お久しぶりです
前回のあらすじ
焼肉にいった
葉子と話した
01
焼肉に行ってから数日のことである。
私は迅に呼び出され、玉狛支部に足を運ぶこととなった。
おそらく先日言っていた、私が『単独で動く必要がある暗躍』の件だろう
指定された時間に玉狛に向かうと、久々に陽太郎と雷神丸が出迎えてくれた。
「おださくー!」
「陽太郎。大きくなったな」
しばらく見なかったからか、前よりも背が伸びている。
抱っこしろと手を伸ばしてくるので、脇から手を入れて抱き上げてやる。前よりも重くなっているのを感じて、自然に笑みが溢れた。
「チャンバラやろう!おださく!」
「悪い。今日は仕事で来たんだ。終わってからでもいいか?」
「いつ?いつおわるんだ?」
「迅に聞いてくれ。俺はどんな業務か聞いてないんだ」
「じんはリビングにいる!しゅっぱつしんこうー!」
掛け声に合わせて足早に動いてやると、嬉しかったのか腕の中で甲高い声が上がる。
その足でリビングに入ると、迅がソファに座ってこちらにカメラを構えていた。
「相変わらず仲良いなー」
「……、動画か?」
「そうそう。この子のお姉さんに送ってあげようとおもってね」
「ぴーす!」
「陽太郎、これ動画だから動いていいよ」
カメラを前に硬直していた陽太郎は、迅に声をかけられてまた動き出す。
「じん!おださくとチャンバラしたい!にんむはなんじにおわるんだ?」
「んー、順当にいけば6時には終わるかな」
「ろくじ」
「陽太郎、あの短い針が6にいったら遊べるんだ」
どうにも時間がわかっていなさそうだったため、アナログ時計を指して説明する。
するとじゃあ見張ってる!と時計の前に陣取り始めたため、迅が苦笑した。
「見張るのは俺たちがやるから、それまでは小南と遊んでな。もう帰ってくるから」
「ただいまー」
迅がちらりとドアを見やると、図ったようなタイミングで小南が入ってきた。
「あ!織田作!」
「小南。久々だな」
「また訓練?夕飯食べてきなさいよ、カレーにしてあげるから」
「!御相伴に預かろう。是非」
「その代わり、私と10戦しなさいよね。最近香取隊とばっかやってたんでしょ?鈍ってないかみてあげる」
「鈍ってはいない。あと今日は仕事で来たんだ。戦うのは後日で頼む」
仕事ぉ?と小南は訝しげな声を上げたが、隣にいる迅を見て納得したようにあぁと声を上げた。
「また例の暗躍ね…」
「そんなわけだから、しばらく上にいるよ。陽太郎のことよろしく〜」
「はいはい」
陽太郎の手を引いて小南はリビングの方へ去っていった。陽太郎は、つないでないほうの手を最後まで大きく振っていた。
「じゃ、積もる話は上でやろっか」
「ああ」
迅に案内されたのは屋上だった。玉狛支部は川に設置された建物のため、屋上は水の流れる低い音が響き、鳥瞰な街の風景が一望できるスポットだ。
迅はこの場所が好きなのか、日和が良ければ私との話し合いでここに案内してくれた。
「休みなのに来てもらって悪いな、織田作」
「構わない。単独任務の件だろう。どんな仕事だ?」
そう、単独任務。
葉子の隊への入隊を迅がわざわざ阻止するほど重要な任務とはなんだろう。
迅は肩を竦めてベンチに腰掛け、話し始めた。
「簡単にいうと、護衛任務ってことになるかな」
「護衛任務か…」
「どうしたの?自信ない?」
「いやその…護衛の経験がないから、緊張しているだけだ」
よくよく考えると、私は護衛と言うのはあまりしたことがなかった。
前世では荒事専門であり、運転手や喧嘩の仲裁、果ては猫探しまで下っ端マフィアとして行ったことがあるが、要人の護衛というのはほぼ未経験である。
今世で迅に言われやったことも、殆どがトリオン兵や対人相手の戦闘ばかり。守ることを専門にやったことはないし、訓練も受けていない。
「はは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。この任務はバレないように護衛してもらうことになるから」
「……バレないように?」
「そう、バレないように」
「……。どういうことだ?」
