ペラペラと、私が紙を捲る音だけが辺りに響く部屋の中。
ひとつ、またひとつ。私は丁寧に手に持った書類へと目を通し、その内容を確認し、判を押す。
……あぁ、面倒臭い。
昔の私なら、繰り返される単純作業にそんなことをぼやきながら、他人に仕事を放り投げてドーナツを片手にサボっていたところだろう。
いや、今もそれが許される状況であるなら、すぐにでもそうしたいけど。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「…………」
書類から目を逸らし辺りを見回せば、がらん、とした部屋が目に映る。
誰も居ない無人のデスクだけが無機質に、ただずらりと並んでいる。
……こんな状況でサボったりなんてしたら、近い未来、後悔の中で余計に辛い時間を過ごす羽目になるだけなのは目に見えている。
はぁ、と小さく溜め息を吐いた後、やがて私は書類に向き直り、再びそこに書かれている文字を目で追い始める。
どうして……我らがヴァルキューレの誇る公安局なのに、私一人しか部屋に残っていないんだろうか?
……なんて疑問、嘘。本当は分かりきっていることだ。
私だけが部屋に残っている理由は単純明快。公安局の中で唯一、私だけが臆病で正義感もあんまりない、不道徳な警官だったからだ。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「……ひとまずはこれで終わり……かな」
背筋を伸ばして、長期のデスクワークで凝り固まった筋肉を解す。時計は正午を少し過ぎていた。何かやりたいことがあるなら、次の仕事が来るまでの間にやっておかなければならない。
取り敢えず、外で
……それから、何をすればいいんだろう。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「…………。」
[???]
「失礼するよ」
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「……っ!」
そんな私の思考は、不意に鼓膜を震わせた声によって霧散する。
声の聞こえた入り口の方に目を向けると、連邦生徒会の制服を見せびらかすかのように、軽い足取りで此方に近づいてくる
[???]
「うん、先日渡した仕事もきっちり終わらせてくれたようだね、感心感心」
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「……帰ってくんない? 私、今から外にご飯食べに行くんだけど」
[???]
「そうかい、誠に心苦しいが諦めてくれ。今日も新しい
彼女は抱えた書類の上の数枚を指先で摘まむと、まるで挑発するかのようにヒラヒラと振った。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「………………」
[???]
「そう嫌そうな顔をしないでくれよ、悲しくなるじゃないか」
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「誰のせいでこんな事になったと思って……
……それで、何? 今度は何をさせようっていうの」
ツカツカと、足音を響かせながら迫る彼女を、横目で睨み付ける。
……悲しいことに、これが今の私に出来る最大の抵抗だ。
しかし彼女は、そんな私が見えていないかのように、涼しげな顔色をピクリとも動かさない。
……いや、きっと実際に見えていないんだ。視界がでなく、意識が。
口でなんと言ってようが、その実、心の底では私のことなんてどうでもいいと思っているから。だから私がどんな顔をしていようが気に留めない。
コイツは──
──
[連邦生徒会 防衛室長 カイ]
「今回もネフティスグループと少しね……まぁつまり、君の仕事はいつもと変わらないという訳だね。渡した書類に
私の
半ば脅迫まがいのその言葉に対し……だけど、私に許された返答は一つだけだ。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「……ハイ、ヨロコンデ」
[連邦生徒会 防衛室長 カイ]
「おぉ怖い怖い、そう強く睨まないでくれよ。あぁそうだ、お詫びといってはなんだけれど、今日も労いの意を込めてお土産を持って来たよ」
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「要らない」
[連邦生徒会 防衛室長 カイ]
「君はドーナツが好きだと、つい先日君の友人が教えてくれたからね……ほら、どうだい? 食べたくなったんじゃないか?」
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「おあいにくさま、たった今嫌いになった」
[連邦生徒会 防衛室長 カイ]
「……ふむ。いやそうか、喜んでくれると思ったんだがな。
今回も上手くいかないか……クク、相変わらず人の心というものはよく分からないね。
……まぁいいさ。ドーナツはここに置いておくから、気が向いたら口にしておくれ。
それじゃ、仕事の件、よろしく頼んだよ」
そう言って彼女は机の上の書類をそっくり入れ換えると、上機嫌な様子で私に背を向け、そのままスタスタと立ち去っていった。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「……」
……どうしてこんなことになったの?
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「……………………」
どうしてこうなった。
どうしてこうなった!
