上等な琥珀の出所はエルフィンド政府の資産などではなく、外交文書事件で処刑されたエルフィンド外務省官僚の蒐集品。
ヴィンギローテ号から降りて向かった先、ネーベンシュトラント海軍根拠地の軍港司令部庁舎へと赴き、将校向け談話室の一つに立ち入れば。
我々の入室に気付いた彼女達の内、代表らしい者が声を上げた。
「お初にお目にかかります。貴女様が私達の新しい先生ですか?それとも、主様ですか?」
ずいぶんご丁寧な姿勢だが、なるほど。
しかし、数日ぶりに見た自分たち以外の同族に気が浮き立ってしまっているらしい。
部屋に入室した順番では先だったクリスチャンセン大佐すらほとんど視界から外れてしまっている。
元より私が彼女達と同族だからという事で聴取を担う予定ではあったから、ともかくとして都合は良いか。
まずは自己紹介かな。
「いや、そのどちらでもないよ。名はホルステナ・フルーベル。強いて言えば……、あー。保護者といった所か」
その、大した重みを乗せたつもりではなかった些細な否定は、しかし彼女達へ刷り込まれた教育では聞き逃せないものだったらしい。
「申し訳ありません。その、フルーベル様は、ええっと、保護者、ですか?人間族でいう親のような?」
たったそれだけで頭を下げられては、これではこちらが参ってしまう。
だが、今それを矯正するのは悪手かもしれないと、ひとまず無視して話を進める。
「そうだ。あるいは、それよりはむしろーーー」
彼女らにとって目にする同胞とは殆どが先生であったのだろうが、刷り込みではなく護り導く存在として適切な言い回しとなると。
そうであるならば。
「後見者、の方が適切だろうか。わかるかな?」
「ええと、申し訳ありません。わかりませんでした」
「構わないよ。ちょっと難しい法律用語さ。後で勉強すれば良い」
「はい、わかりました」
その言葉の意味を調べたならば、私が彼女達にそう名乗った意味も理解できるだろう。
ともかく落ち着きを取り戻して、私の隣くらいまでは視野も広まったらしい。
「……ところで、フルーベル様。他の方達も、そうなのですか?」
「ああ、……」
その問いに軽く肯定を示して、しかし今の私はあくまでもクリスチャンセン大佐に付き従う者でしかない事に思い至り、振り返って彼と見合わせる。
そもそもとして今までの会話はアールブ語であったから、細かいニュアンスも含めて低地オルク語で伝えなくては。
「……まあ、そうですな。私も、あるいはオルクセンという国そのものも、貴方達にとっての後見者となるでしょう」
それで、彼の海軍将校として身に付けたキャメロット語は正しく伝わったようだ。
「ドワーフ族も、そしてオルクセンという国も、私達の後見者。親のようなもの……。それでは、そちらのエルフ族
「「「……」」」
そのキャメロット語の語彙はモリエンド女史であっても理解できてしまったたらしい。
……なるほど。
民芸品という商品として都合の良い教育とは、何を刷り込むのかは当然として、その逆に都合の悪いモノはその存在自体を教えないという事か。
その一方でオルクセンという国や、オルクセンを構成するオーク族にドワーフ族といった諸種族の知識は教わっていたらしい。
いったい何時から闇エルフ族の民族浄化を、混ざりモノを漉し切った白エルフ族だけのエルフィンドという国を企んでいた?
大鷲族を追い出した時?
コボルト族を追い出した時?
ドワーフ族を追い出した時?
巨狼族を追い出した時?
あるいは、もっと前から?
ベレリアンド半島に住まう清廉なエルフ族の国、エルフィンド。
そんな血で汚れた箔付けを、いったい何時から企てていた?
そこまで思考の深みに陥った辺りで、彼女も何か不味い事を言ってしまったらしいと気付いたようだ。
「ええと、すみません。何かお気を悪くさせてしまったでしょうか?」
まさか白エルフ族の口から他種族へ向けての真摯な謝罪が出てくるとは。
無知故の、差別意識の存在しない澄んだ姿勢がそこにはあった。
これが、こんなものが
「……大丈夫です。ちょっと驚いてしまっただけで。私はオルクセンに住まう肌の暗いエルフ族、闇エルフ族のグルティナ・モリエンドです」
「闇エルフ族、ですね。みなさんが急に怖い顔をしたもので、びっくりしました。それに、モリエンド様はアールブ語がとてもお上手なのですね。オルクセンにもアールブ語が伝わっているとは驚きました」
闇エルフ族に関する知識の何もかもが欠落している。
他の者達の顔色を見ても、それは真実のようだった。
それでしばらく歓談、そう白エルフ族が闇エルフ族を含む諸種族と歓談していて一つの違和感に気付いた。
話題のほとんどがオルクセンに関するものというのは、彼女達の不安感を解消させるためというのもあるが、しかしだ。
彼女達の名前は?
礼儀作法は正しく教えられているように察せられるのだが、それだけに名乗り返さないという無礼が際立つのだ。
「あー、お話を遮ってすまないのだが、君達の名前をまだ聞いていなかったな。聞かせてくれないか?」
だから、申し訳ないという態度を明瞭に示した上で訊ねてみたのだが、それに対する反応は名乗らなかった理由を察するに余りあるものだった。
「えっと、その。……申し訳ありません。私達、名前がまだ無いんです」
これまでの謝罪とは異なり、表情に謝意でなく悲しみが浮かんでいた。
名を持たぬ事が、名を与えられていない事が、どうやら普通ではないのだと既に理解してしまっているのだろう。
「もしや、フルーベル少佐。知らなかったのですか?」
その事は彼女達が保護されてからこれまでの聴取で既に明らかになっていたようで、クリスチャンセン大佐には怪訝に問われるのだが。
「ああ、すまない。
「ああ、なるほど。てっきりお詳しいのかと早とちりしていました。説明が足りませんでしたな」
「いいえ、私もどこまでを知っているかを話していませんでしたから」
それこそ、私が枝攫いを知っているのはプレンディルから対立派閥に属する氏族の幼子を白銀樹から攫うよう依頼を持ち掛けられたからで、その時に吐かせた事以外は知らぬのだ。
そんな難しい話をしていた私達に、戸惑いがちな声が掛かった。
「あの、えっと。発言よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
「その、エルフィンドで私達は生まれ年と番号で呼ばれていまして、私であれば一・八五八と呼ばれておりました。……これが名前の代わりとはならないのでしょうか?」
「それは、まあ、仮の名としてはそうなるかもしれないが」
これは、生まれ年だけでも確からしい事が分かっているだけ幸運と思うべきなのだろうか。
「大佐。これは、名付けも含めての後見となりますよ」
「ええ、それも一〇の娘の名付け。余りにも責任重大です」
『貴方だけの美しいエルフに美しい名を与えよう!』
―――ログレスの暗闇より
枝攫いの幼子達、初期案ではKPSA(機動戦士ガンダム00)のような、中東やアフリカでよく知られる誘拐洗脳事案を元に考えていたのですが、ちょっと上手く書けなかったのでとりあえず没にしました。
それもあって、通常の枝攫いの実行犯はかつての被害者でもあるという設定を書く場所がこの後書きだけになってしまいました。
後で話が膨らんだらどこかで書きます。
あるいは、枝攫いを知っていて対策を講じている氏族から攫う場合には軍や秘密警察から腕の立つ、それでいて金策に苦慮している者をリクルートする場合があり、それをプレンディル内務大臣から持ち掛けられたホルステナ大佐(当時)は気の済むまで殴った。それで五階級降格された。