悲報:出水、焼肉奢り確定
01
「やられた…!」
太刀川は、悔しそうに歯を食いしばる。なのになぜか、顔は笑っていた。
「マジかあいつ。全部仕込みだったのかよ」
「どういうことですか?」
烏丸が画面の中を見ながら太刀川に尋ねる。
丁度、出水のバイパーを避けた織田が体育館の中に逃げ込んだところだった。
「!は?」
メテオラでの爆撃。
それが出水の勝ちパターンだった。
メテオラが降り注ぐ直前。織田作之助はシールドを張るでも、体育館から逃げ出すでもなく。
メテオラに銃を向けた。
「アイツは未来が見える。それはつまり、自分に着弾する弾が見えるってこった」
織田作之助は、アステロイドで天井のメテオラを撃ち始める。
「自分に確実に当たる弾だけを撃てば、自分に被弾するメテオラを少なくできる」
アステロイドが着弾し、誘爆するメテオラにより天井が吹き飛ぶ。
瓦礫は落ちてくるが、自分に直接当たるメテオラはもうない。
周囲に落ちたメテオラにより多少トリオンが漏れているが、ベイルアウトするほどではないようだ。
シールドで多少守りつつ、着弾する前に拳銃で撃ち続ける。
「自分に着弾するメテオラを撃つ。アイツの腕なら初戦からできたはずだ」
「……!」
「それはつまり、出水の勝ちパターンってのは、勝ちパターンじゃねえ。勝たせてもらってただけだ」
織田作之助は、何回か同じパターンで出水に気持ちよく勝たせてやり、それ以外の方法では負けさせた。
『この方法で勝つしかない』と出水の思考を操作していたのだ。
「メテオラは確かに避けきれない。でもシールドを展開する前に出水を撃つ腕があるなら、『メテオラを撃つ直前にメテオラを撃つ』ことも、理論上できないことじゃない」
つまり、織田はいつでも出水を撃破できたということ。
けれどそれじゃダメだった。
織田は、その未来予知の性質上、罠に嵌ることはなにより警戒すべき点だ。
出水に無数の罠を用意されては、織田は対応出来ない。
なら、その罠を絞ることができたら?
『勝つにはメテオラ爆撃しかない』と、思わせることができたら?
画面の中で、トリオン漏出が進んで織田作之助の顔にヒビが入る。
そしてそのまま、出水のほうに銃を向ける。
生き残ったことに驚いた様子の出水が、シールドを張る。
すると、拳銃から放たれた弾が曲がり、背中から撃たれた出水は、トリオン供給器官と首の伝達系を的確に破壊され、ベイルアウトした。
「バイパー…」
「虎の子のハウンドとバイパーを取っといたのも、最後の2戦で勝つためってわけだな」
「やばいっすね」
「やばい」
なにかが落ちる音がして背後を振り返ると、ベッドに出水が戻ってきたところだった。
「……え?今のでも俺、焼肉奢んないといけないんすか…?」
02
「勝ったーー!」
体がブースに戻ってきたとき、葉子がモニターの前で両手を振り上げていた。
私は苦笑する。昔、葉子がテレビの前でゲームをしていたときの様子を思い出す。
「よかった〜、追い詰められた時負けちゃうかと思った」
「負けないと言っただろう」
「負けちゃうかと思っただけだってば!」
ふー、と安心したように息を吐いた葉子は、本当に手に汗にぎっていた。
随分私を心配していてくれたらしい。
「ていうかなんでランク戦してたわけ?しかも五本先取。あ、マスターランク目指す気になったの?」
「……いや。ちょっと賭けをしていただけだ」
「ふーん。織田作って賭けとかするんだ」
太刀川隊とのやりとりを説明するわけにもいかず、適当に誤魔化す。
するとそこで、トントンと軽くノックが響いた。返事をする間もなく、あちら側からドアが開く。
「よう織田。おつかれー」
太刀川と出水がドアの前に立っていた。
私は葉子と目を合わせてブースの外に出た。
「負けちまったなーこりゃ」
「いや…結構ギリギリだった」
「ギリギリって。余裕だっただろ?」
「そんなことはない。あんなバイパーの使い方は初めて見たし…それに体育館の中にメテオラがあるのは予想外だった。ーー良いチームメイトだな」
「お前もそのチームメイトになんねえ?」
「すまないが断る」
「断るの早くね?」
太刀川と交代するように、出水は頭を掻きながら私に話しかけてきた。
「マジで強かったですね、織田先輩。ありがとうございました」
「出水も強かった。弾トリガーの扱い方、勉強になった。ありがとう」
「どうも。同じ隊にはなれませんでしたけど、またランク戦しましょ!新しい技考えときます」
「ああ。楽しみだ」
私が一回勝負にしなかったのは、『一回勝負だと太刀川さんが納得しない。五本先取にしたら?』と迅が言ったからだ。
実際、私にとっては勉強になる試合だった。迅がA級レベルは嵌め技が大好きだと言った理由もわかったし、これから戦っていく上での課題もなんとなくわかった気がする。
