『あ、おい。……待て!』
ここで私はようやく気付いた。
私たちの氏族の隊は、堡塁に籠りながら撃つ訓練はしていても、こんな至近距離の敵に向かって前進しながらに撃つ訓練なんて一度でもやった事が無かった事に。
そんな訓練、当時は闇エルフでさえやった事があるか怪しかった。
『待てって!おい!そんな近付かなくたって良いだろう!』
『やった!見てよあのオーク、顔が半分消し飛んだよ!』
『こっちもやったぞ!』
『なんで僕の弾だけ外れるんだ!こうなったらもっと近付いてやる!』
私が皆を制止しようとした声は戦場の喧騒と興奮に掻き消えて、もはや目の前にいる者達でさえ命中率の悪さを埋めようとただ無秩序な前進を、そして発砲を繰り返していた。
ただその光景だけを見るならば、白エルフが魔法のように圧倒的な火力で混乱に陥ったオーク共を蹂躙していたように錯覚して見えただろう。
そう、ただの錯覚でしかなく、そしてシュヴェーリンは読み違えなかった。
『ウゥォオオオオオアッ!!!』
ああ、この叫び声だ。
戦場を埋め尽くすような絶叫。
その叫びと共にシュヴェーリンが投げた礫がアグラギルの頭部に当たって、あいつは礫を頭蓋に半分ほどめり込ませ、血と脳漿で大輪の花を咲かせながら仰け反るように崩れ落ちた。
そのたった一つの礫で形勢が逆転した。
魔法のように弾を連発する白エルフも、結局は他と同じように殺せる白エルフでしかない事を理解したオーク共が息を吹き返す。
さらに付け加えるなら、このロザリンドの会戦で私たちの氏族から初めて出た死者がアグラギルだった。
それこそ、多くの氏族の若者にとって初めて見た同族の、それもよく知った顔の死体、あるいは死の瞬間だった。
それで皆が動揺した。
《死んだ》
《誰が死んだ?》
《アグラギルが死んだ》
《どうして?》
《シュヴェーリンだ》
《怖い》
《嫌だ》
《死にたくない》
魔術通信がここまで負の感情を増幅してしまう事を、私は初めて知った。
これで私たちの誇るカルラの銃による火力が失われた。
普通の火打石銃より装填が遥かに簡単かつ迅速とはいえ、ややコツの要るカルラの銃は、冷静を失ったままでは普通の火打石銃と同様に全く上手く装填出来なかったのだ。
あるいは生来の気質からまだいくらか落ち着いて撃てていた者もいたが、故に目立った。
堡塁という遮蔽を捨てていた為に集中して狙われたのだ。
一人、大腿を火打石銃の弾に撃ち抜かれて崩れ倒れた。
一人、胸を投げ槍に貫通されて血泡を噴きながら絶命した。
堡塁にさえ籠っていれば、こうはならなかったのに。
こうして火力を完全に喪失した私たちは、火打石銃の命中率の悪さを埋めるために自ら縮めた距離を、更にオーク共の吶喊で詰められた。
もはやカルラの銃を撃てようと、そこは未来の戦争ではなく、ただ古代の戦争があった。
一人、頭を棍棒で叩き潰された。
一人、胴体を戦斧で袈裟切りにされた。
ああ、やめてくれ。
私は指揮官としてサーベルを持っていたし、それに加えて短剣や短銃も持っていた。
この頃にはやろうと思えばオークと戦える近接戦闘技能もあった。
だが、私が氏族から預かった皆はそうではないのだ。
ただカルラの銃を携えるだけで、闇エルフのような切れ味鋭い山刀を持っているでもなく。
堡塁を築くためのスコップやツルハシを持たせていた兵は多かったが、エルフとオークの体格差では武器足り得ない。
そして致命的に、カルラの銃には銃剣が付けられなかった。
装填動作で銃口を上下に振るのに、その銃口より先へ長さを伸ばす銃剣は邪魔。これだけの発射速度があれば銃剣は不要だと考えられていたのだ。
そもそもとしてエルフ族がオーク族を相手にして古代の戦争をやるなど、毒を塗った鏃の弓矢があってどうにかなるものであって、ただ膂力だけが全ての近接戦は無理だった。
気付いた時には、いつの間にか私の身体は動いていた。
やめてくれ。
一人、銃剣で刺されかけていた奴の首を掴んで引き摺り倒し、そのままに銃剣をサーベルで受け流す勢いで指を数本切り落とす。
やめてくれ。
一人、棍棒を振り落とされんとしていた奴の背中を蹴り飛ばし、相手にぶつけて目眩しにして背中へ回り込み二の腕を突き刺す。
だめだ、いくらオークを無力化した所で数が多過ぎる。
サーベルが折れないよう気を遣っては致命傷を与える事も出来ない。
そうだ、シュヴェーリンによって崩れたこの戦況なのだ。
シュヴェーリンの首を取れば皆が助かるはずだ。それしか無い。
シュヴェーリンはどこだ!
