それから、我が王から新しい兵器について降って来た者としての覚えている限りの知識を授かるため、私は国王官邸へと通う事になった。
これではおまえを笑えないな。などと冗談をディネルースに言ってみれば半ば本気で嫉妬混じりに怒られたのは大変に愉快であった。
もっとも、白エルフである私だけで我が王と会う事がどういった風説に繋がるのかお互い恐ろしい事もあり、常に誰かしら我が王の秘密を知る者との同席を願ったのだが。
夜ならばディネルースが我が王の側に居るものの夜伽の邪魔をしては本当に刺されてしまうとして、しかし昼の間に同席を出来る者は限られていた。
シュヴェーリンはオルクセン北部に居るとして、残る二名の上級大将も首都に居るとはいえ職務を抱えている。
では他に我が王の秘密を知る者となると。
シュヴェーリンに並ぶほどの背丈である私よりも、さらに高い位置にある顔を見上げて敬礼をする。
「アドヴィン殿、よろしくお願いします」
「……我はお前の後ろで控えているだけだ」
その言葉はお前の首をいつでも食い千切れるぞという意味で、本当にこの巨狼は私が我が王と話している間ずっと鼻息を私の頭頂部から首筋にかけてぶつけてくるのだ。
殺気などこれっぽっちも感じないが、しかし巨狼のやる狩りに殺気など存在しないという事も知っているが故に、巨狼の鼻息という大変に分かりやすい恐怖を後ろ首に感じ続けるのは非常に斬新な体験だった。
「我が王。まず、認識の擦り合わせをしたい。騎兵についてだ」
先日に我が王は、騎兵がすぐではないにせよ滅ぶと言ったが、しかし私の見解としては異なるが故に、そこで認識の摺り合わせを済まさなければならなかった。
何しろ、歩兵の持つ小銃に求められる威力は騎兵を相手にするかどうかで大違いであるからだ。
「先日、我が王は騎兵は乗馬歩兵へと変わらなければ生き残れないと言っていた。だが私はな、騎兵による突撃が相手に与える恐怖、これは他の兵科では肩代わり出来ないと思っている。故に、騎兵は不滅であるとも」
敵に生物の本能的な恐怖を植え付ける事が出来る兵科は、目に見えて迫り来る恐怖を齎すことが出来る兵科は騎兵のみ。
オーク族の巨躯ならば、オークの津波は半ば騎兵めいた恐怖を敵に齎すが、しかしそれでも騎兵のそれには届かない。
あるいは味方にとっては、騎兵というのは分かりやすい精鋭のシンボルであり、味方の騎兵の活動は士気を強く高める。
そうであるからして、時代が歩兵の火力を向上させた結果としてどれだけ屍を積み上げる事が明らかであっても、それでも騎兵こそがやらねばならぬ。
「なるほど。つまり、目的を達成する唯一の手段であるが故に騎兵は存在し続けると」
「そうだ」
騎兵にしか出来ないのであれば、騎兵がやるしかない。
だからこそ騎兵は永遠に不滅である。
私はそう思っていたのだが、だが我が王が知る知識では違ったらしい。
「そもそもとして、私の居た世界で騎兵が途絶えたのは、歩兵の火力が向上したからというのが理由の全てではないんだ。むしろ、馬に変わる乗り物を得て、そして見方によっては途絶えたのではなく蘇ったとも言える」
「蘇る?なんだ、どうやって?馬ではなく天馬でも夢物語から呼び出して騎兵が空でも飛ぶのか?……待て、そんな顔をするな。冗談だぞ」
ほんの冗談のつもりで言った、天馬に跨り空を飛ぶ騎兵などという夢物語を、しかし我が王は笑わなかった。
むしろ、真剣な顔のまま言葉を続けていく。
「いや、騎兵は空を飛ぶようになる。あるいは空は飛ばないにせよ銃弾では倒されない騎兵も、未来にはどちらも存在するだろう。私の世界ではそうだった。空を飛ぶのがヘリコプター、そして銃弾に耐えるのが戦車という」
まさに夢物語に出て来る神の遣いのような超常の存在が我が王の口から語られる。
だが、我が王の口から出て来た単語は、その、なんだ。
「それは、とても恐ろしいのだが。ええと、
恐らくグロワール語で螺旋の何か、そして聞き間違いでなければキャメロット語で貯蔵容器を意味する単語。
軍の精鋭たる騎兵の呼び名が貯蔵容器であるなんて不名誉極まるのではないか?
