友里と亜里香は仲が良い。

友里は亜里香が好きで、亜里香も友里が好きで。

しかし、友里の"好き"と亜里香のそれは、なんだか形が違うみたいで。

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友里と亜里香

 ◇

 

 私には亜里香という仲の良い女友達がいる。

 

 小学校の頃から付き合いで家も近所でずっと仲良くしてきた。

 

 時には喧嘩もしたけれどすぐにお互い謝って仲直りをした。

 

 だけど──

 

 ・

 ・

 

「ねえ、なんで最近私のことを避けるの?」

 

 ある日、亜里香はそんな事を言ってきた。

 

 私はびっくり仰天してしまった。だって避けてなんかいないんだから。

 

 でも亜里香は私を責めるような目つきで睨みながら言う。

 

「避けてるよ! だって私が手をつなごうとしてもさりげなく手を避けたりするし、抱きついてもすぐに離そうとするじゃん」

 

 それは心当たりがあった。

 

 小学校中学校の頃は気にならなかったけれど、高校生になってから亜里香のそういうボディタッチに何かモヤモヤするものを感じていた。

 

 嫌というわけではない、でも──

 

「なによ……好きだったのは、私だけだったんだ」

 

 私が言葉にあぐねていると、亜里香は俯きながらそう言って、「いままで、ごめんね」とどこかへ行ってしまった。

 

 私は寂しそうな亜里香の背を見て、何か声をかけなくちゃいけないと思ったけれど何と言っていいのかわからなかった。

 

 ・

 ・

 

 その日の夜、私は亜里香が言っていたことを思い返していた。

 

 亜里香は私が好きだと言っていた。

 

 それには驚きはない。

 

 私も亜里香が好きだ。

 

 私たちは小さい頃からずっと一緒で、ずっと仲良くしてきたんだから。

 

 亜里香が私を好きで、私が亜里香を好きなのは当然のように思える。

 

 だけど。

 

 私は去り際の亜里香の姿を思い返していた。

 

 もしかしたら亜里香は泣いてはいなかっただろうか。

 

 私は亜里香を泣かせたいわけではない。

 

 むしろ亜里香には笑っていてほしい。

 

 ただ、あの時は何て声をかけたらいいのか本当にわからなかったのだ

 

 ◇

 

 あの日から数日が経った。

 

 学校ではすれ違っても亜里香は私に目も合わさず、話しかけても返事がない。

 

 前までは教室で顔を見れば、自然と笑って話せたのに。

 

 今では私が近づこうとするたびに、亜里香は視線を逸らせて遠ざかるようになってしまった。

 

 最初は冗談だと思っていた。

 

 ちょっとした気まぐれか、意地を張っているだけだろう、と。

 

 でも亜里香の態度は変わらなくて、私が「おはよう」と声をかけても、彼女から無視される日々が続いた。

 

 教室の片隅で小さく笑いながら他の友達と話す彼女の姿が、私の目には知らない子のように見えた。

 

 ──なんでだろう

 

 私はいつしか、亜里香にムカつくようになっていた。

 

 ──なんで? 

 

 何か思う所があるなら相談してくれたら良かったのに。

 

 ──ムカつく……

 

 だから、そっちがその気なら、と私も意地になった。

 

 そうして、目が合っても話しかけようとせず、朝会っても挨拶もしない様になって──

 

 ・

 ・

 

 放課後、いつも一緒に帰っていた道を一人で歩くと、胸が締め付けられるような寂しさを感じた。

 

「好きだったのは私だけだったんだ」

 

 ふとそんな言葉が漏れる。

 

 その時、私は亜里香に無視されるのも、亜里香を無視するのも物凄く馬鹿みたいに思えてしまった。

 

 私は俯き、目元を拭って家に向かって歩き続けた。

 

 ◇

 

 その日の夜、夕食を終えて自分の部屋にこもっていた私にお母さんが声をかけてきた。

 

「友里、最近元気がないみたいだけど、大丈夫?」と心配そうに言われて、私は少し戸惑った。

 

 私は普段、自分の悩みを人に打ち明けることはあまりない。

 

 でもお母さんの優しい表情を見ていると、自然と心が開けてきて亜里香とのことを話し始めてしまった。

 

「最近、亜里香と話せなくなっちゃって……。なんか、私が避けてるって言われて、でもそんなつもりはなくて……」

 

 話しているうちに、ポロポロと涙が零れる。

 

 自分がどうしてここまで追い詰められているのか、自分でも分からなくない。

 

《何か》が壊れていっている気がする。

 

 ぽろぽろと少しずつ崩れていっている様な気がする。

 

 でも私はその《何か》が何なのか分からないし、《何か》のどこがどう壊れているかも良く分からなかった。

 

 お母さんは私の話をじっと聞いてくれていた。

 

 そして、静かに口を開いた。

 

「ねえ、好きっていう気持ちは、みんなそれぞれ違う形だと思うの。あなたが亜里香ちゃんを大事に思っているのは分かるけど、亜里香ちゃんが感じている“好き”は、もしかしたらあなたとは違うものかもしれないわね」

 

 良く分からなかった。

 

 好きは好きじゃないんだろうか? 

