ユスティーエル大尉の案内でアンファウグリア旅団衛戍地から街路を進み、交差点をいくつか数えると大通りに辿り着いた。
「この大通りです。首都の新旧市街からヴァルターベルクへ延びる幾つかある街道の内、ここが最も道幅が広く騎馬での往来に向いているため、他に用事が無ければ旅団長はこの大通りを使って往復しています」
「なるほどな。ではこの辺りで待つとして」
辺りを見渡して、遠巻きに私を観察する闇エルフ達の中に目当てのもの、軽食を出しているらしい屋台を見つけられた。
「私は朝食がまだなんだが、ユスティーエル大尉はどうかな?奢るぞ」
「いいえ、結構です。お気遣いなく」
「そうか、では私だけでも。ああ、それでも付いて来てはくれよ。私だけであの屋台に行ったらどんな騒動が起きてしまうやら」
「ええ、当然です」
それで屋台まで来てみれば、それまで並んでいた闇エルフ達が波を切るように引いていった先に居た主人はコボルトながらも、なんとメニューは本格的なエルフィンド式と来た。
バターをたっぷりと折り込んだパン生地に松の実を散らして焼き上げ、更にジャムを塗したペストリー。
ベリーか何かの鮮やかな赤色が眩しい、果物とハーブで作ったシロップを水で割って作るジュース。
なるほど闇エルフばかりのヴァルターベルクで屋台を出すだけあってエルフィンドの朝食をしっかりと再現している。
さらにペストリーの生地に至っては、小麦だけ使った白パン生地、燕麦やライ麦などを混ぜた闇エルフにとって馴染み深い雑穀パン生地、あるいはオオマテバシイという木の実を粉にして混ぜたという生地の三種類もある。
まったく小食であれば迷ってしまうな。
「店主、驚かせてすまんな。ペストリー三種類を二つずつ、ジュースは、ええと、これは客が水筒か何かを持ち込んでの量り売りかな?」
「ええっと、はい!ペストリーを二つずつと、ジュースはこの瓶でも売ってます!これも二つで良いですか!?」
そう言って店主が取り出したのはつい先日に見た覚えのある天然水の空瓶だった。
「ああ、良いね。合計で幾らになる?」
「二〇レニになります!」
金額を聞いて財布の中身を確かめる。
警護班の訓練に必要な経費と合わせてディネルースから給料は貰っていたからオルクセン通貨の持ち合わせはしっかりとあるのだ。
……しまった。
小銭が、オルクセンにおいてこのような少額の取引に使うレニ硬貨どころかラング硬貨さえ持ち合わせが、無い。
あるのは最も小さい額面で、五ラング紙幣が一枚。あとは一〇ラング紙幣が何枚かばかり。
ええい、無い物は仕方あるまい。
「ふむ、それでは五ラングで。釣りは要らんぞ。商売の邪魔をしてしまった迷惑料も込みだ」
「……えっ?いやこんなに!?そんな貰えません!」
「なに良いんだ。お?このジュース、瓶までよく冷えている。冷却系刻印魔術か?それに炭酸水割りじゃないか。ありがとう、頂いていくよ」
いつまでも店先を塞いでいては邪魔だろうと足早に立ち去って、しかしディネルースをこの交差点で待ち構える都合、ほど近い街路樹を日避けにして立ち止まる。
つまり先程の屋台からもまだ見える場所で、店主が困った顔をしてこちらをチラチラと見ながらも後から来た闇エルフ達の対応をしているのが見える。
ともかくペストリーを一口食べてみれば美味かったので、掲げて笑みを向けてやれば、返ってくるのは困り顔のまま苦笑い。
「なるほど、白パンのものも雑穀パンのものも美味いが、特にこのオオマテバシイ入り、この素朴な甘さが良いじゃないか。ジュースは苔桃とエルダーフラワーだな。これが冷えて炭酸まで効いているのだから実に美味い。これが屋台で出るというのはもはや恐ろしいな。ユスティーエル大尉は本当に要らんのか?全部食べてしまうぞ?」
「どうぞ、お構いなく」
うん。まあ、そうだろうな。
こんな僅かな時間で関係が改善するとも思ってはいないが、しかし大変に美味いとはいえ衆目に曝されながら一人で黙々と飲食をするというのは少しばかり落ち着かない。
「……しかし、なぜ二〇レニの支払いに五ラングもの支払いを?迷惑料を含めたとしても、やはり過剰です」
おや?ユスティーエル大尉の方から雑談を持ち掛けてくれるとは意外。
いや、これは屋台の前に戻ったあの闇エルフ達が事態を気にしてユスティーエル大尉へ身振り手振りで問い詰めたな?
「ああ、恥ずかしい事に小銭の持ち合わせが無くてな。それにもう残りは一〇ラング紙幣しかない有様だ。後で両替を頼んで良いかな」
「両替は分かりました。しかし、……エルフィンドの英雄である貴方がコボルト族に見栄を張る必要は無かったのでは?」
「君にまで英雄などと言われるとこそばゆいな。だが商売の邪魔をしてしまったのは事実であったし、……まあ、そうだな。見栄だよなあ」
オルクセンにおいて兵卒の月給が一五ラングの辺りというから、朝食一つに五ラングというのは大変な贅沢だ。
六つ買ったペストリーの最後の一口が喉を通り過ぎ、ジュースも一瓶を空にすれば、私の口から出たのは長い溜息。
「ああ、美味かった」
手元の空き瓶が木漏れ日できらきらと瞬くのを見つめつつ、ユスティーエル大尉へ答える事にする。
「私には、もはや見栄しか残っていないからな」
「は、はあ……?」
中身が無くなってさえ輝きの残るガラス瓶。
あるいは天然水の容器としての役目を既に果たしたというのに別の中身を注ぎ入れる役目さえも果たしたこれと比べたら、私など。
ああ、今すぐにでも目の前にシュヴェーリンが現れて、私をジュースになるまで磨り潰してくれないものだろうか。
だが、俯いて空き瓶の瞬きを眺めていた私の視界に入り込んだのはオルクセン軍の騎兵用ブーツ。
「おい、ホルステナ。こんな所でなんという顔をしているんだ」
来たのはディネルースだった。
まったく、殴った後の顔を冷やしてやるために買ったジュースが温くなる前に来てくれてよかったよ。