[万魔殿 議員 アコ]
「ほっ……んしょ……
……ヒナ議長、こちらの書類の確認もお願いします!」
[万魔殿 議長 ヒナ]
「…………」
荘厳な椅子の上に、長い白髪と幼い顔を携えた子供が座っている。子供の低い身長も相まって、机の対面からその顔は殆ど伺うことはできない。
そして、たった今追加された書類によって、子供の顔は完全に隠れることとなってしまったの。
[万魔殿 議員 アコ]
「こちらが今期の風紀委員会の予算の内訳。こちらは給食部からの部費増額の要望、こっちは温泉開発部からの開発許可の申請書で、これはエデン条約に関する追加の資料……
……それからこの封筒は、情報部からヒナ議長に直々に、とのことです」
[万魔殿 議長 ヒナ]
「………………適当にその辺りに置いておいて」
青髪の子供が持ってきた書類について話している最中でも白髪の子供は必死に仕事を片付けていた……
……んだけど、この書類の山を全て消すためには、丸一日使っても時間が足りないように見えるね。
実はこうして子供が膨大な仕事に追われているのは、なにも珍しいことじゃないんだよね。
子供の強い責任感と善性に、呼ぼうと思えばいくらでも面倒事を呼び込めてしまう万魔殿の議長という立場。そうして何よりも、頼んでいなくても勝手に仕事を作ってくる胸元を露出させた青髪の子供。
それらが絶妙に組み合わさった結果、こうして視界を埋め尽くす書類の山が産まれてしまったんだ。
……ある意味では、他人に重要な仕事を任せるのが苦手な白髪の子供の自業自得と言えなくもないかもしれないね。
[万魔殿 議長 ヒナ]
「……少し、休憩しようかしら」
[万魔殿 議員 アコ]
「! でしたら、私はコーヒーを淹れてきますね!」
[万魔殿 議長 ヒナ]
「お願いするわ……」
[万魔殿 議員 アコ]
「はい、任せてください! ヒナ議長!」
そう言うと、青髪の子供は部屋を飛び出していった。
彼女の淹れるコーヒーは決して美味しいものではなかったけれど、休憩の時にはそれを飲むのが子供達のルーティンだったからね。
……だけど、今日は少し様子が違うみたい。
ドゴォン!
突如、重い爆発音が辺りに響き、備え付けられたスピーカーがけたたましい警報を鳴らす。
さっきの青髪の子供が慌てた様子で部屋に戻って来たね。コーヒーを淹れる暇はなかったみたいだ。
[万魔殿 議員 アコ]
「ヒ、ヒナ議長、大変です! 襲撃されています!」
[万魔殿 議長 ヒナ]
「警報を聞けば分かるわ、落ち着いてアコ」
白髪の子供が、興奮した様子の青髪の子供を宥める。
通常、生徒会に相当する組織が襲撃を受けるなんて事件は、その自治区の全土を揺るがす大ニュースになるのが殆どなんだけど……暴力が全てを支配するゲヘナ学園では、ちょっと珍しい日常の一コマに過ぎないんだ。
それでも、その規模によってはもしかしたら、新聞やニュースで取り上げられるだろうけど……
[万魔殿 議長 ヒナ]
「……それで? 今回は誰が攻めてきたの? 便利屋か、給食部か……それとも、美食研究会?」
[万魔殿 議員 アコ]
「た、ただの不良の集団です……」
[万魔殿 議長 ヒナ]
「…………あ、そう。」
どうやら白髪の子供にとっては、今回の騒動は完全に興味の対象外だったみたいだね。
でも、それも仕方ないのかもしれない。なぜなら今回の襲撃は、規模としては最小に近しいものだから。
[万魔殿 議員 アコ]
「で、ですがヒナ議長……その、今回は普段の不良達と比較すると、かなり数が多いといいますか……」
[万魔殿 議長 ヒナ]
「それでもただの不良の集団でしょう? どうせ大した事も出来やしないわ。イオリにでも任せておけばその内撤退するでしょうし、長引けば風紀委員会の増援も来る。
[万魔殿 議員 アコ]
「ヒ、ヒナ議長……」
青髪の子供は、弱々しく白髪の子供の名前を呼んだ。
だけどそれは不安や恐れや……ましてや、失望や呆れからくるものでは決してないの。
むしろその逆。
青髪の子供は、どこか期待を孕んだ眼差しで白髪の子供を見つめているんだ。
[万魔殿 議長 ヒナ]
「……」
[万魔殿 議員 アコ]
「…………ダメ、ですか?」
[万魔殿 議長 ヒナ]
「………………………………」
暫くの沈黙の後、やがて観念したかのように白髪の子供が口を開く。
[万魔殿 議長 ヒナ]
「はぁ……仕方ないわね。私も
[万魔殿 議員 アコ]
「ありがとうございますヒナ議長!」
青髪の子供が喜びに満ちた声を上げる。
普通は、組織のトップが前線に出るなんて言い出したら周りは全力で止めるべきだろう。前線に出るよう暗に促すなんてもっての他。
だけど、ここはゲヘナ学園。
普通じゃない学園のトップには、やっぱり普通じゃない生徒が揃っているんだ。
[ヤル気満々な不良]
「同胞達よ!」
子供は地面の上にドン!と自分の銃を突き立てて、大声で言った。
[ヤル気満々な不良]
「私達がどこへ向かっているかは、この場に集まった全員が分かっているだろう。
そうだ! 私たちは今、自由へと一直線に向かっている!」
少し高い場所で演説を行う子供の眼下には、子供の意見に感化され、付き従う仲間の姿がある。
彼女達は当然のことを言われたかのように、でも大きな決意を胸に抱いたかのように覚悟に満ちた目で子供を見上げていたんだ。