 

「それって……どういうこと?」と私は聞き返した。

 

「たとえば、友達としての "好き" と、もっと特別な意味での "好き" があるでしょう? どちらも間違ってはいないけれど、それがズレてしまうと、お互いに誤解が出来ちゃうこともあるのよ」とお母さんは言う。

 

 私はその言葉を噛みしめながら、亜里香のことを思い返した。

 

 彼女が私に抱いていた感情は、単なる友情以上のものだったのかもしれない。

 

 私はその“違い”をきちんと理解しようとしていなかったのかもしれない。

 

「でも、それでどうしたらいいの?」と私はお母さんに尋ねた。

 

 お母さんは優しく微笑んで、「まずは、自分の気持ちを素直に伝えてみたらどう? 亜里香ちゃんが何を感じているのか、あなたが何を感じているのか、お互いに話し合うことが大事よ」と促してくれた。

 

 確かに、亜里香が感じている“好き”の形が違うのなら、私はそのことについて彼女とちゃんと向き合って話さなくてはならない。

 

 逃げているだけでは何も解決しない。

 

 その夜、私はお母さんの言葉を何度も反芻した。

 

 "好きの形"が違う──私は、亜里香の"好きの形"が知りたくなった。

 

 ◇

 

 放課後、亜里香がいつものように私を避けるように教室を出て行くのを見て、私は駆けだした。

 

 心の中で何度もためらっていたけれど、今この瞬間を逃したら、もう二度と彼女と話すことができないかもしれない──そんな気さえもする。

 

 私は急いで鞄を手に取り、彼女の背中を追いかけた。

 

「亜里香!」

 

 亜里香の名前を呼ぶと、彼女は一瞬だけ足を止めたが、すぐにそのまま歩き出そうとした。

 

 いつもなら、ここで私もためらってしまっていたかもしれない。

 

 でも、今日は違った。

 

 どうしても話さなければならない。

 

 私は心臓が早鐘のように鳴るのを感じながら、彼女の腕を掴んだ。

 

「待って、話したいことがあるの」

 

 その瞬間、亜里香は小さく肩をすくめて私の手を振り払おうとした。

 

 しかし、私は構わず、強い口調で再度言った。

 

「お願い、ちゃんと話をしよう。これ以上このままじゃ嫌だ」

 

 亜里香は私を振り払おうとするけれど、その力は弱々しかった。

 

 ──亜里香も私と話したがってる

 

 不意にそんな気がする。

 

 だって本気で私が嫌いなら、もっと強い力で振り払う筈だからだ。

 

「お願い……亜里香!」

 

 亜里香はもう一度私の方を見ようとしなかったが、しばらく沈黙が続いたあと、彼女はようやく足を止めて振り返る。

 

 冷たい目。

 

 でもどこか寂しそう目をしていた。

 

「……何を話すの?」

 

 亜里香の声は低く、不愛想だったけれど、それでも話す機会を与えてくれたことが嬉しくて、私は無意識にほっと息をついた。

 

「私たち……もう一度ちゃんと話がしたい。ねえ、お願いだから……」

 

 強引だったかもしれない。

 

 亜里香は苛立たしげにため息をついたが、最終的には小さく頷いた。

 

 ◇

 

「……うちに来る?」

 

 亜里香がぽつりとそう言った時、私は少し驚いたが、素直に頷いた。

 

 彼女のお母さん親はシングルマザーで、夕方から夜にかけては仕事で家を空けるのだ。

 

 誰にも邪魔されずに話ができる場所は、そこしかなかった。

 

 久しぶりに二人で一緒に帰ることになったが、道中は《いつも》と違ってお互いにほとんど口を開かなかった。

 

《いつも》と同じなのは歩くリズムだけ。

 

 いつもならくだらない冗談を言い合ったりしていた帰り道。

 

 今はそのどれもが遠い昔のことのように感じた。

 

 それでも亜里香の隣を歩くことができるだけで、私は少しだけ安心していた。

 

 足元に落ちる私たちの影が、夕日の光に伸びている。

 

 影と影がくっついたり、離れたり。

 

 まるで今の私と亜里香みたいだなと思った。

 

 ・

 ・

 

 亜里香の家に着くと、彼女は無言でドアを開け私を中に通した。

 

 リビングのソファに座るよう促される。

 

