オルクセン王国史〜ロザリンドの牙折り〜   作:鶴岡

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開戦③

「しかしまあ、これもすまないな。オルクセンで外国製を使わせる事になって」

 

 またもやそう言って謝るカイト少将と私達の目の前に並ぶのは工作機械の数々。

 

 バンドウ工業試験場の設置計画がエルフィンドとの戦争に備えた戦備増産と重なってしまったため、その多くがグロワールやアスカニアなどから輸入しての調達となってしまったのだ。

 

 目の前に並ぶのはフライス盤や旋盤といった各種の工作機械が大型のものだけで一〇台ほど。

 

 しかしその内オルクセン製のものはフライス盤と旋盤が1台ずつと、あとはこれら工作機械の動力源として建屋の外に置かれた石炭蒸気機関だけ。

 

 どれもヴィッセル製の大変に優れたものだったが、数としてはこれだけしか捻出できなかったのだ。

 

 工作機械を主要な輸出商品の一つとしているオルクセンとしては、このように輸入された工作機械ばかりの工場が出来るというのはちょっとした珍事だったのだろう。

 

 しかもその納入先は軍の演習場だから、先週までに据付と調整に訪れていた人間族国家それぞれの作業員達はずいぶんと物珍しいような物を見るようだったらしい。

 

 こうして我が王が自ら出資する肝入りの工場にも関わらずオルクセン製の工作機械が少なくなってしまった事に調達を担った兵站局長のカイト少将は低頭するばかり。

 

「カイト少将、お願いですからそこまで頭を下げないで下さい」

 

「しかしだな少佐」

 

 ううむ。種族的には恨みを買っているはずの相手がこうも低姿勢だと、どうもやり辛くて敵わんな。

 

 それに輸入された工作機械が多いと言っても、実際に物を見ればそれは謙遜が過ぎる。

 

「そもそもとして我々がエルフィンドに居た頃はヴィッセル製の工作機械を使うなど夢のまた夢の話。それどころか最新の高価な工作機械を調達しようと予算を上申すれば政府の派閥対立に巻き込まれる始末でした」

 

 それがどうだと、ちょうど目に付いたアスカニア製の工作機械を指し示す。

 

「ですが、ええ、あれはアスカニアで発明されたばかりのヘルヴェティア型自動旋盤でしょう?あれ以外もそうです、輸入された工作機械でさえどれも各国の新型ばかりではないですか」

 

 まったく、試作をするだけの工場だというのに過分な期待をされてしまっている。

 

 私の後ろに続いて工場内の設備を見ているハーマセン達など若干気が引けているほどだ。

 

「我々としては、これだけの形として示された期待にどうやって応えようかと困惑しているのです」

 

 ドワーフ族の作った高性能な機械が使えて当たり前かどうかの、そういう価値観の相違なのだろう。

 

「ううむ。フルーベル少佐がそこまで言うのであれば。しかし、いつかはここを国産工作機械で一杯にしてみましょう」

 

「そうなったら今度は我々の手が足りなくなりますな。あるいは、ここを兵器廠にするつもりですか」

 

「おっと、そうだった。ここはあくまでも試験場だったか」

 

 それに、なんというか同じような危惧が無いわけでもないのだが。

 

 私としてもオルクセン軍の兵站を監督する彼を失脚させたい訳でもないしな。

 

「それと、カイト少将」

 

「なんだ、改まって」

 

 向こうにとっては不本意かもしれないだろうが、しかし必要だろう。

 

「やはり我々は白エルフ族であります。ドワーフ族のカイト少将がこうして白エルフ族と親しげにしたり、便宜を図ろうとしたりするのはあまり良くありません」

 

「何を、言っている?」

 

 後ろからディネルースの零した溜息が聞こえたが、交友の長いおまえ達とは事情が違うのだ。

 

「むしろ不和を演出する手段として、白エルフ族に国産の工作機械を使わせないためわざわざ輸入してやっただとか、そう周囲に吹聴するのがよろしいかと」

 

「つまり私に不義理を働けと言っているのか?」

 

 忽ちにカイト少将の顔が不快、あるいはそれを超えて憤怒に歪むが、こればかりは私が誰かを殴って更に階級を下げたとしても解決する問題ではあるまい。

 

「むしろ、我々に気を遣ってオルクセン軍の兵站を揺らがせるおつもりですか?」

 

「不愉快だ!!!……俺は、そんな話をするためにここへ来たのではない!帰らせてもらう!」

 

 まるで焼けた鉄を放り込まれた油のように感情を沸き立たせて、そのまま本当にカイト少将は工場を出て帰ってしまった。

 

