星暦八七六年一〇月三〇日。
バンドウ工業試験場で発生した
開戦まで訓練指導していた警護班は今や知らぬ間にあの特別警護班へと名を変えて、今はメルトメア州アーンバンドに停め置かれたセンチュリースター号の名を冠する国王専用列車、その国王大本営にて我が王の警護を務めているらしい。
そして特別警護班の要員は揃って赤色レンズを用いた色眼鏡を掛け、特別仕立てのM/七四を腰に吊るしているのだとか。
これらの情報はオルクセンや星欧各国の新聞で報じられている内容から得られたものである。
なるほど、色眼鏡という大変に目立ちながらも製作が手間で短期間での模倣が難しい装身具を表沙汰にして、一方でイリーリボルバーは調達配備している事そのものを隠した事で成りすまし対策としたか。
そうすると、なおさら早急に全員分のイリーリボルバーを用意しなければなるまい。
そう気持ちを新たにしてエルフィンドへ侵攻したオルクセンの各軍から送られてきた拳銃の積み上がった山を眺める。
開戦したその晩にモーリア、翌日中にノグロスト、あるいは各地の国境警備隊の分屯地などを攻略したそれぞれの軍が、鹵獲したエルフィンド軍の拳銃をカイト少将の計らいにより後送してくれたのだ。
まったく、あれだけ怒らせたというのに有り難い事だ。
この戦争が終わったなら此方から赴いて謝罪と礼をするべきだな。
だが、拳銃そのものの状態は千差万別だった。
それどころか求めていたイリーリボルバーは積み上がった山の内のほんの僅かしか見当たらず、残り殆どはその一つ前にエルフィンド軍が制式としたエドムリボルバーという旧式のパーカッション式リボルバーだった。
まあイリーリボルバーは開発したキャメロットにおいてもまだ本当に最新型で、エルフィンド軍でも数が少ないのだから仕方あるまい。
またオルクセンの現地軍としても後方へ送る拳銃の選別にまで気を使う余裕があるなら他へ使いたいだろうから、これも仕方がないのだ。
どうせ警護班の訓練を手伝わせていた国民義勇兵白エルフ族部隊の連中は暇なのだ。今度はこっちを手伝わせてやろう。
工場試験場の過半数と違って五体満足なのだからしっかりと働いてもらわなければな。
ただ、イリーリボルバーだけを抜き出して並べて見ても、これらが鹵獲されたものだと思い知らされた。
よく手入れされ傷の少ない綺麗な個体など僅かに二丁しか無く、残るは戦闘によるものと思わしき損傷や汚れが目立つ。
持ち主のであろう血がグリップの木材にじっとりと染みになっているのはまだ良い方で、血と何かの混ざった汚れがフレームにべったりと付いたままののものさえあった。
「……聖星教の司祭でも呼んで祈りでも捧げてもらうかね」
それで零した独り言がシュレーゲルミルヒ少佐の耳に届いてしまったらしい。
「おや?エルフィンドでは聖星教が信仰されているのですか?」
「ああ、いや。ものの例えだよ。……そうだな、適当に火酒でも振り掛けてやれば良いだろう」
それでお清めを済ませたイリーリボルバーを、今度は部品一つ一つに分解して汚れを洗い落としていく。
こうして使い物になりそうなものと、修理も出来そうにないほど壊れているものとで分別して、後者は使えそうな部品だけ取り去って廃棄。
そして使い物になりそうなものは、前述した血染みのグリップや破損している部品を交換する。
あるいは部品が足りなければ工場の工作機械で作っていく事になる。
これで銃として最低限の機能として弾を撃てるようになったので、次に照準や引金の調整を行って、仕上げにあの刻印を施していく。
こうして新たに九丁を仕上げ終えた頃には既に一一月五日となっていた。
三日にはファルマリア港のエルフィンド軍が降伏していたから、それでアーンバンドに居る特別警護班へ送ったものと殆ど入れ替わりにまた次が後送されてきた。
今回はファルマリアの包囲から逃亡しようとしたエルフィンド軍部隊をアンファウグリア旅団が追撃した際に鹵獲したものだという。
なるほど我が戦友の牙はしっかりと白エルフの柔肌を食い破っているらしい。
「まったく、お清めの火酒が足りなくなりそうだな」
そうしてどうにか警護班全員分のイリーリボルバーを仕上げ終えて、あと五丁ばかりを予備分として調整していた日頃だった。
日付にして一一月二〇日。
バンドウ事務所に珍しい訪問客が現れた。
外務省と海軍省からの面々である。
はて、不思議な組み合わせもあったものだと思いつつ応接室に迎え入れる。
外務省の方はあの野盗顔の外務大臣クレメンス・ビューローで、私がオルクセンに来た日の後もエルフィンド政府の慣習について何度か話をした事があったが、しかし話を切り出したのは海軍省の方のドワーフ族の大佐だった。
「今日日、ベレリアント半島西側の北海ではオルクセン海軍が臨検をしていましてね、その積荷がエルフィンド向けの軍需物資などであれば拿捕したり沈めたりとしていたのですが」
なるほど、エルフィンドはキャメロットを実質唯一の外交相手国としているから、何を輸入するとしてもそれを積む商船は殆どがキャメロットからエルフィンドへの航路を使う事となる。
ファルマリア港でエルフィンド海軍艦艇の殆どを焼き払ったオルクセン海軍からすれば、それを遮断する事など、それこそ徴用した商船へ比較的に軽い山砲などを積んだ程度の船でも容易かろう。
ただ、戦時に敵国への軍需物資を積荷とした商船を拿捕撃沈する事そのものは何ら法的な問題の無いはずなのだが?
