オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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開戦①

 国軍参謀本部。

 

 そう呼ばれる組織、あるいは制度がオルクセンには存在する。

 

 組織としてはオルクセンの国軍としての陸軍や海軍の更に上に位置し、首都ヴィルトシュヴァイン新市街の官庁街には国王官邸に比類する巨大な庁舎まで有するという。

 

 私個人としては我が王から依頼されている銃器開発に関連して参謀本部の中にある兵器技術局、あるいはエルフィンドの法律に関連して軍法局との関わりがあるが、どちらも私の身の上故に我が王を介しての書面でのやり取りが主となっている。

 

 というのも、私の氏族以外も含めた全ての亡命白エルフ族による取り決めで、来たる時までは限られた場面でしか表に姿を現さないよう定められているからだ。

 

 なにしろ亡命に際して闇エルフと共にエルフィンド軍や国境警備隊と戦った連中が多かったから、犯罪者の引渡しという名目で身柄を要求される恐れがあった。

 

 特に私などはエルフィンドで知られ過ぎている事もあり、私の氏族の者達は、先のシュラッシュトロスでの試射会や大演習場での演習、あるいはアンファウグリア旅団御用達となっている商会との取引など、そういう限られた場面でしか外部との接触をしないようにしてきた。

 

 そうであるから私が我が王に用件があって国王官邸に向かう時も、アンファウグリア旅団が保有する馬車に乗って向かう事となっている。

 

 その車窓はカーテンで閉め切られており、外の様子を見て取る事は叶わないのだが。

 

「おや?リネイセル伍長、右手の建物なんだが、何か物々しい雰囲気だな。何かあったのか?」

 

 それでも馬車の通る道に面している建物の中に居る者達の気配が、魔術探知で感知できるそれが普段よりも尖っているように感じられたのだ。

 

 いくらエルフ族は魔術の扱いが優れているとはいえ、魔術探知でこんな感情に由来するであろう部分まで感知できる事はそうそう無いのだが。

 

 それが気になって馬車の御者を務めるアンファウグリア旅団の兵に聞いてみたところ。

 

「はい?……右手の建物というと参謀本部の庁舎ですが」

 

「ほう。そうか、ここが参謀本部か。……なるほど」

 

 軍全体のあらゆる作戦計画を采配する参謀本部が普段と比べてこうも気が立っているなど、それが示す事など一つしかあるまい。

 

「……あっ!少佐、今の無しで!どうか聞かなかった事に!」

 

「ああ、黙っているとも。だが、近いらしいな」

 

 我が王のやり口を考えるなら、国際社会から要らぬ干渉を受けるような道理の通らない開戦は無いと思っていたのだが、こうも急に開戦に向けた動きが出て来るとはな。

 

「……ついに、ですか」

 

「いや、君もこんな白エルフの言う戯言などそう簡単に聞くものではないぞ」

 

「何を言います少佐殿、それとも()少将閣下とでもお呼びましょうか」

 

「待て、待ってくれ。なんだそれは。私にだって恥ずかしいと思う事はあるのだぞ」

 

「なんと、英雄様にも弱点があるとは。これは良い事を聞きました」

 

 なんというか、ディネルースの顔を殴って以来、どうにも闇エルフ族から親しみ混じりな尊敬の念を集めてしまっていかんな。

 

 闇エルフ族にとっての白エルフ族など恨まれて殺されるくらいでちょうど良いだろうに、何がどうして闇エルフ族の親玉を殴ったらこうなるのだ。

 

 

 

 そうして国王官邸に到着しても、いつかの四方八方から突き刺すような殺気による歓待などもはや欠片も望むべくもない。

 

 あるいは、リネイセル伍長は馬車を国王官邸の厩番に預けるとそのまま官邸警護の任務に合流して、私はアドヴィン殿と共に我が王の執務室へと向かったのだが。

 

「おはようございます。我が王」

 

「やあ、おはよう。フルーベル少佐」

 

 その執務室に入れば、アドヴィンは最早仕事を終えたと言わんばかりに私から離れて我が王の側へと歩み寄り、前脚を枕にして目を瞑り気を抜いてしまう始末。

 

