香取ちゃん誕生日おめでとう
01
「また負けた…」
「こっちの動き覚えられてきてるよね、流石に…」
織田作之助と香取隊がランク戦を始めてから幾日か経過した。
香取隊は通算n回目の黒星を更新し、いつも通り反省会のため作戦室に集まった。
こう何回も負け続けると、若村も三浦も声に覇気がなくなってくる。
「今回は、最初に葉子がやられちゃったのが痛かったわね」
「僕たちも葉子ちゃんをフォローするのが遅くなって、援護できなかったし…」
「動きが全体的にもたついてたな…」
香取隊は、香取葉子というエースを中心にしたチームである。
まだチーム戦術が固まっているわけではない。しかし何回もランク戦をやればわかることがある。
織田作之助を倒すためには、『香取葉子』をより強くするのが最適だということが。
「逆に言えば僕たち、葉子ちゃんがやられるとすごく弱いチームってことだよね」
「…そうだな」
「それに麓郎くんや雄太が奇襲しても、織田作さんは常に葉子の位置を気にかけてる。彼も葉子を一番に警戒してるってことだと思う」
染井華はログを見ながらそう分析した。
葉子の動きは、執念からか努力からか、回を重ねるごとにキレが増しているように思う。スコーピオンが性に合っていたのだろう、万能手への転向を考えているところだ。
逆に織田作之助は、オペレーターが毎回変わっているというのに、動きに安定感がある。
基本的にはアステロイドの二丁拳銃。相手のペースを崩すためのバイパー。隠れたと思えばハウンド。
しかし香取隊は、殆どバイパーやハウンドを抜かせる前にやられている。
「どうすんのよ。このままじゃ織田作がカレー食いすぎてカレー中毒になるわよ」
「もうなってる気がするけどな」
若村はため息をつく。
織田作之助の追加条件により、香取隊は彼が勝つごとにボーダーのラウンジでカレー(税込385円)を奢っている。(香取隊の面々で割り勘にしている)
こんな条件でいいのかと、気を遣って条件を出したのではないかと思ったが、数回奢っていくうちに若村にはわかった。
織田作之助はただのカレー
「前から思ってたんだけどよ、なんで葉子は織田作さんをチームに入れたいんだ?」
「はあ?」
「最初は従兄弟だからだと思ってたけど、それだけじゃないんだろ?」
若村は、B級に上がるのを突然急かされたと思えば、正式に隊を組んだ途端、『織田作之助に勝つ』ことを目標にすると宣言されたのだ。
織田作之助が強いからチームに入れたいのだろうか?しかし強い人を入れたいだけなら、他にも選択肢がある。
なにか織田作之助にこだわる理由があるのか。それが気になっていた。
葉子は実にシンプルに答えてみせた。
「おんなじチームになりたいのに理由っているの?」
ただ同じ隊になりたいって、それだけなんだけど、と続けた。
それは実に彼女らしい言葉だったため、華は思わず苦笑した。
「それにほら、織田作って、口下手でしょ。……それにめちゃくちゃ不器用。秘密主義。全然自分のこと話さないし、お金も自分のために使わない。カレー以外のご飯の好みも知らない。私のこと完全子供扱いだし、サイドエフェクトのことだって教えてくれなかったし!」
話しているうちに怒りが湧いてきたのだろう、葉子は段々とヒートアップしていく。
「同じチームになってないと、なんかいつのまにか疎遠になってそうじゃん!それって絶対ヤダ!だよね!?」
「……お、おう」
若村は歯切れの悪い返事をしながらも納得した。
若村はまだ織田作と知り合って間がない。いとこ同士という、家族でしかわからないこともあるのだろう。
ただ、葉子自身は本当に、『同じ隊になりたい』というシンプルな理由で織田作之助を誘っていたのだ。
