「それで、この警護班の被服はどこから出てきたのですか」
あの大規模警護演習から休暇を挟んで翌々日、警護班で演習の講評を行う事となって、まずフェアグリン少尉から出て来た質問がこれだった。
議題に上がったその被服一式はレーヴェンショルドが自ら洗濯の上で
ちなみに元凶たるレーヴェンショルドは、今日は白エルフ族元来の明るい肌色の顔のままエルフィンド軍の緑上衣にオルクセン軍国民義勇兵の徽章を付けて私の横に立っている。
「ふむ。今その質問が出て来た時点でまた減点なのだが、ここ北兵站駅舎に保管している警護班の被服の予備は、その数を毎日点検していないのかね?」
「……あっ」
やはり点検していなかったのだな。
休日とした昨日はともかく、課業日である今日の朝くらいは点検してほしかったのだが。
「その辺りはまた後で指導するとして、どうやって盗み出したかは当事者に説明してもらおう。レーヴェンショルド、変わってくれ」
「はい。それではこれより私、ウルナ・レーヴェンショルドが説明させて頂きます」
とはいえ、やった事は単純なコソ泥だ。
「まず、警護班の被服一式を盗み出したタイミングですが、これはこの北兵站駅で増援部隊が編成されるタイミングを狙いました。これは我々の騎馬砲兵が発砲を日没近くまで遅らせた事とも繋がります」
「これにより北兵站駅では日没により目視による容貌の確認が難しくなり、にも関わらず砲声を聞いて増援部隊の出発準備の為に駅舎の出入りが非常に多くなって混乱している状況でした」
対抗部隊が砲撃の開始を遅らせたのは、増援部隊の出発を遅らせると共に夜間行軍を強いて到着さえも遅らせ、更に警護班や擲弾兵に徹夜による疲労を強要するのとは別に、警護班の被服が保管されている北兵站駅の警戒が緩くなるタイミングを日没後に合わせるという三つ目の目的もあった訳だ。
「あの、ですが、肌色を誤魔化していたとしても、その緑上衣では夜間でも一目で警護班ではなく対抗部隊だと分かるような気がするのですが」
「はい、フィンドゥリル曹長。ですがオルクセン軍の軍用コートを上から着ていれば、緑上衣は隠せてしまうのです」
あの軍用コートは国民義勇兵にも支給されるからな。
あるいは警護班も含めてアンファウグリア旅団では軍用コートではなく闇エルフ族独特のマントが好まれているという知識が北兵站駅の擲弾兵にあれば話は別だったのだが。
「なら、誰何はどうやって?まさか無かったのか?」
「はい、ナルルース軍曹。誰何はされましたが、私の本名であるウルナ・レーヴェンショルドと、後は階級も私のものである少尉と答えて、それで通り抜け出来ました。そもそもとして警護班員の名前と階級が連携する他の部隊に知れ渡っておらず、確認する手段も無いのでは誰何の意味がありませんでしたね」
レーヴェンショルドはロザリンドの後しばらくして軍を辞めて秘密警察に入った為に、軍での階級が我々の中で最も低い少尉で止まっていたのだが、それでも警護班では少尉など班長であるフェアグリン少尉しか居ない。
だから見た目こそ闇エルフ族ではあってもマントではなく軍用コートを着ていて、フェアグリン少尉とは背格好の違う少尉など、二つの点で不審なのだが、それでも増援部隊を出発させる慌ただしさの中でレーヴェンショルドの堂々とした立ち振る舞いは不審さを覆い隠してしまったのだろう。
「だが、被服を収納していた駅舎の備品庫には鍵が掛かっていたはずだ。それに徽章の予備は別で私の机の鍵付きの抽斗に仕舞っていて、その鍵は壊れてなかった。いったいどうやって?」
「いいえ、フェアグリン少尉。あのような数本の針金があれば数秒で開閉できてしまう単純な鍵はもはや鍵ではありません。あるいは、鍵の前に守衛でも立っていたなら別ではありますが」
これは演習場の中にある兵站駅舎という事でそれぞれに簡素な鍵しか使われていなかったというのが大きいが、しかし我が王の警護を見据えるならば被服や徽章の管理は厳格にせねばならないのも事実。
今までは駅舎に警護班や私の氏族の者達の誰かしら、つまり魔術探知により侵入者の気配を察知できる者が常に居る事が盗難対策となっていたが、それに甘えて良いのはもう終わりだろう。
こうしてレーヴェンショルドはまんまと警護班の被服一式を盗み出せた訳だ。
