オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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あけましておめでとうございます。
コミックマーケット105お疲れ様でした。
初めて出した同人誌が完売してとても嬉しかったです。

という更新停止の言い訳でしたすみません……。


バンドウ事務所③

 格闘に関しては、警護班の装備として闇エルフ族特有のあの山刀に加えて全員にサーベルが支給されたが、それよりもまず徒手を重視させた。

 

 これは警護中の至近距離における急な戦闘では、武器を抜く僅かな一瞬すら惜しいからだ。

 

「いいか、もし警護対象に危害を与えようとする不届き者が現れた時、貴様らの内でその直近に居る者はとにかくそいつに向かって飛び掛かり、かの者の動きを僅かにでも妨害しろ。その時、サーベルやらその黒共御自慢の山刀やらで切り捨ててやろうだとか、お上手な拳銃の腕前で撃ち抜いてやろうだとか、そんなお上品な手段は考えるな」

 

 何かしらの武芸に覚えのある者も居るようだが、そいつらに向けて拳を突き付けてやる。

 

「何でも良いから一番早い手段、多くの場合では拳か脚のどちらかとなる。これで相手の動きを妨害するんだ。いいか?貴様ら警護班の戦いというのは、往々にして敵に先手を取られるという失敗から始まる。この時点で貴様らに山刀やら拳銃やらを後出しで抜いている猶予など存在しない。よく心得ておけ」

 

 しかし、敵の先手の妨害さえ成し遂げたならもう勲章ものの働きと言って良いだろう。

 

 なにせ武器を持った相手に徒手で立ち向かうなど自殺行為に他ならないのだから。

 

 だからディネルースにはああ言ったし、あいつはそれをよく納得していた。

 

 だからと言って頭数に限りある警護要員を無策に死なせて良い訳もないし、時間稼ぎにもならないようでは無駄死でしかないので、これからの訓練で僅かにでも有利に立ち向かう術を叩き込む訳だが。

 

「それでは私を入れての二名ずつでペアに分かれて組手をやるぞ。まずは手本がてら。そうだな、ナルルース、こっちに来い」

 

 最初の手本という事で、あまり体格差のある組み合わせだと手本になり難いだろうと思って分隊の八名の中から一番背の高い奴を指名する。

 

「お前が先手の不届き者役、そして私が後手の警護役でやろう。不届き者役のお前は私の後ろに突き立てたこの枕木に短剣に見立てたこの警棒を届かせる事、警護役はこれを阻止する事を目指す。私が手を出せるのはお前が身体の何処か好きな所に隠した警棒を取り出した瞬間から、あるいは枕木目掛けて走り始めた瞬間から。始める間合いはナルルースの好きな距離で良い。良いか?」

 

「は、はい!了解しました!」

 

 脱出行の最中、燃え盛る家屋から同胞を救い出した際に頭部へ火傷を負って以来、髪を短く刈り上げているという彼女。早朝の枕木ランニングも一本ならば完走した気合と根性に見所のある奴だが、どうなるかな?

 

 ナルルースが警棒を腰ベルトの背中側に差し、十歩ばかり離れてから呼吸を幾つかで息を整えて。 

 

 左脚を一歩ゆっくりと歩くように踏み出し、しっかりとルールに則りつつ身体に僅かでも勢いを付け、二歩目の右脚で地面を蹴ると同時に右手で警棒を抜いてきた。

 

 悪くない動きだ、それで向かう方向は私から見て左を通り抜けようとするもの。

 

 私の利き手である右手とナルルースが右手に持つ警棒とが最も遠くなる、武器を目立たせず奪われ難いというセオリー通りの襲撃方法だ。

 

 しかしながら単純な阻止なら容易くもある。

 

 私も二歩ばかり助走を付けて、その勢いでナルルースに向かって高く飛び掛かる。

 

 左手をナルルースの頭に向けて伸ばして、そのまま鷲掴みにした握力で首を捩り折るのが手っ取り早いとはいえこれは訓練。

 

 ギョッとした顔でナルルースが私の左手を振り払おうとした左腕を、逆にその手首を掴んで軽く引いてやって、その勢いで左膝をナルルースの側頭部に突き当てる。

 

 もちろん訓練であるから、だいぶ弱めに当てて怪我の無いようにしたが、それでナルルースが体幹を崩した所をそのまま私の身体が落ちる勢いを乗せるように左膝で押し倒す。

 

 この時、ナルルースの左手を離さず引いたままにして、未だ警棒を手放さない根性のある右手の肩から地面に叩き付けてやれば、それでようやくナルルースの手から警棒が転げ落ちた。

