オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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バンドウ事務所⑦

「ああ、ディネルース。ちょっと考え事をしていてな」

 

「ちょっとと言うにはずいぶんと草臥れているぞ。何かあったのか?」

 

 しかし、どうせ昨晩もお楽しみだったのだろう。

 

 なにせこいつときたら私を気遣っているのは本当なのだろうが、その表情の浮かれ具合と言ったら私ほどの知己が無ければ、本当に目の前の奴を気遣っているのか疑うほどだろう。

 

「そう、少しばかり頭痛の種があってな。……それにしてもディネルース、オークの()()はそんなに凄かったのか?」

 

「は?……お、おまえっ!おまえまでそんな事をっ!」

 

「はーーー。聞いているぞ、毎晩のようにお楽しみらしいじゃないか。それでそんな生娘のような反応をして、それが今や闇エルフ全てを背負っている奴の顔か」

 

 この時ばかりはユスティーエル大尉が私に向ける負の感情の気配がやや薄まった辺り、本当にこいつという奴は。

 

「浮かれ過ぎだぞ、アンダリエル少将」

 

 そう言ってやれば、こいつもむっと顔を引き締めた。

 

「……悪かった。それで何があった?警護班で何か問題があったか?」

 

「いいや、警護班の奴らは問題無い。おまえが選抜しただけあって優秀そのものだ」

 

「では、何があったというのだ?おまえほどの奴がそんな顔をするほどの事なんて」

 

 しかしディネルースでさえここまで視野が狭いとはな。

 

 私の隣にいるユスティーエル大尉の顔色が見えていないらしい。

 

「ちょっとばかり私に関わる噂を聞いてな。お前ら、私の事を担ごうとしているらしいじゃないか。それもなんと、少将だって?」

 

「なんだ、耳が早いじゃないか。それがどうかしたのか?」

 

「それがどうかしたのか?だって?……全く聞いて呆れる」

 

「……」

 

 ユスティーエル大尉は私が何を問題としてディネルースに用事があったのかを察したようだが、しかし旅団長に進言するのは憚られたらしく口は閉じられたまま。

 

 ともかく、これで事実確認は済んだな。

 

 あとは、半端なようではディネルース相手では避けられるか防がれるだろう。

 

 まあ一発殴られたくらいで死ぬような奴はディネルースではあるまい。

 

 右手に持っていた空瓶をするりと手放し、地面に落ちた音に注意を向かせた瞬間、右腕を振り抜いてディネルースの左側頭部をがつんと殴り付ける。

 

 それで奴はよろめいて二歩ばかり後退った。

 

「……な、何を?」

 

「ほう、倒れずに手綱も手離さなかったのは褒めてやろう」

 

「何故?どうして、いきなり私を殴ったのだ?」

 

 まあ、殴る事にしたのはなんとなくの思い付きなんだよな。

 

「ちょっとむしゃくしゃしてな。お前の顔を殴りたくなった」

 

「貴様!貴様ァ!」

 

 それを聞いて激昂したユスティーエル大尉に横合いから突き飛ばされて、それで左手に持っていたもう1本のジュースを庇いながら倒れると、そのまま伸し掛かられて地面に押さえつけれてしまった。

 

 上官のために動いてくれる部下がいる。

 

 良いじゃないか。そうである内はまだ破綻は訪れまい。

 

「違うだろう!?貴様がどうして!?貴様は違うだろう!」

 

 はて、違う?

 

 いや、それよりもこれを渡さなければ。

 

「そうだ、ディネルース。殴られた顔が痛むか?だったらこのジュースで冷やすと良い。あそこの屋台で買ったんだが、よく冷えているぞ」

 

「いや、それは有難いんだが。なあ、フルーベル。私を殴って、いったい何をしたかったんだ?お前は考え無しにこんな事をするような奴では無いだろう」

 

「殴ったのは本当になんとなくだよ」

 

 少将になるのが嫌だから問題を起こして降格されようとしたなんて、それを言うのも気恥ずかしいしな。

 

「違う!違うのです旅団長!」

 

 しかし、それに文句を叫んだのはユスティーエル大尉だった。

 

 ああ、こいつめ要らぬ深読みをしたな?

 

「そもそもどうしてホルステナ・フルーベルを!どうして白エルフを担ぐのですか!?こいつが旅団長を殴っていなければ、いつか我々の誰かが旅団長をッ!」

 

 全く、私を悪者にしておけば丸く収まっただろうに。

 

「……もしや、私が間違えたのか?なあ、ホルステナ」

 

「なんのことやら。……いや、全く。せっかくの芝居が台無しだな。ともかく、私を少将に推すのは辞めておけ。さもなくば、()()なるぞ」

 

「しかし、お前はエルフィンド軍で退役ついでとはいえ正規に少将となっているだろう。私のように大佐だった奴が少将となったなら、お前も少将にしなければ辻褄が合わん」

 

 そこだ。

 

 いくらエルフィンドが闇エルフ族に対して民族浄化を行ったとて、招き入れた者を白エルフ族だからという理由で階級を引き下げるという処置は道理に反する。

 

 しかし、だからと言って白エルフを少将として迎えてしまえば闇エルフ達からの反発は必至。

 

 それも矛先は私のみならず、ディネルースを始めとする私を推したアンファウグリアの将校やあるいはオルクセンという国そのものへ向かうだろう。

 

 ならば、階級を引き下げるに値する別の理由を作ってしまえば良い。

 

「だから任官前にアンファウグリアの親玉を殴るなんていう問題行動を起こしてやった訳なんだが」

 

 これで万事解決の素晴らしい案だと思っていたのだがな。

 

「なあ、それはお前が自ら直接に降格を申し出れば良かっただけじゃないのか」

 

 ……???

 

 自らに降格を?

 

「そ……、その手があったかァ~~~」

 

「貴様という奴は……。これでは私の殴られ損だろう」

 

「いや、しかし」

 

「しかし?なんだ、言ってみろ」

 

 発端を作ったのはディネルースだろう。

 

 とはいえ、もう既に一発殴ったのだから、もう大丈夫だろう。

 

「すまん、悪かった」

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