「あれ、その子織田のいとこ?」
「ああ。従姉妹の葉子だ」
「…香取葉子です」
「俺は太刀川慶。こっちはいずみ。よろしくな〜」
葉子は太刀川を警戒したように見ながらも、大人しく自己紹介をした。
太刀川は自分と出水を葉子に紹介してから、私に向き直った。
「このあと俺たち焼肉行くんだが、織田も一緒に行くか?」
「焼肉か。……そうだ、葉子も一緒に来るか?」
「えっ?私も?」
葉子が驚きの声を上げる。
私は気が進まないならいいが、と付け加えた。確かにいきなり知らない男性と一緒に焼肉は抵抗があるかもしれない。
葉子はなにで怒るか私にはわからないので、慎重に言葉を選んだ。
「入隊祝いだ。華も誘って一緒に行こう。太刀川、かまわないか?」
「俺はかまわんよー。出水の奢りだし」
「マジか…」
出水が太刀川の背後で肩を落としている。
なぜかわからないが、今回の焼肉は出水の奢りということになっているらしい。
「太刀川、お前年下に奢らせるつもりなのか?」
「エ」
「年上で、隊長だろう。焼肉くらい奢ってやれ。俺も葉子達の分は出す」
「えーっと…」
「…?もしかして金がないのか?」
「あ、いえ。奢らせてイタダキマス」
「いやったー!!!」
出水がガッツポーズをしているのを見るに、やはり出水の奢りは不本意なものだったらしい。
「太刀川さんの奢りですか。ごちになります」
「やったね〜。高いの頼んじゃおっか〜」
いつの間にやってきた鳥丸と国近が太刀川に手を合わせる。
「どうする葉子。別に後日でも…」
「行く」
「初対面のひともいるが…」
「行く!!」
「…?そうか」
なんだかわからないが、行く気になったらしい。葉子の視線に熱いものを感じて、その先を見てみると、なぜか鳥丸がいた。
手招きで耳を寄せろと言われたので、屈んで顔を寄せる。
「ねえ!あの人誰!?」
「あの人…鳥丸のことか?」
「とりまるくんっていうの!?」
葉子は顔を上気させ、興奮した様子で私の肩をバンバン叩く。
「葉子、どうした?顔が赤いが。風邪気味ならまた後日にする」
「はぁ!?風邪なわけないでしょ絶対絶対行くから!」
華に連絡するから待ってなさいよね!と言うと、葉子は急いでスマホを操作し始めた。
なんだかよくわからないが元気ならいいよかった、と私は葉子の様子を眺めていた。
*
「……」
隊員達の興奮さめやらぬランク戦ブースのモニター前で、画面を見つめ続ける男がいた。
「織田か…」
その男はじっと、腕を組んだままその名前を見つめ続けていた。
03
「織田作さん、私のいとこの三浦雄太。ボーダーに入隊したの」
「ど、どうも…三浦雄太です」
「織田作之助だ。華とは…幼馴染、でいいのか?」
「いいと思います」
焼肉の席に、華はもう一人連れてきていいかと打診してきた。
私が太刀川に確認してから了承すると、華はいとこを紹介してくれた。
華はボーダーに入隊するまでは、彼の家で世話になっていたらしい。
雄太は私と葉子がいとこだというと、「似てないですね」と驚いた声を出した。
髪は似てると思うんだがと返すと、『見た目のことじゃないです』と華にぴしゃりと言われた。ーー似ていないのはどこのことなのだろう?
ちなみに葉子達の分は私が出そうとしたが、太刀川が全部奢ってくれた。
金は大丈夫なのかと思ったが、防衛任務の給料が入ったばかりだから大丈夫と言われた。
太刀川は意外と太っ腹らしい。後輩に奢らせようとしていた人物とは思えない。
色々あった週明けの月曜日、昼休みに本片手に弁当をつついていると、国近に話しかけられた。
「織田作くん〜。隣のクラスの子が呼んでる〜」
「隣のクラスの子?北添か?」
「ゾエさんではないかなー」
隣のクラスに北添以外の知り合いはいなかったため、私は首を傾げた。
「ボーダーの人だよ〜」
「……?」
国近が指を刺した先を見ると、教室の入口で知らない青年が手を振っていた。
私は立ち上がって廊下に向かった。
「やあ、君がオーダーだね」
「? いや、俺は織田作之助だ」
人違いだろうか。
それとも私を異国人だと勘違いしているのだろうか。
私は目の前の明るい茶髪の青年に対しどう訂正をしたものかと考えた。
「ぼくは王子一彰。B級弓場隊で攻撃手をしてるんだ。よろしくねオーダー」
「……もしかして、あだ名か?」
「ああ。いい名前だろう?」
「あだ名をつけてもらうのは人生で2度目なんだ。織田作之助だ、よろしく頼む」
どうやら人違いではなく、私にあだ名をつけてくれたらしい。
織田作之助からとってオーダー。まるで異国人のようなあだ名でなんもむずがゆいが、かつての友人を思い出し、私は思わず口角を上げた。
「2度目?他にもあだ名があるのかい?」
