私とカルラがオルクセンへ持ち込んで、それで押収されていた銃をこの部屋へと運んで来たのはあの情けない顔つきのオークだった。
「やあ、また会ったな外務省のミュフリングとやら。ずいぶんとオーク王に便利使いされているじゃないか。内務省の憲兵司令部から荷物運びなど」
「え、ええ。その……」
「フルーベル、あまり彼を虐めないでくれよ。官邸副官部の、つまり私の副官の一人だよ。何か重要な物を届ける時には彼を使うようにしているんだ」
やはりやはり、外務省の役人などではなかったのだな。
「それで、ずいぶんとたくさんの銃と剣を持ち込んだものだな」
シュヴェーリンが呆れを含ませつつそんな感想を零すのもまあ理解できる。
なにせ小銃が三丁と短銃が二丁に、サーベルが三本と短剣が五本。さらには各種の弾薬と手入れ用品まで揃っているのだ。
「ああ、エルフィンドからオルクセンまで文字通り切り開いてでもおまえの元へ辿り着くつもりだったからな」
「オルクセンがエルフィンドと戦争する前にシルヴァン川両岸を火の海にでもするつもりだったのか?」
「ああ、良いなそれ。おまえが私を殺してくれるなら今からでもやるぞ?」
「やめろ。やらんから本当にやめろ」
なんだ残念だな。
いやしかし、大机に並べられていく武器の数を見直してみれば、まあ多いな。
「改めて思うが、私を国際列車から降ろしたあの小さなコボルトの憲兵はまこと勇敢だったな」
「魔種族の外見が人間族に対して威圧的にならないための配慮だったのだがなあ。まあ、その彼には何か適当な勲章を手配するとしよう」
なるほど、小柄種ともなれば人間族から見れば愛くるしい見た目のコボルト族はしかし魔種族である事に変わりなく。成人の人間族よりは膂力で勝るのが普通であるからな。威圧感を減らしながら不測の事態に備えるとなれば適任だろう。
「それで、この二つあるのがロザリンドでシュヴェーリンとの決闘で使ったという短銃か?」
「そうだ。正しくはその改良型だがな。銃身にライフリングを施すと共に使う弾の形を変えている。しかし、肝心の装填機構はロザリンドの頃のままだ。……ところで、オーク王が求めた説明の為とはいえ私がこの場で銃を手にして良いのか?」
「かまわない。動かして見せてくれ」
「……オーク王、少しは相手を、それも敵対する白エルフ族である私を疑う事を覚えた方が良いぞ」
「これまでのやり取りでなんとなく理解したが、フルーベル、君はシュヴェーリンに殺されたいと考えている事を除けば善良な性根だろう。それに私はもう君の事をオルクセンの国民だと思っている」
なんともはや。即日で亡命を受け入れたばかりの敵対種族に対しここまでの信頼を寄せられては参ってしまうな。
呆れを吐きつつも短銃の一つを手に取り、軽く揺すって中身を確かめる。
「それでは、……やはり憲兵に預けた時の、火薬と弾が入ったままだな。まずはこれらを抜いていく」
手入れ用品の中から盆を取り出し、銃床の蓋を開けて火薬を、銃口下の栓を抜いて弾を注ぎ出す。
「今取り出したように銃床の中に設けた空洞に火薬を、銃身の下の筒にこのマテバシイの実のような形の弾を収めている。装弾数はライフリングも無く丸い弾を使っていたロザリンドの頃は一〇発、ライフリングに合わせて長さのある弾を使うこの銃では六発だ」
そして火薬を抜いた代わりに石灰粉を銃床へ注ぎ入れ、弾の代わりには手頃な太さの蝋燭を弾の長さに切ったものを銃身下の筒へ込めていく。
火薬の代用として要求したのは乾いた砂だったのだが、それですぐに石灰が出てくる辺り星欧一の農学者でもあるオーク王らしい。なんとこの官邸の庭で自らちょっとした菜園をしているという。
「これで、いわゆるカルラの銃の弾込めは完了した。後は撃鉄を起こすだけで発砲が可能となる」
それにしても、エルフィンドでは遂に女王の御前で実演する事の叶わなかったカルラの銃が、オルクセンでは亡命即日とはなあ。
「ではやって見せるぞ。
