オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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開戦②

 ヴィルトシュヴァイン大演習場の北兵站駅に隣接して備わっている倉庫の間口に真新しい看板が掛けられた。

 

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 オルクセン各地に置かれている王立農事試験場の制度をほとんどそのまま工場として転用したもので、ここが私の氏族の者達が開発する銃砲の試作を行う工場となるのだ。

 

 農事試験場と異なり王立の冠称こそ付いていないが、これは存在を隠匿するにあたり仰々しい名称を避けた事によるもので、実際の予算は我が王の私費から拠出されている。

 

 その元倉庫の隣にはヴィッセル製の石炭蒸気機関が設置されており、その動力により建屋内のフライス盤や旋盤といった工作機械が稼働するようになっている。

 

 この手の銃砲開発を担う機関としては参謀本部兵器技術局やヴィッセル社などが既にあるのだが、しかしどこも我々白エルフ族を抱え込むには様々な問題が予期されたため、このように小規模ながらも自前の工場を持つ事になったのだ。

 

 まあ自前といっても、実際の責任者である場長には兵器技術局から出向してきたドワーフ族のルートヴィク・シュレーゲルミルヒ少佐が着任する事となり、私は彼の部下という事になる。

 

 これでようやく私も無任所でなくなったのだ。

 

 ただ、そのシュレーゲルミルヒ少佐が場長に着任するまでにはかなりの紆余曲折があったらしい。

 

 それを私が知ったのはバンドウ工業試験場でささやかながら開所式を執り行った日の事だ。

 

 オルクセンが開戦を決意してから僅かに三日後という忙しい時節だろうに、私と知己のあるディネルース・アンダリエル少将はともかくとして参謀本部兵站局長のギリム・カイト少将まで挨拶に来たのだ。

 

 白エルフ族とはロザリンドの後に因縁のあるドワーフ族の将が挨拶に来るという時点で何かがおかしいのだが、もっとおかしいのはそのカイト少将がシュレーゲルミルヒ少佐と揃って私に向かって頭を下げて詫びてきたのだ。

 

「フルーベル少佐、この度は我々が大変な迷惑を掛けてしまい、すまなかった」

 

「はい?カイト少将、その、とにかく頭を上げてください。一体何があったのですか」

 

「何が、ですと?」

 

 私とカイト少将とでのやり取りなど、戦時に鹵獲するであろうエルフィンド軍制式拳銃のイリーリボルバーを警護班へ融通するようディネルースを通して依頼したくらいで、その他のドワーフ族とも大した縁を持っていないのだが。

 

 しかし彼らからしてみれば違ったらしい。

 

 私の隣に立つディネルースの方を何故かちらりと見てから、カイト少将が理由を明かしてくれた。

 

「……その、フルーベル少佐がオルクセン軍に任官されたその日に少将から降格処分となった件です」

 

「「……はい?」」

 

 私が降格処分となった事由である、ディネルースを殴った事件にはカイト少将どころかドワーフ族の一頭も関与していないのだが?

 

 それで更に話を聞き出してみたところ、つまり経緯はこうだった。

 

 このバンドウ工業試験場は我々の半自動小銃を見た我が王によりかなり早い時期から設置する事が検討されていたのだが、その場長には対外的にも実務的にも白エルフ族以外を任命する必要があった。

 

 つまり私の上に立たせる誰かを、参謀本部兵器技術局から、あるいは他の部局からでも兵器畑の誰かしらを探したのだが、ここで問題となったのが私の階級である。

 

 エルフィンド軍で五等少将だったのだ。

 

 そしてエルフィンド軍で大佐だったディネルースをオルクセン軍が少将に任官させたという前例を作ってしまったばかりだったため、同様に私も少将となる事が予期されたのだが、他所へ出向させられる少将以上の階級を持つ者など参謀本部には誰一頭としているはずもなく。

 

 このため参謀本部はせめて私をエルフィンド軍で現役だった時の大佐のままで任官させるよう嘆願したのだが、しかしこれに真っ向から反発するように私を少将へと推す奴らが現れてしまった。

 

 あろうことかエルフィンドによる民族浄化の被害者であるはずのアンファウグリア旅団の将校連である。

 

 もう兵器技術局どころか参謀本部の兵器畑の面々、そして彼らの殆どを占めるドワーフ族の参謀本部における親玉であるカイト少将まで揃って頭を抱える事態となって。

 

 こうなったら軍ではなく階級の外にある民間から、例えばヴィルトシュヴァイン大学の工学部から教授を派遣してもらう事が出来ないかと検討する事となり。

 

 そんな時に私がアンファウグリア旅団旅団長ディネルース・アンダリエル少将の面を殴打するという事件が起きた。

 

 結果として私はオルクセン軍へ少将へ任官されると同日に少佐へと降格処分が下る異例の処遇となる。

 

