オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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ロザリンドの牙折り②

「だが、ホルステナはどうやってかシュヴェーリンの目前まで辿り着いて、決闘をしようと名乗りを挙げ、それにシュヴェーリンは応えた」

 

「そうして双方の兵が円になって囲う中で決闘は始まった」

 

「つまり、本当の本当に、シュヴェーリンのやつは白エルフと本当の決闘をやったのか?あのロザリンドで?」

 

 ツィーテン上級大将は今でも疑っているらしい。とはいえ私だってホルステナ当人から聞いてさえ半信半疑だったのだから仕方のないことだろう。

 

「ええ、エルフィンドとエルフィンド軍に伝えられる伝説では、ホルステナはサーベルと短剣、そして火打石式の短銃を手に圧倒的な体格差をものともせずシュヴェーリンの戦斧と幾度となく切り結び、そして遂には短銃で顔面を撃って倒す事に成功しました」

 

「しかし、その弾丸はホルステナの不運かシュヴェーリンの悪運か、オーク族の頑丈な牙に命中してしまい、右の牙をへし折った他は顔面に拳ほどの大きさの裂傷を負わせるだけに終わり、必死だったはずの弾丸は致命傷にならなかった」

 

「とはいえ、シュヴェーリンは被弾した衝撃で昏倒したらしく。そしてホルステナは未だ立っていた。それを見れば決闘で誰が勝ったかなんて一目瞭然、後は首を取るだけだった。しかしサーベルは戦いの最中に根本から折れていて、短剣も投げナイフ代わりに投げてしまっていた」

 

「だから短銃に弾込めをして、次こそ必死の弾丸を撃とうとした」

 

「だが、弾納も切り合いの最中にスッパリ切られていたらしく中身は何処へやら。火薬の入ったフラスコは残ってたものの、そこらの石を詰めて撃つのは決闘として憚れる」

 

「だからホルステナは倒れてるシュヴェーリンの側に歩みよって、短銃で小突いて、それでも起きなかったから叩き起こして、こう言った」

 

「『今回は私がお前を倒した。しかし生憎止めを刺す剣も弾丸も尽きてしまってな、決闘の決着がそこらの礫で頭をカチ割るんじゃお互い格好が付かんだろう?』」

 

「『どうだ、次の機会にやり直しをしようじゃないか』」

 

「『だから、その時まで死ぬなよ?それまで貴様のこの牙は預かっておく』」

 

「こうして恐るべき敵将シュヴェーリンは生き残った。しかし決闘での決め事とあっては次あるまで死ねなくなり、顔の傷を治療する必要もあって後退を余儀なくされ、将を1頭減らしたオークの軍勢は崩れていった。―――エルフィンドでは有名な伝説としてこう語られているわ」

 

 エルフィンドで英雄譚に憧れるものなら、あるいはエルフィンド陸軍大学校で教わったものであれば誰だって知っている伝説だ。

 

 もっとも後者では反面教師として教わるのだけれど。

 

「なんと、なんとまあ……」

 

「やつと正面から決闘をして勝てる奴が、それもエルフ族に居たとは……」

 

 しかして、伝説はあくまでも伝説。エルフィンド政府により相当の脚色がされた御伽噺でしかない。となればエルフィンド陸軍大学校式のメッキ剥がしもするべきか。

 

「まあ、私はホルステナに直接会って話を聞いた事があるから、エルフィンド政府による脚色の取り除かれた、より事実に近い話も知っているけど」

 

「まずもって彼女はオーク族と肩を並べられるほどに身長が高くて、種族的な身幅の違いはともかく体格差の不利はあまりなかった」

 

「それにシュヴェーリンを負傷させた事がオークの軍勢の崩壊を齎したかのように語られているけども、まあ、これは上級大将達の方が実情を知っていらっしゃると思いますが、それ以前からオークの軍勢は崩壊しつつあった」

 

「決闘となった発端も、後退中のシュヴェーリンの軍を待ち伏せるべく陣地を築いていたホルステナの隊が、いざ目前に迫ったオーク達が疲弊しているのを見て愚かにも陣地を放棄して突撃したから。突撃さえしていなければ決闘どころでもなく、ホルステナの隊の半分が死ぬこともなく、ただシュヴェーリンの軍は壊滅していたでしょうね」

 

 あの決闘は、あってはならなかった決闘。それがホルステナ・フルーベル当人こそが強く主張する1人でもあるエルフィンド軍の出した結論なのだ。

 

「じゃが、撤退戦の最中にやつが戦えなくなったのは凄まじい負担となりましたぞ」

 

「奴は戦場の匂いを嗅ぎ分けられる。であるからして、余程の事が無ければ怪我の一つすら負うような奴ではない。そしてシュヴェーリンの軍は、北部の兵というものは、どれだけ大損害を負ったとしても将たるシュヴェーリンさえ立っていれば崩れはしない。それが、それがあの時、文字通りに崩れたのです」

 