 

 相当に手加減をしたとはいえ、ディネルースが見込んだだけあって根性のある奴だったな。

 

「とまあ、こんな感じだ。足止めできればまあ良し、凶器を手放させたり転倒させたならもう文句無しだな」

 

「あ、あの……」

 

 ファノメネルが何かに気付いたらしく、地面に倒れたままのナルルースを指さす。

 

「うん?どうした?」

 

 地面に叩き付けられた右肩を痛めたのか押さえていて、いや違うな。

 

「ナルルースが、たぶん肩が外れてます」

 

「すまん、やりすぎたようだ。今治してやる」

 

 といってもやれる事と言えば、外れた肩を戻してやって少しばかりの療術を掛けてやるくらいだが。

 

「痛むか?今日の第三分隊がやってる座学は第一擲弾兵師団から本物の軍医を講師に呼んでやってる。治すついでに教材にしてもらえ」

 

「はい、すみません……」

 

「いや謝るのはこっちの方だ。加減を間違えた。肩が外れるまで警棒を手放さなかったのは良い根性だったぞ。ほら、行ってこい」

 

 それでナルルースを第三分隊が座学をやってる駅舎の方に見送って、しかししまったな。

 

「じゃあ次は、私が不届き者役をやってみるとして。警護役は……」

 

 先程に飛び膝蹴りでナルルースを沈めてしまったのが不味かった。

 

 すっかり他の者達を委縮させてしまった。これでは訓練にならん。

 

 どうしたものかと、少しでも根性の残ってる奴はいないかと闇エルフ達の顔を見渡して、一つ目に留まった。

 

「ファノメネル。そうだな、ファノメネルが警護役をやってみろ」

 

「ほえっ!?わ、私ですか!?」

 

 根性なんてありそうに無い、枕木ランニングでは早々に枕木を担げなくなってしまうようなひ弱な奴だが、眼の色は萎縮ではなかった。

 

 なるほど、ディネルースも面白い奴を見つけたものだ。

 

「ほら、私の代わりに枕木の前に立って、それで私から守ってみせろ」

 

 背格好も小さくて、警護役というよりもむしろ庇護欲を持たれるような風体で。

 

 ノックダウンしたナルルースの次に私の相手をやる羽目になって慌てふためいて。

 

 視線は定まらず方々を見て忙しなく。

 

 だが、その眼には恐れが無い。

 

「では、いくぞ」

 

「はひっ!やります!」

 

 ナルルースが落として転がったままだった警棒を拾って、そこがちょうど良い間合いだったのでそのまま始める事にした。

 

 私が駆ける方向は先程とは逆にファノメネルの右手側を避けるようにして、それに対してファノメネルは先程の私と同じように飛び掛かってきた。

 

 しかし私のように頭の高さでなど体格差で叶わず、腰よりやや上という程度の高さ。それに加えて不格好にも両手を伸ばして抱き着こうとするかのようだ。

 

 間違ってはいない。むしろ正解の一つでもあるが、自己犠牲が過ぎる。片腕は自分の急所を守れるよう胸元にでも残した方が良いのだ。

 

 右手の警棒を飛び掛かってきたファノメネルの顔面へと向けて軽く怯ませ、しかしそのまま突き当ててしまっては刃の無い警棒でさえ失明やらエリクシエルでも治し難い怪我になりかねんので、それで手首を返し警棒を寝かせて首を撫でるように―――。

 

「んあ」

 

 そんな声がファノメネルの口から漏れて、ほんの僅か一瞬、巨狼を相手にしているのかと私は錯覚した。

 

 ざくり。

 

 間違っても警棒が何かに当たったような音ではなかった。

 

 右の手指に生暖かい感触、人差し指と中指だ。

 

 いや、私にだって何が起きているかなど見えている。

 

 なにせ私の目前で、ファノメネルが私の右手に噛み付いてきた事など明瞭に見えているのだから。

 

 当然のこと、エルフ族の小さい口では警棒を持った手指の第二関節の辺りに前歯を突き刺すに留まったが、ああちくしょうこいつは痛いぞ!

 

 これがアンファウグリア(血の顎)か!