 私としては怒らせるつもりは無かったのだが、まあ、白エルフ族の工場へ挨拶しに訪れたドワーフ族の将があれだけ怒って帰ったのだから悪いようにはならないだろう。

 

 はて、まだもう一頭のドワーフ族が残っている事に気付く。

 

「シュレーゲルミルヒ少佐、カイト少将と共に帰らなくてよろしいのですか?ドワーフ族が白エルフ族ばかりの工場で働くなど、どのような風説が立つことやら」

 

 しかしこの牡は特に何も気にしたようでもなく。

 

「お言葉ですが、ドワーフ族が鉄を叩く場所を選ぶ時、炉と金床の良し悪し以外を気にする奴は三流にもなれません」

 

「……なるほど、実にドワーフらしい。良い鉄を作れる訳だ」

 

 これほど良い上司を与えてくれたのだから、良い仕事で返そうではないか。

 

 それに蒸気機関もそろそろ温まってきた頃合いだろう。

 

 振り返って、ハーマセン達に向き直る。

 

「さあ!仕事の時間だ!」

 

 オルクセンは決断したなら一二日間で動員を完了させて開戦する。

 

 そんな事を決断した後から知らされたせいで、我々は大慌てで最後の仕上げをする羽目になっているのだ。

 

 この工場の完成が間に合っていなければ、警護班の持つ拳銃の最終調整は本当に間に合わない所だった。

 

 なにせ今までの訓練で一丁あたり二〇〇〇発近くの弾数を撃たせていた。

 

 M/七四もイリーリボルバーも殆どを新銃で調達していたから、どれもアタリがついて一番使い勝手の良い頃合いになっていたが、闇エルフ達がエルフィンドからの脱出行で鹵獲したイリーリボルバーなど個体によっては交換の必要な部品があり、これの製作や調整が必要だったのだ。

 

 あるいは引金の重さや感触といった繊細な調整も、今までの手工具で出来るだけの限られた範囲に留まらない本格的な調整ができた。

 

 そして何よりも重要なのは刻印だったのだが。

 

 まずはイリーリボルバーからエルフィンド軍の紋章を削除するのは当然として。

 

「それで、ディネルース。警護班の正式な名称は決まっているんだろうな?」

 

「警護班の名称?……そういえば今まではどうなっていたんだ?」

 

 てっきり既に決まっているのだろうと思ってした質問が質問で返されてしまった。

 

「仮称バンドウ事務所警護班。まさか決まっていなかったのか?」

 

「まあ、そうだ。私としてもさっさとやらせろとは思っていたが、まさか旅団も警護班も練成の途中でとはな」

 

 事情はまあ理解するのだが、しかし決まってしまった期限にはどうやっても間に合わせなければならない。

 

「今決めろ。一〇秒でだ」

 

「なっ!待てそれはいくらなんでも」

 

「諦めろ。今から考えたところで手遅れだ。―――五、四、三」

 

 それこそ今日中までと言って、本当に日が暮れるまで考え込まれては困るからな。

 

 安直に国王警護班で良いだろう。と私は思っていたのだが、ディネルースの口から実際に出た名は違った。

 

「ええい!特別警護班だ!」

 

 妙な所で遠慮したなと思ったが、まあディネルースとしても今の地位に思う所があるのだろう。

 

「図案は?警護班の徽章の、オオマテバシイの実を囲う一三粒ずつが二本の麦穂、その下に特別警護班で良いか?」

 

 いくつか簡単に図案を描いてやって、その中から選ばせてやって。

 

 それとは別にバンドウ工業試験場にて調整とも刻印して、これらが外から見える偽造対策となる。

 

 更にグリップを外した内面には薄いアルミニウム板を貼り付け、オルクセンで数年前に実用化されたばかりの温熱系刻印魔術を刻み込む。

 

 これは偽造対策の他に、高緯度のベレリアンド半島で秋からの開戦となる都合、寒さの厳しくなる冬季の行動も想定して冷めた銃が握りを妨げる事の無いようにとも考えての事だったのだが。

 

 これが上手く行かなかった。

 

「族長、これ不味いですよ。四丁やってみて一丁しか刻印魔術が発動しません。魔術式の構造におかしな所は見当たらないので、おそらくアルミニウムの質が合っていないと思うのですが……」

 

 ロザリンドで脚を失った後、ティリオン王立造兵廠で細工師として働いていた工員からの報告に頭を悩ませる。

 