どうやら要人に張り付き身辺を守る、俗に言うSPのような真似はしなくて良いらしい。
「実はこれから先、数週間以内にちょっと大規模なトリオン兵の侵攻が起こるんだよね」
「ああ。それで?」
「……驚かないんだ?」
「俺にあっさり教えてくれるということは、上層部にも伝えてあるんだろう」
「まあね」
そして上層部は私の単独任務を承認しているということなのだろう。そうでなければ葉子たちの前で単独任務の情報を漏らすわけがない。
迅は私がいない前提の作戦を、すでに立案しているということだ。
「一応言っておく。今回の侵攻は街に被害は出ないし、警戒区域内で収まる。侵攻の対策自体は、実はもう終わってるんだよね」
「……敵方の目的は?威力偵察か?」
「そこまではわかんないよ。言ったでしょ?俺は見てない人の未来はわかんないから」
ごめんね、と軽い調子で言いながらも、迅の目には微かに申し訳無さが浮かんでいた。
私はそれを見なかったことにして、任務の内容に耳を傾けた。
「今回、織田作は戦闘に参加しないで、とある人物の護衛に徹して欲しい」
「わかった」
市街地に危険はない、迅は言った。しかしその侵攻で『とある人物』とやらは危険な目に遭うということなのだろう。
「四六時中張り付いていればいいのか?」
「夏休み中はね。実はおれの予知だと、侵攻の期日は数週間から2ヶ月くらいの間って感じで、結構幅があるんだよ。
だからもし夏休み過ぎても侵攻が起きなければ、昼休みに早退して任務についてもらう感じになると思う。学校側には言っておくから」
「了解した」
「…ごめん、普通こーゆーの4人組でツーマンセル組んで回すんだけどーー今回のは極秘任務だから」
極秘任務。
つまり上層部は私が単独任務を行うことは知っていても、任務の内容は知らない、ということなのかもしれない。(林藤支部長は知っているかもしれないが)
私は玉狛所属ではないが、扱いとしては迅の部下。彼が好きに動かせる駒として認識されているだろう。
そして今回、極秘に、バレないように『護衛』を行う。つまりーー。
「監視任務に近いな、護衛任務というよりも」
「その認識で大丈夫だよ。基本的に、護衛対象の動きを邪魔しないように注意してほしい。その子がトリオン兵に襲われそうになって、どうしようもないときだけ助ければいいから」
「接触は最低限に、ということか。了解」
バレないように護衛する。…その人物に存在が発覚しないように後をつける必要がある。
…後をつけるだけなら問題ない。昔取った杵柄というやつで、隠密はむしろ得意なほうだ。
「で、この任務、一つだけ問題がある」
迅は口元から笑みを消し、嫌に真剣な表情で言った。
私のような素人が護衛をする時点で、問題だらけなのでは?という言葉を飲み込み、私は深刻そうな顔の迅に続きを促した。
「どんな問題だ?」
「…名前」
「…名前?それがどうしたんだ?」
私は思わず首を傾げる。名前がどう問題であるというのだろう。
「名前を、知らないんだよね」
「…誰の?」
「護衛対象の」
「……護衛対象の?」
「うん」
「………。身元不明の人物を、護衛しろというのか?」
私は困惑した。護衛任務は普通、その護衛対象がどこの誰で、どこに動くのかも把握して行われると思っていた。
確かに今回行う護衛は、対象にバレないように行うわけであるから、臨機応変な対応が必要だとは思っていたが…。
まさか名前すら知らない人物の護衛とは。私はその人物を探すところから始めなければならないのだろうか。さながら探偵のように。
「いや〜、ほんっとにごめん!街中でたまたま見かけて、未来が視えちゃって…その子を守らないとヤバいっていうのだけがわかったんだよ!」
「……」
「ま、その子の家はわかってるから大丈夫!住所教えるからそこまで行って。あとカメレオン装備してってね」
「……」
焦ったように早口で言い募る迅に、思わず閉口してしまった。
言いたくはないが、迅のやっていることはストーカーではなかろうか、と一瞬考えてしまう。ーーいや、おそらく、家の場所をSEで視てしまったのだろう。そういうことにしておこう…。
