芸術の秋と言うことで、短歌の話を。
…参考にしようと思った「第二芸術論」が何処を探しても見つからない…。

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武蔵が短歌の作り方を教える話

私たちの仕事場であり、家でもある海神警備・岩川台営業所は、住宅地に擬装された鎮守府だ。

艦娘の宿舎は、アパートとか、プレハブの一戸建てを模して造られている。

っていうか、提督執務室棟の周りにあるアパートとか、プレハブ一戸建てが艦娘の宿舎だ。

営業所の敷地内には、近所に住んでいる人間も利用出来るお店もある。

「居酒屋鳳翔」も、「甘味処・間宮」も、艦娘だけじゃなく、近所に住む人も集まるお店だ。

 

「甘味処・間宮」には、人間の中学生や高校生もよくやって来る。

 

私たち駆逐艦娘は、パッと見た所、中学生か高校生に見える。

それに普段着ている服も、中学か高校の制服みたいに見える。

そんな私たちも、「甘味処・間宮」へはよく行く。

 

だから「甘味処・間宮」で私たち駆逐艦娘が、そこにやって来た中学生・高校生と知り合いになることもある。

 

私・黒鉄清霜にも、中学生・高校生の知り合いが何人か居る。

 

 

「こんなの絶対おかしいよ!」

夕方の「間宮」でこう言ったのは、朱音(あかね)ちゃん。

岩川台営業所の近所に住んでる市立M中学校の生徒で、私・黒鉄清霜の友達。

「こんなの絶対間違ってる!私たち、21世紀を生きる現代人なんだよ?」

「キヨチーもそう思わない!?」

 

言うまでもないかもしれないけど、キヨチーっていうのは私のことだ。

朱音ちゃんに突然話を振られて、私は戸惑ってしまった。

「え…あ…そ、そうかな…?」

「絶対そうだよ!こんなの21世紀に生きる私たちには、ふさわしくないよ!」

 

朱音ちゃんは、ずいぶんカッカしてた。

なんでそんなにカッカしてたのかというと…。

 

「なんで21世紀の現代に、短歌なのさ!」

 

…国語の授業で、短歌を一首詠んできなさいという宿題を出されたからだった。

どうやら朱音ちゃんは、この宿題をひどく難しいと感じていたらしい。

 

「21世紀に生きる私たちにふさわしくないって…。」

 

「だってそうじゃん?」

「短歌も俳句も、どっからどう見ても昔の人のものじゃん。」

「ちはやぶる…とか、ぬばたまの…とか、現代人はこんな言葉使わないじゃん。」

「それに、五・七・五・七・七の三十一文字とか、五・七・五の十七文字に収まるように書けとか…」

「現代に起きる複雑な出来事とか、現代人の複雑な気持ちを書き出すには、全然足りないよ!」

「X(旧ツイッター)だって、140文字だっていうのに、だよ?」

 

「現代を生きる私たちは、もっと現代という時代に合った、SNS時代に合った表現方法を学ぶべきだよ!」

 

朱音ちゃんの意見は、もっともらしく聞こえたけど…。

「そ、そうかな…そうかもしれないけど、私は何だか違うような気もするなぁ…。」

 

「そりゃあキヨチーは、ちょっとだけ昭和のソウルを持ってこの世に現れてるから」

「私の意見には、すぐには賛成出来ないかもしれないけど。」

「でもキヨチー…キヨチーは私の意見の何処が、何が間違ってるか、すぐに言える?」

 

「うーん…。」

私は、朱音ちゃんの意見については、ちょっと違うんじゃないかと思ってはいた。

でも、どこがどう間違ってるのかって聞かれても、はっきり答えられないことも確かだったわけで…。

 

「ほら、キヨチーだって答えられないじゃない。」

「それは、昭和のソウルを少し持っていても、やっぱりキヨチーも現代に生きている存在だからだよ。」

 

「うーん、そうかなあ…。」

私がそうかなあ、そうなのかも…と思っていた所に…。

 

「ずいぶん熱い議論を交わしているようだな、清霜。」

…武蔵さんが現れた。

 

 