「……我が王。もう少し、何と言うべきか」

 

「うん?どうかしたか?」

 

 きっと闇エルフ族や、あるいはロザリンド直後のドワーフ族にもそうだったのだろうなと予想は付くのだが、それにしたってだ。

 

「……ええ、言わせてもらいますが。開戦が近いのでしょう?そんな時に、白エルフ族というものを信用し過ぎです」

 

「おや、少佐には今日伝えるつもりだったのだが。ディネルースから聞いたのかい?」

 

「いいえ。ここに来る途中で、参謀本部の者達が普段よりも気が立っているのが感じ取れましたので」

 

「なんと。よく見ているなあ」

 

 いや、見たのではなく言った通りに感じ取れたのだが、まあしかしそれは本題ではないな。

 

「ともかく、ええともかくです。今日など私はこの短銃すら預けるあてもなく腰に吊るしたまま。まったくどうかしています」

 

 前回までは執務室の前で国王副官部の誰かしら、大抵はダンヴィッツ少佐へ預けていたのに、今日はそれを断られたのだ。

 

「なんだ、それを言うなら最初に会った時は私の目の前で小銃すら何丁も並べたじゃないか。あの時だって、弾も火薬も入ったままだったろう?」

 

「そういう事ではありません。我が王が種族を理由とした差別を嫌っているというのも知っていますが、それでも必要とすべき分別はあるはずです」

 

「私は国民に対して種族を理由とした分別をするつもりは決して無いのだがね」

 

 これだから我が王は、そこで臣民ではなく国民と言う辺りもそうだ。

 

 まるで王に向いていない。

 

「……それを思い直してもらうためには、一発ばかり説得が必要のようですね?」

 

 言うと同時にホルスターのフラップを弾き上げ、短銃のグリップに指を掛けて一寸ほど抜いて見せるのだが。

 

「それは止めてほしいなあ」

 

 これだ。我が王はこれなのだ。

 

 こんな大それた事をしでかす気狂いに対して命令ではなく、そんな困ったような顔でお願いをするのだ。

 

 それに、それにだ。

 

 巨狼族のよく聞こえるその耳でホルスターのフラップを弾いた音も聞こえたはずなのに、それで未だ眼を瞑ったままとはどういう事だ。

 

「アドヴィン殿、こういう小芝居には付き合ってくれないと困るのだが」

 

「ふん、こいつは撃たれたとしても変わらん」

 

「この毛玉め……」

 

 巨狼族への蔑称としてはそこそこに尖った事を言ってやったつもりだったのだが、しかし巨狼族を相手に蔑みなど通用するはずもなく、それどころか身を丸めて本当に毛玉になりやがった。

 

 これが我が王の面前で銃を抜こうとしている奴がいる、その場に居合わせた王の守護者たるものの姿勢か?

 

「ぬるい、この国はぬる過ぎるぞ。いつか参ってしまいそうだ」

 

 仕方なしに説得は諦めホルスターのフラップを下ろして留め金を掛け、応接卓のソファに腰を下ろす。

 

「君にそう言ってもらえるのは嬉しいな。それに、私より先に座るなんて、君も少しずつ慣れてくれてるじゃないか」

 

「褒めていないし、ささやかな抗議のつもりだったんだがな。もういい、仕事の話をさせてくれ」

 

 私に続いて応接卓の対面に座った我が王の前に、氏族の者達が作ろうとしている新しい銃の構想が纏められたスケッチを並べていく。

 

「まずは機関砲、口径はオルクセン海軍が使ってる三七mmか、あるいはグラックストンが各国海軍向けに売り出している一六・五mmか二五・四mmのいずれか。次に軽機関銃、口径はGew七四と同じ一一mm。そしてこれは自動小銃ならぬ自動拳銃、口径はM/七四と同じ一〇・六mm口径だな」

 

「なるほど。……うん?確かに拳銃も調達する数としては多くないものだが、しかし必要性も乏しいのでは?」

 

 そういえば、ディネルースは我が王へ内密に警護班を組織しているのだったな。

 

