織田作の入隊式編です
01
「ボーダーへの入隊おめでとう。歓迎する」
忍田本部長の声が堂々とホールに響き渡った。
ボーダーの設立から1年。
C級隊員を含め、ボーダーは着々と大きくなりつつあった。
個人でのランク戦も活発になり、旧ボーダー組で行っていた防衛任務も増えた人員で賄えるようになった。
「今回のC級、結構粒揃いですね。サイドエフェクトを持つ逸材もいます。大きな戦力になってくれますよ」
「そうだな。彼らの今後に期待しよう」
C級隊員たちは案内に従い、攻撃手、銃手と狙撃手に分かれていく。
「忍田本部長、これからどうされますか?」
「攻撃手の方を見に行く。私では狙撃手の良し悪しはわからないからな。東に任せる」
忍田が仮想戦闘訓練ブースについたとき、丁度赤毛のC級隊員がフィールドに入ったところだった。
対対近界民戦闘訓練では、小型モールモッドを5分以内に倒すことになる。その時間の速さで、付与されるポイントが変わるのだ。
赤毛の少年は銃手らしく、手に一丁の拳銃が握られていた。
『1号室用意…始め!』
アナウンスが響いた瞬間、モールモッドは早急に少年に襲いかかった。
少年は鋭い爪を首を傾けて避けると、そのまま右手に持った拳銃を続けて二発撃った。
拳銃から放たれたアステロイドは鉤爪の間を縫うようにしてモールモッドの核に吸い込まれていく。
一発目は核の外殻を破壊し、二発目が【全く同じ位置に命中し】、モールモッドの活動を停止させた。
『記録、10秒!』
C級隊員の中でどよめきが広がった。
忍田も驚きを隠せない。
今までも驚くべき記録を出したC級はいたが、大抵は攻撃手だった。
銃手で、しかも拳銃でここまでの記録を出した者はいなかったのだ。
「い、イカサマだ!」
ブースから出てきた少年に、C級の中から大声が飛んだ。
「もう一回やってみろよ!」
「そうだ!」
そうだそうだと先ほどまでの空気が一転、赤毛の少年を叩くような流れができていた。
忍田は顔を顰める。未成年が多い組織とはいえ、よってたかって一人を非難するのはいただけない。
「? もう一回やればいいのか」
が、しかし。
忍田が口を挟む前に、少年はまたブースに入ってしまった。
『1号室用意…はじめ!』
『き、記録、9秒…』
「これでいいのか?」
先ほどよりも早くブースを出てきた少年は、横に立っている職員にそう声をかける。
「は、はい。席に戻って結構です」
少年はそれだけ聞くと観戦席に戻っていった。
今度はどよめきも起きず、少年の周りのC級隊員が声を潜めて囁き合っていた。
「大型ルーキー、というやつか」
忍田はじっと赤い髪の少年の後ろ姿を眺めた。
「先ほどは災難だったな」
ランク戦ブースに向かおうとする少年に声をかける。
「あ、入隊式の…忍田本部長、でしたか」
「ああ。君は?」
「織田です。織田作之助です」
少年改め織田作之助は、礼儀正しく頭を下げる。
「先ほどの銃の腕は見事だった。どこかでやっていたのかい?」
「いえ、その…従姉妹とゲームをやっていたので」
「ゲームか。なるほどなあ」
最近の子供らしい言葉に、忍田は苦笑する。
トリオン体は素の身体能力を大きく向上させる。その体の動きは、イメージに左右されるところが大きい。
織田は銃を撃つイメージが豊富だったおかげで、あそこまでの動きができたのかもしれない。
「あの、質問があるのですが」
「ん?なんだい」
「ランク戦は、人を撃つわけですよね。化け物…近界民ではなく」
「ああ。そうだね」
「トリオン体に当てても、死ぬわけじゃないとわかっています。でも、この銃を生身に当てたら、どうなりますか?」
織田は嫌に真剣に、忍田の顔を見つめていた。
その青い瞳に気圧されそうになり、忍田は慌てて言葉を紡いだ。