 

 私の右手に嚙み付いたままさらに胴へと掴み掛かろうとしてきたファノメネルを、その右手を嚙まれたまま殴るように振り払うが、……ああ、素晴らしい。

 

 目の前に立つファノメネルは警護対象である枕木の前でしっかりと着地して立ち塞がり、その右手には私が手指を噛まれた時に手放した警棒がしっかりと握られていた。

 

 顔を見れば口元は私の血でべったりと濡れていて、しかしその目には何ら感慨の色は無く、あれは私の一挙手一投足を見逃さないだろう。

 

 私の事をオークだなんだとこいつらは言うが、そう言うならファノメネルは白エルフの皮を被った巨狼だな。

 

「参った。よくやった、ファノメネル」

 

 訓練だからと怪我をさせないよう配慮した事につけ込まれたような気がしないでもないが、そこにつけ込めるのも一つの才能。

 

 それに加えて私が手放した警棒もきっちり奪っている。

 

「素晴らしい。文句無しの結果だ」

 

 パチパチパチと拍手を送る。

 

 手を打ち合わせる度に血が飛び散るし傷が響くように痛むが、ああ本当に痛いぞこれ。

 

「えっ、あっ!?」

 

 いや、まあ。どうやら半ば無意識であれか。拍手を送ってようやく自分が何をしでかしたか自覚したらしい。

 

「そのっ!ゆっ、指!大丈夫ですか!?」

 

「うん?いやまったく、大丈夫じゃないな。私も軍医の世話になってくるよ。残りの訓練は各々でやってくれ。しかしあんまり私やナルルースみたく怪我はするなよ」

 

 未だ血の止まらない手をふらふらと振りつつ場を後にする。

 

 まったく恐ろしい奴もいたものだ。

 

 

 

「そ、それ!その指どうしたんですか!?咬傷じゃないですか!」

 

 第三分隊が座学をやっている駅舎のプラットホームにお邪魔して、講師を依頼していた第一擲弾兵師団のコボルト族の軍医に傷を見せたらまあ吃驚された。

 

「これ、処置は何をしました!?傷に触りましたか!?」

 

「いいや、出血するに任せていた。一切触っても療術もやってない」

 

 その方が彼の指導にとって都合が良いと思っていたのだが、どうやら処置としても正解だったらしい。

 

「素晴らしい。顔色も、大丈夫そう。……という事は、貴女も、教材にして良いのですね?」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 格闘訓練では少なからず負傷者が出るだろうから教材にでもしてくれとは話をしていたが、しかしまあ私が二例目になるとは想定外だったな。

 

「はい!みなさん、これが咬傷です。咬傷はまず、とにかく傷創を洗う事。触るよりも何よりもとにかくです。清潔な水を大量に使って下さい」

 

 言ってるそばから瓶詰めの天然水を何本も空けて、彼自身の手指から始めて服や靴が濡れるのもお構い無しに私の指の傷を洗い流していく。

 

「重要なのは、洗浄する前にエリクシエル剤や療術で傷を塞いだりなんて絶対にやってはいけないという事です。止血も失血の危険性が無いのであればやらない方が良いです。我々の口の中には創傷に入り込むと致命的な感染症を引き起こす細菌が大量に存在しています。なのでとにかく創傷を洗い流して下さい」

 

 そう言いながらコボルト族の軍医は己の牙を見せつけ、その次に取り出したのは注射器。

 

「こうして創傷の見えている部分を洗い流したら、次は一六ゲージ、あるいは手元にある中で一番太い針の注射器を水で満たし、創傷の歯が刺さった跡に突っ込んで噴流により深い部分を洗浄します」

 

 そういえば、この傷口を、それと治療に従事する者の手指をとにかく洗って清潔にするという治療法を提唱したのは我が王らしい。

 

 我が王はロザリンドでは療術兵として従軍し、その後にオルクセンの国王となってから数々の改革に取り組んだのだが、これもその中の一つだった。

 

 これはオーク族やドワーフ族の医者には早くに受け入れられたが、しかしオルクセンにおいて療術を扱え医者となる者の比率で大多数を占めるコボルト族には大変に不評だったという。

 

 それというのも、手首より先、あるいは外科手術を行うなら肘より先の体毛を清潔のために全て剃るべきとしたから、毛並みの美しさを自慢とするようなコボルト族には殊更に不評を買ったのだ。

 

 今のようなオルクセン全ての魔種族、あるいは星欧各国の人間族からも尊敬される我が王を思えばそのような反応は考え難いが、しかし当時の実績の乏しいオルクセン王国国王というのはオーク族の王でしかなかったとのこと。

 

 さらには軍の輜重からの反発もあった。

 

 濾過や蒸留で清浄にした水、あるいは特別な検査により清浄さが認められた水源からの水を戦場で大量に使用するなんて、いくら野戦病院のためとはいえ兵站に過大な負荷を与えてしまうとされたのだ。

 

