オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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バンドウ事務所⑤

 我々を乗せた馬車が停車して馭者に促されるまま降りてみれば、どういう訳か目の前にアンファウグリア旅団の立哨らしい兵が居た。

 

「え、えっ!?」

 

 お互いに目を見開いて驚いてしまうばかり。

 

 そしてその立哨の背後、その周囲に視野を広げれば。

 

 ここは槍穂先の鉄柵で囲われた敷地の内側に設えられた馬車止めであった。

 

 あるいは目の前の建物には『アンファウグリア旅団本部棟』の看板が設えてあり。

 

 つまり、まず我々がやるべきは敬礼である。

 

 立哨ではなく警衛の彼女が一等兵で、私が退役五等少将という階級差があったとしても、敵意が無いという事を即座に示すために私から敬礼をする必要があった。

 

 私に続いて馬車から降りた氏族の者達も、この状況を察して整列して警衛へ敬礼を向けてくれる。

 

 そうだ、それで良い。

 

 それにしても、まさかまさかだ。

 

 警衛が驚いているという事はだ。

 

 まるで我々が来る事を知らなかった。

 

 いや、知らされていなかった?

 

「これは、族長。もしや我々が訪ねる事を伝え忘れていましたね?」

 

 私の隣に立って同様に敬礼をしているセンゲレーゼが囁いてくるが、揶揄うにしてもそれはないだろう。

 

 ああいや、わざわざ魔術通信ではなく目の前の警衛にも聞こえるよう声に出して、それでその内容か。

 

「あたかも私がしくじったかのように言うな」

 

 これはオルクセン側の伝達ミスが原因なのだろうが、それにしたって状況が悪過ぎる。

 

 なにしろ闇エルフ族で編成されたアンファウグリア旅団の衛戍地に、白エルフ族の我々が突然と放り込まれたのだ。

 

 我々の背後は馬車の並びで視線が遮られているとはいえ、辺りには警衛だけでなく通り掛かった兵達がいくらでも居合わせているのだ。

 

 ほんの僅かでもこの状況が悪い方に傾いてしまえば、我々は弁明も許されず殺されてしまうだろう。

 

 だが、幸いにして状況は好転した。

 

「もしや、フルーベル大佐!?フルーベル大佐ではないですか!」

 

 その通り掛かったアンファウグリア旅団の兵の内の一人が私の事をそう呼び掛けたのだ。

 

 おや?おや?その階級で私を呼ぶという事は、エルフィンド軍での私を知っている?

 

「あら?よくよく見渡せば闇エルフ達の反応は三種類に別れてるのね。恐怖と、敵意と、その二つよりは少ないながらにあの方のような敬意。貴女、意外に顔を知られていて良かったわね、大佐さん」

 

 今度はすぐ後ろに並んでいたエルミアに揶揄われるが、こいつらこんな状況だというのにまったく。

 

「意外というより不本意だ。しかし、……私の事を知っていてくれて助かったよ。感謝する」

 

 駆け寄ってきた件の闇エルフに礼を言えば、その闇エルフにしても体格の良いそいつはどういう訳かエルフィンド軍式の敬礼をしてくれた。

 

「いえ、大佐殿。しかしこれは、後ろの方々は……誰も彼女も兵役経験がおありのようで」

 

「ああ、よく見ているな。皆がロザリンドの時からのだよ。しかし、ここはオルクセンだが、敬礼はエルフィンド軍式で良いのか?オルクセン軍では指を全て伸ばすやり方だろう」

 

 そう言って私は先ほどと同様にオルクセン軍式の敬礼を返すが、それに対する返答は意外だった。

 

「はい、問題ありません。オルクセン軍においても我々アンファウグリアはこのエルフ族式の敬礼をする事になっております」

 

「へえ?ああ、なるほど。我が王が気に入ったな?」

 

 同じアンファウグリア旅団の警護班の者達には敬礼は不要だと先に伝えていたから今まで見なかったが、そうだったのか。

 