「俺より風間隊のほうが向いているんじゃないか?」
「はは、極秘任務だってば。それに織田作を動かすのが一番良いんだよ。ーー俺のSEが、そう言ってる」
要するに本部組に任務内容を知られると未来的に不味い、ということだと言葉の端々で理解できた。
「…わかった。ではカメレオンを使う際の注意点だけ教えてくれ」
「了解。じゃ、下行こう」
その後、カメレオンのチップを入れてもらい、しばらくはどんなトリガーかの解説と訓練に費やした。
カメレオンは最近開発され、ボーダーで流行しているトリガーだ。風間隊もその流行りに肖ってステルス部隊を結成したし、香取隊も麓郎と雄太が装備している。
「他のトリガーへの切り替えに時間がかかるのが難点だが…監視任務には強い味方だな」
「そーだね。一般人を監視するのに持ってこいだ」
「あとの懸念点は持久力だな。常にトリオンを消費するんだろう。1日持つだろうか」
「織田作のトリオンなら大丈夫。常にカメレオンでいる必要はないし、警戒区域に入ったら解除していい。…それに、遅くとも18時には任務終わるから」
ちらり、と迅が壁の時計を見やる。釣られてそちらを見ると、ちょうど18時を過ぎた辺りであった。
「織田作ー、迅ー、夕飯できたわよー」
「おださくー!きょうはカレーだぞ!」
「お、時間ぴったり」
「小南、陽太郎」
ちょうどよくエレベーターで小南と雷神丸を引き連れた陽太郎が降りてきた。
「上行ったらいないんだもん。結局下行ってたんなら言いなさいよね」
「悪い悪い」
「すまん、小南」
「早くいくぞオダサク!きょうはおれがおてつだいしたのです!」
「それはすごいな。なにを手伝ったんだ?」
じゃがいも洗った!と元気よく返事をしながら、陽太郎は私の手を引いて上に行くエレベーターに乗り込んだ。
「クローニンもボスもレイジさんも帰ってきてるし、カレーといえど作るの結構大変だったんだからね。ありがたーく食べてよね」
「……ボス?」
「林藤支部長のことだよ」
迅がすぐに解説を入れてくれた。林藤支部長のことを、玉狛支部の面々はボスと呼ぶこともあるらしい。(なんだか耳覚えのあるネーミングである)
結局、その日の夜は陽太郎の隣でカレーを食べ、チャンバラとゲームをしたあと風呂まで一緒に入ってしまい、とんとん拍子で泊まることになってしまった。
香取家への連絡はいつの間にか林藤支部長と迅が業務連絡としてやってくれた。私が泊まる未来が見えていたらしい。
はしゃぎすぎたのか、20時を超える頃には、陽太郎は船を漕ぎだした。
「陽太郎、遊び疲れちゃったかな」
「張り切ってたからな。部屋に寝かせてくる」
体から力が抜けた陽太郎を抱き上げると、自然と雷神丸が私の後を追いかけてきた。利口なカピバラである。
「織田作、陽太郎を部屋まで送ったら、林藤支部長の部屋まで来てくれ」
「了解。ーーなにか話があるのか?」
「まあね」
口角を上げる迅を尻目に、私は陽太郎を寝かせるためエレベーターに乗り込んだ。
なんとなく、ただの話ではないんだろう、という予感がした。
02
林藤支部長とは、何回か話したことがある。
といっても自己紹介をして、玉狛支部で食事の席を一緒にする程度だ。執務室にお邪魔するのは初めてだった。
(例の仕事の話だろうか)
一度深呼吸をして、私は両開きの扉をノックした。
「織田です。入ってもよろしいでしょうか」
「お、来たか。どーぞ」
中での話し声が止まり、内側から迅が扉を開けてくれた。
執務室は書類が積み上がり、真ん中の執務机に煙草片手に林藤支部長が座っていた。私が入ってくるのを見ると、彼は口角をあげ、灰皿に短くなった煙草を押し付けた。
「陽太郎のこと、寝かしつけてくれてありがとな」
「俺は何もしていないです。遊んでやっただけなので」
林藤支部長からの礼の言葉に思わず苦笑する。というのも私は寝かしつけが得意なほうではないからだ。
以前は子供たちを興奮させすぎて、寝かしつけに苦労したこともあった。
その点陽太郎は寝つきが良い子供らしい。ベッドに転がしても起きなかった。非常に親孝行である。