「だがそのアルミニウム板は魔術刻印用の、それもヴィッセル製だぞ。ドワーフ族が作った物に間違いなどあるか?」

 

「それは、まあそうですが……」

 

 しかし、時間の掛かる魔術刻印で歩留まりが二〜三割というのは残された時間からして余りにも悪過ぎた。

 

 これでは間に合わないと思い、ドワーフ族のシュレーゲルミルヒ少佐ならどうにか解決策を見出せないかと相談した所。

 

「……流石、エルフ族と言うべきでしょうね」

 

 そのあまりの物言いに工場内の空気は一挙に冷え込んだのだが、しかし褒め言葉のつもりだったらしい。

 

「これ、冷却系魔術刻印用のアルミニウム板に温熱系魔術刻印を刻んでますよね。よくもこれで一丁だけとはいえ発動したものです」

 

 唖然である。

 

「オルクセンにおいて魔術刻印とはまず冷却系ですから。魔術刻印用アルミニウム板を発注すれば冷却系魔術刻印が間違いなく発動する品質のものが納入されます。しかし、温熱系はまだ実用化されたばかりで、選別を施したアルミニウムでしか発動しないのですが。……それが必要なのですね?」

 

 要は私の調査不足、無知が原因であった。

 

 ともかくとしてシュレーゲルミルヒ少佐が解決策として温熱系刻印魔術用アルミニウム板の調達を提案してくれたのだが、それには懸念があった。

 

「ああ、そうだ。そうなのだが、今からでも間に合うだろうか?……ここに回してくれるだろうか?」

 

 カイト少将をあれほどまでに激怒させて帰した私のいる工場に、戦備増産で余裕の乏しいオルクセンが応えてくれるとは思えなかったのだ。

 

 その危惧を伝えたのだが、しかしシュレーゲルミルヒ少佐はあろう事か呆れ顔をするばかり。

 

「まったく、そこは我が王や今も貴女の隣にいるアンダリエル少将の威を借りる所ですよ。もしやフルーベル少佐、何でも自分の責任にしようとする気質ですか?」

 

「何を言っている。そういう道理だろう」

 

 それこそが私に残された唯一の役目なのだから。

 

「……白長耳の部下など面倒だとは思っていましたが、本当に、ここまで面倒だとは思いませんでしたよ」

 

 そこで何故かシュレーゲルミルヒ少佐は工場内にいる私の氏族の者達を見渡す。

 

「まあ、私が言えるとすればですね。ドワーフを、ヴィッセルを、そしてオルクセンを舐めないで頂きたい」

 

 

 

 その二日後にはヴィッセルから新しい魔術刻印用アルミニウム板が納入された。

 

 ヴィッセル社製錬製造、特選、温熱系魔術刻印用とラベルの貼られた、曇り無く白銀に輝いた手のひら大のアルミニウム板が四ダースもだ。

 

「お前らじゃな、新大陸の奴らよりも奇怪な銃を作ってるという白長耳共は」

 

 そのアルミニウム板の束を抱えて持って来たのは、低い身丈ながらも厚い身幅をよく使い込んだ革のエプロンで装い、そして赤茶色の大層な髭を伸ばしたドワーフ族が一頭。

 

 白エルフ族以外にはつぶらに見えるだろう眼の奥には深い怨みを湛えている。

 

 噂に聞くヴィッセル社会長ヴィーリ・レギンその牡だ。

 

「注文の温熱系魔術刻印用アルミニウム板、確かに持って来た。これを拳銃のグリップに使うそうじゃな?見せろ」

 

「はい!こちらです」

 

 ひとまずシュレーゲルミルヒ少佐が案内のため進み出て、私もレギン会長の後に続いて刻印作業区画へと入る。

 

 作業卓でやらせていた作業は一旦止めさせて、件の冷却系魔術刻印用アルミニウム板に刻んでしまった温熱系魔術刻印を並べて見せれば。

 

「ほー、確かに細工師の腕は立つようじゃな。一つだけとはいえ選別から漏れた板で温熱系刻印魔術を発動させるとは。しかし、貴重な材料をグリップの形に削ってまで贅沢な事をしよる」

 

「はい。それに加えて偽造対策を兼ねております。温熱系魔術刻印はエルフィンドにはまだ無いそうですから、我が王の警護班に持たせる銃へ施す偽造対策としては最高のものとなります」

 

「なるほどな。それで、それを考えたのはルートヴィクじゃなくてこのやたら身丈の高い白耳長か」

 

 向こうが相手にしてこなければずっと視界の外でじっとしていようと思っていたのだが、わざわざ振り向いて声を掛けられてしまっては仕方ない。

 

