さて、はてさて。
色々やった末に軍を追い出されて国を飛び出して、ロザリンドの因縁を果たそうとオルクセンまで来てみれば、なんという事だ。
この扉の向こうから感じられる膨大な魔力の、ある種の圧力と言っても良い。扉越しだというのにまるで温かな風が肌を撫でるようにさえ感じられる。
「これがオークの王、オルクセンの国王だな?この扉の奥にいるのは」
ここに至ってさえ、ハーヴェルシュタールからここまで案内してくれたオルクセン外務省の、本当にそうなのかさえ疑わしい情けない顔つきのオーク族の牡は、それでも答えを明かそうとはしない。
ただ、ここでしばらく待てと。
仕方なしに胸元の白銀樹の枝で作った護符と、そしてロザリンドで預かったシュヴェーリンの牙。それらを服の上から軽く握り、辺りの感触を確かめる。
扉の向こうには国王と、他に数名。いや一つは巨狼か?残念ながらシュヴェーリンは居ないようだが、ディネルースは居るようだ。……私が魔術探知を使った事を察して笑ってくれたな?
エルフィンド陸軍大学校の戦術教官で大佐だった奴が、今ではオルクセンで一個旅団を預かる少将殿だ。
退役ついでに大佐から上がったばかりの、エルフィンド式階級制度での退役五等少将でしかない私からしてみれば二階級どころではない特進で追い越されたようなもの。
化けて出て来たのか、ちゃんと脚が残っているのか見て確かめてやらんとな。
「時間になりましたので、案内いたします。くれぐれも失礼のないようにお願いします」
この段になってようやく、くれぐれもと来たか。
それも侍従でもないのに国王の居る部屋の扉を開けられる外務省の職員など、やはりよほどの高位か、あるいは別の職にある者の欺瞞だったようだ。
「失礼します。我が王、ミュフリングです。ホルステナ・フルーベルとカルラ・ハーマセンを連れて参りました」
「うむ。入れ」
ずいぶんと低い声だな。
第一印象はそれだった。
そして部屋に立ち入ってみれば、そこはどうやら応接室のようで、真ん中に置かれた大机の向こう中央に彼はいた。
シュヴェーリンには劣るにせよ堂々とした巨躯の、だがまだ若いオークの牡。その彼がじっと私を観察してくる。
その両脇を固めるのは、白い毛並みの美しい巨狼と、そしてディネルース。そして他にもオーク族が数頭、むしろ貫禄だけならこちらの方が深いとさえ見える。
そういえば、名目としてはまだ入国審査だったか?となれば―――。
「はじめまして、私はホルステナ・フルーベル。エルフィンドは首都ティリオンにほど近い白銀樹の生まれにして今は氏族長をしております。こちらは私の氏族から付き人に連れてきたカルラ・ハーマセン。この度はキャメロット、アルビニーを経てオルクセン王国へ観光に参りました。入国審査官殿、どうぞよろしくお願いいたします」
正しく低地オルク語で語りかけて一礼してみれば、応接室が静粛に包まれる。
はて、ディネルースを隣に置くような奴ならこういうのが気に入ると思ったのだが。
「ふ……、ふふふはは!ふははははは!」
おやおや、やはりオーク族の王にふさわしい牡であったようだ。ただ一頭で部屋丸ごとを震わせるほどに騒々しい、快活な笑い声。
「なるほど、うん、許可しよう!この私、グスタフ・ファルケンハインが入国審査官として許可する。ビューロー、旅券に捺すあの判子を持って来させてくれ。アレ、一度自分で捺してみたかったんだ!」
「我が王、もちろん手配させて頂きますが、それほどなら入管業務で使う判子一式を贈呈しますぞ」
「違う、違うぞビューロー。本物の判子で、本物の旅券に、本当の実務として捺してみたかったんだ」
「それは、それは。どうです、外務省への転職は?我が王であれば歓迎しますよ」
「本当か!良いな。それ、忘れるなよ。私はきっとやるからな」
「ふふふふふ!その時には現場実働の内務省国家憲兵隊に出向させますよ」
「もちろんだ。それこそをやってみたかったのだからな」
なんとも、これでは入国審査ではなく転職の面談ではないか。それも私のではなくオルクセン王国国王グスタフ・ファルケンハインの。
「ああ、そうだすまんなフルーベル殿。君については先だってこちらのアンダリエル少将から聞いていてね。先程のリンディール中佐と再会した話も聞いておる。諸君らの我が国への入国を許可するのは本当だぞ」
「これは国王陛下、ありがとうございます。それと、不覚にも陛下であると気付かず大変失礼いたしました。どうかお許しを」
「ふはははは!うむ、許す!」
実に愉快。エルフィンドの役人にもこの諧謔への寛容さを見習って欲しいものだな。
「それでな、この時勢だ。ウチの方からエルフィンドをああやって風に挑発した事もあって、正直に言って白エルフにオルクセン国内を自由に動いてほしくないんだが、監視を付ける事を了承してくれるかな?」
「それはもちろん、そうでしょうな。私を国際列車から降ろしたあのコボルト族の小さな憲兵などまこと慧眼であった。これからエルフィンドと戦争をするというのに白エルフの元将官を入国させるなど」
「ぼふ」「げほ」「ごほ」「げふ」
おやおや、揃いも揃って咽るなんてみっともない。
「なんだ、もう茶番は要らぬだろう。そこで闇エルフのディネルースに巨狼までもを傍に侍らせ、この官邸にはコボルトとドワーフを抱え、そして空には大鷲さえ飛んでいる。それでオルクセンはエルフィンドと、ああ違うな。白エルフと戦争をするつもりが無いなど」
「フルーベル殿、どうか、このままこれ以上この話題に触れるなら、我が国は貴女を拘束する事を考慮せねばならない」
「オーク王、それこそ茶番と言うのだ。今のエルフィンドで同じような事をすればそいつは行方不明になってティリオン近郊の政治犯収容所に放り込まれている。だというのに、拘束する事を考慮?堂々と偵察に来たように見える敵性種族を?」
まったくやり口が迂遠で、それに加えて優しさすらある。
「まったく、私とてエルフィンドが軍や秘密警察を使って闇エルフを絶滅させようとした事など承知している。私の教え子はそのどちらにも居るのだから」
陸軍にも、その一部である国境警備隊にも、内務省秘密警察にも、そしてエレンウェ・リンディールを始めとした闇エルフにもだ。
くそったれ、私の教え子たち同士で殺し合いをさせようなど教義派の連中め……。
「ああ、言っておくが私は、そしてこのカルラ・ハーマセンも、闇エルフは一人たりとも傷付けてはいない。むしろ陸軍大学校に在籍中だった闇エルフを匿って逃がしたのを疑われて、まあ事実ではあったがそれで諭旨免職。さらに政治犯収容所へ入れられる所だったのだぞ」
それこそ秘密警察にいる教え子がこっそりと漏らしてくれなかったら私も多くの闇エルフと同様に文字通り逃げ道を切り開く必要があったほどだ。
「それは、それは。ちなみに匿って逃がしたというその闇エルフの学生の名は覚えておりますかな?」
「名前はリア・エフィルディス。兵站が専門らしく闇エルフにしては格闘への興味が薄いつまらない奴で、馬は得意だと言うから陸軍大学校の厩舎から一頭放してやったよ。運が良ければ生きてオルクセンに辿り着いて、……おや、ディネルースのみならずオーク王にお歴々まで揃って顔色を変えるとは、あいつ生き延びるどころかここで何かやったな?」