「隣、良いか?」

武蔵さんは私にことわりを入れた。

私が断るわけはなかったし、武蔵さんは私の隣に座った。

 

武蔵さんが席に着いてから、注文したアールグレイ(ホット)が出てくるまで、朱音ちゃんは何も喋らなかった。

朱音ちゃんも岩川台営業所の近くに住んでいるから、武蔵さんの姿を何度か見たことはあるはず。

でも、ここまで武蔵さんに近づかれたのは、初めてだったみたい。

 

アールグレイ(ホット)がテーブルに置かれて、武蔵さんは一口だけ口を付けた。

それから、今回のお話が始まった。

 

「短歌や俳句では、現代に起きる複雑な出来事や、現代人の複雑な感情を表現出来ない。」

「短歌や俳句では、現代という時代を表現することはできない…か。」

 

「その昔、桑原武夫という…まあ、偉い学者がいてな。」

「その人も、貴女…朱音さんと同じようなことを言っていた。」

「正確には短歌ではなく、俳句について言ったことだが…。」

「曰く、もはや俳句で現代の人生を表現することはできない、とな。」

 

武蔵さんの言葉を受けて、朱音ちゃんは眼に見えてご機嫌になっていた。

 

「桑原先生は、こんな実験もしてみたそうだ。」

「俳句の…名人が詠んだいくつかの俳句と、素人が詠んだいくつかの俳句を混ぜる。」

「そして集められ、混ぜられた俳句を、何人かの人に見てもらう。」

「それで、結果はどうだったかと言うと…。」

 

と、ここで朱音ちゃんが口を出した。

「あ、私、わかっちゃった。」

「当てちゃって良いですか?」

 

「…どうぞ。」

 

「誰も、名人さんの俳句と素人さんの俳句を見分けられなかったんでしょ?」

 

「…その通りだ。」

 

朱音ちゃんは、得意げに「やったあ!やっぱりね!」と言った。

武蔵さんは、話を続けた。

 

「この実験から、桑原先生は」

「名句なんてものは、優れた俳句なんてものは存在しない。」

「優れているはずの名人の俳句だって、優れているはずもない素人の俳句と混ぜてしまえば、完全に紛れ込んでしまう。」

「俳句の良さ、芸術性なんて、所詮その程度のものだ。」

「その程度の良さ、芸術性しか持てない俳句や短歌など、芸術として劣っている、ダメな代物だ。」

「わざわざ学校で子供たちに教えるほどの価値もない。」

「…と、言いたかったようだ。」

 

「ほらキヨチー、やっぱり短歌とか俳句なんて、そんなもんなんだよ。」

「今の時代に生きる現代人の私たちが、わざわざ学校で習うようなもんじゃないんだよ。」

 

「うーん…。」

そうかなあ、そうなのかなあ…でもやっぱりそれは違うように思うんだけど…。

…武蔵さんも、朱音ちゃんと同意見ってことなのかなあ…。

 

でも、武蔵さんは朱音ちゃんと同意見、というわけではなかった。

 

「福翁…福澤諭吉も、『学問のすゝめ』の中で、こんなことを書いている。」

「学問とは、ただむずかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。」

「…今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。」

「要するに」

「俳句とか短歌とか、漢詩なんてものは、人が生きて行く上では無用の代物だ。」

「俳句だの短歌などにに現を抜かしている暇があったら、もっと実用的な、社会に出た時に役立つような学問を学ぶべきだ…と、な。」

 

「やっぱり武蔵さんもそう思います?」

「そうですよね!やっぱり学校で教えるのは、もっとちゃんと役に立つようなことであるべきですよね。」

 

「…福翁はそう書いていたが、私は全くそう思わない。」

 

「え?」

 

「それどころか、福翁は『学問のすゝめ』と題した本の中で、よくも臆面も無くこんなことを書けたものだと呆れている。」

 

そう、武蔵さんは福澤諭吉のことがあんまり好きじゃない。

だから武蔵さんが「学問のすゝめ」を引用した時、武蔵さんが朱音ちゃんの意見に反論しようとしてるんだってことは、すぐにわかった。

 

