昼食の後、第一擲弾兵師団のオーク族に昼寝を一時間たっぷりと休ませてからようやく、警護班の隊列は再び南進を再開した。
このまま何もなければちょうど日没の辺りで南兵站駅に到着できるだろうという計画だ。
しかしこれは警護訓練のための演習であるから、当然ながら何かは起きるのである。
それはバンドウ川から一〇kmばかりを経ての事だった。
「あれ?……今、西の方で何か光らなかった?」
「西って、さっきから何度か魔術探知の気配がしてる方角?……ほんとだ、何かちらついてる?」
「音は聴こえないから、銃や砲の発砲炎じゃないよね。何かリズムというか、規則的な感じがするけど」
ちょうど私とフェアグリン少尉の右後ろ、我が王役の警護対象が乗る馬車の右側を歩いていた警護班の班員達が気付いた。
殆ど水平線の際、その西の方で何か規則的に光がちらついているのだ。
「……フェアグリン班長。もしかして、魔術通信の魔術の代わりに光で通信って出来たりしませんか?」
そこまで感付けば、まあ知らなかったのなら上出来か。
「ああ、発光通信器というものがあるが。……もしや、あの光が対抗部隊による通信のものとして、その相手は私達を飛び越して東の―――」
その東の方角を見れば、遠くにそこそこの高さになる丘があった。
先に実施されたという大演習も含めて、この大演習場で実施される大規模な演習ではあの丘が将軍たちの丘として演習統制部が置かれる事が多いらしく、演習場の中央部にあるこの平原の大部分を視界に収める事ができるようになっている。
なお、今回の演習では個々の部隊に私のような演習裁定官が付き添う形式のため、あの丘に演習統制部は置かれていない。
「―――あの丘の上でも、光ってる」
どうやらその演習統制部の代わりに対抗部隊が陣取っていたらしい。
オルクセン軍には携行可能な発光通信器が配備されており、そしてエルフィンド軍でもそれは同様だったから、知っていた彼女達が第一擲弾兵師団から借りていたのだ。
「挟まれた。いや、ずっと挟まれていたどころか、丘の上からは観測までされていたのか」
フェアグリン少尉がそこまで感付いた事を評価したい所だが、状況はかなり厳しい。
西にいる対抗部隊はずっと警護班の隊列と並行して追尾しており、時たまに発光通信器で東の丘にいる別働隊と通信をしていた。
たまに感知していた魔術探知は、探知ではなく東の丘から気を逸らすのが目的だったのだろう。
もしこれに昼の休憩より前に気付いていれば、橋の守備隊を東へ差し向けて対抗部隊を丘から追い払ったりと対抗手段を選べたのだが、もはや橋とは魔術通信の範囲外。
今となっては警護班と追従する擲弾兵一個中隊だけで何時発起されるか分からない挟撃に対応しなければならない。
「今からでも橋へ引き返す?いやしかし、目的地はあくまでも南兵站駅。今から一〇kmを引き返すのは……」
そして、対抗策を今から考え込む余裕を与えるほど彼女達は手緩くない。
丘の上から見下ろしてはさぞ目立っただろう。
警護班の被服はアンファウグリア旅団のものに警護班を示す徽章を追加したもので、その袖口は白地に三つの銀ボタンで装飾された特徴的なものだから、そんな目立つ腕で西へ東へと指を指せば、警護班が対抗部隊の位置を察知した事は容易に察知できるはずだ。
そうでなくとも観測されているのに身振り手振りを晒すのは悪手も悪手、何を考えているのか察して下さいと言っているようなものだ。
そして彼女達なら、対策をあれこれ思い付かれる前にまず仕掛ける。
「東の丘の奴ら動きました!丘を降りてこっちへ向かって来てます!」
「ねえ、あれ!馬で何か牽いてる!」
「何かって何だ!?」
「そこまでは見えないよ!」
「砲です!あれは、山砲よりは大きくて、でも砲身は短いから……。七五mm野山砲!見えてる数で四門!」
あの双眼鏡を構えたフィンドゥリル曹長により対抗部隊の得物の一つが明らかとなったが、さてどうするかな?