「だからほら、なんか作戦出しなさいよ」
しかし作戦自体は丸投げらしい。
「大体あのクソサイドエフェクトをどうやって破るんだって話よ」
「未来予知をクソって…」
「味方にいたら心強いけど敵にいたらホントヤバいじゃない!」
「今も敵じゃねーけどな…」
同じボーダーという組織に所属している以上、当然味方同士である。なんだったらランク戦をする部隊同士も、近界民と戦う以上心強い味方だ。
「やっぱり僕たちだけで考えるのは限界があるよ。織田作さん、ただでさえA級レベルなのに」
「じゃあどうすんのよ?」
「そうね…。私たちの戦術で限界が来たなら、外部に頼るのが一番だと思う」
華が言ったことは正論だった。
織田作之助の未来予知というサイドエフェクトと、それを補う銃の腕。
それを破るチーム戦術。
四人の思考に限界が来たなら、それ以上のレベルにいる誰かに助言をもらうのが手っ取り早いだろう。
「外部か…なんか心当たりあるか?雄太」
「うーん…風間さんとかは?織田作さんに何回も勝ってるんだよね?」
「それでいうなら、太刀川さんも勝ってるらしいな」
「前に織田作さん、影浦隊のメンバーと仲がいいって聞いたから、そこに聞きに行くのも手かも…」
華と三浦と若村が外部協力者の案を出し合うなか、静観していた葉子が、ふと口を開いた。
「東さんは?」
02
最近、知り合いが増えてランク戦をする機会が増えたからか、拳銃のアステロイドのポイントが8000を超えていた。
いつの間にかマスタークラスになっていたのである。
全部知り合いから取ったポイントで構成されていると思うと心苦しいが、私がそれだけ強者に勝ってきたということでもある。
「マスタークラス上がったんだ。おめでとう」
「ああ。迅のおかげだ」
「そうでもない、よっ!」
迅のスコーピオンが右から首に伸びてくる。私はそれをシールドで防ぎ、スコーピオンを狙って撃つ。
迅はシールドでそれを防ぎながら、素早くスコーピオンを変形させた。
(目が狙いか)
咄嗟に切先を銃でいなし、距離を取る。
壁に突き刺さったスコーピオンを消しながら、迅はこちらを見やる。
「全然動揺しないなあ。サイドエフェクト使ってないよね?」
「使えない、の間違いだろう」
私たちはお互いが未来視を持っているため、戦うとなると能力がぶつかり合って千日手になる。
逆にいえば、未来視を使わなければ純粋な腕の勝負になるのだ。
私たちにとって、未来視を使わない…
地力を上げるうえで、迅と私はお互いに良い訓練相手となるのである。
「迅こそ容赦ないな。目狙いとは」
「いやいや。動揺する人多いからさ」
人間はいきなり目の前になにかが現れると、動揺からかフリーズする人が多い。
日常生活では問題ないだろうが、戦場では命取りの隙だ。
迅は再び距離を詰めてきた。
「そういえば、未来視、で思い、出したんだけど」
「今、言わなきゃ、ダメか?」
斬り合い撃ち合いしながら迅が話しかけてきた。
私はアステロイドをバイパーに切り替えて撃つ。
シールドを下に避けて直接腹を狙ったが、ギリギリのところで体を逸らされた。脇をわずかに削ったのか、ほのかにトリオンの煙が漏れる。
「うわ!精度上がってるな!」
「それで、なにか視えたのか?」
「えーっとね」
迅のフルアタックの隙を狙った斬撃が腕を掠める。
「香取隊との勝負、
「!」
動揺したのを見抜かれたのだろう、迅のスコーピオンが私の首に深々と突き刺さった。
『伝達系破損』
「悪い、今のはズルかったな」
「いや、敵の揺さぶりに引っかかった俺のミスだ」
「敵じゃないけどね」