その疑問は、続く海軍大佐の言葉で氷解した。
「拿捕した船の、その内のキャメロットへ向かっていた一隻の船に不審な点がありまして。エルフ族のまだ幼顔が一〇名ばかり便乗していたのです」
「……ああ、なるほど」
思い当たる事があった私は、二つの質問をする事にした。
「そのエルフ族の幼子達はキャメロット語も話せて、そして護符を持っていませんでしたね?」
両方とも当たっていたようで、一つ一つ毎に彼らの表情が険しくなっていく。
「はい、はい。二つとも当てはまります。……彼女達は、やはり?」
それはエルフィンドが古くから抱える闇の一つ。
「ええ、知る者からは枝攫いと呼ばれる、身柄売買の商品として誘拐された被害者達でしょう」
「それは、もちろんエルフィンドでも犯罪なんですよね?」
その点に関してはエルフィンドの立法に瑕疵は無い、のだが。
「ええ、もちろん。誘拐と当人の同意が無い身柄売買はエルフィンドでも厳しい処罰が下されます。ただ、この枝攫いは立件まで辿り着く事が稀でして」
「何かしらの大きな組織による隠蔽がなされているという訳ですか?」
「それはまあ、なにしろ内務大臣のプレンディルが、つまりエルフィンド全国の警察と秘密警察の長をやっている奴さえ関わっている。いや、むしろ奴が首魁であったのかもしれないが」
両牡の顔が強かに引き攣るが、しかし枝攫いが発覚し難い理由はそこではないのだ。
「ええ、しかしプレンディルはさておき。まずもってエルフ族の生まれ方というのが枝攫いに都合が良過ぎるのです。なにしろ、産みの親となる同族が存在せず、ある日突然に白銀樹の下に現れるものだから、見つかる事無く攫われてしまえば誘拐を立証する術がありません」
つまりエルフ族は
「そうして攫われたエルフ族の幼子は、本来の氏族から白銀樹の枝で作られた護符を授かる事もなく、ただ必要な知識だけを教えられて、頃合いになると人間族の国へ出稼ぎ労働者として渡らされるのです」
なにせ人間族にとってエルフ族とは神秘に包まれた美しい存在だ。世の裏に手を伸ばしてでも欲しいと欲望の抑えられない者は尽きないらしい。
「なるほど。今や敵国とはいえ聞いていて反吐が出る話ですな。……ただ、誘拐する際のリスクを減らすためとはいえずいぶんと迂遠です。手っ取り早く成年を誘拐するのでは何か不都合があるのですか」
「はい、それには二つの理由があります。まずもってエルフ族は深い絶望に陥ると失輝死しますから、誘拐されてベレリアント半島から強制的に引き離されるなど、それだけで危うい」
だからこれは参謀本部の方にも捕虜を扱う際の注意点として伝えていた。
まず第一に戦後の帰国を確約する事。
そして何よりも、脱走しようと思えばいつでも脱走できるようにする事。
つまり希望さえ残されていれば失輝死しないのだ。
一方で枝攫いはこれと異なる手段で失輝死を防いでいる。
「だから、生まれてすぐに攫って自分が出稼ぎ労働者になるのだと、海を渡って人間族に雇われて働く事が、例えそれがどんな仕事であっても絶望しないように、何もおかしくない当然な事なのだと刷り込まれるのです」
自分こそが商品そのものだと、それを知らなければ絶望のしようが無いという訳だ。
どうやったらこんな悪辣な仕組みを何百年も昔に考え付くのだろうと疑問ではあったのだが、恐らく降って来た者の中にそういう奴が混ざっていたのだろう。
「なるほど。……しかし、ずいぶんお詳しいのですね」
「ああ、うん?……もしや私も疑われている?」
そのビューロー外務大臣の眼は外交官特有の笑みを貼って飾ったようで、これまで会った時には見なかったものだった。
「いえ、そんな事はありませんとも」
「いい、どうにもならん。今ここで私の無実を証明する術が無いのだから、私はその扱いを納得せざるを得ない」
こればかりはエルフィンド秘密警察をひっくり返さなければ私の無実は証明できないだろう。
「ええと、あの、ともかくですね」
そんなどうしようもない空気を割ったのは海軍大佐だった。
「海軍としては、そんな幼子達を乗せていたような船の他の積荷も、もしや何か禁制品の類ではないかと思って、フルーベル少佐に確認をしてもらいたくてですね」
「他の積荷ですか?何か怪しいものが?」
「はい。積荷の殆どは材木で、樹種としてはトウヒ、ナラ、ブナが大部分だったのですが、しかし一種類だけ、船を泊めさせたネーベンシュトラントの船大工や木工職人の誰に聞いても分からないものがありましてね」
「……その船大工や木工職人というのは、ドワーフ族が多いのですよね?」
「ええ、それはもちろん。ネーベンシュトラントは昔からオルクセン最大の商業港という事でロザリンドの後に逃れて来たドワーフ族が多く、というのも、かく言う私もその一頭でして」
……ドワーフ族の目利きが適わない材木だと?
嫌な予感がする。
「恐らく、それはエルフ族でなければ判別が付かないのでしょうが。……それは私の他に、ヴァルターベルクからも目利きを連れて行った方が良いでしょうな」
私の信用に疑義がある以上は仕方ないのだが、しかしディネルースには後で怒られるだろうな。
まったくプレンディルめ、戦争が終わったらもう一度殴ってやる。
Q.
ホルステナ・フルーベルはロザリンドで英雄と称されるほどの手柄を挙げたにも関わらず、なぜエルフィンド軍での階級が闇エルフ族であるディネルース・アンダリエルと同じ大佐だったのでしょうか?
A.
「いいか?何か気に入らなない事があったら、とりあえず思い切り殴ってやると良い」