「不味い、こっちに砲なんて無いぞ。どうやっても射程負けする。逃げようにも丘を下る勢いがある分だけ向こうの方がやや速い。……待て、それにしたって奴ら足が速い?それに野砲ではなく野山砲?八九mmの重野砲でもない?……まさか、フィンドゥリル!砲一門を馬何頭で牽いている!?」
「はい!ええと……、八頭です!」
「やられた!前車にオーク族を乗せても馬四頭で牽ける砲を身軽なエルフ族が運用して馬八頭でなど、ただの砲兵じゃない!騎馬砲兵だ!」
素晴らしい!そこまで気付いたか!
騎馬砲兵とは、砲の牽引に馬匹を用いる砲兵の中でも、軽量な砲を用いるとか、一門あたりの馬の頭数を増やす事により機動性に重きを置いた兵科の事を言う。
それこそ騎兵に準ずる機動力を持つため、騎兵部隊に追従させる砲兵を騎馬砲兵とする事があり、アンファウグリア旅団でもそうなっている。
つまるところ、警護班の隊列よりも機動力と射程、そして火力でも圧倒的に優位な敵だ。
「て事は、西の奴らも?」
「だろうな。確か七五mm野山砲の射程は三〇〇〇mだったな?一方で我々に随伴する擲弾兵中隊が持つGew七四は最大照尺で一五〇〇m、これが有効射程のほぼ倍とはいえ、向こうは頭数が少ないから此方の弾が届く距離を嫌うだろう。……これを盾にして時間稼ぎをするしかあるまい」
まあ、こうまで手札に劣り、先手さえ逃したならば増援を待つのが利口だろう。
「全隊停止!全隊停止!擲弾兵中隊は二つに分けてそれぞれ東西を正面として一五〇〇m先で陣地構築!警護班は第二分隊が東、第三分隊が西で擲弾兵を観測援護!警護対象を砲の射程に入れさせるな!南兵站駅からの増援が来るまで持ち堪えるんだ!」
「「「了解!」」」
その南兵站駅からの増援が来るのは早くても六時間後といった所。
それまで擲弾兵が対抗部隊からの砲撃に持ち堪えられるかはダイスロール頼みだな。
「えっと、班長。南兵站駅への増援要請は、どうやって?」
「どうやってって、ファノメネル。そんなの
そしてしばらくして、警護班の隊列から東西に四〇〇〇mほどの距離を取った位置で対抗部隊が砲列を並び終えたのだが。
「……撃ってこないな」
「えっと、その、増援の要請は」
「そんなもの、我々から伝令を出した所で対抗部隊の騎兵に狩られて終いだよ。わざわざ騎馬砲兵なんてものを見せつけて来たんだ。本物の騎兵だって抱えているに違いない」
「えっ、じゃあどうやって」
「まあ待って見ていなって」
さらに時間を置いてそろそろ日没、計画通りならば我々が南兵站駅へ到着していたはずの頃合いになって、発光通信器よりも強い光が瞬いた。
ドンドンドンドン。
ドンドンドンドン。
「これだけの砲声、まだ距離のある南兵站駅であっても聞き逃すはずないだろう?」
「あっ、なるほど」
迂闊に伝令を出さなかった事は良かったが、しかしその代償もまた大きかったな。
「……しかし、参ったな。これじゃ増援部隊は今から出発で夜間行軍だ。こっちに辿り着くまでもっと時間が掛かってしまう」
それに加えて、これまでずっと警戒態勢に付かせていた警護班や擲弾兵中隊がそのまま夜間戦闘に突入する事にも気を払う必要があるのだが。
これは長い夜になるぞ。