武蔵さんの反論は続いた。

「俳句や短歌では、現代の人生を、現代という時代を表現することはできない。」

「桑原武夫…桑原先生はこう言っていた。」

「しかし俳句も短歌も、古代なら古代の、近世なら近世の、現代なら現代の言葉を用いて詠まれるものだ。」

「(まあ、古代人が詠んだ俳句は存在しないが…。)」

「現代の人間が、現代の言葉を用いて詠む俳句や短歌には、どうしても現代という時代は表れてしまう。」

「俳句や短歌が、現代という時代を表現しないなんてことは、そもそも原理的に不可能なんだ。」

「先ずこの点で、桑原先生の主張は的外れと言わざるを得ない。」

 

「それに、桑原先生の”実験”について言えば。」

「桑原先生は、この実験で…」

「名人が詠む俳句など、素人が詠む俳句と大した違いは無い。」

「名人の俳句なんて言っても、結局は大したことはない。」

「…こう言いたかったようだが。」

「私から見れば、この実験結果は」

「素人が詠む俳句も、名人が詠む俳句に決して劣ってはいない。」

「名人であろうと素人であろうと、誰でも優れた俳句、名句を詠むことが出来る。」

「…正にこのことを示しているように見えるのだ。」

 

 

「ところで朱音さん、一つ問うが。」

「美、芸術…良いものというやつは、一体どうやって創り上げると思う?」

 

…芸術や良いものを、どうやって創り上げるか?

武蔵さん、それは中学生に…っていうか、誰に聞いても、難しすぎる問題じゃないかな?

案の定、朱音ちゃんは…。

「え?…ええと…わからない、ですね。」

…答えることが出来なかった。

 

でも、武蔵さんは…。

「そうだ、どうやって美や芸術、良いものを創り上げるか、なんてことは誰にもわからない。」

「そもそも、良いものを創り上げるのに、決まった方法などは無いんだ。」

 

「だから、よいものを創り上げようとするなら…」

「…良いものを創り上げてやろうなどとは考えず、取り敢えず作ってみなければならないんだ。」

「取り敢えず、絵を描いてみる。」

「取り敢えず、彫刻を仕上げてみる。」

「取り敢えず、作曲してみる。」

「そして取り敢えず…俳句を、短歌を詠んでみる。」

 

「そうすれば、そこにはガラクタの山が出来上がることだろう。」

「…だが、私が知る限り、本当の芸術は、良いものってヤツは、そのガラクタの山でしか見つけられない。」

 

「一つでも多く、芸術を、良いものを創り出し、世界に残していこうと思うなら…。」

「名人も素人も、天才も凡人も、こぞって何かを作り、ガラクタの山を築き上げ…」

「…そのガラクタの山から、芸術を、良いものを見出していくしかないんだ。」

 

「世界に芸術を、良いものを残していこうとするなら…」

「名人にも素人にも、天才にも凡人にも、全ての人に何かを作ってもらわなければならない。」

「絵画や彫刻、音楽には扱いの難しい器具が必要だが」

「俳句や短歌には、そんな器具は必要ない。」

「だから俳句や短歌…詩作は、本当に誰にでもできる創作活動なんだ。」

「世界に芸術を、良いものを残していこうとするなら…」

「俳句や短歌、詩作を、学校教育から外そうなどという桑原先生の論は」

「とんでもない暴論だと言うことになる。」

 

ここで武蔵さんは、私の方を見て…。

「清霜、お前もデスクワークをしていたら、電話の応対をすることはあるだろう。」

「電話で仕事をしていて困ることと言えば、何だろうな?」

 

今度は私に話を振ってきた。

確かに私も仕事で電話を掛けたり、電話を受けたりすることはある。

その時に困るって言うか、イヤなことって言ったら…。

「それは…一方的に喋りまくられること、かなぁ。」

「通話が始まるなり、私が何か言おうとするのを遮ってまで、喋りまくってくる人って、居るんです。」

「喋りまくってくるもんだから、言葉数は多いんですけど…。」

「…話の内容をメモに取って、後になって見返したら、ほとんどがお仕事とは関係無い話だった…なんてことが、よくあるんです。」

「電話で仕事してて、イヤなことって言ったら、やっぱりこれですね。」

 