「友人やいとこには織田作と呼ばれている」
「へぇ。良いあだ名だね」
「ああ。王子も好きに呼んでくれてかまわない」
「それじゃオーダー。実はうちの隊長が、君に頼みたいことがあるんだって。時間の空いている日はある?」
王子の隊の隊長…弓場という人物が私に用があるらしい。
弓場隊長は私と直接連絡をとりたかったらしいが、連絡先も間接的な知り合いも知らなかったため、同じ高校の王子に取次を頼んだという。
「そうだな…。防衛任務もないから、今日の放課後でもかまわない」
「了解。それじゃあ放課後一緒にボーダーに行こう」
放課後ここに来るから、連絡先を交換しよう、と言われたので、王子には私の電話番号を教えておいた。
「王子は弓場隊長が俺になにを頼みたいか知ってるか?」
「残念だけど、僕はなにも知らないんだよね。ただアポイントメントを取って欲しいと言われただけだから。詳しくは本人に聞こうよ」
じゃあお邪魔したね、と王子は先ほど同じように手を振り、隣の教室へ帰って行った。
私もなんとなく手を振りかえし、席に戻った。
「なんだった〜?告白?」
「いや。弓場という人が俺に会いたいらしい」
「弓場さんって、弓場隊の隊長の?」
「ああ」
「なんなんだろうね?」
首を傾げる国近に、私はさあなと答えることしかできなかった。
*
放課後、王子は私のことを教室まで迎えにきた。
弓場隊長とは弓場隊の作戦室で待ち合わせすることになったらしい。
「弓場隊長はどんな人なんだ?」
「僕たちの一個上で、銃手で、六頴館の人だよ。どんな人って聞かれると…うーん」
王子は少し考えてから、こう言った。
「面白い人、だよ」
それからは弓場隊の他のメンバーの話をしてくれた。
王子のほかに、クラウチとカンダタという戦闘員と、ののというオペレーターがいるらしい。
変わった名前だと思ったが、あだ名らしい。弓場さんとののさん以外は同い年らしく、王子はそれで気安くあだ名をつけているのだという。
というか、王子は変わったあだ名をつけるのが好きらしい。
「結局、頼みたいことというのはわからないのか?」
「うん。昼休みに聞いてみたんだけど、直接お願いしたいんだってさ」
「そうか。俺にできることならいいんだが」
年下の私にわざわざ頼みたいこととはなんだろう。
弓場さんとは面識もなかったので、私には皆目検討もつかなかった。
ボーダーについてから、B級の作戦室エリアに案内された。
この辺りに来るのは初めてだった。もし私が誰かとチームを組んだら、ここの一つに配属されることになるのだろう。
「はい。ここが弓場隊の作戦室だよ。どうぞ」
王子がドアを開けると、作戦室の中に4人の人物が見えた。
一人は言わずもがな、オペレーターの制服を着た女性。この人がののさんだろう。
他は全員白いジャケットの制服を着ていた。これが弓場隊の隊服なのだろう。
一番目立つのは、仁王立ちでサングラスを掛けたオールバックの人物だ。
他の二人は椅子に座っており、前髪を逆立てた穏やかな顔の男と、前髪を左右に分けた無表情な男が座っていた。
「オーダーを連れてきたよ、弓場さん」
王子が愉快そうに声をかけた。
どうやらこの仁王立ちの男が弓場隊長らしい。
「わざわざ来てもらって悪りィな。織田」
「いえ」
「のの!茶ァ出してやれ」
「おう」
弓場さんが奥に踵を返し、私を奥に案内した。まあ座れや、と一人掛けのソファを勧められたため、大人しく座っておく。
弓場さんは座らなかった。そのまま立っているらしい。
「俺ァ弓場拓磨だ。銃手で、弓場隊の隊長をやってる」
「はじめまして。織田作之助です。」
私が弓場さんに習って自己紹介をすると、彼は私たちの様子を見守っている他の隊員達を横目で見やった。
「こいつらは隊員の王子、神田、蔵内。それとオペレーターの藤丸だ。王子が勝手に呼んだだけだから放っとけ」
「(勝手に…?)はい、わかりました」
「ごめん弓場さん。みんな呼んだら面白そうだと思って」
王子が悪びれもせずに言った。
他のメンバーも王子を見やって苦笑する。どうやら普段からこの様子らしい。
「単刀直入にいう」
弓場さんは仁王立ちのまま突然、後頭部が見えるほど頭を下げた。
「出水とのランク戦を見て感動した!!
俺を弟子にしてくれ!!!!」
弓場隊の作戦室に、空気が震えるほどの大声が響き渡った。
他の隊員の驚いた顔が目に入る。
私はすぐに口を開いた。
「わかりました。弟子にします」
「はあ!?」「ええっ!?」「本気か?」
他の隊員達がそれぞれ大声を上げる。
王子だけが腹を抱えて吹き出しているのが視界の端に映った。
というわけで弓場さんが弟子になった
なお葉子はしばらく名前をとりまるだと思っていたし烏丸も訂正しなかった。