星暦八七六年は一一月に入り、幾らかが過ぎている。
ネーベンシュトラント海軍根拠地からヴァルダーベルクへと枝攫いの被害者達を連れて帰り、まあ、私がやった事と言えばそれまでだ。
既に私がバンドウ工業試験場を初めとして複数の仕事を抱えている事に加えて、私自身が教育者として不適格というのもあった。
例えば、そう。気に入らない事があったら手が出てしまう悪癖であったり。
一方でオルクセンには孤児を保護養育する体制がしっかりと整っており、流石に誘拐と刷り込みに遭ったエルフ族というのは初の事例にせよ、戦争や災害などで親を失った孤児の対応で積み重ねた心理面のノウハウも多いという。
ロザリンドと、その前にあったという飢饉。そしてデュートネによるものだ。
中でもデュートネ戦争はオルクセンが受けた侵略としてはかなり大規模なもので、被占領地での魔種族狩りであったり、あるいは当時のデュートネが率いたグロワール軍に対するオルクセン軍の劣位から犠牲者が膨れ上がり、それによって孤児が数多く生じた。
他方、エルフィンドであれば親と子という関係性が存在せず、子育てを氏族全体で担うため、孤児など族滅のような惨事でも起きなければ生じようもない。
……いや確か古い伝承の一つでは、慶事に供された酒樽に毒が混ぜられた事でそうなってしまった事例があったか。
果たして、その氏族の幼子と白銀樹はどうなったのやら。
ああ、古い話はさておき今の話が肝心だったな。
故にそういった、縁者ではない者を養うという知識経験は白エルフ族にも闇エルフ族にも馴染みの薄いもので、ヴァルダーベルクはオルクセンを頼って彼女達の為に孤児院を設立する事となった。
その名をヴァルダーベルク学校寄宿舎という。
制度としてはオルクセン各地に置かれた各種の学校と、それに併設される事の多い寄宿舎に準じている。
これまでのヴァルダーベルクは成年のエルフ族が多かったために学校の必要性が乏しかったようだが、オルクセンの大学で高等教育を修めるために進学資格を得たいと望む者は少なからず居り、また戦後にアンファウグリア旅団将兵が復員した時の受け皿としても必要性は認識されていたため、学校の開校準備をある程度まで進めていたようなのだ。
そこに、オルクセン各地と同様に身寄りがなくとも、あるいは単に遠隔地からの就学を可能とする為の寄宿舎を併設する事で、早期に彼女達の受け皿を作る事ができたのだ。
そしてもう一つ、喜ばしい出来事があった。
彼女達が名前を得たのだ。
それも、誰かから与えられる事も無く、自らで考えて。
モレノーレ。
今はまだそれだけの、しかもエルフ式ではない一〇名で共有する姓としてそれを名乗り始めた。
エルフィンドに伝わる古い伝承で南の果てにあるとされた大陸の名だ。
昨今の星欧で盛んな南極探検に因んだもので、ネーベンシュトラント軍港司令の蔵書の一つであったキャメロット人探検家の航海記も由来の一つとの事。
あるいは古い伝承に記された、ベレリアンド半島を出て冒険の航海に挑んだ先祖達への畏敬も込められているのかもしれない。
願わくば、モレノーレ達が暗闇の先で光明を掴み取ってほしいものだ。
とはいえ、私の主な仕事と言えばまず我が王から任された新しい銃の開発である。
そのためにヴァルダーベルク学校は開校式に出席しただけで済ませてしまい、てっきり私が学校の先生に就任するのだと思わせてしまっていたモレノーレ達には―――
『フルーベル様は私達を誑かして攫っておきながら、露も乾かぬ内に見捨ててしまうのですね』
―――と呆れ笑いをされてしまった。
自分達の暗惨な出自を半ば察していながらに突き刺さしてきたあの皮肉は本当に効いた。
彼女達にそれを言わせてしまった私という存在が恥ずかしくて堪らなかった。
どうしてシュヴェーリンはこんな私を殺してくれないのだ。
そんな暗い気心でバンドウ工業試験場へと昼過ぎに出勤すれば、門扉を開けた私を出迎えたのは紙束だった。