「ええ、そうです」

 

「名と生まれは?」

 

「ホルステナ・フルーベル、トストルプの白銀樹にて星暦は六八〇年の生まれですが」

 

「……身丈が高過ぎて顔がよう見えん。屈んで見せろ」

 

 ドワーフ族の背丈からずいぶんと見上げて私の目を鋭く睨みながらそう言われて、それが言い訳に過ぎないのはすぐに理解できた。

 

 だがまあ、急な納品の礼もあるしな。

 

「なんだ、炉の前に立ち過ぎて眼まで茹だったか?これだからドワーフ族は困る。ほら、これで()()か?」

 

 適当に蔑んでやりつつ腰を屈め、カイト会長の面前まで私の顔を差し出してやれば。

 

「おお、口だけは達者じゃな。なるほど、カイトの坊主が怒る訳じゃ」

 

 何の事だ?

 

 その言葉の意味を考えようとして、その思考は飛んできた拳に中断させられた。

 

 視界が白く染まって、身体が後ろに浮いた感覚がして。

 

 しかし、シュヴェーリンの拳でもないのに死んではやる訳にはいかん。

 

 姿勢を持ち堪えようと右足を後ろに下げ、歯を食い縛って意識を留めて。

 

 地平が傾いた感覚がした。

 

 どうやら私はドワーフ族の拳というものを甘く見積もっていたらしい。

 

 視界も無しに平衡感覚までもが狂わされては、これでは立っていられるはずもなく身体が浮遊感に包まれる。

 

「いいか!!!儂が叩いた()の良し悪しは儂が決める!!!分かったか白長耳!!!」

 

 そんな倒れているらしい最中、レギン会長の叫び声が耳に響くのだが、なんだそれは。

 

 私は鉄じゃないぞ。この耄碌爺め。

 

 それに、おまえらも。

 

 一応は族長である私が殴られたというのに快哉を叫ぶんじゃない。

 

 

 

 気が付くと、暗闇だった。

 

 夜目を凝らして視線を回せば、天井の採光窓から差し込む星明りで見えるのは工作機械の並び。

 

 どうやら殴られた後は工場の隅の床で寝させられていたらしい。

 

 髪が濡れていて仄かにアンゼリカ草の匂いがするという事は、殴られた後の手当てでエリクシエル剤を掛けられていたか。

 

 そのおかげで殴られた頭に痛みは無いのだが、しかし空腹と喉の渇きがどうにも耐えがたい。

 

 まあ、それは隣の駅舎に行けば何かしらあるだろう。

 

 ……何かがおかしい。

 

 拳銃のグリップに施す温熱系魔術刻印は、この夜を徹夜してそこから更に明日も通しで作業を続けなければ間に合わないはずなのだ。

 

 そのために夜間作業用の石油ランプさえ手配していたというのに、その灯りが一つも灯っていない。

 

 ましてや、私以外の気配が工場に無ければ。

 

 隣の駅舎では警護班の執務室に居るはずのフェアグリン少尉の気配が無い。

 

 警護班の備品が二度と盗難される事の無いようにと、あの演習の講評の後から毎晩欠かさず執務室で寝泊まりしていたというのに。

 

 静かな夜だった。

 

 嫌な予感がして、工場の壁に掛けているカレンダーを見る。

 

 その日の就業を終えたら日付に斜線を引くようにしているそれは、二九日に一番新しい斜線が引かれていた。

 

 そのカレンダーの上に掛けている時計は二時五〇分を指し示している。

 

 つまり、今は一〇月三〇日。

 

 予定日の通りなら開戦から既に三日が過ぎ去っている。

 

 幸いにして拳銃を警護班へ納入する期日とした一〇月一九日には完了と書いてあったから、つまり間に合ったのだろう。

 

「しかし、見送りも出来ぬとはな。まったく不甲斐ない」

 

 乾いた口から嗄れ声でぼやきを漏らしつつ工場から出て、並ぶ月を見上げる。

 

 よく見えた。

 

 この惑星が従える一二個の月の内、暗い地平線の上に並ぶ六つ全てがよく見えた。

 

 その明かりを陰らせる雲など欠片も見当たらない。

 

「どうか、死ぬなよ」

 

 それくらいの激励くらいは直接に伝えたかったのだがな。

 

 ああ、雨が降っていなくて本当に良かった。

 

 雨は、ロザリンドからの帰り道を思い出してしまうから。

 

 突然に降り始めた雨の中、背負った部下の体温が失われていくあの残酷な感覚は、もう思い出したくないから。

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