「居間で座って待ってて、何か入れてくるから」

 

「ありがとう」

 

 久しぶりに訪れた彼女の家は変わらない匂いがした。

 

 ややあって亜里香が飲み物を持ってきてくれて、それで私たちは一息をついたけれど──

 

 ──空気が重いなあ

 

 私たちはしばらくの間、無言のまま。

 

 どうしてこんなに言葉が出てこないのだろう。

 

 たくさんの思いが溢れているはずなのに、それをどうやって言葉にすればいいのか分からなかった。

 

 私から話があるって言ったんだから、私から話を切り出さなきゃいけない。

 

「……亜里香」

 

 ようやく声を絞り出すと、向かいのソファに座る亜里香は少しだけ顔を上げた。

 

 視線を感じながら、言葉を選びながら話し始める。

 

「私……あの日、亜里香に何も言えなかった。でも、ちゃんと考えたんだけど。私も亜里香が好きだよ。ずっと一緒にいて、ずっと仲良しで。でも……私の“好き”は、たぶん亜里香が考えてる“好き”とは少し違うんだと思う」

 

 亜里香はじっと私を見つめていた。私はその視線を受け止めながら、自分の気持ちを伝え続けた。

 

「でも、それがどういう"好き"なのかは──ごめんね、まだわからないの。……私ね、お母さんにね、好きっていうのも色々あるって言われて。私は馬鹿だから、好きは好きでしょって思ってたんだけど、なんだか違うみたいで。……ねえ、亜里香。亜里香は私の事が好きっていってくれたよね」

 

 私が尋ねると、亜里香は小さく頷いた。

 

「だったら──。亜里香にとっての“好き”がどんな形なのか、教えてくれない?」

 

 そう尋ねると、亜里香は少しの間黙っていた。

 

 そして、深く息をついたあと、ゆっくりと口を開いた。

 

「……私の“好き”は……ただ友達としてじゃないよ。もっと特別な"好き"……なんだと思う。ごめん、良く分からない。でも、友里が他の男子と話をしていると胸がもやもやする。誰と付き合ってるのかとか、誰とお似合いだとか、そんな話を聞いてると苛々する。もっと近くにいたい。ずっと一緒にいたいって思ってる。でも、それって……私のわがままだったのかもしれないね」

 

 亜里香は話しながら、はらはらと涙を流していた。

 

 私は向かいに座る亜里香の隣に座って、彼女の手を握って言った。

 

「それは、私の事を恋人にしたいとか、えっと……同性愛的な感じ?」

 

 私が尋ねると、亜里香は少し考え、やがて「わかんない」と言った。

 

「私にも、良く分からない。かっこいい男子とか、アイドルとか。なんていうか、いいなって思う事はあるから同性愛とかとは違う……のかも。でも、気持ち悪いよね。だから、私、これ以上嫌な思いさせたくなくって……それで、もう離れようって、それで……」

 

 亜里香が泣きながら話しているのをこれ以上見ているのは辛かった。

 

 だから私は亜里香の手を離して、肩を掴んでこちらを向かせる。

 

 そして背に腕を回して、ぎゅうっと抱きしめた。

 

「全然、気持ち悪くなんかない」

 

 本当に良く分からないけれど、私もなんだか泣けて来てしまった。

 

 そうして抱きしめたまま暫くそのままでいると、亜里香もおずおずと私の体に腕を回し──

 

「ありがと」

 

 と、一言。

 

 ◇

 

 なんていうかさ、と私は言った。

 

 今はもう二人とも落ち着いて、ソファに並んで座っている。

 

「"好き"ってよくわかんないね」

 

 私の言葉に、亜里香は「うん」と頷いた。

 

「だけど、よくわかんないけど私は亜里香が好きだし、亜里香も私が好き。合ってる?」

 

 そういうと、亜里香はまた「うん」と頷いた。

 

「だったらさ、どういう"好き"かを二人で探していこうよ。形が違うだけで、お別れとかは……私は嫌だよ」

 

「うん……私も、お別れは嫌だから……」

 

 私は亜里香の体をぐいぐいと押す様に、体を密着させていく。

 

「なら、復縁だね、復縁。元サヤ。仲直り! ……そんな感じ」

 

 私が冗談めかした様に言うと、亜里香は「元サヤ……復縁……」と呟く様に繰り返し言う。

 

「なんか余り良く考えずに言っちゃったから、ちょっと恥ずかしい」

 

 だってそんな言い方、まるで──。

 

 ・

 ・

 

「恋人同士みたいだから?」

 

 と、亜里香が私の顔を覗き込むようにして言った。

 

 その時の笑みが、なんだかとても可愛くて。

 

 私は胸が一つ、とくんと高鳴った。

 

 

(了)


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