どうして!! どうしてどうしてどうしてどうして
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「なんで私がこんなことしなきゃいけないのッ!」
衝動のままに、忌々しい書類の積まれた机を蹴り飛ばす。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「なんで、なんでッ! こんなことッ!」
はらはらと舞う書類の中には、決して公に出来ないような淀んだ金の流れや企業との癒着といった、汚職の証拠がこれでもかと並んでいる。
自分で言うことでもないけれど、私は不真面目な警官だ。どういう因果か公安局なんかに配属されちゃったけど、元々は生活安全局とかの窓際部署でユルい生活を送るのが目標だったし、そのだらけきった性根は今も変わってないと思う。
…………でも、さ。
こんなんでも私はヴァルキューレの生徒なんだよね。
──人の役に立ちたいから、この学校に来たのにね。
こんなことするために入学したんじゃ、ないのにね。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「はぁ……はぁ…………
あ~もう最悪…………片付け面倒臭い……」
ひとしきり暴れて気が済んだら、はいおしまい。
倒れた机を起こして、辺りに散らばった書類を集めて、そうしてそれをもう一回机の上に積んで。
そしたら後は判子を押し続ける機械になるだけだ。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「…………あ」
床に落ちた書類を拾うと、その下に写真立てが隠れていた。暴れた時に机の上から落ちてしまったのだろう。
これは……公安局に配属された時の記念写真だね。
写真には懐かしい……とっくの昔に卒業した先輩たちに囲まれる様に、この時はまだ一年生だった私達が写っている。
希望した配属先と真反対の部所に送られ凄まじく不服な顔をした私。そしてその隣に居るのは、ガチガチに緊張した様子のキリノ。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「………………」
キリノは私とは違って真面目な警官だった。
要領はあんまり良くはなかったし、射撃の腕はそれはもうもう酷いものだったけれど……本当にバカみたいに真面目だった。いついかなる時でも、彼女の言動がその『正義』を見失うことはなかった。
……まぁ、バカみたいなんじゃなくて、本当のバカだったとは思わなかったけれど。
確かにアイツは……申谷カイはゲスでカスでクズで、なんで矯正局にぶちこまれてないのかが不思議なくらいの外道だよ。
でもさ、あんなヤツでも立場上は私たちの上司なんだから、どう思ってようと最終的にはそれこそ犬みたいに大人しくアイツの言うがまま従うしかないんだよ。
そもそもあんなヤツなのにあれだけの地位に居るって事はさ、つまりそれなりに後ろ暗い理由があるってことなんだから。
変に正義感拗らせて突っ掛かっていい相手じゃないんだよ。
何で分からなかったの?
キリノだけじゃない。
皆、大馬鹿だ。
[ヴァルキューレ公安局 副局長 フブキ]
「………………」
私を残して皆がいったい何処に消えたのかは知らない。
知りたくもない。
皆と違って臆病で、上からの圧力に簡単に屈してしまうような、正義よりも自己の保身を優先してしまうような、
欠けた……というにはあまりにも減りすぎた人員は、だけど増員の必要はないんだろうな。
確かネフティスの……インダストリーだっけ? その辺りから人員を引っ張ってきて、治安の維持に宛てるらしい。そんなことが書かれた書類を見た気がする。
もしかしたら近い内に、警察は民間組織の仕事になって、ヴァルキューレは廃校になっちゃうのかもね。
……どうでもいい。
知ったこっちゃないや。
だって今の私は、アイツに首輪の先を握られた不道徳な汚職警官だから。
今さら変に正義感に目覚めたってやれる事は何もない。
そう、今の私がやれることは一つだけ。
インクに汚れた手で、書類に判を押し続ける。
ただ、それだけなんだから。
人格紹介
ヴァルキューレ公安局 副局長 合歓垣 フブキ
所属校:ヴァルキューレ警察学校
学年 :3年生(仮)
年齢 :17才(仮)
所属 :公安局
公安局の副局長に就任した可能性のフブキ。
年齢や学年が(仮)なのは、2025/9月現在では人格元のコノカ副局長の学年が不明だから。
元の彼女よりも年月を経て成長し、細かな部分で変わったりしてはいるが、面倒臭がりでサボり魔な性根は変わらない……筈だったのだが、諸々の外的要因でメンタルがグチャグチャになった結果勤勉になった。なってしまった。
反転した勤勉さの根底にあるのは、唯一自分だけが防衛室長を起点とする騒動を生き延びてしまった事に対する負い目と自責……俗にサバイバーズギルトと呼ばれる心的傾向である。具体的には、昔のようにサボると→誰も代わりに仕事をしてくれないため→嫌でも孤独を自覚させられ→じゃあなんで自分は独りぼっちなのかという思考に至り→ここの思考から仲間への負い目と自責に繋がり精神的自傷で辛くなってしまうため→おいそれとサボる事が出来なくなった。
しかし当然だがネムガキが独りになってしまったのは、キリノの影響で大量発生した公安局の『正しいバカ』達が、それを目障りに感じたカイによって『お掃除』されたからであり、ネムガキに非は一切無い。最も彼女はそれを認めず自責を繰り返すであろうが。
そんなフブキに対してカイは、『便利な小間使い』程度の評価を付けているため、仕事が終わる辺りのタイミングを見計らって次の仕事を持ってくる。結果フブキの過労が深まり、更にメンタルが死ぬ。
ちなみに、カイが置いていったドーナツ、あれは一からカイ自ら材料を吟味して調理─山海経他多数の学校から取り寄せた諸々を調合したブツを市販品に混入させるの意─して作ったもの。
……どういった効能かは、ご想像にお任せします。もしかしたら普通に
まぁ、フブキはカイから送られた差し入れは一片も口にすることなく全部廃棄してるんですけどね。
わはは、ネムガキは『かしこい』なぁ。他の皆とは大違いだ。