オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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「ヴィッセルに、万歳」
「騎馬砲兵に、万歳」
「我が王に、万歳」
「オルクセンに、万歳」
「我が戦友に、万歳」
「トストルプ銃隊に、万歳」
「我らが族長に、栄光あれ」
―――国民義勇兵白エルフ族部隊賛歌


バンドウ事務所⑭

「どれだけ、削られた?」

 

「はい、班長。擲弾兵中隊は二二名戦死、六二名負傷。警護班は五名戦死、七名負傷と判定されました」

 

 東の丘の向こうが僅かに明るくなってきた頃にフェアグリン少尉がぼやいて、それに答えたのは第二分隊のナルルース軍曹だった。

 

 夕暮れの頃には東に展開した擲弾兵の援護に配置された第二分隊だったが、魔術通信を逆探知されて集中射を受け、ちょうど日付を越えた辺りで陣地への直撃判定を受けて分隊指揮官以下三名が戦死してしまったのだ。

 

 そのため、第二分隊を後退させる代わりにフィンドゥリル曹長の率いる第一分隊が東側に展開している。

 

 しかしながら対抗部隊の砲撃開始が遅かった事もあって、不運にも直撃判定さえ出なければ死傷者の出ないほど深く振り下げられた陣地を構築できたため、一晩中の砲撃を受け続けたにも関わらず死傷者はまだ少ない。

 

 そして、もうまもなく南兵站駅からの増援部隊がこちらからの魔術探知の距離となる頃合いだ。

 

 増援部隊は砲声を聞いて五七mm山砲や七五mm野山砲を持って来ているだろうし、そうなればさらに大きくなる戦力差もあって対抗部隊の勝ち目は大きく損なわれるだろう。

 

 つまり、その前に仕掛けて来る可能性が極めて高い。

 

「もうじきに南兵站駅からの増援が来る頃合いだが、それで逆襲される前に奴らは何か仕掛けてくるはずなんだ」

 

 しかし責任感もあったのだろうが、指揮官たるフェアグリン少尉が一睡もせず徹夜で朝を迎えてしまったのは良くないな。

 

 警護班員も第二分隊がほぼ半数を失った事で交代での休息を与える事が殆ど出来ていない。

 

 ずっと砲撃されていた擲弾兵も、小銃の射程外から撃たれている事もあって応射もさせず陣地で耐え忍んでいただけとはいえ、それで休めていたとはとても言い難い。

 

 他方、対抗部隊は東西に四門ずつを配置した七五mm野山砲を、日付を越えた辺りで二門ずつしか撃たなくなった。

 

 おそらく砲員を半分ずつ休ませたのだろう。

 

 これにより砲撃される擲弾兵は死傷者判定を出す確率が減ったものの、こうあからさまに一方的な休息を取っていると思い知らされるのは恨めしいものだ。

 

 そしてそれも少し前から休息を終えたのか四門ずつの発砲に戻っている。

 

 そう、今も砲声は鳴り止んでいない。

 

 だがまあ、睡眠不足というものはこうまで観察力や思考力というものを奪うのだな。

 

 あるいは演習故に対抗部隊の砲撃も空砲でしかなく、着弾点を目視できないのが不利になったか。

 

 よくよく見ればその砲口の向いている先が、擲弾兵部隊の築いた陣地の中でも、これまでの砲撃で削られて戦力の薄くなっている部分へ集中しているのに、警護班の誰も気付いていないらしい。

 

 砲撃の目的が、ただこちらの頭数を減らすためのものから、擲弾兵の築いた防衛線へ風穴を空けるためのものに変わっているのだ。

 

 つまり、突撃準備射撃である。

 

 それが幾度か行われて、不運にも直撃判定となった擲弾兵の陣地がまた一つ出た後に。

 

「……砲撃が、止んだ?」

 

「弾切れ、ですかね?」

 

「それにしたって次の手があるはず」

 

 それでフェアグリン少尉が自らあの即席の物見櫓としている馬車へとよじ登り、双眼鏡で観測する。

 

「……馬から、頸環を外している?」

 

 ほう、さすが最新型の高倍率を誇る双眼鏡。まだ薄暗いにも関わらずそこまで見えたか。

 

 ならば、もはや導き出される答えは一つだろう。

 

「まずい、騎馬砲兵が砲を捨てて、騎兵に成ったんだ!騎兵突撃が来る!総員着剣!負傷兵と、それと警護班も小銃を持って!」

 