「安心したまえ。ボーダーのトリガーは万が一を考え、生身の人間に当たってもダメージはない。痛みと衝撃で気絶はするが、体に傷もつかないし、死にもしない」
織田はしばらく忍田を見つめていたが、やがて安心したかのように、青い瞳が凪いだ。
「よかった。それなら問題なく撃てる」
織田は忍田にぺこりと頭を下げて、ランク戦ブースに歩いていった。
「問題なく撃てる、か」
人を撃てない人間というのは存在する。すでにボーダーでも、人を傷つける忌避感からエンジニアやオペレーターに転向する人が多数存在した。
しかし織田作之助は生身にあたったらどうなるかだけを気にしており、根本的な【人を撃つことができるか】は問題外らしい。
「なんにせよ、良い新人であることには変わりないか…」
忍田は一抹の不安を感じながらも、ランク戦ブースを後にした。
02
ボーダーの入隊試験を受けたところ、あっさりと合格した。
葉子たちは中学に上がって落ち着いてから入隊する予定らしい。私は一足早く入隊したことになる。
入隊理由を聞かれたとき、「両親が死んで、いとこの家にお世話になっているので、彼らを守りたい」と馬鹿正直に言ってしまったが、それでよかったのだろうか。
合格したことを葉子に伝え、『ボーダーの寮に入るから出て行く』という話をした。
暴れられた。
それはもうすごい暴れ方だった。ここには書けないほどの。
詳細は省くが葉子に引っ張られた服が一着駄目になった。
「作之助くん、私たちに恩義を感じてくれるのは嬉しいわ。だけどね、私たちは作之助くんのことを家族だと思ってる。出ていくなんて言わないで。寂しいわ」
「そうだよ!作之助くん。君がいないと僕も寂しい。君が大人になるまで、叶えたい夢があるなら、それを叶えるまでいても構わない」
「そ、それにボーダーの寮は本当に身内のいない人のために空けておいた方がいいかもしれないでしょ!」
それは確かにと思った。
かつて私は孤児を引き取って育てていたことがある。もしその子ども達が『お世話になるのは悪いので出て行く』と言ったら、全力で引き留めるだろう。
香取家の人々は優しい。
私は彼らに甘えて、少しだけお世話になることにした。
**
忍田本部長と話をしてから、ランク戦とやらのブースに入った。
私の手には、今1100というポイントが付与されていた。
これをランク戦で4000にまで上げるか、その他の訓練でポイントを稼げばいいらしい。
私は早く正隊員になって給料を受け取る必要があるため、早速ランク戦をすることにした。
「ふむ…」
現在、私は拳銃を一丁しか持っていない。訓練用のトリガーは一つしか持てない決まりだからだ。
制圧力は前と劣るが、今はこれで働くしかない。今更武器を変えても、正隊員までの道を遅くするだけだろう。
【孤月1500】
適当に高い数字をタップすると、私は体が解けてどこかに飛んでいくような感覚を覚えた。
『C級ランク戦 開始』
アナウンスと共に、目の前に淡く光る刀を持った少年が現れる。
【次の瞬間、近づいてきた少年が上段から刀を振り上げ、私の首を切り落とした】
その未来が見えたので、先手必勝とばかりに刀を振り上げた手を先に撃っておく。
「あっ!?」
バランスを崩し、ガラ空きになった眉間に向かって引き金を引く。相手の戦闘体にヒビが入り、光と共に離脱していく。
私の体もほぼ同時に元の狭いブースの中に転送された。
『織田 勝利 1100→1110』
「これを繰り返していけばいいのか」
それからはその繰り返しである。
順調に数字の高い相手と戦っていくと、ポイントが2000を超えた。
その時点で帰らなければいけない時刻になったので、ブースを出た。
「お、お前が話題のルーキーか?」
「?いや、違う」
ブースを出たところで、黒髪の男に話しかけられた。