 これにより兵器技術局は部内で配置のやりくりをできるようになって好都合ではあったのだが、しかし余りにも都合の良い話だったので、参謀本部は私が何か良からぬ事を企んでいるのではないかと疑ったらしい。

 

 それで調べてみれば、あの殴打事件が発覚。

 

 だが、その加害者である私と被害者であるディネルースはロザリンドの戦友にして今に至るまで良き同僚で、酒が絡んだトラブルでも無ければ、不可解な事に殴打事件の後も関係は良好らしく。

 

 兵器技術局と参謀本部からすれば、自分達が気遣われて降格の為に狂言を演じられたようにしか思えなかったと。

 

 それで本当はあの試射会でシュレーゲルミルヒ少佐が礼を言うつもりだったのだが、しかし半自動小銃を見てすっかり忘れてしまったらしい。

 

「それで試験場が出来上がってからようやく頭を下げる事となってしまった。重ね重ね、すまなかった」

 

 つまるところ、勘違いである。

 

「ええと、その。やはり顔を上げて下さい。それは勘違いです」

 

「「……はい?」」

 

 あの殴打事件は私としても恥ずかしい所があるのだが、しかし誤解を解くにはある程度は話さなくてはならないか。

 

「あの殴打事件はですね、私がディネルースを殴ったのは、なんとなくというか、ちょっとむしゃくしゃしてただけなんです」

 

「「……???」」

 

 ドワーフ族の二頭の後ろに宇宙が見えた。

 

 隣でディネルースが頭を抱えるが、だって仕方ないだろう。

 

 色々と事情はあったとはいえ、結局のところ私が少将になりたくなかった。

 

 本当にただそれだけの理由で、その時にちょうどディネルースには殴るのに都合の良い口実があっただけなのだ。

 

 だが、ディネルースとしては私にとっての口実の方を重視してしまっているようで。

 

「ホルステナ、説明するにしても言い方というものがあるだろう。ああ、カイト少将。あの事件が参謀本部や兵器技術局に気を遣ってのものではないのは、これは本当に事実です。あの事件はむしろ私の方で失態がありまして」

 

「失態、ですか?」

 

「ええ、そもそもとして白エルフ族とは闇エルフ族にとって恨みある存在です。それなのに私やアンファウグリアの将校連はホルステナと知己があったがために、しかし他の闇エルフ族にとってホルステナがただの白エルフ族でしかない事を失念して、そんな状況で私達はホルステナを少将へと推していたのです」

 

「……凄まじい火種ですな。ただの不和に留まらず、反乱さえ予期されるような。……まさか、それであの事件を?」

 

 ともかくとしてカイト少将とシュレーゲルミルヒ少佐は殴打事件に参謀本部や兵器技術局がなんら関係の無かったという事は理解したらしいのだが。

 

 まあ、ディネルースがそれで良いのなら良いか。

 

「はい。なので、あまり口外しないで頂けると助かります。あの事件はただ私が癇癪を起こして暴力を振るっただけ。それで良いのです」

 

「おいホルステナ、それは無いだろう」

 

「お前こそ何を言う。この時期のお前に瑕疵など付けてやるものか」

 

 私のわがままで迷惑を掛けたのだから、これだけは譲ってやれんぞ。

 

 そうやってディネルースと言葉を小突きあっていると、不意にカイト少将が言葉を零した。

 

「羨ましいものです。戦友同士の紐帯は、我々には持ち得ないものですから」

 

 おや、そういえばオルクセンが最後に経験した大きな戦役は、もしや?

 

「カイト少将、失礼ですがデュートネ戦争には?」

 

「ええ、私やシュレーゲルミルヒ少佐を含め、参謀本部の殆どは戦争を経験した事がありません。参謀本部とはデュートネ戦争の後にオルクセン軍が再建された時に出来たものですから」

 

 そうか、それでか。

 

 アンファウグリア旅団がエルフィンド軍式の敬礼を残していたり、先の演習でトストルプ銃隊がエルフィンド軍の緑上衣や隊旗の使用を許された事もそうだが、オルクセン軍が長命種である魔種族の組織にしては伝統に軽いような所があるのは、ロザリンドに続いてデュートネでも大きく削られたからなのか。

 

 ただ、まあ。カイト少将からのこそばゆい羨望も、直ぐに晴れるだろう。

 

「とはいえ、次は私が仲間外れです。まったく、皆が羨ましい」

 

「……ふふ、ははは!そうですな。ええ!ええ!その代わりフルーベル少佐には勝利を持ち帰ってまいりますとも!」

 

「はい。待っています」

 

 勝利。

 

 多くの者がそれを甘美と言う。

 

「それではカイト少将、せっかくですから工場の蒸気機関へ火入れをやってくださいませんか」

 

「ああ、任された」

 

 しかし勝利とは、いったい何を成して勝利足りえるのだろうか。

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