ああ、今の説明でシュヴェーリンは首を傾げてくれた。本当にロザリンドでよく見て、そして今日までよく覚えてくれた。
「このまま一息したらレバーを戻して、これで撃鉄起こしと共に一発分の弾と火薬が銃身に送り込まれた。あとは狙いを定めて引金を引くだけだ」
適当に窓の方へと銃口を向け、引金を引けば、火打石の挟まれていない撃鉄がガチンと火皿に叩き付けられる。
そして銃口を盆の方へと降ろせば、弾と火薬の代わりにした蝋燭と石灰が一発分だけ銃口から転げ落ちた。
「原理としては銃身下の弾と銃床の中の火薬を、引金の下にあるこのレバーを取鍋にして銃身に注ぎ込んでいるだけなんだが、各々方は理解なされたかな?」
ふむ、ロザリンドで目にして撃たれたシュヴェーリンは当然として、ロザリンドで火打石銃を扱って指揮もした事のあるディネルースや側近らしいオーク族、そしてオーク王もある程度は理解したようだ。
しかし他の面々は程度の差こそあれ、この早さを便利とは思いつつ何を齎すのかまでは理解できていない様子。
まあ、その辺りは機会があれば実射を見せてやるのも良いだろう。
「フルーベル、こんなものが、あのロザリンドにあったのか?こんな、脅威だ。こんな脅威がエルフィンドに?」
きっとおそらく、オーク王はこのような火力が再び来る戦争でオルクセンに襲い掛かる事を懸念しているのだろう。
それは全くの杞憂であるのだが。
「ああ、そうだ。だが、エルフィンドは持て余したよ。まず普通の銃よりも高価に過ぎたし、内部機構に気難しい所があって整備にも熟練を要した。ロザリンドの時に私が率いた隊は製作者でもあるカルラさえ帯同させて整備に当たらせたが、それをエルフィンド軍全体で行うのはどうやっても実現不可能だ」
「それはまあ、そうだろうが。だがしかし、そんな問題は改良や教育でどうにかなるはずだ。その性能があれば一部でも注目する者はいただろう?」
ずいぶんと長い目で、改良など教育などと時間の掛かる手段をオーク王は許容するが、だがしかしもっと目先の問題をエルフィンドはどうにも出来なかったのだ。
「その一部こそ、ロザリンドでカルラの銃を使った私の氏族の者達だな。しかし、それ以外にはさっぱり」
「いったいどうして?」
「話は簡単だ。弾薬消費量が増える事をただひたすらに嫌われた。エルフィンドは硝石を殆ど国産せずキャメロットからの輸入に頼っているからな」
何しろエルフ族は白も闇も糞を垂れないし、そして多くは家畜の糞を触る事も忌避する。これで硝石など国産できるはずもなく。
そんな国でとにかく沢山の弾を撃てる事を長所とする銃がどうなるかなど、自明の理だろう。
「ロザリンドの時は軍から支給される分に加え、さらに氏族の財をもってキャメロットから輸入して賄ったが、それほどにカルラの銃は弾薬消費量が多かった。それがいけなかった」
それこそロザリンドで普通の火打石銃を持つ他の氏族の隊よりうんとオーク共を引き付けてから撃ったのも、命中率の問題に加えて弾薬消費量を抑えるためでもあったのだ。
「そうか、なるほど。弾薬消費量か……」
「まあ、それでも普通の火打石銃よりは良い何かしらの銃をエルフィンド軍将兵に持たせようと陸軍大臣のラエリンド・ウィンディミアへよく嘆願しに行ったその成果が、そこに並べた小銃の一つでもあるメイフィールド・マルティニ小銃、今のエルフィンド軍制式さ。これだって頑丈でよく当たる素晴らしい銃だよ」
紛れもない列強の一角であるキャメロットと同じ銃を制式として軍に広く配備する。これが国防にどれだけ寄与するかも理解せずに浪費だなんだと小煩い教義派の連中め……。
思い出したら腹が立って来たぞ。
「ところでホルステナ、ロザリンドでは銃口を下に向けていたのはレバーを操作した後、狙いを付けて撃つ前にしてはいなかったか?その短銃がロザリンドの時と同じイカサマなカラクリと言うなら、同じ順番ではなければおかしいだろう。それに、それにだ―――」
おお!よく聞いてくれた!本当によくそこまで見ていてくれた!