訓練室のため、トリオンが補充され、すぐに首の傷が塞がった。
私は一旦銃を下ろし、腰に仕舞った。
「揺さぶりはしたけど、嘘ではないよ。負ける未来が見えた」
「……。それを俺に言っていいのか?」
「いやねー、実は香取ちゃんたちが助っ人に頼る未来ってのは、見えてたんだけど…」
迅はそこら辺の瓦礫に腰掛けながら続ける。
「さすが織田作のいとこだよね。いきなり可能性の低い未来に行っちゃったんだよ」
「どういうことだ?」
「反則級の助っ人に頼ってるってこと。具体的に言うと、
「……ああ、なるほど」
東さんの軍師としての優秀さ…そしてその厄介さは各方面から聞き及んでいる。
東隊が解散してから、まだ日が浅い。彼は未だに隊を組んでおらず、防衛任務の指揮や狙撃手の面倒を見て過ごしている。
葉子たちは私に勝つため、手の空いている東さんに頼ったのだ。
迅がここで私にそれを教えなければ、次の勝負で負けていたかもしれない。
「東さんって教え子自身で考えさせる方針ではあるけど、的確な助言はしてくるから。厄介なことになるよ」
「負けてはいけないのか?」
「正直なこというと、
助言を受けて作戦を立ててくるなら、いずれ高度な作戦を実行してくるだろう。
私の能力は、未来を見た時すでに罠に嵌っていると、それを避けることは不可能だ。なにかしらの対策をする必要があるだろう。
「まあほら。ズルにはズル。反則には反則だよ」
迅は悪戯っぽくニヤリと口角を上げた。
「俺がいいことを教えてあげよう」
03
「なるほど。織田の動きは大体わかった」
織田作之助と香取隊のログを見終えた東春秋は、タブレットを置きながら目の前に座る香取隊を見やる。
「その上で聞くが、香取たちは織田に勝つために、何が足りないと思う?」
「なにがって…うーん」
「私は、全体的な隊の経験値や連携の練度が足りていないと思います」
葉子が考え込むなか、華が冷静に答えた。
「そうだな。織田は香取たちより早くボーダーに入った。この経験の差を埋めるのは容易じゃない。
それを人数で補ってはいるが…香取隊はできたばかりだからな」
香取隊は、香取葉子というエースを中心に、若村麓郎と三浦雄太が援護するという動きが多い。
しかし今のところ、援護が間に合わなかったり、葉子だけが突出したりと、連携の噛み合わなさが目立っている。
「もちろん何回か戦って、連携の粗が取れてきている部分もある。だがそれだけでは勝つところまではいけない。なぜかわかるか?」
「織田作さんは一人だから、連携する必要がない。つまり、私たちそれぞれにあるタイムラグの間に攻めることができるからです」
連携と連携の間にあるタイムラグ。その噛み合わなさ。一人の織田作にはそれがない。
香取隊がもたついているうちに、彼には攻める余地があるのだ。
「それにアイツはサイドエフェクトで、連携の失敗を誘発させてる
「東さん、アイツのサイドエフェクトを破る方法って、なんかありませんか?」
葉子はストレートに尋ねた。
東は苦笑しながら、タブレット片手にこう言った。
「データを見ると、織田に一番勝っているのは
だから織田に勝つとしたら、香取が攻撃手としての技量を上げるのが、一番手っ取り早いかもな」
「……」
「だが織田は、香取を警戒しているんだろう。つまり、エースがそれだけ強いと判断しているってことだ。織田は香取相手に下手な隙は見せないだろうな。
…さて、どうやって突破する?」
香取隊はエース以外がまだ弱いチームだ。
葉子以外の戦闘員は、エースを援護することに徹している。
織田作之助は葉子を一番に警戒していて、サイドエフェクトにより奇襲がほとんど通用しない。ーーそれを突破する方法は?