 しかし軍という組織にとって一つの精神的な支柱である敬礼で例外が認められるという事は、相当な横紙破りがあったはずで、オルクセンにおいてそういう事をやるような存在と言えばあの我が王だろう。

 

「ええ、まさに。もしやお会いになりましたか?」

 

「会った。それで我が王直々に亡命を受け入れてもらったよ。今では私もオルクセン王国国民さ」

 

 そんな話をしていれば、二つの気配が騎馬の速さで近づいてきた。

 

「来たか」

 

「ええ、連隊長と中隊長です。連隊で乗馬訓練をしていて、私はちょうど壊れた鐙の予備を取りに来ていたんですよ」

 

「なるほどな。……ところで、君の名は?」

 

「……あっ!失礼いたしました!アンファウグリア旅団第二騎兵連隊第六中隊、サッラミア曹長であります!」

 

 改めて敬礼を受けたので、私も答礼をする。

 

 しかし私はアンファウグリアではないから指を全て伸ばして。

 

「知っての通りフルーベルだ。偶然とはいえ助かったよ。ありがとう、サッラミア曹長」

 

 退役五等少将であると伝えても良かったが、私が昇進した頃に彼女は逃避行の最中で知りようが無かっただろうし、私としてもこの階級が気に入っているわけでもないしな。

 

 それで、ちょうど近づいてきた二人に向き直る。

 

「アンファウグリア旅団第二騎兵連隊、連隊長のファロスリエン中佐です!教官!お久しぶりです!」

 

「同じくアンファウグリア旅団第二騎兵連隊、第六中隊中隊長のユスティーエル大尉であります」

 

 こいつらも揃って下馬して先に敬礼までしてくれて、まあアルディス・ファロスリエンが快活なのはかつての教え子であるにしても、しかし私と知己のないユスティーエル大尉はやや不満気だな。

 

 とはいえ私としてはこのユスティーエル大尉の反応こそが正常だと思うのだが。

 

「フルーベルだ。どうやら我々が突然に押しかけてしまったような形になってしまったようで、すまないな」

 

「もしかして教官、今日ですか?」

 

「まあ、そうだ。内務省からは許可が下りたから馬車に乗ってくれという事でこうして来たのだが、察するにオルクセン側の伝達ミスかな?」

 

 恐らく私の転居の許可が出たのは事実にしても、ちょうど同じタイミングでキャメロットから私の氏族の者達が来たからとまとめて移送しようとして、その調整で手一杯になってヴァルダーベルクの闇エルフ族達に伝えるのを失念してしまったのだろう。

 

 しかし、これで流血に至らなかったのは本当にただただ運が良かっただけだな。

 

「そのようですね。ともかく白エルフ族用の区画まで案内しますが、本来であればこちらで馬車を用意する予定だったものの、突然だったので……」

 

「なんだ馬車か?それなら我々が乗って来た第一擲弾兵師団の馬車が……」

 

 ほら並んでいるだろうと振り向いて見れば、……居ない?

 

「族長、その第一擲弾兵師団とやらの馬車は我々を降ろした後に帰られましたが」

 

「……。あー、そうだったか。そうらしいな。まあ、ファロスリエン中佐。どいつもこいつも鍛えてる奴ばかりだ。大した距離でもないだろう?」

 

 言ってしまってから、ユスティーエル大尉が顔を顰めてしまって失言に気付く。

 

 白エルフにより民族浄化が行われた結果として、オルクセンへ逃げ延びる事が出来た僅かな闇エルフが営む居住地がここヴァルダーベルクなのだ。

 

 そこで()()()()()()()()()などと、減らしてやったのだから狭くて当然と思っているように捉えられてもおかしくない。

 

 しかしファロスリエンは気にしたようでもなく。

 

「教官に言わせればノアトゥンでさえも大した距離ではないでしょう?」

 

 ノアトゥンと言えばエルフィンドの北辺にありながらもキャメロットの領事館が置かれているほどに栄えている港湾都市で、まあ北辺とはいえ行けなくもない。

 