腰に刀を二本下げた、蓬髪の男である。
見たところ正隊員らしい。C級の白い制服でなかった。
「違うのか?すごい動きする新人がいるって聞いたんだが。お前のことじゃないのか?」
「違うと思う」
「そいつは拳銃型のアステロイド使ってて、赤毛って聞いたんだが」
「奇遇だな。俺も赤毛だし、トリガーは拳銃型のアステロイドを設定している」
どうやら同じようなスタイルの新人と間違えているらしい。
「その人を探してるのか?なら手伝おう」
「いやどう考えてもお前のことだろ」
黒い男は俺の腕をがっと掴み、今出てきたブースに押し返した。
「ランク戦しよーぜ。5本勝負な」
「ランク戦?今から帰るところなんだが」
「まーまーまー、5本だけだから。飲み物奢るし。な!」
「…5本か。わかった」
黒い男は隣のブースに入り、俺に正隊員とランク戦をする方法を教えてくれた。
『そーいえば名前を聞いてなかった』
「織田作之助だ」
『織田な。俺は太刀川慶』
「太刀川か」
『ハンデってことで俺は孤月1本しか使わんから。よろしくなー』
仮想空間に転送され、目の前に太刀川が現れる。
【鋭い太刀筋が右から飛んできた。撃ち返そうとしたが、右手がない。そちらをしっかり見る間もなく、私の上半身と下半身がズレていった】
ので、私は慌てて左に避けた。
牽制のため太刀川の右手を目掛け二発撃っておく。
「今のを避けんのかよ」
太刀川は私の撃った二発をなんなく避けながらそう言った。
彼はそのまま踏み込んで孤月を振るう。
俺はバックステップで避け、建物の裏に身を潜める。
【上から太刀川が飛んできた。切られた】
ここで避けず、
あえて上に向かって連続で撃つ。
「うお!?」
狙い通り太刀川の孤月の真ん中にまともにアステロイドが当たる。孤月は耐久性の高いトリガーだが、
太刀川は驚いたようだが、冷静に割れた孤月を破棄する。
しかし孤月の再生成の隙は致命的だった。
私はもう一発、今度は
シールドを張れない、空中で動けない太刀川の眉間に、アステロイドがまともに吸い込まれた。
「マジか」
『伝達系破損、緊急脱出』
ドン、という音とともに太刀川の体がひび割れ、消えていった。
私はほっと息を吐いた。
「シールドを張られてたら危なかったな」
その後、結局私は太刀川に4-1で負け越した。
癖を読まれたらしい、避けたところを追い討ちに追い討ちを重ねられ、避けきれずにやられた。
聞けば、太刀川はボーダーでもトップクラスの実力者らしい。
自分に胸を貸してくれたようである。
まさか五本が終わるまでに1時間かかるとは思わなかった。
「ありがとなーランク戦。楽しかったぜ」
「こちらこそ楽しかった」
約束通り、太刀川は飲み物を奢ってくれた。
私はカフェラテのボタンを押し、太刀川はコーラの缶を開けた。
「んー、お前あれだな」
「あれ?」
「迅に似てる」
じん?と私が聞き返す前に、勝手に太刀川は喋り出した。
「迅ってのは、ボーダーの玉狛支部に所属してる隊員でな。そいつと戦い方が似てる」
「そうか。そいつも銃を使うのか?」
「いや使わないけど」
使わないらしい。
「先読みして後出しジャンケンしてくるところが似てんだよ」
「ああ。俺は未来が読めるからな」
「……マジ?」
「冗談だ」
「だよな〜」
またランク戦しよーぜー、と言い残し、太刀川は去っていった。
私は換装を解いて、急ぎ帰路についた。
夕飯の時間に間に合わないと、葉子にどやされるからである。
次の日、【あの】太刀川慶に一本取った新人として話題になるなど、夢にも思わなかったのである。
織田作は人を撃つことに躊躇はありませんが、人を殺したくないという思いは人一倍だと思います
ちなみにカフェオレを買ったのは葉子にあげるためです