「え〜っと……麓郎、なんかないの?」
「俺かよ」
「なんでもいいから案出してよ。私思いつかないんだもん」
「なんでもいいって言われてもな…」
若村は考える。
織田作之助のサイドエフェクトを突破する方法。
自分には、全くあの男を倒すイメージが湧かないのだ。気がついたら先読みされて撃破されている。
(一体なにが
東さんは、自分たちになにを言わせたいのだろう?若村は頭を捻らせるが、良い案というのが思いつかない。
「なんでもいーからないの?爆弾とか罠とか、自爆特攻とか」
「自爆特攻って…流石にそれはないだろ」
「いや、チームで一人に勝つことを目標にするなら、相打ち狙いは悪い戦法じゃない。自爆特攻したときに、他のメンバーが生きてさえいれば勝ちだからな」
東は二人の会話に口を挟む。
ランク戦では相打ちというのはままあることだ。
勝ったと思えば、置き土産のメテオラやハウンドにやられるなんてことも頻繁に起こる。
チームでの戦いにおいては、相手に倒された=負けというわけではない。1対1で負けても、チームとして勝っていれば勝ちなのだ。
「あ、あの」
三浦が小さく声を上げたので、全員がそちらを見やる。
「僕はその…葉子ちゃんを囮にしたらいいんじゃないかと思って」
「おとりィ?私を?」
「ああ、なるほど」
三浦の言葉を、華は引き継いだ。
「雄太は、葉子を囮にして、雄太か麓郎くんが織田作さんを倒すのはどうかっていいたいのね」
「そう!それ。織田作さんは葉子ちゃんを警戒してるわけだから…僕たちが仕留めに来たら、予想外なんじゃないかな」
つまり、今までの逆をしようというわけである。
若村と三浦が奇襲し、葉子のいるところに追い詰める。または葉子が奇襲し、シールドや突撃銃でその援護をする。それが今までの香取隊のパターンだった。
しかし今回は逆に、葉子が仕留めにきたと見せかけて若村か三浦を援護し、織田を撃破するということだ。
「なるほどな。確かにそれは織田には予想外かもしれない。だがそれを実現するにはいくつか条件がある。なんだと思う?」
「仕留め役を一人にすること、葉子が生存していること」
「そうだ。囮役は生きていないと意味がない。前の試合みたいに香取が最初に死ぬと機能しない作戦だ。それに仕留め役を若村か三浦、どちらかに絞らないと織田に勘付かれるだろう」
華が澱みなく答えると、東がすぐに作戦の要をわかりやすく解説してくれた。
奇しくも、織田作之助の中ではここ数回でパターンができているはずだ。葉子ともう一人の役割が入れ替わっているとは、容易には気づけないだろう。
「そーなると雄太と麓郎、どっちがいいわけ?」
「……データだと、攻撃手が仕留めてんのが多いんだろ。なら雄太じゃねえか」
「僕?うーん…織田作さんの懐に飛び込めるかな…」
三浦雄太は足の速い攻撃手である。彼の足を活かせば十分可能かもしれない、と麓郎は思った。
しかし、それに待ったをかけた人物がいた。
「私は麓郎くんが仕留め役の方がいいと思う」
「えっ、俺が…?」
染井華である。
彼女はランク戦のデータを出してみせた。
「確かに太刀川さんとか風間さんとかのトップ攻撃手の人たちは、織田作さんに勝ち越してる。
だけど他の攻撃手は、試合中ほとんど間合いに入らせてもらえずにやられてる。
…雄太の腕だと、自分の間合いに織田作さんを持ってくるのは、まだ無理だと思う」
「はっきり言うなあ、華…」
「麓郎くんは突撃銃を持った銃手だから、織田作さんの間合いの外から攻撃できる。避けられるかもしれないけど、近づかなくていいっていうのは強みだと思う」
織田作之助はサイドエフェクトにより、着弾位置があらかじめわかるため、銃手とは相性が最悪だ。
しかし、攻撃手二人のサポートが付いている状態なら、拳銃より長い射程から織田作之助を削りに行けるだろう。
「よし、大体決まったな。一応予備の作戦も立てておくとして、まずはメインの作戦を詰めていこう」
東春秋は、そう言って香取隊を促す。
作戦実行はいつにするか、トリガー構成をどうするか、連携の訓練…やるべきことは山ほどある。
(俺が、仕留め役か…)
そんななか、若村麓郎は、突然降って湧いた重大な役割に一人、手に汗を握っていた。
次回!
未来視×2 v.s 東さん
字面が理不尽すぎる