 そして距離など多少遠くても些事でしかないというのは伝わったようにしても良くなかった。

 

「もちろんだとも。だが、そういうのは君たちに任せる事にするよ。私が行っても色々と紛らわしいだけだろう?」

 

 来たるエルフィンドとの戦争で私が、そして私の氏族の者達がオルクセン軍に従軍するとなれば、何処で何をしたとしても方々に迷惑をかけるだろう。

 

 なにしろ白エルフなら例外なく敵であるはずが、僅か数十名が味方となったせいで誰何の手間と危険が増えるのだから。

 

 あるいは今から行くとしても外交的に様々な問題を生じさせる事は明白だろう。

 

 いや、ともかくとして、ヴァルダーベルクに来た理由の一つを済まさなければ。

 

「それとファロスリエン中佐、ディネルースは居るか?あいつに用があるんだが」

 

「旅団長であれば、ええと、そうですね。まだヴァルダーベルクに戻ってきてはいないようですが、そろそろ国王官邸から戻って来る頃合いです。ここでお待ちになりますか?」

 

「それは、そうだな。まあ、我々白エルフ族が君たちアンファウグリア旅団の衛戍地でこれ以上屯して、それがアンファウグリア旅団の中で不和に繋がらないのであればだが」

 

 そう言ってユスティーエル大尉に視線を向ければ、口は開かずとも顔色は明確に不快と不服を示している。

 

 正確には先ほどからずっと、私の失言もそうだがファロスリエンが私に親しげな態度で接しているのを見てからずっとだ。

 

「えっ?……えっと、ユスティーエル大尉?教官は、フルーベル退役五等少将は白エルフだけど、闇エルフの弁護をしてくれたり、それにエフィルディス大尉を助けてくれた方なのよ」

 

 これを聞いてぎょっと驚いたのは先ほどまで私の事を大佐扱いしていたサッラミア曹長だったが、しかしユスティーエル大尉は態度を変えなかった。

 

「ファロスリエン中佐。お言葉ですが、それでも白エルフです」

 

「ユスティーエル大尉!」

 

 これはまあ、仕方ないのだろう。

 

 そして正しいのだ。

 

「ファロスリエン中佐、君の元教官として忠告する。それ以上はユスティーエル大尉の正当な主張を不当に抑圧する行為だ。止めたまえ」

 

「教官まで!?いったいどうして!?」

 

 むしろ、君こそ。なのだがなあ。

 

「いったいどうして?ならば私も同じ事を言うが、白エルフに同胞を大勢殺されて、いったいどうして同じ白エルフである私に対して君は公然と親しげに会話を交わせるのだ?」

 

「しかし!それでも教官は違うでしょう!」

 

「そこだ、ファロスリエン中佐。君は私という個を知っているが故に、個を見過ぎている。私は私であると共に、あくまでも闇エルフにとっての仇敵である白エルフなのだ。そこを履き違えては後ろ指を指されるどころか、……後ろから撃たれて死ぬぞ?」

 

 こんな衛戍地のど真ん中で見知らぬ白エルフと親しげに、そして擁護したとなれば、そのファロスリエンの言動は瞬く間にアンファウグリア旅団将兵の間に広まるだろう。

 

 それはまだ致命的ではないだろうが、そうなる前に改めなければならない。

 

「もう少し、普遍的な視線というものを持つべきだな。それと、ユスティーエル大尉、お願いがあるのだが良いかな?」

 

「……なんでしょうか、フルーベル退役五等少将閣下」

 

 渋々と、そして憎しみの籠った暗い目で私を睨み付けながらも返答は明瞭。

 

 実に素晴らしい、内心は別として理性的。将校たるものこうでなければ。

 

「ディネルースをここで待つような事をせずとも済むような、あいつがここに来るまでに通りそうな場所へ案内してくれないかな?」

 

「それであれば、はい。了解しました」

 

「ありがとう。……それではファロスリエン中佐、私の氏族の者達の案内を頼むよ」

 

 それで、少しばかり頭を冷やすんだな。

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