「ええと、ヘリコプターの語源は何だったかな。……すまん、たぶん知らなかったと思う。戦車の方は、元々は欺瞞の為に給水車という意味で呼んでいたのが、その欺瞞名称が正しい呼び名として普及してしまったようなんだ」
「だからといって騎兵の呼び名が貯蔵容器になるとはな」
我が王の世界で貯蔵容器と呼ばれるようになった騎兵には同情するほかない。
しかし、馬より優れた生物が発見され乗りこなすようになれば騎兵が蘇るのも納得である。
「それで、その螺旋のやらと貯蔵容器とやらの恐ろしい怪物は、いったいどこに生息しているんだ?私はその噂すら寡聞にして存じないのだが」
「……」
時が、止まったのが見えた。
ただ、後ろ首に感じるアドヴィン殿の息遣いだけが、時の動きを教えてくれる。
噛み合って回る歯車の間に石を放り込んで止めてしまったような感覚。
その石を放り込んでしまったのは私らしいのだが、何だ?私は何を間違えた?
「すまん。言葉が足りていなかった。ヘリコプターも戦車も、人間が作った機械の乗り物なんだ。機関車と同じように、鉄で作られ、発動機で動く。だから、生き物ではないんだ」
「……生き物では、ない?」
ゆっくりと、その言葉を咀嚼する。
そして想像する。
機関車のような乗り物が、騎兵として使えるというのだからきっとレールの呪縛からは解き放たれているのだろう。
いや、それこそ螺旋の何かという機関車は空さえ飛ぶという。
機関車のような巨大な黒鉄の塊が、空と地上から襲い掛かる。
「騎兵が、いや、馬の騎兵は滅ぶな」
「だが、それも五〇年か一〇〇年は先の事だよ」
「なんだ、まだ我々が生きている間の、ほんのすぐ先の話じゃないか。それこそ前に聞いた無煙火薬と同じ頃だ」
そうであるなら、もはや螺旋のやらと貯蔵容器とやらを殺すための銃さえ考えなくてはならないなと私は思案して。
いや待て、騎兵の話を持ち出したのはそれに関わる懸案があったからだと思い直して我が王の方へ視線を戻す。
「そう、そうだ。騎兵の話を持ち出したのはだな、弾の威力について相談したかったからなんだ」
「弾の威力?」
「ああ、私は騎兵が不滅であるから、小銃の弾には馬を撃ち倒せる程度の威力が要求され続ける。故に弾の大きさと重さは小さくできず、兵の携行弾数をこれ以上増やせないという事が、自己装填式小銃のような忽ちに大量の弾を撃つ銃を実際に軍で運用する上での大きな障害だと思っていた」
だが、それは間違っていたのだ。
「しかし、騎兵がより強大なものとなるならば、銃弾に耐える貯蔵容器という怪物のような騎兵さえ現れるなら、むしろだ。恐ろしい怪物に立ち向かう勇者が手にする武器は、怪物殺しの為に作られたもっと強力な武器であるべき。あるいは、怪物には怪物をぶつける。そうなるのではないか?」
「ああ、そうだ。対空砲や対戦車砲と呼ばれるもの、あるいは砲ではなくロケットを使ったもの。そして戦車には戦車を。そのようになる」
ある種の未来予想の答え合わせというのは心地良いものだなと思うと共に、また興味深い単語が出て来た。
「ロケット?キャメロットがデュートネ戦争で使ったという、あのロケットか?」
「よく知っているな。将来的にはロケット無しに戦車やヘリコプターに立ち向かうなど考えられないようになるぞ」
「それはそれは、また興味深い事を聞けた。ともかく、そうなるなら、小銃など人間族や魔種族を倒せる程度の、今よりずっと弱い威力の、軽く小さい弾で良いとなる。歩兵は今よりもっと沢山の弾を持てるようになる。そういう理解で良いんだな?」
「ああ、そうだ。そうなるだろう」
それだけは、歩兵が持てる弾数だけは、どれだけ銃を改良しても解決する事は不可能であるから、弾そのものを小さく軽くできると知る事ができたのは大変に素晴らしい収穫だった。