私の話を受けて、武蔵さんは続けた。

「人間は、そして我々も、言葉を用いてものを考える。」

「そして言葉を用いて、考えたことを、見聞きしたことを人に伝える。」

 

「しかし、話せばわかる…と、犬養閣下も言っておられたそうだが」

「だからと言って、言葉を用いれば用いるほど、伝えたいことが伝わるとは限らない。」

「今、清霜が話していたように」

「どれだけ多くの言葉を用いても、伝えるべきことが伝わるとは限らない。」

「…それどころか、多くの言葉を用いたことによって、伝えたいことは言葉の中に紛れ込んで、見えなくなってしまう。」

 

「情報理論という科学…伝えたいことを確実に伝える方法を研究する科学があるのだが。」

「その情報理論によれば、伝えたいことを確実に伝えるには」

「伝えたいことを手短にまとめて、繰り返すのが良いのだそうだ。」

 

「伝えたいことを手短にまとめる、ということは…」

「何を言って、何を言わないのかを決めてから話をする、ということだ。」

「…そしてこれは、歌を詠み、詩を賦すということに他ならぬ。」

 

「学問とは、ただむずかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。」

「…今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。」

「福翁はこう書いていたが」

「だが、人間は何を学ぼうと、学んだことを、そして考えたことを誰かに伝えようとすれば」

「何を言い、何を言わないかを決めて伝えなければならない。」

「その意味で、何をどんな風に学んでも、人間は歌人であり、詩人であらねばならない。」

「和歌や詩歌を学ぶことは、決して二の次にして良いことではないのだ。」

 

 

ここで、武蔵さんは話を移した。

「話の始まりは、朱音さんが国語の先生に、短歌を詠んでくるように言われたことだったな。」

「それではそろそろ、短歌を詠む話をしようか。」

 

その短歌を詠む話は、武蔵さんにしては珍しく、少し長い前置きから始まった。

「岡本太郎という芸術家が、こんなことを言っていたそうだ。」

「芸術家の基本的な姿勢とは、対立する二つの要素をそのまま共存させることである…と。」

「要するに、芸術という行為は」

「違うものを組み合わせて、一つのものを創り上げる行為だ、ということだ。」

「違うものというのは…」

「動いている、止まっている。」

「熱い、冷たい。」

「明るい、暗い。」

「そして…陽と、陰。」

「こんな風に違うものを組み合わせて、一つのものを創り上げる行為が芸術というわけだ。」

「このことは、短歌についても例外ではない。」

 

「だとすると、短歌は芸術として難しいどころか、論理的で簡明・簡単であるとも言える。」

「何しろ五・七・五から成る”上の句”と、七・七から成る”下の句”が既に用意されていて」

「上の句と下の句に、それぞれ違うもの・違うことを放り込めば、それで一応形になるのだからな。」

 

ここまで言うと、武蔵さんはふと朱音ちゃんの後に視線を向けた。

朱音ちゃんが後を振り向いて、私もつられて朱音ちゃんの後を見た。

…窓の外に、どろぼうねこがいた。

 

どろぼうねこっていうのは、岩川台営業所の敷地をねぐらにしてる雉白ブチの地域猫だ。

表記も漢字の「泥棒猫」じゃなくて、あくまでも平仮名表記の「どろぼうねこ」。

いつも岩川台営業所の敷地内をのし歩いていて、営業所の艦娘とか、近所の人間に可愛がられてる。

 

それで、どろぼうねこの姿を見た武蔵さんは…。

「丁度良い所に現れたな。」

「一つ、あの猫を題材に詠むとしよう。」

「ああ伊良湖、ホワイトボードを出してくれ。」

 

武蔵さんは、通りかかった伊良湖さんにホワイトボードを注文した。

「間宮」はスイーツのお店、飲食店なんだけど…伊良湖さんは注文に応じてホワイトボードを持ってきてくれた。

 

「では早速、どろぼうねこ…あの猫を題材に一つ詠むことにしよう。」

「まず、私はどろぼうねこを見た。」

武蔵さんはホワイトボードに書き込んだ。

 