「それで、話というのは?単独任務の件でしょうか」
「いや、実はその陽太郎の件でな」
「陽太郎の?」
私が首を傾げると、控えていた迅が私に尋ねた。
「織田作は陽太郎の身元について、どんなこと知ってる?」
「…林藤支部長の親戚だろう。…ああ、あと姉がいるんだったか。さきほど聞いた」
私は教えられたことしか知らないため聞いたままを答えた。すると、林藤支部長は珍しく、眼鏡の奥の目をすっと細めた。
「これからお前に話すのは、陽太郎の身元の話だ。『本当』のな」
「……本当の、身元?」
ーーそれから二人が話してくれたことは、非常に壮大で、悲しい話だった。
旧ボーダーのこと、陽太郎の故郷のこと、姉のこと、マザートリガーのこと、クラウントリガーのこと。
そしてブラックトリガーのこと。
それは、ボーダーが今日に至るまでに流した血の色が、見えてくるような話だった。
「なるほど…あのカピバラはカピバラじゃなかったのか」
「あ、そこ?」
「風刃が迅の恩師だったとは…不躾に握って悪かったな。挨拶とかした方がいいのか?」
「いやブラックトリガーに意識とかないから」
「ないのか?」
「ないよ。…多分」
「多分か。一応しておこう。はじめまして、迅の友達の織田作之助です。好きな食べ物は咖喱です」
「織田作って香取ちゃんの従兄弟なのになんでこう…天然なのかな、ホント」
一応シリアスな話したつもりなんだけど、と迅は風刃片手に頭を掻く。
なにか反応を間違えてしまったのだろうか。
「まあまあ、迅。『知っておいてもらう必要がある』って言ったのはおまえだろ。無理矢理シリアスにする必要もない。
ーー織田作、そんなわけだが、陽太郎とはこれからも仲良くしてやってくれ。かわいい甥っ子だからな」
林藤支部長はそう締めくくり、再び煙草に火をつけた。
「単独任務についても、迅から聞いてる。報酬に俺から金一封出るから、楽しみにしとけ〜」
「林藤支部長から出るんですか」
「長期任務だからそれなりにな。じゃ、明日から頑張れ。おやすみ〜」
私は失礼しますと一礼し、執務室をあとにした。
出ていく私に向かって、迅はひらひらと手を振った。
電気の落とされた暗い廊下を歩き、用意された部屋へ向かう。途中、陽太郎の部屋の前を通りかかりーーふと気になってドアを開けた。
「…雷神丸。起きてたのか」
私がドアを開けると、雷神丸がむくりと顔を上げた。流石に優秀な護衛のようだ。
「……」
陽太郎は私が入ってきたことにも気が付かず、ベッドの上で枕を掴んでいた。
私はブランケットを掛け直してやりながら、その横顔を見つめた。
(ーーこの子の故郷は、もう滅んでしまっているのか)
思っていた以上に、近界というのは過酷で殺伐とした世界のようだ。
そしてこちらの世界ーー特にボーダーでは、近界民というだけで憎しみを抱いている人が多い。この子の安全のためにも、身元を簡単に明かすわけにはいかないだろう。
「……ん?……おださく?」
「悪い、起こしてしまったか」
陽太郎の頭を撫でると、黒い瞳が薄く開いて、こちらを見つめた。
どうやら起こしてしまったらしい。
「…どうした?おださく…ねむれないのか?」
「眠れないわけじゃない。陽太郎が眠れているか気になっただけだ」
「うん…」
頭を揺らしながら、陽太郎はぽんぽんと片手でベッドの上を叩いた。
「いっしょにねよう」
「……一緒にか?」
「らいじんまるはあったかいから、よくねむれるぞ」
そう言うと、陽太郎は雷神丸を枕に寝転がり、すぐに寝息を立て始めた。
寝ぼけていただけらしい。
私は少し迷った末、結局陽太郎の横に体を寝ころばせ、目を閉じた。
(明日からの任務、頑張ろう…)
疲れが溜まっていたのか、暖かさに釣られたかのか、目を閉じるとすぐに睡魔が訪れ、私の意識は闇の中へ溶けていった。
03
次の日、私は迅に渡された紙を頼りに、とある住所に辿り着いていた。
護衛対象の家はどこにでもある一軒家で、住宅街の中にあった。
名前を確認するため、表札を見やる。
「雨を取るで…アメトリ、か?珍しい苗字だな…」
陽太郎、とても良いやつ