あの巨躯を探し出して首を取ってやるのだ!
あのシュヴェーリンの首を!
あのオークの将の気配を探り、その方向へとひたすらに駆ける。
途中でまた何頭かのオークを切り払ったような気がするが、それで見えたのは、今まさにシュヴェーリンに戦斧で横に薙ぎ払われようとしたカルラだった。
『あんの馬鹿もんがっ』
前に出て万が一があっては誰が皆の銃を整備するのだとあれだけ後ろに居ろと言っていたのに、どうしてお前が一番前にいるのだ。
すぐさまに助けようと駆け脚を強めるが、ああ駄目だ手も脚もあと一歩で間に合わない。
ならばとサーベルをカルラの股下に突っ込み、諸刃となっている切先をギリギリ避けるように峰を股間に叩き付けることで空に打ち上げる。
紙一重でそれは間に合って、カルラの軍靴と私の鼻の僅か先を通り過ぎるシュヴェーリンの戦斧を見送り、さらに一歩を踏み込んで、カルラを打ち上げたサーベルを返すように振り下ろしてシュヴェーリンの首を狙う。
―――いや、首を取っては不味い。
刹那に、ただそれだけに至った私は、それが何故なのかを考える事も無く咄嗟にサーベルの軌道をほんの僅かだが逸らすと共に手首を捩った。
そしてカルラの胴体を両断するはずだった戦斧を空振って僅かに硬直したはずのシュヴェーリンも、それでも悪足掻きか竦んだだけか僅かに首を下げて、その僅かな動き同士は噛み合った。
シュヴェーリンの首を間違いなく断ち切るはずだったサーベルの刃は、刃どころか平地でスパイク付兜の真鍮製装飾を強かに打ち付けて弾かれた。
それは強烈な痺れを私の手にもたらして私の目に涙さえ零させたにも関わらず、シュヴェーリンはこれっぽっちも応えていないようで、ただ不思議そうな目で私を見た。
そうだ、私はシュヴェーリンを殺してはいけない。
私がこんな大きな功を挙げてしまっては、私のせいで死んでしまった皆が首級の陰に覆い隠されてしまう。
そんな事はあってはならない。
ああ、ならば、愚かな私の屍を晒すしかないではないか。
悪いのは愚かにもこれからシュヴェーリンに挑んで無様にも屍を晒す私だけでなければならない。
だから私は嘆願しよう。
生まれたての子鹿のように脚を震わせ、サーベルを突き付けて情け無く乞うのだ。
ああ、シュヴェーリンにアールブ語は分からないかもしれないな。
まあキャメロット語でもオルク語でも何でも良い。一対一でサーベルを突き付けるなど、それが示す事など
さあ大芝居の始まりだ!
『やめてくれ!もうやめてくれ!許してくれ!私はどうなったっていい!だからみんなを!私の部下を許してくれ!』
言い終えた私の隣の地面にカルラが落ちて来た。
股間を押さえて悶絶している他は、落ちた時に強打したらしい肩も痛そうだがとりあえず無傷らしい。
まあ私みたいに死ぬよりは良かったじゃないか。
私だって死にたくはないのだ。