 

上の句:窓を見たら猫が居た

 

 

「私は、この猫を見てこう思った。」

 

 

下の句:この猫も、学問や芸術に興味があるのかな

 

 

「上の句は、私が猫を見たという事実を表現している。」

「下の句は、猫を見た時に私が思ったこと、私の感想を表現している。」

「これだけで事実と感想という、違ったものが組み合わされたわけだ。」

 

上の句:窓を見たら猫が居た

下の句:この猫も、学問や芸術に興味があるのかな

 

「後は、上の句を五・七・五に、下の句を七・七に収める。」

「そのために、使う言葉と使わない言葉を決め、必要なら言葉を追加する。」

「まずは、上の句からやってみよう。」

 

 

上の句:窓を見たら猫が居た

 

 

「窓を見たら…」

「窓見れば、とすれば、丁度五文字になる。」

「あと、猫が居た、だが…これでは文字数が足りない。」

「何か言葉を追加する必要がある…何にしようか…。」

「この猫は、どんな猫だろう?窓の外で、何をしていただろう?」

「実際の所は猫に聞いてみなければわからないが、私たちの勉強会を覗いているようにも見えた。」

「そうだ、この猫は…勉強会を覗く猫、だ。」

「勉強会を、は七文字、覗く猫、は五文字になっている。」

「…おお、運良く五・七・五に収まったぞ。」

 

 

上の句:窓を見たら猫が居た → 窓見れば 勉強会を 覗く猫

 

 

「次は下の句をやってみよう。」

 

 

下の句:この猫も、学問や芸術に興味があるのかな

 

 

「この猫も、を、この猫もまた、とでもすれば七文字になるが…」

「学問や芸術に興味が…をどうするか…。」

武蔵さんはここで、相変わらず窓の外から私たちを覗き込んでいるどろぼうねこを見た。

 

「…お前も何か勉強して行くか?」

武蔵さんはどろぼうねこに向けてそう言った。

まあ、どろぼうねこが返事をするわけもないんだけど…。

 

そこで武蔵さんは、何か思いついたようにホワイトボードへ書き込んだ。

 

 

下の句:この猫も、学問や芸術に興味があるのかな≡お前も何か勉強していくか?

 

 

「…ん…お前も何か、って所は七文字になっているな…あとは、勉強して行くか…か。」

「勉強して行くか…学んで行くか…おお、やはり私は運が良い、七文字に収まった。」

 

 

下の句:この猫も、学問や芸術に興味があるのかな≡お前も何か勉強していくか?→お前も何か 学んで行くか

 

 

「もう少し手こずるかと思ったが、運良く一つ形になった。」

 

 

窓見れば 勉強会を 覗く猫

お前も何か 学んで行くか?

 

 

「では、朱音さんにも一首詠んでもらおうか。」

 

もともとこの話は、朱音ちゃんが国語の先生に、短歌を一首詠んできなさいと宿題を出されたことが発端だった。

それでこの宿題の難しさに不平を鳴らしていたことが、この話の発端だった…。

 

「え…急にそんなこと言われても…。」

 

朱音ちゃんは、まだ難しいと思ってるようだった。

武蔵さんは、そんな朱音ちゃんに問いかけた。

 

「では、朱音さん」

「…今、どんな気持ちだ?」

 

「え?」

 

今の時代だと、煽り文句だと捉えられちゃう言い方だったけど、流石に武蔵さんが言うとちゃんとした問いかけに聞こえた。

 

「どんなって…」

「…なんか、ちょっと、モヤッとします。」

 

朱音ちゃんの答を聞いて、武蔵さんはすぐにホワイトボードに書き込んだ。

 

 

上の句:なんか、ちょっと、モヤッとします。

 

 

「…これで、上の句の”基”が出来たな。」

「続けて問うが」

「モヤッとします、と言うことだが、それは何故だ?