不機嫌に気を立たせているエルミアが私の鼻面へと突き刺さるように投げつけてきた、幾枚の図面を丸めたものだ。
慣れたものなので、握り潰さないよう気を遣って受け止め、そしてまずは謝るとしよう。
「すまない。また、待たせてしまった」
「ええ、待ちましたとも。それで貴女、厄介事は済ませてから来たので?」
まあ、それが他氏族に起こった悲劇に対してエルフィンドのエルフ族が抱く普遍的な認識なのだ。
エルフィンド王国という国家は、今にして悪しき言い方をすれば諸氏族の寄り合いでしかなく、諸氏族が敬う黄金樹と女王という存在を除けば、後は個々の友諠に依る繋がりがほぼ全て。
今日の白エルフ族で氏族を超えた紐帯など、それこそロザリンドを共にしたような者達の間でしか持ち得ない。
あるいは、闇エルフ族にとっては白エルフ族による民族浄化もそれを成し得たのだろう。
この点で、我が王がデュートネ戦争で掴み取った魔種族統一国家オルクセンという、諸氏族どころか諸種族による紐帯を成したオルクセンの勝利は最早疑いようもない。
まったく、火力だけを頼りに戦争の備えをしていた我々など盲目と言っても良いだろう。
「ああ、やはりオルクセンは我々よりもよほど先進的だよ。ロザリンドしか誇れない我々とは違う」
「私達にとって誇りとは貴女とトストルプ銃隊が全てなのだけど?」
挙句、彼女達にとっては氏族よりも更に狭まった範囲でしか存在しない。
一二〇年間、それだけの年月を経てさえ僅かにも解す事の叶わなかった、極めて堅い紐帯だ。
もはや呪いでもある。
ひとまず図面を丸めた束の綴じ紐を解いて、その一枚一枚に目を通していく。
内容としては機関砲の大まかな設計が纏められたもの。
機関砲開発での相方である彼女を私は一週間も放置してしまったものだから、まずはその御機嫌を直してもらう事から始めなくてはならないのだ。
「口径は暫定的にオルクセン海軍の対水雷艇迎撃砲に使われている三七mmで、発砲時の反動を利用して薬莢の排出と装填を成す、とまあ機構としては半自動小銃の拡大だな」
それも、一一mmから三七mmへと口径の分だけ安直に拡大したのではなく、部分的にとはいえ強度計算を行った上での加減を加えた歴とした設計だ。
前々から似たような構成の機関砲を思案していたというのもあり、残る部分といえば引金と給弾機構といった進捗具合。
「まあ、何にしてもまずは作業場に行こうじゃないか」
もしエルミアが躓いても支えられるよう左隣に並んで作業場へゆっくりと足を進める。
一歩一歩、しっかりと足下を確かめつつ。
彼女はロザリンドで左大腿に弾を受けた後遺症で、脚こそ失わなかったものの関節の動きに不自由が残ってしまっているのだ。
あの至近距離と言って良い距離で火打石銃の鉛弾に大腿を貫通されたにしては軽い後遺症だが、それはエルクシエル剤が無かった場合の話。
我々トストルプ銃隊はエリクシエル剤を持っていたにも関わらず、負傷兵の多さからエルミアのような重症者でさえ雫を垂らすように少量ずつ使う事を強いられた。
あるいはロザリンドの後に降った大雨も悪かった。
あれを傷に浴びてしまったために、ただでさえ少量のエリクシエル剤が薄められ更に治癒力を減らしてしまったのだ。
その結果が、エルミアを始めとする四肢に障害を残した者達、あるいはエリクシエル剤があったにも関わらず白銀樹に還ってしまった者達である。
機関砲設計の進捗状況が早いのも、彼女が他の者達と同じく歩くのを忌避してヴァルダーベルクの自宅に帰らず工業試験場の隣にある駅舎で寝泊まりしているからだろう。
平時であれば馬の数頭に馬車でも買うか借りれば済む問題ではあるが、どれも戦時には膨大な需要から銃後の我々に回す余裕の乏しいものであったから憚られたのだ。
あるいは乗合馬車でも営業していれば良かったのだが、しかしバンドウ工業試験場の立地はヴィルトシュヴァイン大演習場の敷地内である。
どうにか、ならないものだろうか。