後は、騎兵突撃に対する突撃破砕射撃でレーヴェンショルドが撃破判定となってしまうかどうかは運頼みの、実際に二八騎中二〇騎が警護班の本隊にまで到達する前に撃破判定となった分の悪い賭けではあったものの、しかしレーヴェンショルドは警護班の本隊まで辿り着いた。
そうして馬から飛び降りた先は、突撃破砕射撃の最後に行われた各個射撃で最も装填が下手だった奴の陣地を狙って、そこを即座に制圧するとエルフィンド軍の緑上衣から警護班の被服に着替え、そしてあろうことか他の警護班員や擲弾兵と共に肩を並べて肉弾戦を戦っていたのだ。
まったく、堂々としていれば怪しまれないとはこいつの常套句だが、ここまで来ると本当に恐ろしいものだな。
「とりあえず総括するなら反省点としてはまず三点。日々の備品管理、特に被服の類は厳格に管理する事。班員同士の顔と声すら認識に支障が出るほど疲弊しない事。他部隊との交流や連携は重要にしても、損耗までもを分担しない事。これらが疎かでは他の能力をどれだけ高めた所でどうにもならん」
中でも三つ目が難しいのだがな。
悪い言い方をするならば、損耗だけは他の部隊に押し付けろという事だ。
先の演習でも魔術探知による擲弾兵の援護など本来ならばコボルト族擲弾兵の中で出来るものを選抜してやらせるべきで、間違っても警護班から頭数を割いてやる事では無かったのだ。
警護班の人員はそうそう替えが効かない以上、我が王の身代わり以外での死傷など許容できないのだから。
こうして講評を終えて、第一擲弾兵師団や裁定を手伝ってくれたディネルースらとで演習の報告書を纏め上げてオルクセン軍参謀本部の作戦局に提出したのだが。
これがちょっとばかりの反響を呼んだ。
オルクセン軍でも何かしらの演習を実施したならば、その戦訓を軍全体で共有する為に報告書が軍全体で回覧されるのだが、あの演習はまずもって我が王の警護を想定した事に加えて、国民義勇兵白エルフ族部隊が参加した事までも重大な機密とされたため、その二点を伏せた回覧用の報告書も併せて提出していたにも関わらずだ。
回覧用の演習報告書の題目としては、『第一擲弾兵師団による師団司令部の移動とその防衛、あるいはアンファウグリア旅団によるこれの襲撃』といったところ。
まあ実際に第一擲弾兵師団は演習に参加していたし、警護班もアンファウグリア旅団からの選抜であったが、実際に襲撃側をやった国民義勇兵白エルフ族部隊の事は伏せられたのだ。
だが、演習の経過などは殆どありのままの記述で、その内容に注目して質問書が幾つも送られて来たし、その中でも元騎兵科のレオン・シュトラハヴィッツ大将と元砲兵科のジークムント・ブロン少将から連名で送られて来た質問書などは細部に至るどころか機密で伏せられた内容にさえ勘付いてのもので、その洞察力には感心させられたものだ。
あるいはわざわざ訪問して来る者もいた。
オルクセン軍騎兵総監のツィーテン上級大将である。
ツィーテン上級大将ともなればその権限で回覧用ではない本物の報告書も閲覧したのであろう。
「騎馬砲兵を、ずいぶんと使い捨てにしたものですな」
第一擲弾兵師団の駐屯地シュラッシュトロスでもなく、アンファウグリア旅団の衛戍地ヴァルターベルクでもなく、直接にヴィルトシュヴァイン大演習場は北側兵站駅舎のバンドウ事務所を訪れて、応接室の席に座っての一言目がこれだった。
オルクセン軍の騎兵総監としては、我が王の意向に反して演習で騎兵突撃をやった事、あるいは国家元首という特大の首級を挙げるためとはいえ騎兵を磨り潰した事が気に障ったのだろうか。
……いや、浮かんでいるのは不快感や怒りといった感情ではない?
そもそもとして不快感を伝えるのに手土産の菓子は持って来ないかと気付いて、ツィーテン上級大将も言葉が足りない事に思い至ったらしい。
「ああ、いや。二八騎の騎兵と引き換えに
「ええと、 ……はい。ありがとうございます」
魔種族には、特に体重の重いオーク族には厄介極まるだろう持病の関節リウマチを患うツィーテン上級大将がその身を押してここまで来て、言う事が褒め言葉だけではないだろうと続きを待つのだが、しかし彼はしばらく遠くを見たままだった。
「ああ、シュヴェーリンに殴られたのがまるで昨日の事のようです」
なんと羨ましい。ああ、いや何時の話だ?