 

「え?…それは…なんか、武蔵さんに論破されたみたいで…。」

 

聞くと、武蔵さんはまたホワイトボードに書き込んだ。

 

 

下の句:なんか、武蔵さんに論破されたみたいで

 

 

「うむ、下の句の”基”も出来たな。」

 

 

上の句:なんか、ちょっと、モヤッとします。

下の句:なんか、武蔵さんに論破されたみたいで

 

 

「では、上の句を五・七・五に、下の句を七・七に言い換えて、収めていこう。」

「上の句だが…そう言えば、モヤッとします、は、丁度七文字になっているな。」

 

 

上の句:なんか、ちょっと、モヤッとします。→***** モヤッとします *****

 

 

「そうするとコメ印の中に、なんか、ちょっと、を言い換えた言葉を放り込めば良いことになるな。」

「何か良い言い換えはないか?」

 

武蔵さんに聞かれて、朱音ちゃんは…。

「なんか…何だか…何となく…」

 

「何となく、は五文字だ。」

「どうする?モヤッとします、の前に放り込むか?後に放り込むか?」

 

「え?えと…それじゃ、前に…。」

 

 

上の句:なんか、ちょっと、モヤッとします。→何となく モヤッとします *****

 

 

「では続いて、ちょっと、を五文字で言い換えてみよう。」

 

「ちょっと…少しだけ…あ。」

 

「あっさり五文字で言い換えられたな。」

 

 

上の句:なんか、ちょっと、モヤッとします。→何となく モヤッとします 少しだけ

 

 

「上の句が出来たじゃないか。」

「今度は下の句を完成させよう。」

 

 

下の句:なんか、武蔵さんに論破されたみたいで

 

 

「…私の名前が出ているが、これは出さない方が良いな。」

「他の人が見たら、何の脈絡もなく見えてしまう。」

「すると問題はまず、論破されたみたいで、を、どう言い換えるかだが…。」

 

「うーん…。」

 

朱音ちゃんは頭を捻っていたけど、良いアイディアは出ないようだった。

 

「論破されたみたいで、と言うことだが、論破されるというのはどういうことだ?」

 

「どういうことだって…それは、言い負かされるってことで。」

 

「言い負かされる…七文字だな。」

 

「あ」

 

 

下の句:なんか、武蔵さんに論破されたみたいで → 言い負かされる、みたいで

 

 

ここで今度は、朱音ちゃんの方が武蔵さんに注文を付けた。

 

「あ、すみません、言い負かされるっていうところ…言い負かされた、に変えてください。」

 

 

下の句:なんか、武蔵さんに論破されたみたいで → 言い負かされた、みたいで

 

 

「残るは、みたいで、だけだな。」

「みたいで、をどう言い換えるか…。」

 

朱音ちゃんは…。

「………。」

「みたいで…そんな感じがする…そんな気がする…ってことで…。」

 

「そんな感じが、そんな気がする…どちらも七文字だ。」

「ここまで来れば、あと一息と言った所だな…。」

 

「………。」

「そんな気が、して…。」

朱音ちゃんはそう呟くと、ホワイトボードの書き込みを修正した。

 

 

下の句:なんか、武蔵さんに論破されたみたいで → 言い負かされた そんな気がして

 

 

「形になったな。」

 

 

何となく モヤッとします 少しだけ

言い負かされた そんな気がして

 

 

私も形になったと思った。

でも朱音ちゃんの方は、何か躊躇している風に見えた。

 

「どうしたのかな。」

 

「え、ええ、た、確かに形にはなったけど…。」

「でもこれって、武蔵さんに誘導されて出来上がっただけって言うか…」

「実質武蔵さんの作品なんじゃないかって言うか…。」

 

「…私は別にモヤッとはしていないし、誰かに言い負かされたりもしていない。」

「モヤッとしていると、そして、誰か…私に言い負かされたと感じていたのは、朱音さんだ。」

「そしてモヤッとしていると、言い負かされた気がすると、言葉にしたのも朱音さん自身だ。」

「だから、誰が何と言おうと、この歌は朱音さんの作品で間違いない。」

 

「でも何だか…ホントにこれを皆の前で発表するのかと思ったら…。」

「そんなに良い出来なのかなって思っちゃって…。」

 