[ヤル気満々な不良]
「今日、我々は敵を討つであろう!ではその敵は何だ!」
[士気が高い不良達]
「「「自由を縛る真っ白な悪魔!!!」」」
ここで少し、このヤル気溢れる子供の事を説明しておいた方がいいだろう。
子供は何の変哲もないゲヘナ学園の一年生。だけど、中学時代は少し名前の売れた不良で、色々とヤンチャなことをしていたんだ。
そんな子供だから、高校に上がるに際して暴力と自由がウリのゲヘナ学園を選んだのは必然だったんだけど……
……ゲヘナ学園での生活は、子供の想像とは大分かけ離れたものだったの。
なぜなら、空崎ヒナが万魔殿の議長に就任して始めに行ったことは、風紀委員会の戦力をひたすらに増強することだったからね。
お陰で未だに他学区と比べると少し悪いけれど、それでも今のゲヘナ学園の治安は過去のどの時代よりも安定している。
規則を違反しようものなら、即座に万魔殿の全面的な支援により強化された風紀委員会に捕えられ、違反の限度に応じて定められた罰則を受けることになる。
だけどその反面、規則に則った、或いは書かれていない事ならば、他の自治区では犯罪とされていることであろうともお咎めは無いんだ。
そして肝心の規則もそれなりに緩く、学校を運営するにあたっては当然と言える程度の事しか書かれていないね。
学則の下で、
それが、今のゲヘナ学園を表すに相応しいだろう。
だけど子供は昔の自由と暴力が跋扈する無法地帯なゲヘナ学園を求めて入学したから、そんな今のゲヘナ学園ですら窮屈に感じたんだろうね。こうして現体制を打倒して、かつての暴力と自由が支配する世界を取り戻そうと夢見ているんだ。
……でも残念なことに、子供は少し勘違いをしていたの。
子供が信奉するゲヘナの根幹、自由と暴力が支配する世界というモットーは、何も失われてなどいないということに。
そう、今のゲヘナは、ただ単純に──
誰も空崎ヒナを止められないだけ。
[ヤル気満々な不良]
「さぁ! この銃の炎を
そうすれば至れる! 私の目標へ!お前たちの--」
ヤル気に溢れた子供の言葉は、だけど最後まで紡がれることなく終わった。なぜなら……
[万魔殿 議長 ヒナ]
「あぁ面倒臭い……アコのワガママには困ったものね……」
はるかな頭上から突如降ってきたかと思えば、たったの一撃で自分達のリーダーを叩き伏せた白髪の子供。
不良達は眼前にて行われた、その余りに急な出来事を理解できずに……ただ呆然と立ち尽くすだけだったんだ。
そんな中で白髪の子供は、今ごろ議長室の窓から此方を眺めて黄色い悲鳴を上げているだろう青髪の子供を思い浮かべると……
……僅かに口元を綻ばせ、やがて酷く緩慢に、だけど肌を刺す様な凄まじい威圧感を纏いながら、足元で気絶するリーダーに代わって彼女達に向き直り……
冷たい目で彼女達を見下し獰猛な笑みを浮かべながら……ただ誰に向けてでもなく一言呟いたんだ。
[万魔殿 議長 ヒナ]
「まぁ、久しぶりに体を動かしたい気分だったし、丁度良かったかしらね」
瞬く間に混沌がその場を支配した。
恐怖に怯え逃げ惑う子供。
錯乱し、白髪の子供に向けて銃を乱射する子供。
現実を受け止めきれず、ただその場に呆然と立ち尽くし続ける子供。
不良の子供達が取った行動は様々だったけれど……ただ一つだけ、共通していることがあった。
それは白髪の子供に対して、誰も、僅かでも、戦闘らしきものを行えた者は居なかったということ。
それほどまでに──
──子供は速かった。眼に止まらぬ速度で空中を飛び回り、羽を巧みに用いて勢いそのままに鋭角を曲がる子供に、誰も弾を当たるどころか、狙いを付けることすらできない。
──子供は強かった。引き金が引かれると謎のエネルギーが銃口へと収束。やがて放たれたエネルギーの奔流は、地面ごと不良達を吹き飛ばす。
そう、ここにいる不良達は、悲しいことに誰一人として理解していなかったんだ。
だけどこの出来事を経て、全員が理解しただろう。
自由と暴力が支配する混沌の世界、ゲヘナ学園
その頂に君臨するという言葉の、本当の意味を
人格紹介
万魔殿議長 空崎 ヒナ
所属校:ゲヘナ学園
学年 :3年生
年齢 :18才
部活 :万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)
万魔殿の議長に就任した可能性のヒナ。
権力と武力、両方の頂に位置する、名実共にゲヘナ学園の絶対君主。自由を分け合う非常に民主的な独裁者。
仕事があまりに多すぎて、万魔殿の襲撃程度の案件までなら他人に任せることを覚えている。(嫌でも任せないと物理的に業務を回すことが不可能)
混沌より秩序を良しとする本人の気質から、現在のゲヘナの治安は平均より少し悪い程度に落ち着いている。流石に偉業が過ぎないか?
まぁ、当然ながらそんなヒナの統治に嫌気がさした不良達がたまに万魔殿に殴り込みをかけるのだが*1*2*3、どれだけ上手く行っても結局は最後に出っ張ってきたヒナにボコボコにされ、独房行きの後に更正。
新しい風紀委員はこうして作られ、ゲヘナ各地へお届けされるのです。
大きな欲も無さそうな彼女が、どうしてゲヘナを統べる絶対権力者となったのか。その背景には、現在の風紀委員長が強く影響している……かもしれない。
余談だが、この世界の温泉開発部はとてもおとなしい