とりあえず、試作する三七mm機関砲の引金は拉縄とする事とした。
なにしろ三七mm口径の砲弾である。
試射に供する弾薬は炸薬を抜いた模擬弾頭を用いるとしても、薬莢に充填されている装薬の量だけでも一一mm小銃弾の比ではなく、もし暴発が発生したならば我々魔種族とて即死する危険性が大きいから、砲と射手の距離を縄の長さだけ離して安全を確保できる拉縄が好ましかったのだ。
また給弾はグラックストンの初期の型式に倣った機関部の上から重力で落とし込む設計とした。
これは弾薬の由来通りに艦載砲として使うのか、あるいは歩兵や砲兵による陸用とするかで扱い方が大きく変わり、それにより最適な給弾方法も変わるから、ひとまず仮の方式として最も簡素なものを採用したのだ。
どちらも試作を重ねて完成度を高めたならば実用性を鑑みた形式に変えるにせよ、それはあくまでも将来の話。
まずは撃てる銃を作る事が目的であると留意した上で設計をまとめ、それに必要な鋼材や弾薬といった資材を見繕って発注も進めるのだが。
正直なところ、戦時に銃後の我々が手を付けて良い資材ではないように思いつつ、しかし工業試験場の事業は王命でもあり。
これも後々の不和とならぬよう根回しと節度を心掛ける必要があるだろう。
というのを他の者達にも常々周知して、もちろん工業試験場の場長であるシュレーゲルミルヒ少佐にもその意向をしっかりと伝えていた。
そうして発注した資材が届く日となり、予定よりやや早い頃だったが列車の音が聞こえてきたので隣の北兵站駅へとハーマセンや荷役をやらせる
「なんてことだ……なんてことだ……。ハーマセン先生、私の眼はついにおかしくなってしまいました」
「いえ、きっと私にも同じものが見えてます。何十両になる編成の列車が二つも」
どういう訳か、ヴィルトシュヴァイン大演習場北兵站駅に大編成の列車が二つも入線してきたのだ。
我々が発注した資材の量はどれだけ嵩張ったとしても貨車五両に収まる程度でしかなかったはずなのに、これでは工業試験場をさらに三つは作れるのではないかというほど。
これが幻覚では無いのであれば、つまりは何かしらの手違いがあったという事に他ならず。
数日前にエルフィンド海軍がオルクセン東部沿岸ヴラウヴァルド州アハトゥーレンという無防備な都市への艦砲射撃で赤子殺しをしでかしたばかりだというのに、いったいどうしてこうなるのだ!
慌てて工業試験場へと駆け戻りシュレーゲルミルヒ少佐へと詰め寄る。
「少佐!シュレーゲルミルヒ少佐!駅に、駅に大変な量の資材が!」
「大変な量の資材?……ああ、もしや。いや、どちらが?あるいは両方が?」
しかし、どういう訳かシュレーゲルミルヒ少佐には思い付くものが幾つかあったらしい。
「……おっと、すみません。ここヴィルトシュヴァイン大演習場に俘虜収容所とヴィッセル社の刻印魔術板工廠を立ち上げる計画がありまして、おそらくその資材かと」
「俘虜収容所と刻印魔術板工廠?……つまりあの大量の資材は我々のものではない?」
どうやら懸念していたようにはならないと分かり、どうにも身体から力が抜けてしまい手近な作業卓へともたれかかる。
「ええ、おそらくは。私も噂を小耳に挟んでいただけだったのですが、噂とはいえフルーベル少佐にもお伝えすべきでしたな」
改めてシュレーゲルミルヒ少佐と共に北兵站駅へ赴けば、プラットフォームに停車した貨物列車から積み下ろされる資材は確かに我々が発注したものではなく。
それどころか資材やその荷役のみならず何某かの作業員までもが列車から降りてきた。
なんでこんな所に白エルフ族が。という顔の彼ら達にシュレーゲルミルヒ少佐が話を付けて聞いてみれば、刻印魔術板工廠は我々の工業試験場と同様に北兵站駅に隣接する倉庫を利用するものの、俘虜収容所は水利の都合からバンドウ川沿いに建てるため北兵站駅から新しく引込線を伸ばすという。
つまり彼ら作業員はオルクセン国有鉄道社の保線部に勤める線路工とのこと。
となれば、そうだな。
「それでしたら、驚かしてしまった罪滅ぼしといいますか、手伝いをさせて頂ければと。どうでしょうか」
どうやら俘虜収容所と刻印魔術板工廠にさらに工業試験場への資材搬入の日程が被ってしまったらしく、荷捌きの手はいくらでも欲しいと言うから、ならばやる事は一つ。
「さあ白共!仕事の時間だ!」
なにせ国民義勇兵白エルフ族部隊は今に至るまで訓練か工業試験場での手伝いくらいしか仕事が無かったから、こういう時こそ働いてもらわねば。
それでプラットフォームでのトロッコ押しといった単純な荷役から始まって引込線の線路の下に敷く砕石運びなど色々とやらせてみて、あるいは魔術通信での伝令代わりは思いのほか喜ばれもした。
こうしてあれこれ差配している内に工業試験場あての資材も到着して、本当に大した量ではなかったのだが今度は彼らが荷役を手伝ってくれて助かりもした。
「しかし、まあ。俘虜収容所に刻印魔術板工廠と、ここも賑やかになるものだな」
中でも俘虜収容所はバンドウ川への引込線もそうだが収容頭数も多いから、その資材を積んだ列車がひっきりなし。この搬入工程が収容所の一次完成分だけで一週間続くという。
そんな僅かな期間だけとはいえ、トストルプ銃隊は兵隊以外の娑婆の仕事にありつけたのだ。
良い事じゃないか。