「国語の先生は、ただ短歌を一首詠んできなさいと言っただけなのだろう?」

「別に全国民を感動させるような、優れた歌を詠んでこいとは言わなかったはずだ。」

「正直な所、私もこの歌が優れているかどうかについては断言はできん。」

「しかし、さっきも言ったことだが、本当にいいものってヤツは、ガラクタの山でしか見つけられない。」

「だから、この歌が優れていなかったとしても、文句を言われる筋合いはない。」

「それどころか、岡本太郎もこう言っている。」

「うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」

「…と、な。」

 

 

お話はここで終わっても良かったかもしれないけど、もう少しだけ続いた。

朱音ちゃんは「あ、そうだ」と言って、ホワイトボードに書かれた自分の作品を修正した

 

 

何となく モヤッとしてる 少しだけ

言い負かされた そんな気がして

 

 

修正された作品を見て、朱音ちゃんは…

 

「こうして見てみると、これも、さっき武蔵さんが作ったやつも、今日あった出来事を書いてますよね。」

「なんだか、日記みたい。」

 

この言葉を受けて、武蔵さんは応じた。

「良い点に気が付いたな。」

「そうだ、歌というものは…詩歌というものは、何にでもなり得るものなんだ。」

「正に芸術や創作活動の入り口と言っても良いだろう。」

 

「今日あった出来事と、思ったことを書けば、歌は日記になり、随筆になる。」

「観測した事実と、推論した説や仮説を書けば、歌は説明文になり、論文にもなり得る。」

 

「そして歌は、絵画や彫刻、音楽にもなり得るんだ。」

 

私はちょっとビックリして、武蔵さんに聞いてみた。

「え?短歌とか俳句は、あくまでも短歌とか俳句でしょ?」

「短歌とか俳句が、絵とか彫刻とか、音楽になるって、どういうことですか?」

 

「歌は景色や情景、見聞きした事物を詠うことも出来る。」

「だから、歌に描かれた景色や情景、見聞きした事物を題材に絵や彫刻を仕上げることも出来る。」

「自分で仕上げても良いし、絵師・画家や彫刻家に依頼しても良い。」

「最近は”この短歌を題材に絵を描いてみてください”と注文したら、描いてくれる人工知能もあるそうじゃないか。」

 

「歌は、詩歌は音楽にもなり得る。」

「そもそも歌や詩は、リズムというものと密接に関わるものだしな。」

「それに、音楽を短歌に変換することも出来る。」

 

それから武蔵さんは一分ほど考え込んで、まだこの場にあったホワイトボードに書き込んだ。

 

 

灰色の 踊れぬ傀儡 縛られて

糸断ち踊れ 気分のままに

 

 

「武蔵さん、これは?」

 

「ああ、BOØWYというグループの、Marionetteという曲を短歌に変換したものだ。」

「一番の歌詞を前半と後半に分け、それぞれを要約して、更に五・七・五と七・七に収まるように調整して詠んでみた。」

「これは楽曲を短歌に変換する方法だが」

「上の句と下の句に、表現したい言葉を追加して歌詞を作り、その歌詞にリズムとメロディを与えれば…」

「…短歌を楽曲に、音楽に変換することも出来るな。」

 

 

 

「こんな風に、短歌や俳句…詩歌は、絵画や彫刻、音楽のような、他の何かにもなり得る。」

「そう言えば、物語のことを叙事詩、とも言うな。」

「実際、上の句に発端・始まりを、下の句に結末・終わりを詠めば」

「…短歌は、物語にもなり得る。」

 

「人間を、社会を、そして世界を動かすのは、結局のところ語られる物語なのだと聞いたことがある。」

「ならば人間を、社会を、そして世界を動かす技能は、人間の間で生きる人間にとって必須の技能だ。」

「人間は物語によって他の人間を動かし、物語によって他の人間に動かされて、この世を生きていく。」

「だとすれば、物語を創り上げる技能としての短歌や俳句は」

「今も、これからも、絶対に学校教育から外すべきではない、ということになるな…。」

 

武蔵さんは、こうして福澤諭吉(と桑原武夫っていう人)に対する反対意見を述べて、今回のお話を締めた。

 


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