「了解!」

 

 慌ててフェアグリン少尉が命令を下すが、一つ聞き捨てならない言葉があったので引き留める。

 

「おい待て、着剣まではやらせるな。演習だと言うのに殺す気か。あれは第一擲弾兵師団から借りてる馬なんだぞ」

 

「……あっ!はい、すみませんでした!」

 

 まったく、注意散漫が過ぎるな。

 

 まあ仕方がない。もう一つ、目覚ましも兼ねて手品の種明かしをしようか。

 

「フェアグリン少尉、もう目の前に迫っているから明かすが、あいつらは私がイヴァメネル中将に頼み込んで育て上げてもらった連中でな」

 

「イヴァメネル中将って言うと、……まさか黄金樹(マルローリエン)旅団ですか!?」

 

「ああ。とはいえ、マルローリエン旅団に捻じ込むまでの無理は出来なかったよ。あれは紛れもない精鋭だ。一〇〇年ばかりのにわか仕込みで成れるものではない。まあ、年に何度か訓練や演習に混ぜて貰って、偶にお褒めの言葉を頂ける程度の練度さ」

 

 あのロザリンドの後、私やハーマセン達がオルクセンの脅威に対抗するため小銃の更なる改良を目指した一方で、それとは別にロザリンドで我々が持ち得なかったものに注目した派閥が二つあった。

 

 騎兵が持つ機動性に注目した者達と、砲兵が持つ破壊力に注目した者達だ。

 

 どちらも当時のエルフィンド軍は保有しており、その中でもマルローリエン旅団は当時からして大変に優れた騎兵部隊であったが、しかしトストルプの氏族は大した数の馬も砲の一門も持っておらずただの銃隊しか編成できなかった。

 

 それで、銃隊が独自に動かせる騎兵や砲兵を持っていれば、ロザリンドのあの惨劇は起き得なかった。あいつらはそう考えたのだ。

 

 だが、僅かに二八名ばかりがさらに別れては騎兵としても砲兵としても威力を発揮し難く、それで共に行き着いた答えが、砲兵よりも機動性に優れ、そして砲を手放せば騎兵にも成れる騎馬砲兵だった。

 

「マルローリエン旅団の演習相手が務まるというだけで、恐ろしいですよ」

 

「そうか?それでは、マルローリエン仕込みの騎兵突撃をご覧頂こうじゃないか。いよいよ来るぞ」

 

 対抗部隊が擲弾兵の陣地正面一〇〇〇m、こちらからだと二五〇〇m辺りまで進んで来て、それで肉眼でも見えてきた。

 

 まだ速歩の、オルクセン軍の輜重部隊で一般的な重種馬に跨る緑上衣の集団が見える。

 

「あれ、まさかエルフィンド軍の制服ですか?」

 

「ああ、エルフィンド軍の騎兵将校のものだ。帽子とズボンはオルクセン軍のものだが、分かり易いだろう?」

 

 対抗部隊に付き添う演習裁定官にはディネルース達アンファウグリア旅団の将校連を宛がっているのだが、腕章を付けているとはいえ同じオルクセン軍の黒上衣では遠目では判別が難しいからな。

 

「帽子はともかくズボンはどっちも黒色でしょう」

 

「まあ、あれで許可は取り付けてあるよ。ほら、あの隊旗もだ」

 

 対抗部隊の内の一騎が掲げる隊旗は国民義勇兵白エルフ族部隊のものだが、それも元はトストルプ銃隊のものをそのまま使い回している。

 

 そのため、オルクセン軍の隊旗の常である猪や牙に由来する意匠も、それどころか黒色すら用いられていない。

 

「我々が言えた口ではありませんが、教官殿の私兵ですか」

 

「私もどうかと思って改めないのかと言ったんだが、仰ぐ主を変えるつもりは無いと言われてな」

 

「……ああ、前からそうなんですね」

 

 まったく、どうにかならないものかな。




 トストルプ銃隊がマルローリエン旅団に組み込まれなかった理由は練度不足ではなく、女王やエルフィンドそのものへの敬意が余りにも希薄過ぎて、近衛たる黄金樹旅団にはそぐわないと評価されたためです。
 あと騎馬砲兵なのか騎兵なのかよく分からない動きをするので扱い難いのもある。

Q.フィンドゥリル曹長はバンドウ事務所③では第三分隊じゃなかった?
A.警護班はまだ練成中のため、都度編成を変えているとする(投稿間際に気付いた言い訳)。
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