 それで先の演習の報告書も我が王へは回覧用のものしか渡っていないとか。

 

 まあ、その辺りを言わなければ良いだろう。

 

「それはハーマセンが作ろうとしていてな。用途としては特殊作戦だそうだ」

 

 要人警護だって立派な特殊作戦だろうと思ってそう言ったのだが、しかし我が王は別の意味で捉えたらしい。

 

「それは、つまりこの前の演習で君の氏族の者達がやったような?」

 

「ああ、そうだ」

 

 いや、違うのだが。

 

 まあ、確かにあの乱戦で火力に優れた拳銃や、あるいは以前に聞いた強襲小銃とやらがあったのなら、あのような数的不利であっても目的を完遂させる事が可能だったかもしれないな。

 

「他にも偵察兵だとか、あるいら海軍が移乗攻撃や臨検をする時の持ち物としても良いだろう。小さく軽く、にも関わらず火力のある銃というのは何をするにしても都合が良いはずだ」

 

「なるほどな。確かに自動拳銃は限られた調達数でも大きな効果が期待できそうだ」

 

 その最たるものとして要人警護を見据えているのだがな。

 

「ともあれ、これらを作るにあたり私が気になっているのは、以前に我が王がスケッチした銃の、銃の下に備わった弾薬の収まる箱についてだ」

 

 似ているものとしてはグラックストンで使われている、銃の上に備わった弾薬の収まる箱という例があり、しかしその弾薬の重みで箱の上から下へと落ちていくのとは異なり、おそらくバネか何かで弾薬を押し上げる構造なのだろうとは推測できたのだが。

 

 しかし問題は構造ではなく運用である。

 

「我が王のスケッチでは、その弾薬の箱が銃からずいぶんと下に伸びていたのが気になってな。それでは伏射姿勢をとった際に支障をきたすのではないか?」

 

 銃の射撃姿勢は大まかに分けて三つ、立射、膝射、伏射があるのだが、その昔はロザリンドの頃、前装式マスケット銃の時代は装填姿勢の制約からして立射か膝射が主だった。

 

 だが、後装式でライフリングのある銃が広く普及して装填姿勢の制約が弱くなって銃の命中率が上がった今日では、被弾リスクを最小化できる伏射が理想的とされている。

 

 この点でキャメロットやエルフィンドが制式としているメイフィールド・マルティニ小銃はレバー式であるためにややそぐわない、かなり扱いに習熟しないと伏せての装填が難しいのだが。

 

 それと同じ問題である。

 

『下へと弾薬の箱を伸ばした銃ですか?えっと、……その銃でどうやって伏射姿勢をやるんですか?』

 

 マドセンとラスムッセンにそれとなくこの構造を提案してみたら、愚者を見る目でこう返されて少し傷付いたものだ。

 

「……ああ!本当だ」

 

 我が王も私からの問い掛けでこの問題に気付いてくれたようだ。

 

「だがしかし、かの世界ではこの形の銃が正解として成立しているのだろう?つまり何かしらの手段でこの問題を解決していると思うのだが、どうだ、何か覚えていないか?」

 

「うーん……」

 

 しかしながら、かの世界では実際に銃を触った事の無いらしい我が王にはそもそもとして知り得なかった知見だったらしく、この場では解決法を見出す事は出来なかった。




 以下解説、あるいは読み飛ばして良い鉄砲オタクの雑記。

 つまるところ、銃の下に長いマガジンを刺すと、伏せた時にマガジンが地面に突き当たるせいで射手の姿勢を低く出来ないという問題です。
 解決法としては、装弾数を妥協して減らす、マガジンと当たる地面を掘り下げる、伏射での姿勢を低くする事をある程度諦める、マガジンをダブルカラムにする、弾薬の径を小さくする、などがあります。

 中でも後者3つが今日では一般的な解決法ですが、これに辿り着くには結構な年数を要し、あるいは更にマガジンの装弾数を多くしようとした際には今日でも問題となる、銃器設計における大きな課題の一つとなっています。
 このためWW2辺りまでマガジンを上や横に刺す銃が各国で多く作られる要因にもなりました。
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