡った。
なぜなら、それが自分の背に生えた翼の一部だったから
−−−−ではない。
聖園ミカの本能はそう言った。
とはいえ、自分の体の一部を躊躇せず食するほどミカはイカれていなかった。やめろ。止せ。許されるべき行為ではない。自分の理性の部分が叫ぶ。分かっているのか、それは自らの腕を喰うのと同じだぞ。しかしナギサとの会合で見せた理性の強靱さはもう残っていなかった。ゆっくりと、おそるおそる。それでも羽を拾った指は確実に唇に近づいていった。
珍味、美食。例えば高級フレンチのメインディッシュのような味わい深さ。例えば新鮮な魚の活け造りのような力強さ。例えば何十年も熟成させたウイスキーのような芳醇な香り高さ。
特にそういったものがあったわけでは決してない。味はしなかった。そう、
もはや理性は本能の枷になることはおろか、その脚に縋り付くことすら叶わなかった。床に散らばった羽をかき集め、口に運ぶ。すぐに床の羽は食べ尽くされてしまった。
次の食物を求める視線は空振るだけになる。なまじっか少量とはいえ食糧を腹に入れてしまったせいで、胃腸はさらなる空腹を訴え始めた。呼吸が荒くなり、目はさらに泳ぎ始める。ミカの視線と翼とがぶつかった。手が伸び、羽が数枚まとめて掴まれる。彼女の常人離れした力によってなすすべなく引きちぎられ、
「いたっっっ!!!なにしてんの私?!」
その勢いのまま口に放り込まれることはなかった。羽を抜くときに相当な痛みが伴い、そのおかげで正気を取り戻すことができた。
しかし現状マトモに入手できる食料は
「とりあえずはこれで凌ぐしかない、かな」
幼馴染の手料理を二度と美味しく食べられないことに気づき、思わず溜息が漏れる。
「あなたがシャーレの先生?ふーん、案外私たちと変わらない感じなんだね」
「えっ、顔色が悪そう?そんなことないよ〜」
「翼も荒れてる?だからそんなことないってば!女の子にそんなこと言うなんて失礼だよ」
「まったくもう、先生ったら変なとこでデリカシー無いんだから!」
「先生って○○歳なの?!うっそだー☆」
「ねえ、先生。私…」
「ううん、やっぱりなんでもないや。忘れて」
「最近補習授業部の子たちはどう?」
「ふーんそっか、教えてくれてありがと!」
「トリニティの有名スイーツ店の割引券?!うーん、行きたいけど最近忙しいんだよね〜」
「あ、そうだ!先生が行ってきてどんな味だったか教えてよ!」
「わー先生久しぶり☆この前誘ってくれたお店どんなんだった?」
「うわあいいな〜!美味しそすぎじゃん!!」
「え、他の子と行ったの……?」
「あ〜カップル限定の商品だったんだぁ!……へええぇぇ〜〜〜〜〜」
「いやーもう調印式だよ、早いね。先生はこういう場って緊張しちゃったりする?」
「ほんとに緊張してるの?そうは見えないなぁ、えいっ」
「わわっ、ごめん先生!まさかつついただけで崩れ落ちるとは思わなくって……!」
「……ほんとにごめんね?」
タン。
「?!」
ミカ自身にも信じられないほど、
思考が速く回った。
銃声――狙撃――先生――間に合わ駄目!!
「先生、ケガない?!大丈夫?!」
「この背中から出てる赤いのなにかって?」
「わかんないけどなんか出てきちゃった!」
「ねぇ、先生。
「……イオリ、クインケ弾を。アコ、レートは?」
「はい、
ジュラルミンケースから銃を取り出す。
1発も使用していないマガジンを外してリロードする彼女は、まるで死神のようだった。
「改めて自己紹介させてもらうわ、桐藤ナギサ」
「ゲヘナ風紀委員会兼