「なぜ、あの決闘の三発目は銃口を下に向けていなかったのに撃てたのだ?」
それこそが、私があの決闘で勝ててしまった所以なのだから。
「シュヴェーリン、話は単純さ。銃口を下げるのは銃床の中の火薬を一発分だけ取鍋へ掬うための動きなんだが、これはレバーを動かす前であるならいつでも良いんだ。それこそ一つ前の弾を撃つ前の、レバーを戻した後でさえも。つまり、三発目の為に銃口を下げるのは、二発目を撃つ前にやった後だったのさ」
うむ、まだ理解が足りないか? ならば、大飯喰らいのオーク族相手なのだから飯の話に例えるか。
「例えば、おまえが皿の上の飯を食い始める前に、鍋から取鍋であらかじめお代わりを掬っていたって、食い終わってから掬うのと何ら変わりないだろう?まあ多少は冷めてしまうかもしれんが、火薬には関係の無い事だ」
「な、なんと。なんでそんな、おまえの隊は全員がそのあべこべな順番でしていただろう。まさか決闘で隙を突くためにそんな事を?」
「いや、決闘は全く関係無くて、ただ銃口を下げる手順を忘れるポカ避けと、それと何故かそっちの方が命中率が良かったんだ」
撃つ前に一呼吸置かせる事になるのが良かったのか、銃口を下げる事で視野が広くなるのが良かったのか、あるいは他の要因に拠るのかは今になっても分からんが。
まあとにかく、そのちょっとした工夫をしているのにシュヴェーリンはロザリンドで気付いてしまった。
余りにも戦場を見る目が良すぎたのだ。
「この、まああべこべな順番をシュヴェーリンに読まれていると、だから防がれているのだと、決闘で二発目を撃って弾かれた時に気付いてな。それに付け込んで三発目は銃口を下げる手順をすっ飛ばして撃ったんだ。どうせ次の四発目が必要なら三発目を撃ってから銃口を下げれば良いだけだったからな」
ちょっとしたタイミングをずらしてやったトリック、そんなつもりだったのだがなあ。
「それで、それでまさか、そのたった一発の鉛玉で気絶しやがって」
「……そうか、それで儂はあの決闘で負けたのか」
「どうだ、シュヴェーリン。今夜はぐっすり眠れそうか?」
「ええ、我が王。それはもう、この上なく」
羨ましいものだな。
私などこの一二〇年ずっとロザリンドに魘されているというのに。
ここまでの元ネタ解説(ネタバレ無し)
○カルラ・ハーマセン
主人公ホルステナ・フルーベルと同じ氏族の白エルフ。
元ネタは17世紀中頃に活躍したデンマーク生まれの銃器設計者であるKalthoff兄弟。ミドルネームはHermansenである。
エルフ族であるにも名前がエルフ語由来ではないのは、この実名を由来とした変形名としたため。
○カルラの銃
カルラ・ハーマセンがロザリンドの会戦のしばらく前に開発した連発式火打石銃。
元ネタはKalthoff repeaterとして知られる、上述のKalthoff兄弟が1630年代に設計製作した連発式火打石銃。
連発銃としては極めて初期のものであり、1659年にデンマークの近衛隊がスウェーデンとの戦争で運用した事から、歴史上初めて実用された連発銃でもあるとされている。
火打石銃のような再装填に20~30秒を要する前装式銃しかなかった時代に、銃を前後に傾けてレバーを操作するだけの僅か数秒で再装填を行える本銃はまさにリアルチートであると言えるだろう。
なお、これを実現する為にギヤを多用した複雑な内部機構を抱えており、極めて高価かつ兵による整備が困難だったため、1696年には使用されなくなった。