 上級大将の2人はそう言うが、実際の所、当時のエルフィンド軍はその崩壊に乗じる事が出来なかった。

 

 そもそもとして崩壊の発端となった決闘はホルステナ・フルーベルの独断であり、他部隊との連携は一切無く、事態をエルフィンド軍が把握した頃にはシュヴェーリンの軍が欠けた穴を別のオークの軍が埋めていた。

 

 私とて当時は知った後に歯噛みしたものだ。

 

 その場に居合わせていたなら、手負いとなったシュヴェーリンの首を取れていたのにと。

 

「そういえば、我が王。昔話も良いけれど、どうしてわざわざ呼び出してホルステナの名を出したの?」

 

 私が呼ばれたのも、上級大将達を呼び寄せたのもホルステナの人となりを聞くためだったわよね?

 

「む?ああ、あ!そうだった、そのホルステナ・フルーベルだがな、来てるんだ。このオルクセンに」

 

「な、何ですって!?」

 

 あのホルステナが、エルフィンド陸軍大学校で教官をしているはずがいったい何故?

 

「それはそれは」

 

「なんと、この時節にか」

 

 それもそうだ。ほんの数日前にアンファウグリア旅団の編成完結式でエルフィンドと敵対すると全世界に示したばかり、そんなタイミングで?

 

「となると密偵ですかな?捕らえたのは何処で?」

 

「いや、どうも違うようなんだ。うん、詳細はビューローから話してもらおう」

 

「はい、それでは我が王に代わりまして説明しましょう。ことは昨日、アルビニーとの国境の町ハーヴェルシュタールへ到着した国際列車に2人の白エルフが乗っていた事に始まります」

 

「かの者らは人間族に変装する事も、エルフ族の目立つ特徴である突耳を隠す事もせず、入国審査のため乗り込んできたオルクセン内務省国家憲兵隊に対して堂々とエルフィンド外務省発行の旅券と在キャメロット駐箚公使発行の査証を渡してきました」

 

「なんと大胆な」

 

「いや、待て。キャメロットにいるウチの公使は白エルフに査証を発行しているのか?」

 

「ええ。オルクセン外務省は例え国交の無い国の民であろうとも、犯罪歴など経歴上の問題が無ければ査証を発行しております。これは我が王の定めた外交方針ゆえに、白エルフ相手であろうとも不偏であります」

 

「我が王、ウチはそんなに入国審査が緩かったのか?」

 

「それはな、我々は魔種族だろう?まず見た目からして人間族から恐れられる事も多いというのに、更に入国審査を厳しくしては新たな国と国交を結んだり、あるいは貿易をするにも不都合が多いと思っていたんだ。それに実際これは人間族には好評な施策でな。……まさか白エルフまで来るとは思ってもいなかったんだ」

 

「まあまあ我が王、こればかりは通達での詰めが甘かった我々外務省の落ち度です。とはいえタイミングが悪かったのもあり、現在は国交が無いために特別な入国審査を要するとしてハーヴェルシュタールのホテルに留まってもらっています」

 

「そして、ホルステナ・フルーベルの提示した身分証明書にはエルフィンド陸軍退役少将とありましてね。もしやアンダリエル少将であれば面識があるのではと頼ったのです」

 

 うん?退役少将?エルフィンド陸軍大学校の教官職は現職軍人の扱いで、彼女もまだまだ現役を退くほどの歳ではなかったはずだけど?

 

「そうしたら、まさかまさかロザリンドでシュヴェーリン上級大将の牙を折った張本人とは驚きでした。確かに報告では身長が高く、しかし細身であるからと、現場はそこまで腕が立つ者と見ていないようで。今のところは大人しく憲兵隊の指示に従っているようですが、事に至れば手に余るでしょうな。……して我が王、かの者ら、どうしますかな?」

 

「おい、焼いて食うか煮て食うか尋ねるような雰囲気はやめないか。……そうだな、ディネルース、もう一度聞くが悪い奴では無いんだな?」

 

「ええ、誓って」

 

 ともかくとして、グスタフの瞳が何か危険があるかもしれないという警戒心よりも、新しい物事に触れた時の好奇心に輝いているようでは、この話がどうなるかなど明白だった。

 

「ならば、そうだな。ここは一度会ってみて決めたいと思う。ビューロー、ホルステナとその副官のカルラ、両名をここヴィルトシュヴァインへ招いてくれ。それとゼーベック、シュヴェーリンも呼ぼう」

 

「承りました。我が王」

 

「シュヴェーリンには旅団編成完結式から北部に戻ったばかりというのに迷惑を掛けてしまいますな」

 

「かまわん。こんなおもしろい話を私に黙っていたのが悪い」

 

「ふふっ、それもそうですな」

 

 そういえば気になる事が一つ。

 

「ところで我が王、ホルステナが何を目的にしてオルクセンへ来たのか、聞いておられますか?」

 

「ああ。それがだな、観光らしいんだ」

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