 事実として濾過には清潔な布や炭を、蒸留には燃料をそれぞれ大量に必要とするし、あるいは後方で瓶詰めされた清潔な水を飲料水とは別に前線まで運ぶにしても水に加えて瓶まで重い為に大変な負担を兵站に与える事が容易に想像できる。

 

 だが、我が王は為された。

 

 まずは動物実験を大々的にやって、これは豚や山羊などの家畜を一〇〇頭ずつ集め、それぞれ切り傷や火傷、あるいは骨折や四肢の切断などを負わせて、旧来のやり方と、大量の水を使って清潔を保たせたやり方とで治療させ、清潔なやり方では感染症になる割合を有意に、それも大きく下げられる事を実証した。

 

 次に、この動物実験の結果を元に家畜を診る獣医へこの清潔なやり方を広めた。

 

 この頃の獣医の仕事と言えば多くは出産の面倒を見ることで、その出産時に罹るリスクの大きかった感染症の予防を主な目的としてやらせたのだ。

 

 当時は細菌なるものが顕微鏡を使ってようやく発見されるより何十年も前で、にも関わらず傷や医者の手の汚れが病の原因だと提唱したのは、まさしく降ってきた者の御業と言えるだろう。

 

 この結果として、まあこれだけが理由ではないにせよオルクセンの食肉生産量はほぼ倍増したという。

 

 こうまで結果を積み上げれば魔種族を診るコボルト族の医者とあっても、そして軍でさえも清潔さの重要性を理解したようで。

 

 まあ端的に、あれだ。私でさえだ。

 

 ファノメネルの歯が突き刺さった痕に注射器を突っ込まれて水を噴きつけられるのは、それはそれは痛いのだ。

 

 何か別の事をずっと考えていたいほどに。

 

「さて、これくらいで洗浄は良いでしょう。あとは療術で創傷を閉じるのですが、それではフィンドゥリル曹長、こちらに来てフルーベルさんに療術を掛けてみて下さい」

 

「は、はいっ!」

 

 ふと、教材にしても良いのか聞かれたもう一つの理由を何となく察した。

 

「なるほど。そういえば黒に療術を掛けられるのは初めてだな」

 

「―――ッ」

 

 そして今まで事あるごとに彼女らへ侮蔑語を使ってはいたが、こうして目の前の闇エルフに面と向かって一対一で使うのは初めてかもしれんな。

 

「では、やってみてくれたまえよ」

 

 何本も瓶を空けて洗い流したとて、未だ血の流れ出る私の右手をフィンドゥリルの強張った黒い顔に向けてやる。

 

 フィンドゥリルは身を振るわせながらに水で手を洗い、そして赤い血が滴り落ちる私の白い手を取った。

 

「精霊よ、精霊よ、かの者の傷を癒し給え……」

 

 おや、珍しい。精霊信仰かこいつは。

 

 しかし信仰のおかげか、当人の精神に強く依存する療術はしかりと効力を発揮して、みるみる内に私の傷を塞いでいく。

 

 最後に指先に残っていた血が洗い流されれば、見ただけでは噛まれたとは分からぬほど。

 

 軽く握って開いても違和感は無く。

 

「ふむ、よくやった。フィンドゥリル、そして君の精霊にも」

 

「あっ、えっと。はい、ありがとうございます!」

 

 なんとも意外そうな顔をしてくれるじゃないか。

 

「フルーベルさん、違和感はありませんかな?」

 

「いや全く、素晴らしい療術だった。やはり療術の指導は専門家に任せて正解だったよ」

 

「いえいえ。本人達の資質あっての療術ですよ」

 

「そんなご謙遜を。ああそれと、先程こちらにナルルースを行かせましたが、大事無かったでしょうか?私が外してしまった肩を戻して軽く療術を掛けてやったのですが」

 

 瞬間、軍医の目がギラついた。

 

「ああ、貴女でしたか。こちらの第三分隊の皆さんには既に注意しましたが、脱臼した関節を力任せに戻すと脱臼癖が、つまり脱臼しやすい関節になってしまう恐れがありましてね」

 

 ああ、しまった。処置のやり方が古かったか。

 

「しかし、その後の療術が良かったのでしょう。痛みも残っていないようなので、しばらく安静にしていれば大丈夫でしょう。ほら、あちらにナルルース軍曹は居ますよ。フルーベルさんもしばらく一緒に安静にしていて下さい」

 

「すまないな。私もちゃんと勉強し直す事にするよ」

 

「ええ、それが良いでしょう」

 

 やはりロザリンドの後に十年ばかり付け焼き刃しただけの古い知識ではいかんな。




※本作の医療描写に関しては一切の監修がありませんので、実際の参考にはしないようお願いします。
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