「思い出話となりますが、オスタリッチとグロワールの連合軍との戦の事です。儂はシュヴェーリンの奴に馬で重砲を牽いて丘を登れと頼まれて、あの時の儂は馬から降りたくないから嫌だと駄々を捏ねまして、それでシュヴェーリンから殴られたのです」
オルクセン軍の騎兵が重砲を丘の上に牽き上げた戦役といえば、帝国継承戦争のあれか。
「ラウエンベルグの戦い、ヤヌスの丘を登った重砲ですね?」
「ええ、知っておりましたか。嬉しいものですな」
何しろオルクセンが星欧に確固たる地位を築いた戦争における一大決戦である。
オルクセン軍を実質的に唯一の仮想敵としているエルフィンド軍にとっては今でも研究対象として重要視されている戦いの一つだ。
あるいは、近代戦の火力に相対した騎兵の脆弱性を示した戦例の一つでもあった。
「フルーベル少佐。我が王が仰った通り、騎兵とはもはや下馬戦闘を基本とする乗馬歩兵や、あるいは砲を牽く騎馬砲兵とならなければ生き残れないのでしょうか?」
そして、回覧用の演習報告書と本物の演習報告書では当然ながら結末が違うのだ。
あの騎兵突撃は、一晩中の準備砲撃で相手を疲弊させ、更にほぼ全周に展開する事で阻止火力の効力を減じさせる事で、八騎まで数を減らされながらも第一擲弾兵師団の師団司令部にまで到達し、その後の下馬戦闘では司令部付の擲弾兵小隊に全滅させられ、騎兵は目的を達成できなかった。
闇エルフ族の警護班員に化けた白エルフ族のウルナ・レーヴェンショルドという存在が隠されたため、ただそれだけが回覧用の演習報告書では結末とされているのだ。
そもそもとしてあの作戦は元々、私という一個体をシュヴェーリンの下へと送り込むためのものとして考案され、それ以外の損害を無視した滅茶苦茶なものだから、その目的を無くしてしまえばただ手段としての騎兵が全滅したという結果だけが残ってしまうのは当然だった。
そんな事をさせないように、私はエルフィンド軍そのものの近代化を推し進めていたのだが。
「あの時も、騎兵は砲を牽きました。一二ポンド重砲を、あれを牽いて丘を登るのは本当に大変でした」
手土産のバウムシュトリーゼルという元はオスタリッチに由来するという円筒形の焼き菓子、それを彼は一つ手に取った。
なるほど、ヤヌスの丘を登った重砲に準えての、オスタリッチ由来の砲身に似た形の焼き菓子という事に気付いて、私も一つ手に取って口に運ぶ。
「そして今や砲を牽く騎兵は、騎馬砲兵は珍しくともそれなりに見られる兵科となりました。乗馬歩兵も、我が王の仰った通りきっとそうなるのでしょう。……どれも、騎兵ではなくなってしまう」
焼き上げられた表面の糖蜜が響かせるパリとした食感の向こうでバターの塩気がよく効いたバウムシュトリーゼルは、しかしツィーテン上級大将が呑んだ涙の味であったのかもしれない。
その塩気を紅茶で飲み込んで、ならば私なりの答えを告げるとしよう。
「ツィーテン上級大将。これは私の考えなのですが、私は騎兵が、あぁいえ。騎兵突撃が不滅だと信じています」
これはエルフィンドにいた頃から変わらない私の信条である。
「それは、何故そう信じられるのです?君たちはあの恐ろしい小銃さえ持っているというのに」
確かに、我々の半自動小銃やあるいはグラックストンといった強力な火力に撃たれる騎兵には同情する他ないのだが、それでも騎兵は止まる事を選ばない。
「なぜなら、騎兵突撃の本質は敵に生物の本質的な恐怖を植え付ける事であり、これは今のところ他の兵科では完全な代替が不可能だからです。故に、その一撃が必要である限り、如何なる障害があろうとも、例え全滅するのが自明であっても、それでも騎兵は突撃するのです」
あるいは、あいつらは私をシュヴェーリンの下へ投げ込む手段として騎兵突撃に注目した訳だが。
その代替不可能というただその一点は、私が一人でシュヴェーリンの下へ馳せ参じる事が出来ない限り、どれだけ私が嫌だと言っても変わってくれないのだ。
だからハーマセンというお目付け役がいたとはいえ、他の者達をキャメロットに留め置いたまま、銃火の一つも交わさずにシュヴェーリンと逢えたあの国王官邸での一時はやっと辿り着いた希望だったのだ。
「それは、……嫌なものですな。ただ必要であるからと死に向かって突撃するなど」
「しかし、騎兵にとってはそれこそが誉なのでしょう」
私はそんな誉など欠片も求めていないのに、あいつらは私に誉を与えられるなら一切の躊躇なくその身を投げ捨てようとするのだ。
「フルーベル少佐、貴女は……。もしや、騎兵の不滅を信じていながらも、しかし騎兵が嫌いですかな?」
「はい、ツィーテン上級大将。しかしいいえ、私は騎兵のみならず戦争そのものが、私から奪うばかりで何も還してくれない戦争が大嫌いですとも。私はただ、……そう、平和なエルフの国を愛していたかっただけなのです」
「汝平和を愛するならば戦争に備えよ。エルトリアの学者が残した言葉でしたかな。貴女は、紛れもなく愛国者ですな」
「なんの、今ではこうして立派な裏切り者ですとも」
あれだけ平和を愛し、祖国に尽くしてきたつもりだったんだがな。